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「いらっしゃい。早速だけど、貴方死んだから」
「は?」
佐藤和真は茫然とした。間抜けな表情で口を開いて、最初に零れたのはそんな声だった。
気が付けば、其処は何とも神秘的な空間。全体的に暗く、しかし深淵であるかと言われるとそうではない。
淡い光が地面を伝って明かりを作り出している。まるでプロジェクションマッピングを思わせる様な構図にも見えるが、それにしては彩りが無いというか、科学味を感じないと言うか。
自分は椅子に座っている。普通の木の椅子に腰を落ち着けている。
そして、そんな自分の目の前にはやる気無さげな表情を浮かべた美しい女性が、面倒臭そうにペラペラと本を捲っているではないか。
だが、今さっき。その女性はこう告げた。
早速だけど、貴方死んだから―――と。
「まぁ、状況を呑み込めないのも無理はないわ。大体の人が同じ感じだもの」
「え、は? 死んだ? 俺死んだの?」
「えぇ。トラックに跳ねられそうになった女子高生を庇って」
そこまで言われて、ようやく記憶が鮮明になった。
そうだ。ただ自室で腐るだけだった自分は、新しいゲームを買いに出掛けたのだ。
そこで、トラックに跳ねられそうになった女子高生を押し退けて割って入り、トラックに轢かれて―――
「死んだと思い込んで死んだわ」
「は?」
「要はショック死よ。貴方、自分はトラックに跳ねられて死んだと思い込んで、そのまま死んじゃったの」
「は?」
空いた口が塞がらないとはまさにこの事か。
和真は秒で放心状態に陥り、頭の中が真っ白になってしまっていた。具体的には宇宙が広がってしまいそうな勢いだ。
「私もそれなりに死者の管理をしてきたけど、貴方みたいなのは本当に珍しいわよ。ちょっと可哀想なくらいだもの……まぁ、なに。最期はかっこいい所見せたじゃない?」
「やめてくださいその同情めっちゃ心にぶっ刺さります」
「逆効果だったかしら……」
慰める様な言葉が1番キツかった。これならいっそ腹を抱えて爆笑された方がマシだったかもしれないとすら思える。
爆笑されたら良かった。なんだコイツくっそ腹立つ…! で済ませられたから。嫌がらせしてやろうと思えたから。
だが、当の青髪の女性は本当にちょっと可哀想…という表情を全く隠していないのだ。
それでいて慰めのお言葉だ。普通にキツい。というか寧ろクリティカルヒットですらあった。9999ダメージの強烈なブローが右ストレートで顔面に飛び込んできた。
「えっと……じゃあ、此処は天国って事になるんですか?」
「此処は死者の間。天国と地獄の境界線よ。日本で言うなら……閻魔に罪を定められる場所、かしら」
「え、じゃあこれもしかして俺地獄に行く可能性あるってこと!? めっちゃ嫌なんですけど!?」
「あくまで例えよ、例え。地獄に落とすとか面倒臭い事わざわざしないから、静かにしなさい」
「あ、はい」
美しい女性から低い声色で言われると、普通に萎縮してしまうのが和真である。
元より女性との関わりなんてそう多くはなかった人生だ、それがこんな美人から静かにしろなんて言われて、うるせぇ! とか言い返せる訳もなしである。
「じゃあ、貴方は女神様……なんですか?」
「……まぁ、一応ね。アクアよ、名前の通り水の女神。死者に選択肢を与えるのが今の仕事」
「水の女神なのに死者の間で仕事してるんですか…?」
水の女神であるというのに、死者を選定する仕事とはこれ如何に。和真は心底から疑問に思った。
「冥府の神……ハデスとかアヌビスとかのイメージが強いんでしょうけど、女神って意外と仕事多いの。一つの概念を司るからって、それに関する事しかしない訳じゃないわ」
「へ、へぇ……神様も大変ですね」
「全くよ…最近は若い子が死ぬ事は無くなってるから、前より忙しくはないけど。良いことよね、平和。そう思ってる時に貴方が来た」
「なんか、すいません……」
「別に謝らなくていいわよ、死んだものは仕方ないもの。……いや、今のは私の言い方が悪かったわね。ごめんなさい」
やばい助けて母さん、俺この人のこと好きになっちゃいそう。
ダウナーな感じでハッキリ言うし素っ気ないしで萎縮してしまっていたが、しっかりと謝ってくれるなんて普通に良い大人のそれだ。
ラノベとか創作で見た事ある女性だ。これが水の女神か……和真は女神の実在に感涙してしまいそうになっていた。
「死んでから間もないし、整理がつくまでゆっくりして良いわ。必要なら水も出すし」
「そこは水なんだ……やっぱり水の女神だから自信があるとか?」
「……水の女神だから、お茶とか淹れても浄化しちゃうのよ」
「めっちゃ切ない理由だった……しかも不便だ…」
「女神なんてこんなものよ。
「知ってる名前が幾つか出てきたな。もしかしてアクア様って凄い女神?」
「さぁね。まぁ、一応水を司る神だから凄いんじゃないかしら? 水を司るなら天気、豊穣、生命を司る事に繋がる訳だし」
心底どうでもいいけれど。吐き捨てる様に言って、浅くため息を吐いた。
ダウナーというかクールというか、如何にも創作の女神っぽい人だなと和真は思わずにはいられなかった。自分の事に丸っきり興味を示していないのが、何とも珍しい。
大抵この手の女神キャラと言えば、だいたいが自分に自信を持っていたり誇りを持っていたりするものだが、彼女にはそれが見当たらない。
寧ろどうでもいいと断言している。神様なのに。
「こんな界隈だもの。嫌でも関係は広がるわ。出来れば仕事限りの関係でいたいものだけどね」
「冷めてるなぁ……」
「神なんて不自由の権化よ。信仰が無くちゃ力も碌に振るえないし、存在の確立すら儘ならない。その癖に無駄なプライドを持ってるやつは多いし……嫌になるわ、本当」
「OLかよ」
「そんなもんよ」
「そんなもんなのか……」
自分のことOLって言ったぞこの女神。自分の頭の中の女神像……というよりは、神様像というものが根元から崩れ落ちた様な気がした。
自分を含めた神を、不自由の権化であると口にする神様なんて、きっとそう多くはないだろう。和真はそもそも彼女以外に、実在の神を見た事はないけれども。
そんなこんなで適当な雑談が暫く続いてから、こほんとアクアが分かりやすく咳払いをした。
「基本的に選択肢は3つよ。一つは天国に行く事ね。まぁ、正直これはオススメしないわ」
「なんで? 天国って良い場所じゃないんですか?」
「良い場所過ぎて退屈なのよ。やる事何もないから。ゲームみたいな娯楽もないし、死んでるから食事も楽しめないし。ある意味で地獄みたいな所ね」
「マジで地獄じゃん」
天国とは名ばかりの苦痛だった。絶対に耐えられねぇよ……と、和真は想像に顔を顰めた。
「えぇ……じゃあ、2つ目は?」
「2つ目は転生。記憶を全て消して次の人生に向かうの。言っとくけど、異世界転生なんて期待しないこと」
「真っ先に夢を潰されたんだけど。ラノベだとめっちゃ定番の展開がぶち壊されたんですけど」
「これが現実よ。逸らさず直視しなさい」
「現実を直視し過ぎると失明するって言われました!」
「現実から目を逸らし続けても
常に的確な答えが叩き込まれる。和真のHPはゼロに近付きつつあった。
この女神、本当に容赦がない。しかもこれが素だというのだから何とも恐ろしい。とは言え、言い過ぎたと自覚すれば素直に謝罪の言葉と態度が出るので諸々帳消しではある。
「……まぁ、とは言ったものの、ね。貴方が楽しみにしてるのは最後の3個目よ」
「え? マジ? 異世界転生キタコレ!?」
「詳しくは転生ではなく転移ね。エリス……私の後輩が管理してる世界は、魔王が率いる魔王軍によって人々が平和を脅かされている。その世界に、何か一つの特典を持って転移する事が出来るわ。…まぁ、これもオススメはしないけど」
「何か言いました?」
「……なんでもないわ。あたしとしては、2個目の方がオススメだけど。どっちが良い?」
「3個目で! 俺もラノベあるあるの俺TUEEEEやりてぇぇぇ!!!」
「…まぁ、そうか。やっぱりそっちを選ぶわよね」
呆れたとか、困ったとか、そういうものではなく。
―――神というのは、これだからくだらない。本当に、心からそう思う。
人から産まれた癖に。人が居ないと生きられない癖に。
それなのに、人を消費しようとする。他に代わりは幾らでも居るから、と。
……本当に、くだらない。
どうして自分は、
「あのー、アクアさん?」
「っ、なに?」
「いや、なんか不満げって言うか…でもすんません、俺も男なんで異世界は憧れるし、何ならまだ完全には死にたくないっていうか……」
しまった、とアクアは気まずそうに目を逸らす。
神として、なんて事は口が裂けても言いたくはないが、子供に不安を抱かせてしまったのは事実だ。
「顔に出てたか……ごめんなさい。いや、そういう訳ではないのよ。あたしが勝手に思ってる事が顔に出ただけ、気にしないで。まだ道半ばだった人生だもの。どんな形であれ、それを謳歌する事に文句を言うつもりはないわ」
「おぉ……やっと女神っぽい台詞が出た」
「……やっぱりそのまま死ねばいいわ。地獄に落ちなさい」
「台詞の温度差が凄い!? 俺なんか地雷踏みました!?」
「自分で考えなさい。……まぁいいわ。ほら、特典を選んでいいわよ。折角憧れの異世界生活なんでしょ? せいぜい自分が楽しめる能力を選びなさい」
投げやりになった感じが何処かイイと感じた和真は決しておかしくはない。年頃の男子、それもネットに深く触れてきた人間には分かる良さがあるのだ。
まぁ、それはそれとしてどうしたものか……和真としては、やはり魔法を使ってみたいという少年心溢れる夢がある訳だから、魔法に関するチート特典を貰いたいところではある。
だが、そこでふと思いとどまった。
これから向かうのは異世界だ。つまり自分が知る世界とは全く異なる世界な訳で、そうなるとその世界における『
自分はその世界について無知のまま放り投げられる事となる。要するに赤子が途轍もない力を持たされて野に放たれるのと同義。
そうなると、魔法に関するチートを貰ったとして、果たして自分は無双出来るのか?
(なんか俺にしては珍しく真剣に考えてるな……さっきのこの人の表情が理由か?)
自問自答の末、和真が思い出すのはアクアの表情。
どこか諦めた様な表情。異世界へ転移するという選択肢を選ばれて、残念がるでも困り果てるでも呆れるでもなく、諦めが思い浮かんだのだ。
何故、諦めが浮かぶ? 自分がオススメした選択肢ではない方を選ばれたなら、普通なら残念に思うか、よく分かっていないと呆れられるかのどちらかが出る筈だ。自分なら、後者の反応をする。
だが、アクアは諦念を浮かべた。
『あぁ、やっぱりそっちを選ぶのね』
そう言わんばかりの感情が、確かにあった。それは何故だ?
必死に頭を回す。よく出来た訳でもない頭で、探偵の様に考える。
昔から悪知恵だけには頭が回る和真だ。勉学については決して出来たものではないが、それでも物事に対するアプローチや思考についてはそれなりの培いがある。
考えて、考えて、考えて。
考えて考えて考えて考えて考えて考えて。
「…………………………ぜんっぜん分からんっ!」
「は?」
かずまは なにも わからなかった!
幾ら悪知恵には頭が回ると言っても、それを応用するなんて芸当はこの一般男子には到底出来たものではなかった。
「あーもういいや面倒臭い! アンタにするわ!」
「―――はい? な、なに? いきなりどうしたのよ?」
「特典はアンタだ! 女神様が居れば異世界だって無双出来る! 知的でクールな女性にサポートされるのも全然ありだと和真さん思います!」
「……つまり、なに? チートとかそういう特典は要らないから、あたしに付いて来てほしいってこと?」
「そういうことです。俺、異世界について何も知らないまま行く事になる訳だしサポートが欲しいんですお願いしますぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ぽかん、と可愛らしく小さく口を開いて呆ける女神。
チート特典を嬉々として選ぶ人間は何度も見てきた。
なんでも切れる剣を選んだ青年、自分の知るものを創り出す能力を選んだ青年、竜の力を選んだ子供、銃に関する全てを創る力を選んだ大人など、多くを見てきた。
その中で、自分を持って行きたいだなんて言った人間は当然居なかった。だって普通ならそんな事は絶対に思い付かないから。
しかし、彼は―――佐藤和真はそう言った。女神アクアを異世界に持って行きたい、貴方に付いて来てほしいと。
「……」
(やらかしたかっ!? やっぱヤベェ事言ったか俺!? これ不敬か!?)
「……ぷふっ」
「え?」
「ぷっ……あはははははは!!!!!! 凄いわね貴方、そんな発想をしたのは貴方が初めてよっ! ふふっ、あははは!!!!」
笑った。腹を抱えながら、当の女神は心底面白そうに笑っていた。
目元に涙が浮かんでしまう程に、彼女は心から笑っているのだ。
「あははっ……はー。こんなに笑ったの、いつぶりかしら。今後100年はネタに出来そうよ」
「いや長過ぎだろ。俺死んじゃってるよ、酒の肴にも出来ないよそれ」
「死んだらどうせ暫くはまた此処で待機よ。その時に話せるわ。…じゃ、行きましょうか」
「へ?」
「へ? じゃないわよ。貴方が言ったんでしょ? 良いわ、付いて行ってあげる。こんな所で仕事するよりは、きっと楽しいだろうし」
「あ、良いの!? 自分で言っといて結構無理なお願いだと思ってたんだけど……」
「まぁ、マトモではないわね。正直に言えば」
「辛辣ぅ……」
さもありなん。
神様を相手に『お前が欲しい!』なんて言う人間は、現代社会では和真くらいのものだろう。神話の時代でも、神様に恋愛告白した人間なんて決して多くはない。だいたいが弄ばれて終わりだ。
幸いなのは、アクアがギリシャ系列の女神ではないという事か。
まぁ、閑話休題。
不思議と楽しげな雰囲気を醸しながら、アクアは椅子やらをパッと片付けて立ち上がる。
「でも―――面白かったわ。さっきも言ったけど、あんな事言われたのは初めてよ。素敵な告白とは言い難いけど」
「あんなのが告白だったら俺は絶対に振る自信があるね」
「そうね、あたしもごめんだわ。天使さん、準備してちょうだい。あたしも行くから」
『承りました、アクア様。アクア様の後任はエリス様で宜しいですか?』
「そうね、あの子ならあたしよりも上手くやれるでしょうし、お願いするわ。文句は受け付けない様にも伝えておいて」
『分かりました。では―――行ってらっしゃいませ』
「さぁカズマ、異世界に旅立つわよ。笑わせてくれた御礼に、しっかりサポートしてあげるから覚悟しなさい」
かくして、佐藤和真とアクアは異世界へと旅立ち、魔王討伐の為に動く事となるのである。
これは本来とは少しばかり異なる物語。
バカでぽんこつだが親しみやすい彼女ではなく、ダウナーで少々言葉が強く、けれど素直で時折優しさを見せてくれる―――そんな女神アクアがカズマと共に行く異世界物語である。
アクア(ダウナー系女神)
本編のアクアとは違ってダウナー系。普段から落ち着いていて、少し言葉が強い。けど相手が傷付いた事に気が付いたら素直に謝ってくれるし、フォローもちゃんと出来る良い女神。
しかし本人は『神』というものをあまり良くは思っていないらしい。女神らしいとか神様っぽいとかそういう発言は地雷になるかも。