ダウナー女神のアクア様   作:全智一皆

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第十二話 (女の)命は大切にね

 

■  ■

「あたしには分からないの。ねぇ、めぐみん? どうしてあのタイミングで撃ったの? 下手すれば他の冒険者も巻き添えを食らっていた所なんだけど、何か弁明はあるかしら? ないわね、死になさい」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!! お慈悲、何卒お慈悲をアクアぁ!!!」

「久々に死になさい聞いたなぁ……」

 

 にっこりと笑っているダウナー女神に正座させながら、その可愛らしい顔面を鷲掴みにされて呻く頭のおかしい紅魔の娘めぐみん。

 まぁ、こればっかりはさもありなんと言った所か。そりゃ、爆裂魔法を使えばキャベツを纏めて一掃する事が出来るのは確かな事実ではあるが、それにしたってタイミングがあるだろうという話である。

 冒険者達が爆裂魔法の範囲内に居るにも関わらず、この紅魔族は普通に詠唱し始めたのだから。しかもダクネスは完全に巻き添えである。生きてはいるが。

 この際生きているかどうかは関係なく、とりあえず思考放棄して爆裂魔法すんなよと、アクアは怒り心頭であった。

 そんな光景を肴に、やけに美味いキャベツの炒め物に複雑な心境になりながらカズマはもぐもぐと食べ続けていた。

 

「な、なぁ、カズマ。あれは止めなくていいのか…?」

「止められる訳ねぇだろバカじゃねぇの? 怒ったアクア落ち着かせるなんて、俺には出来ないししたくないね、怖いから。というかコレに関しちゃ自業自得だろ」

「それはそうかもしれんが…流石に可哀想だ」

「あ、言っとくけどお前も後から説教されると思うぞ」

「なぜ!?」

「だって逃げなかったじゃんお前」

 

 爆裂魔法は威力こそ凄まじいが、発射されるまでに長い時間が掛かる。めぐみんの場合はそれに詠唱まで付け足している為、通常の爆裂魔法よりもっと長い時間を要するのだ。

 その間、多くの冒険者達が逃げ出す中でダクネスだけは微動だにせず、キャベツの突進をその身で受け続けていた。

 傍から見れば爆裂魔法にも恐れず、他の冒険者に被害が行かない様に自分一人にヘイトを向けさせている騎士の鑑に映るだろう。が、実際は全然そんな事はないし、美談と言うよりは寧ろ醜談と表現せざるを得ない所である。

 爆裂魔法が放たれてから、なんか妙にいやらしい喘ぎ声が轟音の中に混ざっていたなんて言うまでもない。幸いなのは、冒険者達は避難していたし、爆裂魔法の轟音の方がデカかった為、誰もそれを聞いていない事か。

 まぁ、生き残っていた事は確かに凄いし、防御力の証明にはなっていただろう。だがそれはそれとして、逃げられた所を逃げなかったので説教はされるだろうな、というのがカズマの意見だった。

 

「だ、だが、あれで私の防御力の証明にはなっただろう!?」

「いや結果論じゃんそれ。生き残ったから言える事じゃんそれ。アクアには通じねぇぞ多分」

「そんなぁ…! カズマ、なんとか擁護してくれ!」

「無茶言うなっ! さっき言ったじゃん怖いって!」

「それは私だって同じだぁ!!!」

「分かってた事だよね!? それめっちゃ分かってた事だよね!? 既に説教されてたのに欲望に従ったのは他ならぬお前だよ!? めぐみんと同じで自業自得だよ!?」

「そこをなんとか!」

「できるかぁ!」

 

 無理難題と艱難辛苦を合体させたかの様な絶対達成不可能案件など、カズマはお断りだった。例え令嬢―――この時はまだ知らない―――の頼みであろうとも。

 そもそもが尤も過ぎる理由の怒りなので、反論の余地など無いのだ。それにどう擁護弁明をせよと言うのか…甚だ疑問である。

 

「つか、お前アクアのは感じねぇの?」

「あれは普通に怖いし辱めではない」

「面倒くせぇなお前……」

「そうそれだ! そういうのが良いんだ私は! だがアクアのは単に怖いというか……いや、心配してもらっているのは分かるし、それが不快という訳ではないのだが。ただ、怒られれば怒られる程に自分が如何に愚かであるかを叩き付けられている様で……泣きそうになる」

「それは分かる」

 

 単にダウナー系女子が怒りを顕にするというだけでも怖いのだが、アクアの説教が怖いと感じるのはそれだけが理由ではない。

 アクアの説教はそのどれもが理路整然としていて、自分の何が悪かったのかを理解させられるものが殆どだ。

 基本的に口論における反論は、自分の意見と他人の意見が噛み合わないから起こりうるもの。しかしアクアは最初の時点で、相手に『こうする事で自分と周囲にどの様な悪影響を及ぼしてしまったのか』を理解させる為、必然的に反論の余地が無くなるのだ。なんせ、一度でもそれを理解させられてしまえば、彼女の方が正しいのだと判断してしまうから。

 理解出来ないなら理解出来るまで何度でも現実を叩き付けるという、容赦の欠片もない論法を用いた説教が強い言葉を使って行われる為、大抵の人間はこの時点で泣く。

 あと暴力に頼ったとしても普通に打ち勝つのでさらにタチが悪い。

 

「あたまがぁ! あたまがわれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「今回はダクネスが耐えられたから良かったけど、もしこれで他の冒険者を巻き込んだら同じパーティーのあたし達にも罪が掛けられるの。今後はそれを念頭に置きなさい。いいわね」

「はいっ!」

「よろしい―――じゃあ次はダクネスね」

「ほわぁ……」

「なんだ今の声。って、アクアちょい待ち。説教するのは良いけど―――良くないが!?―――その前に例の件について」

 

 別にダクネスが説教されるのはカズマ的に何ら問題はないのだが、このまま説教が続くと時間的に遅くなるのは勘弁願いたい。

 とりあえず本題を終わらせてからにしてくれ、とカズマは待ったを掛けた。決して擁護するつもりなど無いので、そこは悪しからず。

 

「……分かったわ。じゃあ話してちょうだい」

「アクアも知っての通り、ダクネスをパーティーに入れるかどうかの話だ。俺としては、ダクネスを仲間にしたいと思ってる」

「本当かっ!?」

「あ、私も同意見です」

 

 いたた……と頭を抑えながらも、挙手しながらめぐみんも同意する。

 アクアはまだ無表情を貫いていた。

 

「理由は?」

「この序盤から手に入る優秀な壁役である事。俺達は本格的な魔王討伐を目指してるパーティーだろ? なら、この始まりの街で、多少の弱点があるとは言え上級職が手に入るのなら、それを逃すのは惜しいと俺は思うんだ。ダクネスの防御力はさっき知った通り、爆裂魔法にだって耐えられるくらいだ。ここまでの防御性能を持ってるタンクなんて、王都でも中々居ないんじゃないか?」

「……確かにそうね。それは認めるわ。けどあたしが問題視してるのは、優秀かどうかじゃないわ」

「分かってる。さっきのは理由で、こっからは指摘だ」

「指摘?」

「アクアにとって問題なのは、ダクネスという仲間が無駄に大群に突っ込む事。被虐趣味を理由に、俺たちの事を考慮せず敵を引き寄せる可能性だってある。自分と仲間の事を考えない人間が居れば、パーティーは一瞬で瓦解する―――アクアはそれを恐れてる。違うか?」

「合ってるわ。それをどう指摘するの?」

「―――それ、ダクネスが居なくても今の俺達に十分当てはまらね? 現にめぐみんがそれしたじゃん」

 

「………………あ」

 

 ハッとした様に、小さく口が開いた。

 確かにアクアの言い分は尤もだった。被虐趣味に走り、タンクが勝手に特攻して、仮に死んでしまったとすれば、そのパーティーは役割が一気に破綻して瓦解する。

 将来的に魔王と戦うパーティーなら、魔王軍との戦闘だって必然的に発生する。そうなった時、そんな自分勝手な人間が居るとなれば、最悪の未来は免れないだろう。

 だからアクアはダクネスを拒絶した。自分の事を大切にしない事も、残される人の事を考えない事も、気に食わなかったから。

 しかし。だがしかし、だ。

 その理論―――もう既に、ぶち壊してしまっているパーティーメンバーが居るじゃんね?

 

「一発撃ったら動けなくて、パーティーメンバーの誰かの機動力を大きく削ぐ。音が大きくて群れを寄せる可能性大あり、ダンジョンじゃ巻き添え確定、土地への被害も甚大で借金作成なネタ魔法しか使えない上級職。何なら今回も人間巻き添えしてさっきまで怒られてたやつ……もう仲間に居るよな?」

「……そう、ね。完全に盲点だったわ……な、なんで気付かなかったのかしら…? こんなにも存在感に溢れているのに…」

「おいそれは褒めですか? それとも貶しですか?? 無自覚の貶しなんですか??? あと私の爆裂魔法をネタ魔法扱いとは良い度胸ですねぶん殴りますよ????」

 

 遠回しに、無駄な存在感しかないわよと言われて自分の事を棚に上げてピキるめぐみんを、

 

「事実だろ」

「事実でしょ」

 

 カズマとアクアは一蹴した。めぐみんは泣きそうになった。

 

「続けるけど、ここにダクネスが加わればどうだ? 攻撃こそ当たらないけど力はあるし、機動力もある。めぐみんが動けなくなって誰かの手が塞がっても、ダクネスという硬い壁役が居れば逃走にも幅が広がる。そもそも攻撃が当たらないとは言っても、カウンター系のスキルがあればそれも問題ないだろ」

「なるほどね…確かに、弱点を補えるって意味じゃ、メリットの方が大きいわね」

「勿論、残るデメリットはある。けど、それは俺達の工夫次第でどうにでもなる些細なもんだ。俺達のパーティーで火力を出せるのはめぐみんだけ。だけど爆裂魔法は発動まで時間が掛かる。そこを、爆裂魔法にも耐えられるダクネスで敵を足止めする事で時間を稼ぎ、零した敵は俺とアクアで駆除。最後は爆裂魔法で一気にトドメ。この通り、ダクネスが入ればこういう感じの基本戦法が完成するんだよ」

「むぅ……」

 

 ここで、アクアは唸った。

 自分が頑なになっていた要因はそもそもが破綻していた以上、否定出来る様な理由もない。カズマの話も理に適っているし、ダクネスを仲間に入れた際のメリットを鑑みれば、デメリットは霞んで見えるのも事実。

 それに被虐趣味も所詮は趣味。人間なら何らかの要因でそれが変わる事だってあるだろうし、それは実際に仲間に入れて行動しなければ分かるまい。

 しかし、あれだけ否定してしまった手前、そうすんなりと受け入れるのは難しい。これは理屈云々の話ではなく、アクア本人の感情の話である。

 

「まぁ、後は……そっちの方が楽しそうじゃね?」

「……はい?」

「いやそりゃ、普通ならマトモな奴欲しいよ? けどさ、アクアは俺にこうも言った―――『せっかくの冒険者なんでしょ? なら、楽しみなさい!』と」

「な、なんで一言一句覚えてるのよ……恥ずかしいからやめて」

「いいや無理だね! こう言われた以上、俺は冒険者楽しむつもりだし、アクアも一緒に楽しませたい! ならちょっとくらい癖があった方が良い!」

 

 結局のところ、カズマにとって大切なのはそこだった。

 本来なら、この頃のカズマには余裕なんてものがなかった。一緒に来た女神は駄女神で、そこにめぐみんが居て、さらにダクネスが加わるという、本来のカズマにとっては苦痛が重なるだけでストレスがマッハで加速するばかりだった。

 だが、この世界におけるカズマはダウナー女神という癒しと惚れにより精神的な余裕があり、それでいて度胸もあった。

 カズマは幾度もアクアの暗い顔を見てきた。己が神である事を自覚する度に苦痛を感じ、人と話すにも動くにも、必ず何らかの暗さが宿る彼女が、カズマはどうにももどかしかった。

 他ならぬ彼女が、自分に楽しめと言ったのに。それで自分が楽しめていないのなら、意味が無い。カズマ一人が楽しんでも、一緒に行く仲間が楽しくないのなら、それは全く以て無価値なのだ。

 

「だからダクネス入れようぜ。その方が面白いし楽しいぞ、多分俺とアクアの疲労は強くなるけど」

「貴方、それで良いの…?」

「出来れば嫌だけど……まぁ、アクアが楽しめる可能性があるなら、そっちの方が良くね? アクアだって辛気臭いよりは良いだろ?」

「理由の半分あたしじゃない…もう、バカね。ほんと、バカよ」

「そんなバカ連呼しないで? カズマさんだって泣くんだよ? これでも真剣に考えてるよ?」

「いーや、貴方はバカよ。今まで見たことないくらいのね。ふふっ、ばか、ばーか」

「ヴンッ…………」

 

 びっくりした。それはもうすごくびっくりした。カズマは自分の心臓どころか五体が丸々破裂したのではないかと錯覚すら覚えてしまうくらいには、めちゃくちゃにびっくりした。

 なんて可愛いんだ。これがついさっきまで頭のおかしい紅魔の娘にアイアンクローを喰らわせて怒っていた女神の表情か?

 あまりにも可愛さにやられて心停止しなかった自分を褒め讃えてやりたい気分だ。

 

「だ、大丈夫だよな? 俺生きてるよな? 死んでないよな?」

「私が見る限りは生きてますね。めちゃくちゃ顔赤くなってますけど」

「なんて無邪気で可愛らしい笑顔だ……アクアの笑顔はずっとこうなのか?」

「私が見てきた笑顔はだいたいこんな感じですね…こう、同じ女性ながら心にくるものがあります。何なのかは分かりませんが」

 

 キャベツ大収穫という、何ともシュールなイベントの後ではあるものの、こうして何とかカズマ達はしっかりとパーティーを組む事が出来たのである。

 

 

 

 

「暇やん」

 

 惚けた顔で宿の天井をじぃっと眺めながら、カズマは完全にやる気というものが消失してしまったかの様な声を出す。

 パーティーを組んでから間もないが、カズマ達は現在進行形で退屈という最強の敵に苦しめられている最中であった。

 パーティーを組んだ初日、よっしゃいざクエストへ! と乗り気でギルドに行ってみれば、なんと不思議な事に中はほぼもぬけの殻で、冒険者なんて存在しておらず、ただ黙々と作業をするギルド職員のみだった。

 何これどゆこと? と、職員の一人であるルナに尋ねてみた所、

 

『実は最近、魔王軍の幹部と思われる存在がアクセルの近くに住み始めたという情報がありまして…その影響か、弱いモンスターは逃げ出してしまい、脅威度の高い強力なモンスターのクエストだけが残っている状況なんです』

 

 との事であった。

 

「やっぱ魔王軍にも幹部とかあるんだな……あれか、四天王的な?」

「いや全然四人じゃないわよ」

「違うんかい!」

 

 チャームポイントの頭の結び目を下ろし、ストレートに伸ばした水色の髪を梳かしながら、アクアは呆気なく否定した。

 うん、言いたい事は分かる。さりげなく流されてはいるが、普通にこの二人は同室である。

 と言うのも、言い出したのは他ならぬアクアの方であり、

 

『それなりの報酬を貰ったとは言え、お金が浮くならそれに越した事はないし、それなら同室の方が良いでしょ?』

 

 と、そのまま同室の部屋を取ったのだ。なんと羨ましい事だろうか。

 

「あたしも全部を把握出来てる訳じゃないけど、基本的な生い立ちや種族、特性なんかは大体知ってるわ。何なら、あたしが顔を知ってる連中も居るし」

「え? なにそれどゆこと? もしかして魔王軍に神様居んの? 勝てなくね?」

「正確には女神と悪魔かしら。幹部じゃないけど、堕天使も居るわね」

「えぇ……」

 

 思っていたより濃い面子に、さらにやる気が失せていくのを感じた。女神と悪魔と堕天使とか、もうそれ人類に勝たせる気ないじゃんと、疑ってしまうのも無理はない。

 ぶっちゃけカズマにしてみれば、大きなカエルですら普通に恐怖の対象であると言うのに。

 

見通す悪魔(バニル)怠惰と暴虐の邪神(ウォルバク)神に歯向かう者(デューク)。あと、このアクセルにも氷の魔女(ウィズ)っていうリッチーの幹部が居るわ」

「すんごいカミングアウトするじゃんっ!? アクセルに幹部居んの!?」

「殆ど名前だけよ。ただ席が残ってるってだけ。本人は至って無害だから、別に気にしなくていいわ」

「あ、そう……てか、なんでそんな知ってんの? 確か、この世界ってアクアの後輩の管轄なんだよな?」

 

 なんかやけに詳しいな、とカズマは首を傾げる。

 アクアが言うには、この異世界を管理しているのは自分の後輩であるエリスという女神であり、転生者の管理も本来はエリスの役目であるらしい。

 だが、知っての通りアクアは『全能の可能性』を秘めた女神である為、仕事という仕事が大して回されず暇していた為、その世界に宗教を持っているという繋がりがあるアクアが、死者の管理を受けたのだ。

 そりゃ死者の管理をしているのなら、世界についても多少は通じているのかもしれないが、それにしたって魔王軍の事まで知っているものだろうか? カズマは単純に疑問だった。

 

「まぁ、これに関してはあたしの勝手な責任感ってやつね。管轄じゃないとは言え、しっかりと死ねずにアンデッドやリッチーになってしまった人とか、無念のままに朽ちていった人とか……そういう人達の手を、あたしは握らなかったから。ならせめて、こんな箱庭の世界でも、その日を一生懸命に生きている人達の事を少しでも覚えておこうと思ったの」

 

 箱庭―――とは、言い得て妙な表現だ。

 女神エリスが管理する世界。神が、己よりも上の神から託された世界。つまりは、被造物。

 その世界における歴史の全てが、神々によって観測され、ある時は干渉される―――言うなれば、その世界で生きている者達はその人生すら、神々にとっては箱庭の中の玩具がいつまで保つかの時間にしかすぎない。

 アクアはそれが心底不快だった。その仕組みそのものが、その仕組みの上に立つ一人に自分が居るのが、気色悪かった。

 だから、自己満足に走った。何の慰めにも、償いにもならないと分かっていても、せめて彼等の生き様を記憶に刻むべきだと。

 

「あたしがこの世界の色んな事に詳しいのは、そういう事なの。人間も、モンスターも、アンデッドも……皆、この世界が箱庭だなんて事も知らずに生きて、朽ちて、消えていく。それが誰にも覚えられないなんて……あたしは嫌だから」

「ふーん…本当に優しい奴だなぁ、アクアは。俺ならそんな事まで考えないだろうな」

「そうかもね。けど、それで良いのよ。貴方はあたしを優しいって言ってくれるけど、あたしに言わせれば、これも結局、神様()()()視点からくる傲慢なのよ」

「卑屈過ぎるって」

 

 なんでこうも卑下ばっかするかなぁ……カズマは頭を悩ませる。

 そりゃ、自分は人間だし、神様の視点とやらについても何も分からないが、しかしその美徳である優しさを傲慢だと卑下されるのは、正直な話、かなりの不服である。

 カズマは段々分かってきた。こういう時、アクアの心の内は沈んでいる、と。自分から話しといて自分で気持ちが沈んでしまう、このダウナー女神の数少ない面倒臭い所だと!

 しかし男カズマ、伊達に半年もダウナークールビューティと一緒に色々こなしてきた訳ではない。こういう時に何をすれば彼女の気が紛れるのか、カズマは既に知っている!

 

「おりゃ」

「わっ!?」

 

 カズマは 女神の頭を わしゃわしゃしだした!

 

「ちょ、カズマっ!? いきなり何するのよ!」

「うるせぇ大人しくわしゃわしゃされとけ! お前なーんで自分から話して自分で気が落ちんのっ!? 正直そこはちょっと面倒臭いぞ!」

「なぁっ…!? だ、誰が面倒臭いよ! あたしは真剣に、ちょ、やめて! せっかく梳かしてたんだから!」

 

 そうは言うものの、なんかちょっぴり楽しそうなのはどうなんですか―――とは、流石に言わなかった。なんか殴られそうだから。

 しかしまぁ、カズマのこれは実に最適解であると言わざるを得ない。

 女神として生きてきた彼女には、こういう事をしてくる相手なんて誰一人居なかったのだ。自分の髪を乱暴に撫で回したり、頬を引っ張ったり、面倒臭いとか言われたりなんて、一度だってされた事がなかったのだ。

 こんな気安い事をしてくるのは、他ならぬカズマだけ。人と人、仲間と仲間がお互いに取るコミュニケーションの様なコレが、アクアにとっては非常に楽しく、そして嬉しかったのだ。

 

「よし!」

「はぁ、はぁ……よし、じゃないわよっ。もう…また梳かし直さないといけないじゃない…」

「正直すまんかった。思ったよりアクアの髪がサラサラでつい……」

「つい、じゃないわよ……はぁ。ん」

「え? なにこれ」

 

 手渡されたのは、金継ぎがまるで川の様な形を作っている白い櫛だった。

 アクアはそれを手渡すと、すっと後ろを向いた。

 

「あたしをからかった罰よ。髪、カズマが梳かしなさい」

「えぇ……俺やった事ないんだけど」

「知ってるわよ、その上で言ってるの。期待してないから安心なさい」

「それどう安心しろと……はぁ、しょーがねぇなぁ」

「なんで貴方がそんな態度取るのよ。言っとくけど、髪を誰かに梳かさせるなんて、今までやった事ないのよ」

「おいそんなとんでもない事言うなよ緊張して手が震えてきたじゃねぇか」

「ふん、自業自得よ」

 

 ぎこちない手つきで、アクアがやっていたのを真似る様に動かす。アクアは何も言わないし、その表情は全く見えない為、カズマは普通に緊張しまくっていた。

 

(なんかこの櫛めっちゃ高そうじゃね? 大丈夫だよねこれ? 別になんか神器とかそういう訳じゃないよね? 俺が触っても大丈夫だよねこれ???? というかこれで良いのかっ!? 今の所何も引っ掛かってないけどこれで良いんだよなっ!? ちょ、だれか! 誰か助けて女の人、髪の梳かし方これであってるのか教えてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

 

 心の叫びは虚しいかな、誰の耳にも届く事はなく、数十分という時間を経た後、カズマは解放されたのであった。

 

(何故こうも私はタイミングが悪いのでしょうか……)

 

 その扉の向こうでは、隙間からこっそりと覗いていためぐみんが居るとも知らずに、カズマはどっと疲れた体をベッドへと倒してしまった。

 尚、めぐみんは見えていた―――あのダウナー女神が、物凄く上機嫌だった所が。




白陽向(しろひなた)
女神アクアが持っていた白い櫛。金継ぎが施されており、まるで川の流れの様な形をしている。
それはアクアが全能の可能性として天候神の権能を秘めた事を祝し、天照が直々に贈った代物であり、己が神器である衣と共に、彼女が手放さなかったもの。

天照は天界において最も人に近い神とされ、それ故に彼女はアクアへとこの櫛と共に、純粋な励ましを贈ったという。

どうか悲しまないで。いつか、貴方が人を知り、人と出逢い、人を信じられたなら、その人はきっと、貴方のその綺麗で冷えてしまった心を、穏やかに溶かしてくれるから。
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