ダウナー女神のアクア様   作:全智一皆

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第十四話 猟犬よ、牙を突き立てよ。神よ、己が人を選べ

 

■  ■

 遥か昔、一つの国があった。

 その国は大きく、そして強く栄えていた。魔王率いる魔王軍との戦いを長く続け、それでも尚も衰えぬ力がその国にはあった。

 その国の騎士団には、誇り高き騎士が居た。騎士道を重んじ、弱きを助け強きをくじく心を持った、誰が見ても立派だと称える様な騎士だった。

 その騎士は英雄だった。愛馬と共に戦場を駆け、ある時は魔族を、ある時は敵国の兵を退け、騎士団の長として兵士達を率い、鼓舞し、必死に戦った。

 騎士の手には名誉と勝利が常にあった。武功を立て続けた騎士は、確かに英雄として無辜の民の目に映っていた筈だ。

 だが、人は己よりも強い存在を恐怖する。それは国の貴族達も例外ではなかったのだ。

 彼等は密談をした。あの騎士は確かに英雄だ。だが、その英雄が叛逆してしまえば我らはどうなるのだ? と。

 一人の人間が持つにはあまりに大き過ぎる力は、権力に頭の中を支配された人間を恐れさせるには、ただそれだけで十分に過ぎたのだ。

 貴族達は英雄にありもしない罪を幾つも被せ、その首を刎ねた。賞賛は侮蔑へと取って代わり、英雄を心から信じていた者達をすら、貴族達は処断した。単に邪魔だったからだ。

 

 それから数年も経たずして———国は崩壊した。

 強い怨念を抱えながら死に浸かった英雄は、遂に人を辞め、その怨念の末に首無しの騎士と成り代わったのだ。

 騎士は慟哭を()げた。何故だ、と叫んだ。

 裏切りは大した事ではなかった。何故、己が友すら死するのだ、と憤った。

 己だけを死すれば良かったではないか。彼等には何の罪もありはしなかったではないか。ただ己を信じていただけではないか。

 何故、何故、何故。

 何故、死なねばならぬのだ。

 何故、アイツらが殺されねばならぬのだ。

 アイツらが何をした。アイツらの何が悪い。ただ信じていただけが罪だと言うのか、その純粋な心ですらもが不都合だと断じたと言うのか。

 亡骸に温度は無い。己もまた例外ではない。その騎士は、自らの故郷を自らの手で滅ぼし、かつての仲間達を弔い、魔王軍へと自ら降った。

 もはや人としての己は無い。その証明であった仲間も居ない。ならばもう、ただの魔物として、人類の敵として、悉くを蹂躙してしまおう。

 そんな自暴自棄の末、魔王軍幹部ベルディアは完成した。

 

「けれどそれすらも箱庭の中の運命でした———ってね? まぁ教えたの(わらわ)だけどね!? ニャルちゃんは面目ない! ニャルちゃんは面目ない!」

 

【緊急討伐クエスト★★★★★+☆】

【首無しの猟犬を弔え!】

 

【推定レベルを大きく超えた相手との強制戦闘となります】

【それでも貴方達は超えなければなりません】

【ご健闘をお祈りします】

 

 

 

 

 嫌に風が吹いていた。

 酷く冷たい風が影響を及ぼしているのか、或いは天が現状を指し示そうとしているのか。晴れ空はその姿の一切を雲に隠し、青色が鉛色へと褪せていった。

 

「なんだ、あれ……」

 

 カズマは一言、それだけを零す。搾りかけの様な、とても小さな声だった。

 めぐみんの爆裂魔法の日課に付き合う様になってから暫くが経ち、ギルドでのんびりとしていた時の事だ。突如として、ギルド内で警報と招集が掛かった。

 アクセルの門前に集まった冒険者達は、全員が武装し殺気立っていた。それも当然だ、なんせ首無し騎士(デュラハン)———即ち、魔王軍の幹部ベルディアが、草原の上に立っていたのだから。

 アクセルは駆け出し冒険者の街であるが、しかしとある事情により、駆け出しとは思えないレベルの冒険者がそれなりに多く存在している。それこそ、王都で活躍していないのが不思議に思える程の。

 だが———その冒険者ですら、その身体を芯からガクガクと震わせていた。

 だらりと垂らした涎によって草は腐敗し、喉から鳴る唸り声が恐怖を増長させる。首無し騎士が駆る愛馬は、本来なら無い筈の首に、肉塊が意図的に形として組み立てられたかの様な顔が付着していた。

 奇しくも犬、或いは狼に似た形状を取っているグロテスクな肉塊を直視しただけで、ザクザクと何かが削ぎ落とされていく様な感覚に陥った。

 

「俺の城に……」

「し、城…?」

「爆裂魔法を撃ち込んでいるのは、誰だ?」

「——————」

 

 心臓の鼓動が加速した。背筋が凍るどころか、そのまま砕けてしまいそうになる。

 アクセルから少し離れた廃城。カズマ一行はずっとそこに爆裂魔法を撃ち込んでいた。どうせただの廃城だし、あそこから誰の迷惑にもならないだろうと。

 だがどうやら、あの廃城は人———正確には魔族———が住んでいたらしい。しかも、魔王軍の幹部という超ド級の地雷がだ。

 

(ヤベぇヤベぇヤベぇほんとの本当にマジでヤバいっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! どうするマジどうするっ!? こんな状況でおいそれとはい俺達ですなんて言える訳がねぇ言ったらぜっっったいにぶっ殺されるじゃんあんなん!? つか見た目がもう怖いヤダ今すぐ宿に帰りたいッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

「アレは、『ティンダロスの猟犬』…? なんで、この世界に…」

「聞き間違いであってほしいんだけど今すっごい名前出さなかった??? TRPGでよく聞く名前出さなかった????」

「確証とまではいかないけど、多分『ティンダロスの猟犬』よ。完全に融合してるわ」

「心の底から嬉しくない報告ありがとうアクアさん俺今すぐ帰っていいですか?」

 

 プライド? そんなもんは捨ててしまえ。自分の命最優先だろ巫山戯るな。

 ティンダロスの猟犬———それくらいはカズマだって聞いたことがある。不登校でニートの様な生活を送っていたカズマが興味本位で見ていたTRPG動画でも、その名前は何度か出てきた。

 鋭角より現れ、獲物を仕留めるまで何処までも追い掛ける最悪の追跡者———ティンダロスの猟犬。時間の跳躍すら可能とし、一度でも目を付けられたら大抵の場合は詰みで終わるという、絶対に遭遇したくない存在である。

 

「ダメよ。逃げたら逆に狙われるわ」

「詰みじゃん! どうすんだよアレ!? 俺らじゃ絶対倒せねぇぞ!?」

「今までで最悪の事態なのは確かね……そもそも、なんでティンダロスの猟犬が居るのよ。この世界には存在してない筈なのに……エリスがミスした? いや、あの子がクトゥルフ神話群の連中と関わる訳もないし…そうなると、消去法でロキ様かニャルラトホテプの二択ね」

 

 天界のトリックスターは誰か? という質問を神々に投げれば、おそらくほぼ全ての神々がこの名を挙げる。

 北欧神話のトリックスター、ロキ。

 クトゥルフ神話のトリックスター、ニャルラトホテプ。

 謀略に長け、詭術に長け、あらゆる全てを玩具の様に弄び、それらを愉悦だとして嘲笑う。浮気性の主神だったり、寛容なのか短気なのか分からん全能神だったりと、様々な特徴を持つ神々の中でも、人一倍———或いは神一倍———嫌われているのがこの二柱である。

 ニャルラトホテプはクトゥルフ神話の神格である事から特に毛嫌いされており、ぶっちゃけその扱いはゴキブリのそれとほぼ同じ。

 ニャルラトホテプがその場に現れたなら、全能神はその権能をフルで使って撃滅するし、水神や海神は海を丸ごと顕現させて沈めるし、炎神や天候神は天界全体を燃やす勢いで烈火を放つ。あのゼウスとテュフォン———或いはテュポーン———が手を組むくらいには嫌われていると言えば、それがガチなのだとお分かり頂けるのではないだろうか。

 その立ち位置から天界でも顔が広いアクアが思い付く限り、ティンダロスの猟犬等と言う厄ネタを引っ張って来る様な神はこの二柱くらいだったのだ。

 最有力候補はもちろんニャルラトホテプだ。そもそもクトゥルフ神話群の生物なのだから、当然も当然である。

 

「おい、爆裂魔法って……」

「このアクセルで爆裂魔法が使える奴って言ったら……」

 

 爆裂魔法なんてネタ魔法、使える人間はそう多くないだろう。というか使おうと思う奴自体が稀だと言わざるを得ない所だ。

 あれ? そういえば爆裂魔法を最強だのなんだのよく言ってる紅魔族の娘が居た様な…

 冒険者達の視線が一気にめぐみんに集まると、めぐみんはふいっと隣の魔法使いへと目を配った。しらを切りたかったのか、それとも罪を擦り付けたかったのかは定かではないが、その行動のお陰か、全員の視線はその魔法使いの方に移った。

 

「な、なんで私を見るのっ!? あのっ、わたし、爆裂魔法なんて使えないから! わたしじゃないからぁ!」

「おいめぐみん擦り付けんな。さっさと前出ろよお前」

「バカ言わないでくださいよなんで私だけなんですか貴方とアクアも一緒ですよ」

「道連れにすんなっ!? 撃ち続けたのお前な! 俺ら悪くねぇから!」

「いいえ私を運んだのですから二人も同罪ですよ!!!! 同じパーティーでしょう困ったら助け合いですよね!!!!」

「コイツ都合良い理由こじ付けやがってぶち殺すぞおぉん!?」

「いや待てめぐみん、カズマ! ここはやはり私が出るべきじゃないだろうか!?」

「漫才やってる場合じゃないわよ、まったく……」

 

 いつものギャグペースに呑まれそうになるが、今回はそんな場合じゃない。

 これが本来のベルディアでならば別ではあったが、ティンダロスの猟犬と融合してしまっているのならば話は大きく変わるというもの。

 下手すればアクセルが壊滅しかねない脅威だ。慎重に事を運ばねばなるまい。

 

「行くわよ、めぐみん」

「くっ…分かりました、行きましょう! 寧ろこう考えましょう、あの幹部を打ち倒せば爆裂魔法が如何に強力であるかを知らしめられるのだと!」

「え、マジで行くの? アレ相手に?」

「じゃあ行かない?」

「その質問は卑怯ですやんアクアさん……しょうがねぇなーもうっ! 分かったよ行きゃ良いんだろ!?」

「壁役は任せろ! あぁ、あの牙に噛まれたら私はいったいどうなってしまうんだ…!」

「お前ほんっとにブレねぇな……あれ見て尚もドM思考出来るとか逆にスゲェよ」

 

 上手くやらなければ全滅は必然。いざとなれば、()()()()()も視野に入れておくべきだろう。

 カズマ達一行の歩みによって自然と開かれた道の末、4人が前へと進んで行った。

 

「———な、ぜ?」

 

 その声色には、明らかな動揺が混ざっていた。それに対し、アクアは訝しみを覚えざるを得なかった。

 

「———我が名はめぐみん! このアクセル随一のアーク」

「何故だ」

「おい貴様! 紅魔族の口上に口を挟むなんて良い度きょ」

「何故、貴様らが連なっている」

「無視ですか? 眼中に無いとでも言いたいんですかそうですか。分かりましたよそれなら上等です今この場でレッツば」

「この小娘だけで来るのではないのか…?」

「だから無視するなぁ!!!!」

 

 ベルディアは明らかに驚愕していた。無い首では驚くもクソもないだろうが、その声は確かに震えていた。

 

「まるでめぐみんが前に出るのを知っていたかの様な口ぶりね。最初から知ってたの?」

「………貴様は、」

 

 さらに声が震えた。身体に纏う鎧がカタカタと鳴り出した。

 人の形をしているが、明らかに人ではない。その身から溢れて止む事のない、人という存在とは隔絶している気配を前にして、ベルディアは確信に辿り着く。

 

 ———神。それ以外に、この女という存在を表す言葉は存在しない。

 

「貴様が——————()()()()()()()()

「な———」

 

 当然の様に、合図などありはしなかった。

 何かが捻れる様な奇怪な音が鳴り響いたのかと思えば、それなりに開いていた筈の距離は空間ごと詰め寄られ、人の首など呆気なく両断するであろう漆黒の大剣が、アクアの首目掛けて迫っていた。

 

「アクア!」

「っ、の!」

 

 ガンッ! と、鈍い音の後に大剣が空へ振り上げられる。

 咄嗟の判断で繰り出した女神の拳は、人並み以上の大剣を容易く弾き返し、薙いだ左手が浄化の光を纏い出す。

 《ターン・アンデッド》———浄化魔法としては初歩の初歩と断言出来る魔法だが、それでも女神であるアクアが使えば、その威力は段違いだ。

 そこらの上級アンデッドであろうが、水の女神として浄化を司る彼女の《ターン・アンデッド》なら、容易く滅せられるだろう。

 

「———」

 

 だが、事はそう上手くは運ばず。

 ベルディアは再び空間を跳躍し、翻す様に浄化を躱し、身に余るばかりの憎悪を吐き出しつつあった。

 

「はは、ははははは!!!!!!!!!!!!! まさかこうも早く相見えるとは思わなかったぞ! 俺を野放しにした貴様と、日も経たずして邂逅するとは、これこそが宿命と言うやつかッ!?」

「なにをっ…!」

「———違うな、嗚呼、ちがう。否、否否否否否否否否!!!!!!!!!!!!! これが宿命かっ!? これこそが運命か!? ()()()()()()()()()()() バ、バカにしやがって! 何なんだ貴様らはッ!? どんな脳みその構造をすればこうも残酷で惨たらしい世界(システム)など思い付くっ!?!?!?」

 

 言動は支離滅裂だ。精神が崩壊しかかっているとしか思えない。

 これだけ乱れていれば、アクアは考えるまでもなく気付く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「《解錠(バースト)》、《アクセル》・《プロテクト》!」

 

 限界を超えた加速と保護を3人に掲げ、

 

「今すぐ下がって!」

 

 アクアは声を荒らげて命令を下した。

 明らかな異常。こうも分かりやすい精神崩壊などしていれば、やはり犯人はあの無貌の神で間違いないのだろう。

 正気度を全て削られた故の発狂? それにしては言語能力が未だ健在だ。外なる神によって発狂したにも関わらず、融合されたとはいえ生きているのもまたおかしな話だろう。

 ならばベルディアは何をされたのか? そんな思考を回そうとするが、他ならぬベルディアがそれを許さない。

 

「しねっ、死ね死ね死ねェェェェェ!!!!!!!!!!! 貴様の、貴様らの様な存在が、そう在るが故にぃぃぃぃッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「《解錠(バースト)》ッ!」

 

 解き放たれる神気と憎悪が交差する。

 空気が爆ぜ、発する風圧は周囲にある尽くを斬り刻む暴風と大差はない。今この場において、この二つの存在が戦っている状況自体が、一つの災害と呼んで差し支えはないだろう。

 本来なら、アクアは3人を下がらせるつもりなどなかった。3人で申し出て、その勢いに乗る様に先手で《ターン・アンデッド》を撃って、ダクネスを壁役としながら他の冒険者達と協力するつもりでいた。

 だが、それはベルディアが想定外の異常をきたしていたが故に諦めざるを得なかった。

 

「貴様は常に観てきたんだろう!? 俺の誕生を、俺らの生き様を、俺達の死に様を!!!!! それら全てが定められたものであると嘲笑っていたのだろう!? 上位の存在であるが故に貴様らはどいつもこいつも全てを虫けらの如くに扱って癪が触るのだ気色悪いッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! あぁ何故だ何故助けてくれなかったのか!? 何が悪くて何が良かったのか教えてくれ? 違う教えないでほしかったんだよ神であるなら!!!!」

「———見た。いや、見せられたの? 貴方は、アイツに」

 

 世界は神が管理する箱庭である? 実にその通りだ、的を射ていると言って良い。

 この世界は女神エリスが管理する世界。本来ならば、この世界に転生者を招くのも、その特典を管理するのも、全てはエリスの仕事である。

 だが彼女の仕事はそれだけでは終わらない。なんせ神として『世界』を『管理』しているのだ。たかがその程度の量で収まる訳もない。

 ———その世界に生きる全ての存在は、尽く女神エリスに認知されている。人間も、動物も、魔族も、それは等しい存在として認識され、彼等の歴史ですら例外にはなり得ない。

 ニャルラトホテプは、それをベルディアへと教えたのだ。

 

『散々な人生だったし、それなりに充実した魔族生だったろうけどさ———残念ながらぜぇんぶ決まってる事なんですよねぇ!? これから君がやる事も始める事も終わる事も何もかも一切尽くがこの箱庭の中で定められたシナリオであって、そこには君の意思なんて最初から介在する余地がいっっっっぺんも無いのよね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ねぇどんな気持ち!? 自分が死ぬ事なんて別にどうでもよくてって思う気持ちも、仲間の死に嘆き叫んだアレも、敵対していた魔王軍に屈した時も、それら全部が自分の意思によるものではなくて既に誰かが書き記した世界における設定だったって知らされて、君はいったいどんな気持ちになっているのかニャルくんちゃんに教えておくれよ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

「あの顔無し畜生めっ……ほんっとにろくでもない事しかしないわね」

「あァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!! 返せ何かせえ返せ返せ!!!!!!———いや俺が奪えばいい。俺が貴様(かみ)から全てを奪い取るのだ」

「———まぁ、そうなるわよね。あたしだって、貴方と同じ立場にあったなら、そうするわ」

「……? どういう事だ?」

 

 攻撃が不意に止まった。溢れる憎悪が、一時の疑問によって抑えられた。

 

「高みの見物で何もかもを見下す奴に復讐するなんて、何もおかしな事はない。貴方の行動も、感情も、全部正しいわ———あたしには、それを否定する権利がない」

 

 救わなかったのも。

 手を差し伸べなかったのも。

 それら全てが、紛れもない事実であるから。

 

「ごめんなさい。あたしは、貴方の為に動こうとしなかった」

 

 誰が否定しようと言うのだ。誰に否定出来る権利があると言うのだ。

 この世界に生きる全ての存在は、誰もが神に対して復讐する権利を持っている。ただ、それが絶対に叶わないというだけの話だ。

 こうして目の前に、復讐出来る存在が現れたなら……それくらいは当然だろう。

 

「確かに観ていたわ。でも、手を差し伸べなかった。召そうともしなかった。他ならぬあたしが、ベルディアという人間を見捨てた。愚かな神よ」

「自らを愚かと言うのだな、貴様は。皮肉なものだ、俺を見捨てた神が今になって復讐を肯定してくれるとは。それに安堵の様なものを覚えた自分が酷く忌々しい———あの邪神の様な存在であったならマシだった」

「アレと一緒扱いはされたくないわね。……まぁ、貴方にしてみれば大した違いはないでしょうけど」

「であれば、なんだ? 貴様は貴様の全てが俺に簒奪される事を受け入れると言うのか?」

「———それは、」

 

 その選択は、アクアを苦しめる枷。

 彼女は神ではなく人を羨み、人を望んだ。出来る限り、人間らしく。

 だが、目の前に居るのは神によってその生を狂わされた存在。箱庭の中の己を自覚してしまったが故に壊れてしまった、自分が目を逸らしたから生まれた怪物。

 彼には復讐の権利がある。それを否定は出来ない。だが、それで仲間が死ぬ事を認めるのか?

 認めてしまえば、確実に皆が死ぬ。だが認めなければ、それこそ自分が他の神と何ら変わりのない存在だと完全に認める事になる。

 

 さぁ、どちらを取る?

 この世界で巡り会った仲間を守る為に本当の神に成り下がるか、それとも自分の望みを優先して仲間を見殺しにするか。

 女神アクア———お前の意思は、どちらに傾く?

 

「あたしは」

 

「———『スティール』!!!」

 

 眩い光に包まれる。

 空間の跳躍は、起きなかった。

 何故ならば———

 

「なん———」

「おっしゃゲットだオラァ!!!! デュラハンってこの首の視点で戦ってんだろ!? これでちょっとは戦い難くなったろ!」

 

 カズマの『スティール』は、対象の有無へ対した影響を受けない。

 一度その相手に狙いを定めて発動出来れば、後は運の高さによって奪い取るものが確定する。

 アクアからそれなりの距離を取っているカズマの運は、どうやら絶好調にあった様だ。彼の手の中には、発狂していたデュラハンの首がすっぽりと収まっていた。

 

「小癪な真似をした程度で、俺をやれるとは片腹痛いぞ、小僧」

「とっくに身体腐り切ってる奴が何を偉そうに言ってんだバーカっっっ!!!! 人の仲間相手に愚かだなんだの訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇぞお前!!!! 頭良くてカッコよくて可愛いアクアの何処が愚かだってんだおぉん!?」

 

 はい、シリアスタイムお終い。という訳でカズマのテンションはバグり散らかしていた。

 主にとんでもない戦いを見せられた恐怖が6割とアクアへの罵倒による激怒が8割である。どうやらカズマの感情割合は10ではないらしい。

 

「アクアも何辛気臭い事言ってんだよ面倒臭ぇ! なんだってそうも細かい事ばっか気にすんのお前!?」

「ま、また面倒臭いって言ったわね! あたしは至って真面目よ!」

「真面目過ぎるから面倒臭いってんだよ分かって!? アクアの事だから分かるだろうけど観音様って手が千本ある他に頭にバカみたいに目ん玉付いてるだろ!? 困ってる人、苦しんでる人を零さず助けられる様にってな! アクアは目も手も足も二つなんだから誰も彼も気にして助けられる訳ねぇだろうがそこん所しっかり区別しろよバカじゃねぇの!?!?!?」

「ば、バカっ!?」

 

 ここまで強烈な罵倒を浴びせられたのは初めてである。それも、これまで面倒臭いくらいしか言ってこなかったカズマから。

 カズマにしてみれば、神様の考えなんて理解出来る訳がない。なんかもう、そういう次元の事とか考えるだけで頭が痛くなってくる。

 だが、そんなカズマにもアクアが根本から()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そもそも神様はこういう在り方がどうこうとか言いながら、まずアクアがその考えに囚われてんじゃん!」

「俺を持ったまま会話を進めるとは、余裕だな」

「うるせぇ話遮んんんん!?!?!?!?」

 

 愛馬は独立する様に空間を跳躍し、肉体は感覚によって動作する。大剣の矛先はカズマの肉体を一刀両断する様に振り抜かれた。

 

「ダクネス! ダクネスヘルプぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!」

「任せろ!」

 

 明らかに興奮しており貴族のお嬢様がしちゃ絶対にダメであろう恍惚顔をしながら突撃するダクネスは、ぶっちゃけて言えば恐怖以外の感情は抱かざるを得ないくらいに奇怪だった。

 振っても当たらない剣を握り締め、反撃する様に前へ躍り出れば、やはりそれを振るわずに生身で受け止めた。

 

「なんだと…」

「あぁ!? やはりだ、思った通りだ……アクアのバフが強過ぎて痛みがこない!!!! アクア、何故こんなに強力なバフを掛けたのだ!? 絶好の機会だったんだぞ!?」

「おい小僧、なんだコイツは。本当に騎士か?」

「ナチュラルに話し掛けてくるじゃん幹部。いやまぁ、はい。一応これでもクルセイダーです」

「世界は狂っている……ああ! これも全て神」

「うるせぇなだぁってろい!!!!! 俺が手に持ってる内は発狂するな! てかまだ話の途中! めぐみんは爆裂魔法の用意しとけ! 派手にぶちかませ! タゲはダクネスが取るから!」

「カズマから許可が出た!? これは明日は槍でも降るのでしょうか……ですがそれでも構いません!!! 良いでしょう、このめぐみんが爆裂魔法で以て魔王軍の幹部を討ち取ってみせましょう!」

 

 勢いがどんどん増してきて、もはやシリアスの影が無くなりつつあるのはご愛嬌である。だってカズマパーティーだから。

 それを良しとしなかったのか———特段そんなつもりはない———アクアはちょっと! と、再び声を荒らげた。

 

「皆は下がっててって言ったでしょ! 死んじゃったらどうするのよ!」

「冒険者やってんだからそれくらい当然だろ!? いや死にたくはないけどさ! でもだからって、アクアを一人で戦わせる様な事したらそれこそマジでクズじゃん俺!!!! 正真正銘のクズマさんになっちまうよ!」

「今はそんな事言ってる場合じゃ———」

「あーうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!!!!! あのな、さっきの話に戻るけどさ! 格が高いのか何なのか知らねぇし、俺も神話の事詳しい訳じゃねぇけど、聖書の神様だって全人類まるっと救済した事ないだろ多分!? つまりはそゆこと! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!!!」

 

 結局のところ、だ。

 難しい事はよく分からないカズマにしたって断言出来る、アクアの言っている事はそもそもが矛盾に満ちていた。

 まず前提として、彼女は神様とやらの在り方を否定していたし、嫌悪している。自分がそうである事だって疎ましく思っている。

 だが、彼女の言葉は自責による罪滅ぼしと言えば聞こえが良いが、結局のところそこにあるのは全能の可能性を持っているが故に『あたしにしかこれは出来ない』という、無意識にはみ出た傲慢である。

 彼女は人を羨んでいる。にも関わらず、その在り方は人からかなり逸脱していて、どちらと言うまでもなく神のそれだ。

 カズマは思う。自分の望みを優先する事の何が悪いんだ、と。

 だって、いちいち気にかけてなんかいられないだろう。神だからとか、誰も救わなかったからとか、そんな事を気にしたって、もうどうにもならないだろう。

 人として死んで、デュラハンとして再び生を受けたこの男を、何故そうまでして面倒を見なければいけないのか?

 それが世界の理だろうがなんだろうが、そんな事はアクアが気にする様な事でもないし、その責任はエリスにこそぶつけるべきであって、アクアが取るものでは断じてない。

 故に、男カズマは一蹴する。

 

「言ってる事ぜーんぶバカバカしいッ!!!!!!!!! 天界の仕事とかそういうの全部ほっぽり出して、俺のお願い聞いてくれた上で実際に異世界に来たんだろ!? だったらもう———遠慮なんかしないで楽しめよ!!!!!!!! 前世のアレコレとかガン無視して派手にバカやって笑うのが異世界転生だろうが!!!!!!」

 

 ———腕を掴まれて、引き上げられた様な気がした。

 

「………………わかったわよ。そこまで言うなら、()()()()()()()()()()()()

「……あれ、これもしかして言葉ミスった????」

 

 安心していい。君は何も間違ってはいない。

 佐藤和真はしっかりとアクアの淀みを払った。

 要するに———彼女は、色々と吹っ切れたという訳だ。

 

「———地よりも広く(そら)よりも深き大海、即ち根源。世界を構成せしめし無二(ただひとつ)の存在を司りしは他ならぬ我なり」

 

 水。それ即ち、生きとし生ける全ての祖。

 生命の起源は水中にて増殖した微生物。それらの環境は、時に穏やかに、時に荒々しく、何一つの例外なく全てを呑んで受け入れる母なる大海。

 

「巡り(めぐ)るは生命の円環。沈み(しず)むは生命の終焉。始まりたる原初(アルファ)の生誕、終わりたる終点(オメガ)の堕天を指し示す。即ち是なるは、世に根ざす(いかり)の抜錨である」

 

 其は水を司りし女神。分けて天と生命と豊穣を司り、統べて全能へと至る者。

 

「我が名はアクア。我が名はアクシズ。水天の軸を象徴せし我が真名を以て、脆弱なる権能を今この瞬間(とき)に解放する」

 

 本来の3分の1にまで下がり切ろうとも、しかしてそれは神の御業。神を神たらしめんとする権力そのものであり、その神を表す本質の具現。

 

「呑まれよ混沌。沈めよ世界。方舟にも乗れなんだ———塵芥よ」

 

 水神権能:遥か深き生命の海園(アクア・ムンドゥス)

 今この瞬間において、世界のあらゆる水は、我らの母の手中である。




・水神権能
水の女神としての権能にして、女神アクアという存在を成り立たせる大元。
ギリシャのトリトンやポセイドン、インドのサラスヴァティーやナーガ、ケルトのマナナンといった水神、海神のソレとは根本から異なるものであり、権能と呼称されてはいるものの、その本質は純粋な『事象』に近い。
神を蔑み、人を羨む女神の力は、太古より人に寄り添い続けた羨望の獣と同義であった。

母なる水に底はなく、故にすべてを受け入れる。それがいつしか溢れるものだと、神ですら思わぬ程に。
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