ダウナー女神のアクア様   作:全智一皆

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第一話 女神、降り立つ。そしてやらかす。

 

■  ■

 女神アクアは神界において、かなり奇妙な立ち位置というものに着いている。具体的には、『なんでアイツあんな凄いのに、変な考え持ってんだろ?』みたいな感じで、言うなれば若干浮いているという訳だ。

 水の女神。万物の生命、その源を司りし女神である彼女は、ともすれば全能神に至る可能性をすら秘めているとも言われる。

 水を司る事から派生して天気を司り、豊穣を司り、生命を司るともなれば、もはやそれは全能の神と大した差はない。神々の世界において『全能』というのは、それだけで到れる様な道であるのだ。

 分かりやすい例えを出すならば、かの雷神トールだろうか。

 ミョルニルでその名を轟かせたトールは、しかし元を辿れば雷神という領域に収まる程度の神格などではなかった。

 雷霆と軍事と農耕の三つを司りし全能の神。北欧の主神、魔術と戦争の神たるオーディンをすら凌ぐ最高神の地位にあったとされている。

 なればこそ、かの水の女神が全能へ至る可能性も決して否定は出来ない訳なのだが、しかしだからと言って、女神アクアがそれを目指す、或いは望むかと問われると、その答えは否と言わざるを得ないだろう。

 そもそも彼女にしてみれば、まず『神格』というもの自体が気に食わないのだから。神という存在そのものに、諦念混じりの嫌悪感があるのだから。

 と、このまま彼女について語り尽くすのも吝かではないのだが、それは物語の構造としては些か面白みというものに欠ける。

 まぁ、その話は追々やっていくとして、だ、

 一先ず、カズマは下手すればチート以上のチートを異世界に転移させてしまった、という事を認識してもらえれば、今はそれで何ら問題ない。

 それでは、視点を彼らに移していく事としよう。

 

「お―――おぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 分かりやすい感動と興奮に、アクアはまぁ、まだ健全な高校生だものねと、やや呆れ気味に、しかし笑ってそれを眺めていた。

 異世界だ、ずっと夢に見ていた異世界だ!

 ラノベもアニメもどちらにも耽っていたカズマは、この如何にも異世界ですと言わんばかりの街並みを見るだけで、十分に喜べる感性の持ち主だった。

 ビクトリア朝と言うには、些か気品というものには欠けるけれども、しかしまさしく異世界、中世を想起させる街並みには感動せざるを得なかった。

 

「本当に異世界に来たんだ俺! いやっほーい!」

「始まりの街でそこまではしゃげるの、多分貴方くらいよ。その勢いだと、王都に行ったら気絶しそうだわ」

「王都! そっか、そりゃあるよな王都!って、あれ? アクア様そんな格好だったっけ?」

 

 言外に落ち着きなさいと諌められ、深呼吸で興奮を抑えたカズマは、ふと疑問を抱く。

 青い格好にやけに透明度の高いスカートという、世が世ならば痴女扱いされても何ら不思議な事はない格好をしていたアクアだが、しかし今の彼女はそれとは若干異なる。

 正確には上だ。黒を基調とし、所々に青の装飾が施されたフード付きのパーカーを着ていたのだ。

 

「あぁ……これね。私の神器よ。女神の証たる神器。元は羽衣だったんだけど、私に呼応してこんな感じになってるの」

「羽衣がパーカーになるって……どんだけダウナーなんすか」

「ダウナーと言ったらパーカー、なんて安直よね。神々の現実なんて知れば、皆こうもなるわよ」

「ブラック企業勤めの社会人かよ」

「色々と腐っているという点を見れば同じね」

「マジかよ神界やべぇ……」

 

 そもそも神に対して諦念混じりの嫌悪感を抱くアクアにしてみれば、神界という場所自体がブラック企業と大差ないのは当然か。

 信仰が無ければ存在出来ず、力を行使する事も出来ない癖して人間を消費する。悪なるを排すこそ神としての理であると言って憚らない。

 如何なる理由も考慮せず、思考を放棄したそれこそが他ならぬ悪だろうに。先輩同期後輩の神々の前でそう吐き捨てて、後輩であるエリスを戦慄させたのは今でも憶えている。

 アクアにとっては、神々も神界もその程度。だからこそ、カズマの提案はあまりにも面白く、それでいて何処か喜びの様なものを感じてすらいた。

 

「じゃあ、歩きながらこの街の説明からしましょうか。行く先は冒険者ギルドよ」

「おー! 俺も冒険者になれるのか…やべぇめっちゃ楽しみなんですけど!」

 

 冒険者ギルドなんて、年頃の男子ならばワクワクしない訳がない。

 モンスターを狩ったり困り事を遂行したり仲間と戦ったり……そんな、ゲームやアニメなどでしか摂取する事が出来なかった喜びと楽しみを、遂に現実で得られるのだ。

 カズマとしては大興奮ものである。だが、些か現実に期待し過ぎだと、アクアは窘める様に言った。

 

「貴方が想像する様な冒険者になれるかは、貴方のステータス次第よ。最悪の場合は商人になる可能性だってあるし」

「唐突に怖い事言わないでくださいアクア様」

 

 期待が不安に飲み込まれそうになった。

 なんでいきなりテンションぶち下げる様なお告げをくださるのか。出来ればテンション爆上げぶっちぎりなお告げが欲しかったカズマくんだった。

 

「先に言っておかないと文句言われるかもしれないじゃない。あと、それ止めさない」

「へ? 何を?」

「その様付けと敬語。あたし達はパーティメンバーになるんだから、対等に扱いなさい」

「あ、あぁ……でも、良いんすか? じゃなくて……良いのか? 女神として、そういうの嫌だったり…」

「そんなもんクソ喰らえよ」

「一言で吐き捨てやがったっ!? え、いいの!? 女神としての格とかプライドとかそういうの、そんなゴミ投げ捨てるみたいに簡単に捨てちゃって良いもんなの!?」

 

 どんどん自分の中の女神像が崩れていくー! と、カズマは普通に難儀した。

 この女神様は本当に女神らしからぬ御人である。普通の女神―――なんて別に知ってる訳ではないけれど―――ならこんな事は口が裂けても言わないだろう。

 だが、当の本人(神)は人目も憚らず断言しやがった。

 

「ま、まぁ、それで良いなら良いんだけどさ。俺としてもやり易いし」

「そ。ならそうしてちょうだい。折角の下界だし、あたしもそういうのは抜きで楽しみたいのよ」

「はぁ……よく分かんねぇけど、じゃあ遠慮しないわ。案内と説明頼むわ、アクア」

「任せなさい。連れて来てもらった分、サポートはしてあげるわ。まず、此処は始まりの街アクセルよ。王都で活動してる冒険者の大体は、此処である程度のレベリングを済ませてから王都とかの場所に活動を移してるの」

「へぇー、ゲームであるあるのやつだな」

 

 始まりの街なんて、RPGでは定番中の定番と言えるだろう。

 プレイヤーの故郷であったり、ヒロインの故郷であったりと種類は様々だが、基本的にはこれらだろう。カズマの場合は、と言うよりは転生者達にしてみれば、完全なる異郷となる訳だが。

 各々がチートを持っている為、レベリングなどは比較的楽というものだ。レベルが上がれば当然の事、必要な経験値も増える。そうなれば、アクセルでの活動はやりにくいものになる。

 となれば必然的に、王都へ向かう事になる。なんせ王都は、魔王軍が今も侵攻を続けては呑み込めずにいる場所。言わば最前線だ。

 

「まぁ、概ねそんな認識で良いわ。貴方の前に来た転生者も何人かは王都に居るわ。全員とは限らないけど」

「なんで? 皆、転生の特典を持ってんだろ?」

「誰もが魔王の討伐を目指している訳じゃない、という事よ。戦うのが怖い人とかは特にね。どんなチートを持っていても、そもそもそれを戦闘で扱う度胸が無いなら宝の持ち腐れ。心の問題だもの、これはどうしようもないわ」

「そういうもんか? 俺は全然楽しみなんだけど」

「―――ゲームじゃないのよ。世界観こそ王道のRPG風だけど、此処はゲームではなく現実。死んだらそこで終わり。これまで戦った事なんてない平和暮らしの人間が、いきなり怪物と戦うなんて無茶も良い所でしょ」

 

 また一気に鳥肌が立つ様な事を言いやがったこのダウナー女神。

 そう、この世界は仮想(ゲーム)ではなく現実(リアル)である。

 死ねば終わり。復活(コンテニュー)は存在しない。残機は1で、死ねばそこでデータも何もかもロストしてしまう現実(クソゲー)だ。

 どんなRPGであれ、必ず一度は死を経験する。その度に対策を立てて立ち向かうのだ。だが、現実ではそうもいかない。死ねば終わりだ、その先はない。

 

「皆が皆揃って魔王討伐に勤しむ訳じゃないの。だから、王都に全員が居るとは限らない。隠居してる人も居れば、別の仕事に就いている人も居る。まぁ、あくまで『そういう生き方もあるのか』、程度の認識で良いわ」

「ふーん……まぁ、俺にはアクアが居るし大丈夫か! なんせ女神様だし!」

「今ここで見捨てるわよ」

「すんません調子乗りました」

 

 やっぱり女神とかそういうのは地雷らしい。ここまで話して確信したカズマは、今後はこういう単語は控える様にしようと心に決めた。

 明らかに顔が不機嫌になっている。ちょっと、いやかなり心に来るタイプの不機嫌顔だ。上司からあんな顔されて怒られたら即泣きする自信が湧いてくる程に。

 

「言っとくけど、ヒモにさせるつもりはないわよ。サポートするとは言ったけど、しっかり貴方にも働いてもらうわ」

「うっす。でも、ステータス次第で俺冒険者になる道無くなるんだろ? そうなったらどうするんだよ」

「戦えなくてもやれる事はあるわ。その時はその時で戦い方を考えればいいのよ。ただその日暮らしの異世界生活なんて、真っ平ごめんでしょ?」

「それは…そうだな。出来れば楽しみたい。何なら無双したい」

「なら期待しなさい、自分に。それに、どんな職業になるにせよ、サポートはしてあげるわ。安心しなさい」

 

 本当に頼もしい女神様だ。なんて言うとまた不機嫌になるので、カズマはぐっと言葉を飲み込んだ。

 褒め言葉なのに褒め言葉として機能しないというのは、何とも難儀なものだ。ある意味では神様らしい難しさとも言える。

 だからこそ、つくづく疑問だ。いったい何が彼女をここまでさせるのだろうか。

 カズマとしては、神様になったなら勿論崇め奉られたい事この上ないものだが、彼女の場合はその限りではないらしい。

 

「さ、着いたわよ」

「おぉ…! ここがギルドか! いやマジでめっちゃギルドじゃん! 俺が想像する通りのギルドだわこれ!」

 

 ダラダラと話していれば、あっという間に目的地に到着だ。

 一見すれば大きな酒場の様にも思える。実際、その中は酒場のそれと大した差はない。だが、其処には如何にもな装備を整えた者が多く居た。

 剣を携える者、槍を背負う者、斧を下げる者、杖を持つ者。其処に居る殆どが冒険者。この世界で依頼(クエスト)をこなし、日々を過ごす者たちだ。

 

「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。本日はどの様なご用件ですか?」

「冒険者登録をしに来たの。お願いできるかしら」

「冒険者登録ですね。1000エリスになります」

「へー、冒険者になるにはお金が要るんだな」

「はい。冒険者も職業ですし、クエストによっては命に関わりますから…」

 

 なるほど、とカズマは一人頷く。

 道中でもアクアが言っていた通り、この世界はゲームではなくリアル。冒険者が受ける依頼は様々だが、その大半を占めるのはモンスターの討伐や撤退のものばかり。

 下手すれば命を落とす戦場に、彼らは挑むのだ。それを無料でやっては、親族からどんな文句を言われるか分かったものではない。

 だからこそ、そういったやり取りが必要なのだろう。

 

「一応、説明を聞いておきたいんですけど、お願い出来ます?」

「勿論です! 冒険者は先程も申し上げました通り、金銭での契約、書類手続きなどを経て、この水晶に触れる事でステータスカードに登録が行われ、そのステータスに合った職業に就きます。筋力や技量に秀でたステータスなら剣士(ソードマン)戦士(ウォーリア)、魔力や知力に秀でたステータスなら魔法使い(ウィザード)等ですね」

「はー。じゃあ、ステータスカードってのは?」

「ステータスカードは、文字通りご自身のステータスが映されるカードです。そこに職業やEXP、スキルなどが記載される、ご自身が冒険者である事を示す資格の様なものでもあります」

 

 聞けば聞く程、やはり世界観的にはゲームまんまと言った所か。わざわざカードにしてくれる辺りは、中々に親切だ。

 職業もかなり多そうだ。自分は何になれるものかな、とワクワクしていたカズマは、さっきからアクアが黙りこくっている事にふと気が付いた。

 

「どうした、アクア? さっきから黙ってるけど」

「…………えっと、その…」

「え、何マジでどうした??? さっきの超絶ダウナーでクール系な雰囲気どこいった?」

「……い、のよ」

「へ?」

「お金が要ること……忘れてた、のよ…………」

「………………………………………………」

 

 絶句。時間にして約1分。カズマは茫然自失だった。

 本当にごめんなさい、と申し訳なさそうに頭を下げる女神アクアは何とか視界に収まっている。だが、カズマとしては複雑極まりない感情が荒れに荒れ、心中穏やかではなかった。

 サポートしてあげるとか宣ってた癖に、まさかの前提条件から忘れている? そんなこと普通ありえます? あんな如何にも有能そうな雰囲気出しといて? ちょっと抜けてる所がある要素お出ししてきます?

 

(助けてお母さん俺ほんとにこの人のこと好きになっちまうっっっ!!!!!)

 

 ダウナーでクールで有能そうなのに、気が抜けてる所もある。

 そんな現実は、思った以上にカズマにぶっ刺さったらしい。

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