■ ■
「いやさ、ほら、やっぱ誰にでも得意不得意ってのがあるじゃん? それは神様にも適用される訳で、だからそんなに落ち込む必要ないじゃないかってカズマさん思うんだよね。……流石に器に触れただけでスープが水になるのは予想外だったけど」
「本当にごめんなさい……」
「あぁごめんごめんなさいすみません責めるつもりがあった訳じゃないんですだからそんな顔しないでェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!」
健全な青少年には、女性の申し訳なさげな表情なんて心をズタボロにするには十分過ぎる凶器だった。
いったい何だってこんな事になっているのか、について簡単に説明すると、要はバイトをクビになったのだ。
冒険者になる為にギルドに来たのは良いものの、しかしサポートする気満々だった当の本人がうっかりお金が要る事を忘れてしまっていた為に、それが出来なくなってしまったのだ。
もうそうなってくると、冒険者になるというのは魔王を倒す為の過程ですら無くなってくる。まずそもそもの
だから彼女達の目的は
幸運と言うか優しいと言うか、ギルドの職員―――金髪巨乳の女職員ルナ―――がギルドの酒場でアルバイトしてはどうかと嬉しい誘いを出してくれた。
そこまでは良かったのだが……
『おいスープが水になったぞ!? しかもなんか神々しくなってるし! どうなってんのこれ!?』
『どんな皿洗いしてたら泡も含めて全部が聖水になってるんですか!? あーっ! お皿が耐え切れず割れたーっ!?』
とまぁ、こんな感じである。
本来の彼女よりも神としての格が高いのも相まって、彼女の浄化作用があまりにも高過ぎた所為で器に触れただけでスープが水になってしまう。
さらには長時間水に触れていると、その水が浄化され過ぎて神聖属性が付与されてしまう始末。女神アクアの聖水の完成である。
お陰で皿がそれに耐え切れず自ら砕け散ってしまう為、彼女は何をしてもどうやっても役に立てなかったというのが、事の顛末であった。
「これだから厄介なのよ、神格って…アルバイトすら満足に出来ないなんて……」
「い、いやさ、まだ1日目だぜ? 他にもアルバイトはあるだろうし、試行錯誤しながらやっていこうぜ? な?」
正直普通に可哀想に思えてきたカズマだった。
使い方が合っているかはさておくとして、何とも不幸な女神だろうか。女神なのに不幸ってこれ如何にとも思うけれど、性格やら何やら含めてこれなのはある意味ではプラマイゼロなのかもしれない。
これで幸運だったら自分の出る幕がない。完全無欠のチート女神になっていた所だ。流石にそれは連れて来ておいてなんだが申し訳ないというか、もうちょっと自分にも活躍させてくれという気持ちが無くも無くなくだった。
能力に釣り合ったデメリットと言えばそれまでか。可哀想ではあるが、先程までのダウナークールな一面から一転して申し訳なさげに肩を落とす女神様が実に可愛らしいので、カズマとしては役得である。
「そう、ね……ありがとう、カズマ。サポートするって大層に宣言しておきながら、逆に慰められるなんて…情けない」
「とりあえず、液体が絡まないバイトを探してみようぜ。八百屋とかなら良いんじゃないか?」
「そうね…八百屋なら大丈夫かしら。探してみましょう」
いつまでもへこたれるなと自分に活を入れて、アクアは気を取り直し、カズマと共に八百屋を探して歩き出す。
切り替えが早い。神様だからかは分からないが、やはりそういった所は大人らしいと思うカズマだった。
八百屋を探すまでの道程で、カズマはふと質問を投げた。と言っても、少しでも会話が途切れてしまうと気まずくなってしまうのを避けるため、ではあるが。
「神格を持ってるだけであんなになるもんなのか? それとも単にアクアが水を司るから?」
「どちらかと言えば後者かしら。水は全てを洗い流すとか、海は全てを受け入れるとか言うでしょ? あれの影響で、浄化=水のイメージが定着してるのよ。それが神格に反映された結果」
「へー。やっぱ神様ってイメージが力になるんだな」
「神様に限らず、だけどね。日本で言うなら妖怪とかかしら? 最近では呪霊とも言うらしいけど、まぁ似た様なものよ」
神も悪魔も妖怪も妖精も、所詮全ては作り上げられた架空の存在に過ぎない。全ては人間によって創られた偶像だ。
だからこそイメージというものがもろに影響する。ゼウスと言えば雷霆、オーディンと言えばグングニル、クロノスと言えば時間といった風に、既に神話として完成されたそれから投影されたイメージは、神々の力をより強くする。
神々の力の源は信仰だが、必ずしもそれに頼り切りという訳ではない。先程も言ったイメージなども、ある意味では信仰と同様で神々にとっては大事な糧でもある。
アクアの場合は、それが浄化=水であった。その所為で、彼女は液体に関するものに触れてしまえばそれを水に浄化してしまう。
例えそれがポーションであろうが酒であろうが紅茶であろうがスープであろうが、無関係に。
「あたしの場合、眷属が勝手にやる気出しちゃうのもあるけど…」
「眷属?」
「水の精霊よ。あたしが水に触れたりすると、こっちの意思ガン無視してあの子達がやる気出しちゃうのよ。でも、だからって抑え込むのは可哀想だもの…だから自然とああなっちゃうの」
「意思ガン無視してやる気になるって何??? 何なの? 水の精霊達におけるアイドルか何かなの?」
某死に戻り系異世界の様にとまでは行かなくとも、この世界にも精霊が存在する。
あらゆるモノには精霊が宿る。どんな形であれ、大いなる力を持っている、或いはそのイメージがあるものには何らかの存在が干渉する。
水に限らず、火や風はその良い例だろう。大雑把に言うならば四大元素か。基本的にこれらの要素には、精霊という存在が密かに宿っているとされている。
アクアの場合は、液体に触れただけで浄化の力が作用するだけでなく、その大元となる水の精霊達が躍起になってしまうらしい。
彼女が水の女神であるから、精霊達がハイテンションになってしまうのだと。
「アイドルと言うよりは母親の方が近いわね。とても嫌な母親だけど」
「最高の母親では?」
こんなお母さんが居たらマザコン不可避だろ。カズマはそう思えて仕方がなかった。
この母親に褒められたいが為に何でも出来そうな気がする。そんな気にさせてくれる母親だ。女神アクア(ダウナー)は私の母になってくれたかもしれない女性だ!
失礼、本音が出てしまいました。
「ていうか、アクアはそのままで来たのか?」
「…ごめんなさい、質問の意味がよく分からないわ」
「あぁ、ごめん。えっと、神様の力はそのままで来たのかって事を聞きたかったんだよ。神様って下界に降りると力が落ちるってよくある設定だし」
神とは強力なものであり、その存在自体が稀少にして神秘の塊である。だからこそ、其処に存在しているというだけでも世界に何らかの影響を及ぼす様に描写される事が多い。
ライトノベルではありふれた設定だが、しかしこと現実においてそれがどう作用するのか。カズマは純粋にそれが疑問だった。
正直な話、彼女に対して、ひいては神々という存在に対して、疑問は溢れていた。カズマにしてみれば、見るもの聞くもの全てが真新しいのだ。
「あぁ、そういう事ね。そうね……多分、かなり落ちてるんじゃないかしら。天界の規定違反での降臨だもの。本来の3分の1程度ってところかしら」
「それであんなになるの…?」
本来の力の3分の1で現界しているのにも関わらずアレ? この人ほんとにどうなってんの? カズマはまだ戦闘すらしていないのに、目の前の女神のチート度合いに若干戦きを抱きつつあった。
浄化といったものも含めて、アクアだけでなく神々の力は主に『権能』と広く言われる事が多い。アクアの『浄化』は、正確には『水神の権能』に分類される。
水、天候、生命の三つを司り『全能』を秘めたアクアの存在構成の八割を占める権能だ。それが本来の3分の1であるというのにも関わらず、ここまでの浄化作用を発揮するのだから恐れ入る所である。
まぁ、
「というか、1000エリスってどんくらいの値段なんだ? ドル換算?」
「日本円換算よ。1エリス1円。バイトを1ヶ月頑張れば冒険者になれるわ」
「バイトかー…俺やった事ないんだよなぁ。上手く行けるかどうか」
高校生活だって碌に謳歌しなかった少年がバイトの経験など、勿論ある訳もない。
実質この世界でのバイトが初めてのバイトとなる訳で、それがこんな美人と一緒なら最高ではとも考えていた。現実はそう簡単ではなかったが。
「上手くやるしかないわ。あたしも率先して頑張るから、貴方も頑張ってちょうだい。あたしの不始末に巻き込んでしまうのは、申し訳ないけど」
「だから良いって、それは別に。パーティメンバーなんだろ? 困った時はお互い様。いつまでも気にしてたらギスギスするだろ」
いつまで気にするんだと、若干肩を竦める。
決して気にしていない訳ではないが、別にそこまで気に病む程の事ではないというのが、カズマの本音だった。
いつまでもギスギスするのはカズマとしても勘弁して欲しいところだし、何より美女に辛い表情をさせ続けるのは男として如何なものかと思ったり。
そもそも、彼女が自分から、パーティメンバーとして扱う様にと言ったのだ。パーティメンバーならばお互い助け合う、ゲームでも常識的で妥当な思考である。
此処は現実、ゲームの様に簡単ではない。そう説明されていたのだから、納得は出来るのだ。だからこそ、ぱぱっと収めてバイトに勤しむべきだ。
出来るなら仲良くしたい。結構心からそう思うカズマだった。
「……ありがとう。貴方いい事言うのね。そんな気遣いが出来るのに、なんで彼女出来なかったのかしら」
「なんでいきなりぶっ刺してきたっ!? 俺今結構いい事言ったよね!? なんで傷えぐる様な事言っちゃうのよ、ねぇ!?」
フォローした筈なのに感謝と一緒に必殺技を返された気分である。なんで彼女が出来なかったのか、なんて言葉はカズマの心を酷くいたぶった。
これで悪気が無いというのだから、尚のこと酷いというものだ。
「ご、ごめんなさい。本当に疑問で…」
「それ尚更傷つくから! 男の子も結構繊細なんですぅ!!!」
「わ、分かったわ。もう言わないから。あ、八百屋ってアレじゃないかしら」
運良く、或いは間が良く八百屋を発見する事が出来たアクアとカズマは、切り替える様に八百屋へと向かっていく。
今度こそ上手くいきます様に。でなきゃ色々と困ります、真剣に。