これ、俺のばあちゃんの家で起きた話なんだけどさ。
今思えば、あれって本当に"そういう"ことだったんだと思う。
当時、俺は中学2年で、夏休みの間だけ田舎に預けられてたんだよね。
山に囲まれた小さな集落で、電車もバスも通ってない。携帯も圏外。夜なんて月が出てなきゃ、冗談抜きで自分の手すら見えないくらい真っ暗。
周りに家なんかほとんどなくて、隣の家まで徒歩で5分以上かかるような場所。
ある夜のこと、ばあちゃんが急に言ってきた。
「おすそわけ、持っていってくれんかね?」
味噌汁かなにかが入った小さな鍋を、タオルでくるんで玄関に置いてた。
俺が「どこに?」って聞いたら、ばあちゃんは少しだけ黙ってから、
「川の向こうの、小屋んとこに」
って言った。
そんな場所、聞いたこともなかった。
ばあちゃんの家の裏山には行ったことがなかったし、小屋なんか見た記憶もない。
ばあちゃんいわく、昔は山仕事の人が使ってた小屋があって、今は誰も使ってないけど、年に何度か“おすそわけ”を持っていくことになってるんだそうだ。
なんか嫌な予感がした。
「こんな暗い中、一人で山道?」って思ったけど、ばあちゃんは「冷めると悪くなるけん」と言って、俺に鍋を押し付けた。
しぶしぶ懐中電灯を持って、裏の獣道を登った。
道は細くて草が生い茂ってて、しかも湿ってて滑る。
10分くらい歩いて川を渡ると、言ってた通り、ぽつんと木造の小屋があった。
誰も住んでるような気配はなかった。
ただ、扉はわずかに開いていて、中が見えそうで見えない。
風もないのに、ガタ…ガタ…って、木が軋むような音がしてた。
俺は怖くなって、声だけかけた。
「置いときます」
鍋はタオルごと、扉の脇にそっと置いて、すぐに踵を返した。
それで終わりだと思った。
けど、翌朝、ばあちゃんに言われた。
「おすそわけ、ちゃんと“戻して”きたか?」
「え? 戻す?」
「鍋のフタ、ちゃんと閉めてきたかね?」
俺はハッとした。
タオルのまま置いただけで、中なんて見てもいないし、フタがどうなってたかなんて意識してなかった。
ばあちゃんは、さっと顔をこわばらせて、
「……フタ開けたら、目ェ合うけんね。開けとったら、見られるよ」
それが、なんていうか、冗談じゃなくて、真剣そのものの言い方だった。
ゾッとしたよ。背筋がひんやりして、何も言い返せなかった。
それから3日くらい経った夜のこと。
寝てたら、玄関の戸が、ギィ…って音を立てて開いた気がして、目が覚めた。
見に行ったら、玄関の土間に、あの鍋が戻ってた。
ちゃんとタオルに包まれて、置かれてる。
でも中は空っぽだった。
ただ、鍋の内側に、泥のついた手形みたいな跡が、五本分、くっきりと残ってた。
俺はフタなんて開けてない。
けど、あれは確かに“誰か”が開けて、食べた跡だった。
ばあちゃんはそれを見ても何も言わず、ただその日の夕飯時に、
「お味噌、もう使えんね」
って言って、味噌を全部土に埋めた。
それ以来、その鍋は一度も見ていない。
ばあちゃんも、“おすそわけ”の話は二度としなかった。
でも今もたまに思い出す。
あの小屋の中に、何がいたのか。
あの鍋の中から、もし俺がフタを開けて中を見ていたら――
“目が合ってた”んだろうなって。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
一応、答え合わせ?みたいなものもあるので聞きたかったら感想欄で聞いてね!
次回もお楽しみに。