母がいなくなってから、父と二人で暮らしている。
「お母さんは出ていったんだ」
父はそう言った。理由を聞いても「お前にはまだ早い」としか答えてくれなかった。
母がいなくなったあと、父は少し変わった。
前よりも寡黙になり、よく庭に出ては土をいじっている。
何を植えているのか聞いても、「秘密だ」と笑うだけだった。
それとは別に、俺の家には時々“お客さん”が来るようになった。
夜にスーツを着た人や、若い兄ちゃん、女の人も一度だけ来たことがある。
けど、みんなリビングに通されて、しばらくすると出ていく。
俺はいつも、二階に行っていろと父に言われる。
「仕事の話だから」
「お前には関係ない」
そう言われると、なんとなく逆らえなくて、言われた通りにしていた。
ある晩、トイレに行こうとして階段を降りたら、ちょうど父と客が沈黙のまま座っているのが見えた。
テレビの音だけが部屋に流れていて、二人とも画面は見ていなかった。
俺は足音を立てないようにして用を足し、部屋に戻った。
その夜、父は遅くまで庭にいた。
窓の外に懐中電灯の光がちらちら揺れていたのを覚えている。
翌朝、庭に新しく耕されたような場所があった。
俺が指で土をつつこうとしたら、父に強い口調で止められた。
「触るな。そこはまだ落ち着いてないんだ」
俺は何も言えずにうなずいた。
最近、夜になると変な音が聞こえる。
コツ、コツ、とか、何かがこすれるような音。
最初はネズミかと思ったけど、壁の中や床下から聞こえるわけじゃない。
それも、いつも決まって夜中の2時から3時のあいだ。
玄関のあたりだったり、風呂場の前だったり、まるで誰かが歩き回ってるみたいな。
俺が「変な音がする」と言うと、父は少し考えてからこう言った。
「風だよ。古い家だからな」
でも、うちは二重窓で、そんな音が入ってくるような作りじゃない。
それに……風が、廊下をゆっくり歩いたりはしないだろ。
今日もまた、お客さんが来た。
父は相変わらず無口で、その人と二言三言かわしてから、リビングに案内していた。
俺は自室の窓から庭を見た。
また一部の土が掘り返されているのが見えた。
そこに植木鉢が並べられ、何本かの花が差してある。
けれど、不自然だった。
それぞれの鉢に名前のような紙が差し込まれていたけど、汚れていて読めなかった。
日が暮れる頃、父が部屋に来て言った。
「今夜のお客さんもすぐ帰る。あまり降りてくるなよ」
俺はうなずいて、部屋に鍵をかけようとした。
けれど、ドアに鍵はなかった。
父が以前、ドアの鍵を取り外したのだ。
「閉めこもるのはよくない」って理由だったけど、今思えばちょっと変だった。
深夜2時。
また廊下を歩く音がした。
でも今夜はやけに重たい足取りで、ゆっくりと俺の部屋の前まで来た。
止まる。
ノブがわずかに回る音がした。
息をひそめてじっとしていると、やがて遠ざかっていった。
朝になり、父は普段通りに振る舞っていた。
新聞を読み、コーヒーを飲み、「仕事に行ってくる」と言った。
そのあと、リビングに入ったら気づいた。
テーブルの上に、昨夜のお客さんが着ていたシャツが折りたたまれて置いてあった。
靴も玄関にそっと並べられている。
けれど、姿はどこにもなかった。
リビングのソファの背もたれには、メモ紙が貼ってあった。
父の字で、こう書かれていた。
「今夜には、花をもう一本増やす」
みてくれてありがと!