月隠奇縁譚 〜魂祭りのマレビト、故郷に戻りて縁を復する〜   作:mimick

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第16話 ヤンキーギャルパイセン 8/8(日)

『ギィッ!』

 

 パッパッと、來良の肩に残る穢れを祓う。デコピンで吹き飛ばした悪意の固まりは人面のような模様を持った蛾。それは無機質な眼と、汚泥のような澱んだ暗い感情を來良に向けていた。

 

 それはファミレスを出た途端に飛んできたものだ。多分、人の恨みが形になったものなのだろうが……來良は何処かで強い恨みでも買っていたのだろうか? あれはあまり良くないモノだ。悪意で形を成せる程にその感情は強く、そして深い。

 

「何?」

「ん、あぁ。何か()()()()みたいなのがツこうとしてたわ」

「うえ……虫? もうついてない? 大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 

 來良は自分が誰かから悪意が向けられていることに、何も気づいていないようだった。

 

 とはいえ、それほど心配することも無い。人の悪意など、それ自体は生きている人間には影響など殆ど与えられないからだ。それほどに生者のエネルギーというものは大きく、人の思念は移ろいやすい。さっきの虫だって、その内、自然と形を崩して消滅していった筈だ。

 

 

 ──それにしても今日、街中に出て来てみて少し驚いた。怨念や悪霊といった明確に人に害をなそうとしている存在は見当たらないが、行き場を失くした亡霊のような存在が結構な数で溢れていたからだ。

 

 これが通常なのだろうか? 

 

 俺がこういう存在が見えるようになったのは向こうに渡ってからだ。なので、渡る前に此方で生活していた時は人の往来に亡霊が混じっているなんて想像もしなかった。

 

 オフィス街や飲み屋街、高校なども近い駅前通りを見ればサラリーマン姿の亡霊や、学生服を着た霊。路肩に蹲る老人の霊に、街路樹の影に隠れるようにして佇む地縛霊と思われる女性もいる。

 

 それら亡霊達に気がつく事もなく、生者達は日常を過ごしている。歩道を足早に歩くサラリーマンが、亡霊にぶつかり、そのまま干渉する事なくすり抜けていった。

 

 向こうでは男の亡霊が女性に取り憑こうと、品定めしているのかキョロキョロしているのもいる。……きっと生前は相当な女好きだったのだろう。このまま見過ごすのも後味が悪いので、指弾の要領で固めた霊気を飛ばす。昔の漫画で霊丸とかあったなぁと、ふと思い出した。

 

「オッサン? どうかした?」

「わり、何でもない」

 

 來良に声をかけられて我に返る。怪訝そうに俺を見上げていた。

 

「で、何処のゲーセンに行くんだ?」

「んー。まぁ、ついて来なよ」

 

 來良の先導でアーケード街に入り、昔は無かった大きなゲームセンターに辿り着く。中に入ると爆音が聞こえてきて耳が可笑しくなりそうになった。とはいえ、静かなゲームセンターなど誰も行きたがらないだろうが。

 

「ゲーセン、懐かしー」

「私も久しぶりに来た。最近は暇潰しと言えばスマホゲームとかばっかりだったし」

「そうなのか?」

「うん。だから、あんまり来ることはなかったかな」

「俺が学生の時はそれなりに遊んだもんだけどなぁ」

 

 爆音のせいで、話す声量も上がる。來良の言う通りというべきなのか、中にはそれなりに人はいるが、昔ほど中高生は見かけない気もする。まぁ、皆無という訳でもなさそうなのだが。

 

 懐かしみながらも來良について行くと、ふと、クレーンゲームの前で足を止める。その視線の先には奇妙な形の猫のぬいぐるみが景品として置かれていた。何が奇妙かと言えば、それは猫をデフォルメしたようなデザインで、尻尾が二股に分かれていたからだ。……ネコマタか何かであろうか? 

 

「あ、これカワイイ……よっしゃ。試しに一回だけ……」

 

 内心でカワイイか? それ、と思いつつも口には出さない。感性は人それぞれだ。

 

 どうやら來良はクレーンゲームを試すらしい。硬貨をコイン投入口に入れると、音楽がなり始めクレーンがピカピカと点灯しだす。それからクレーンゲームの台と向き合い、アームを操作するボタン手を添えた。タイミングよく、押したボタンから手を離す。

 

「おおっ?」

「あっ」

 

 そこでアームが降り、ネコマタのヌイグルミに爪が掛かる。……しかし、アームはやる気が感じられないような絶妙な力加減で一度景品を持ち上げただけ。そのまま空荷の状態で再び定位置へと戻って行く。

 

「あー……ダメだったか」

「ちぇっ、私はこういうの苦手なんだよ」

「どれ。なら俺も試しにやってみるか」

 

 取れそうでいて、取れない。人の操作を見ていると粗ばかりが目につき、自分なら取れるのではないかという気になってしまうのは何故なのだろうか? 

 

 クレーンゲームに硬貨を投入すると、再びピカピカとライトが点滅し音楽が鳴り出す。アームを移動させ、丁度いい位置で止めた。

 

「おっ……! いいカンジ……!」

 

 狙いを定めるようにボタンから手を離した所で來良が期待するように声を上げた。……しかし、今度はアームはヌイグルミを持ち上げる事すらなく、呆気無く定位置へと戻って来た。このアーム、根性無さ過ぎじゃない? 

 

「……あー」

「……ダメじゃん! このオッサン!」

「うぐぐ……」

「あーあ。金、損した〜」

 

 來良はそのまま興味を失ったようで、さっさと先に進んでいなくなってしまった。來良は先に行ってしまったが、俺は何となく諦める気持ちにはなれなかった。むしろ、絶対に取ってやると意気込むくらいに。ヌイグルミのプラスチック製の目玉が此方を嘲笑っているように見えた。

 

 とはいえ、12年のブランクは如何ともし難い……闇雲に挑戦するのでは資金があっという間に底をつくのは目に見えている。どうしたものかと悩んでいると、店内を巡回していたのだろう店員が後ろを通りかかった。

 

「なぁ、店員さん。アレ取るにはどうしたらいい?」

 

 しかし、俺がそう声をかけるも店員は反応もしない。自分に声を掛けられているとも思っていないようであった。なので、目の前に行き、再度声をかけた。

 

「おーい」

『……わっ、わ、たし……ですか……?』

「そう。あんただよ、あんた。どうしてもこれ欲しいんだけどさ、どうやったら取れる?」

『え、えぇ……と』

 

 ──いいや、それは正しくは店員ではない。生前は店員だったであろう亡霊であった。

 

 傍から見れば俺は急に独り言を話始めたヤバい奴であろうが、それは心配していなかった。何故なら、ここに来るまでにも急に一人で話し始める奴もいたからだ。あいつも実は何かが見えてるのか……と不思議に思って來良にそれを聞いたら耳にイヤホンしながら電話してるらしい。すげぇ。俺の買ったスマホも出来るのかなぁ? 

 

 と、急に声を掛けられどこか戸惑った様子で、客である俺の対応をする店員さん(霊)。生きているか死んでいるかは正直どちらでもいい。重要なのはヌイグルミをどうやって取るかなのだ。アドバイスをくれ。

 

『えっ、と……まず……じゅうしん……を……』

「ふむ」

『あたま……おおきい、ので……そこ……』

「なるほど」

 

 店員さん(霊)のアドバイスに従ってアームをヌイグルミの頭へと移動させて、降下させる。何となくイケそうな気がした。

 

「おっいけるか、そのままっ……! あー。駄目だった」

 

 ……しかし、やる気の無いアームがヌイグルミの頭を何とか掴み上げて移動させるも、景品口前の仕切りに乗っかるように落としてしまった。惜しい! もう少しだったのに! 

 

『いいかんじ、です……つぎ……あし……を……ねらい、ます……』

「ここか? 頭じゃなく?」

『……はい。あし……あげて……ころがします……』

 

 今度は足を持ち上げるような位置にアームがセットされるようにボタンを離す。するとアームは狙い通りの位置に降下。

 

「おっ?」

 

 何故か、これまでやる気が感じられなかったアームが、心なしか力強くなったように感じられた。そのままアームが閉じ、ガッチリと足を持ち上げ、ヌイグルミが倒立。そのまま転がるようにして景品口へと落ちていった。

 

「おおおぉぉ?! すげぇ! ありがとな!」

『……い、え……』

 

 感動して景品獲得口からネコマタのヌイグルミを取り出す。……何だろう。間近で見ても、やっぱり、あまりカワイイとは思えないんだが……

 

『……』

「あっ、ちょいちょい。待て待て」

 

 ゲーム筐体の前から店員さん(霊)が無言で去ろうとしたので呼び止めた。すると、まだ何かとボンヤリとした暗い表情で振り返った。

 

『な……にか……?』

「あんた、自分が死んでるって気づいてるか? いつまで此処にいるつもりなんだ。家で待ってる人がいるんじゃないのか」

『でも……しごと……まだ……おわらな……』

「仕事は終わりだ、終わり!」

『しごと……おわり……』

「帰り道、覚えてるか?」

『かえり、みち……かえりたい……かあさん……とおさん……』

「……ヌイグルミ取れた礼に、俺が()()()思い出させてやるよ」

 

 店員さん(霊)に近づき、異界で学んだ()の使い方。指先に願いを籠めて、その額を一度小突く。俺が出来るのはこれだけだ。

 

『あ……あぁ……あぁぁっ……』

「仕事はもういいだろ。家族のいる家に帰ろうぜ」

『あぁ……ありがとう……』

 

 穏やかな表情になった霊の姿がスゥ……と消えていくのを見送ってからネコマタのヌイグルミを抱きかかえて周囲を見回す。少し時間がかかってしまった。急いで來良を探さないといけない。このまま置いてけぼりにされるのは勘弁だ。

 

 急いで先を行った來良の元へと向かうと、來良の姿がある。当の來良はまた誰か知り合いと話をしているようであった。

 

 それはファミレスで來良に声を掛けてきた男子の三人と、先程は見かけなかった彼らの同級生だろう女子が新たに二人。カラオケに行くと言っていた筈だが、その前に此処に寄ったのかもしれない。

 

『──ねぇー、いいでしょ。さっき司くんが取ってくれたんだー』

『いいよね、優愛は。司くんって彼氏がいてさ。羨ましいねぇ、このこの』

『栞奈だって蓮くんとは幼馴染だし仲いいでしょー?』

『はははー、蓮の本命は來良らしいし。それに私と蓮は長く居すぎて、もう姉弟みたいなもんだから』

 

 周囲の音が煩く、何を話しているかは聞き取れなかった。ただ、口を読み、状況を照らし合わせるとだいたいそんな感じではなかろうか。

 

 男子組は所謂音ゲーに夢中になっているようで、女子三人は固まって話をしているようだった。優愛と呼ばれた雰囲気の柔らかい女の子はクレーンゲームの景品だろうキャラ物のヌイグルミを胸に抱えて幸せそうに笑い、栞奈と呼ばれたボーイッシュな女の子はサッパリした性格なのか、その反応が淡白な印象に思えた。

 

 何処と無くだが、ボーイッシュな女の子は見た目が來良に似ているような気がした。そして、当の來良もその場にはいるが短く相槌を打つばかりで会話には入っていない。アイツ、ヤンキーみたいな外見の癖に実は人見知りするタイプなのか……? 

 

 今話しかけるのも不味いと思い、もう一周してこようかと移動しようとした時だった。

 

『……ねぇ、あの人さっきからずっとこっち見てるけど』

『……危なそうだから、ちょっと離れよ』

 

 様子を伺っていたいたのがバレたのか、コソコソと俺を見て話をしている。あー、良くない。良くない流れですね、これは……

 

「っ、()()! どこ行ってたんだよ!」

 

『えっ……あの人、來良の知り合いなの?』

『ちょ、ちょっと強面な感じだね……』

 

 來良が突然、おっさん呼びじゃなくいきなり名前を呼んできたものだから驚いた。しかも呼び捨てかよ。どういう心境の変化……いや、意図なんだ……訳がわからん。

 

 とはいえ……以前の繭子ちゃんもそうだったが、俺は怖がられやすいらしい。念の為、手を上げて合図はするが、これ以上來良の同級生達に近づく事はしないでおく。

 

『あれ來良さん? あ、お兄さんもいる』

『あの人って、來良のお兄さんなの?』

『親戚だって言ってたけど』

 

 ゲームを切り上げてきた男子達もワラワラとその輪に加わった。その輪に囲まれて來良は少し窮屈そうに見える。ちょっとあの集団に近づく勇気は俺にはないな……

 

 一応は縁戚関係にあることが知れると、少しだけ警戒が解けたのだろう。とはいえ、対応は変わらない。俺が近づく事がないと分かると逆に來良が此方に寄ってきた。

 

「何で呼んでも来ないんだよ」

「怖がられてるだろうが。それよりほら、取れたぞ」

「あっ……それ……いいのか? 貰っても。そっか……取ってきてくれたんだ、ありがとう」

「ちょうど親切な人に取り方教えて貰えたんだよ」

 

 俺がそう言うと、來良は聞いているのか聞いていないのか、上機嫌にふーんと鼻を鳴らすのだった。

 

「それよりいいのか、友だち待ってるんじゃないのか。まだ話があるなら一周して時間潰してくるけど」

「いい。もう特に話すこともないし」

「そうか? ならいいんだけどさ……」

 

 ということで、來良は同級生の彼らとは別れて、俺と二人でゲームセンターの中を巡ることにしたらしい。昔は無かったようなゲームの筐体から、あまり変わることの無い物まで。懐かしさを覚えながら見て回る。

 

「おっ、これ懐かしいなぁ〜俺が子供の頃からこのシリーズあったぞ」

「ふ〜ん、強かったの?」

「フフフ……昔は『投げだけで語る男』だとか『なかなか死なないマン』と呼ばれたもんだぜ」

「ダッサッ」

「おい! 笑うな! ……まぁ、見てろ。俺のテクニックをなッ!」

 

 硬貨を入れるとBGMが流れて操作キャラクターの選択画面になる。俺だってその昔は、仲間内でだが二つ名持ちだった男だ。その実力を今こそ見せてやろうじゃないか。

 

 所謂、対戦式の格闘ゲー。俺が遊んでいた筐体は古く、今のものとは映像の質も天と地ほども違う。しかし、操作方法などは大きな違いは無さそうだった。

 

 俺が昔から使っていたのは、身体中に傷跡のある巨漢レスラー。力こそパワー! を地で行くキャラクターである。ムキムキマッチョメンの癖にインテリという設定も実に良き。昔はこのキャラクターで友人達相手に無双したものである。

 

 操作キャラを選択すると、画面に『乱入』の表示が現れる。どうやら、システムもそれほど変わっていないようだ。

 

 相手は眼帯をつけた女性キャラ。見たことの無いキャラクターだ。昔はいなかった筈だから、この十数年の間に生まれたキャラクターなのだろう。

 

 画面にカウントが表示される。3、2、1、FIGHT……第1ラウンドが始まる。開始早々に相手がキックを繰り出してガードした後、リーチの長いコンボが始まる。どうやら対戦相手側は素早く、連続技が放てるキャラらしい。

 

 対して俺の方は足が遅く、リーチが短いので敵の攻撃を耐えながら隙を伺うことになる。だが、ちょこちょこ食らったくらいでは一々気にせず、一発当てて大きく削るのが自キャラのウリなのだ。……でも、これあれだ。相手は遠距離攻撃も対空技もあるみたいだし、不利じゃないか? 

 

「っ……なかなかやるな……」

 

 ガチャガチャと筐体のスティックを握り、ボタンを押す。相手は足技主体のキャラクターらしく、クルクルとした素早い動作に翻弄される。対して此方は中々懐に入り込むことが出来ずにジリジリと削られてゆくばかり。

 

 一瞬の隙をついて投げ技に持ち込む事に成功した。高く飛び上がっての叩きつけ──と、その後の油断が不味かったのか再度の掴みを空中反転によって躱され、背後からの肘打ちでKOされてしまった。

 

「くっ……まだまだだ」

 

 気を取り直して第2ラウンドだ。積極的に掴み攻撃を狙いに行くが、尽く狙いが読まれているようだ。ガードの隙をついたコンボが連続で決まり、体力ゲージが一気に減ってゆく。焦れてしまう。

 

 このままでは不味いと、下段蹴りで削り、牽制のチョップが決まったことで、すかさず決死の飛び込み。連続でコマンドを入力し、ダブルラリアットからのニールキック。ブレーンバスターに持ち込むことに成功。此方は足が遅い分、一発がデカイ。相手の体力ゲージもかなり削れていた。

 

「っ、ここかっ……!」

 

 ニーバットからの地獄突き、そして吹き飛んだ相手を空中で捕まえ、そのまま地面に叩きつける。KOである。

 

 ン、ギモッヂイイ〜〜!!! 

 

「見たか、來良? これがテクニックよ!」

 

 続く第3ラウンド。ここでラウンドを取れば、この試合、俺の勝利である。……だが開始早々の強キックを食らってしまった。画面端まで吹き飛ばされダウンとなる。

 

 それから押し込まれるように連続技が続くも、一瞬の隙をついて投げ技を決める事が出来、立ち位置を逆にする。それから押し込むようにパンチを繰り出し、一気に押し込む為に大技を当てようとした。

 

 ……だが、どうやら俺の狙いは読まれていたようだ。大技に繋げる投げを躱されると同時に、先程と同じように空中反転で立ち位置を元に戻されてしまう。

 

 体力が半分を切り、苦しい。再び上下に翻弄するような足技の連続攻撃。ガードが間に合わず、ジリジリと減ってゆく。そして、そのコンボの最後に派手なカットインが入り、相手キャラの大技がモロにヒットした。まだ三分の一はあった体力ゲージが一気に削りきられてしまう。

 

「……」

「えー、負けてんじゃん。あんだけ自信満々だったのに?」

「……」

「ボロ負け。ざーこざーこ。よっわ〜。え? なになに。『投げでしか語れない男』? 『なかなか勝てないマン』でしたっけ?」

「くっ……」

 

 來良にニヤニヤと煽られる。……確かに3ラウンド目はボロ負けだ。反論の余地もない。あれだけ啖呵を切っておいてあっさり負けてしまうとは……自信はそこそこあったんだが。

 

「いったいどんな人が……ブランクがあるとは言え、それなりに強かった方なんだぞ……それをこんなにあっさり……」

 

 席から立ち上がり、対面になっている筐体の反対側をこっそりと覗く。

 

 ──そこにはクールショートと言うのか、髪を短くした肌の露出度の高い褐色肌の女性と『席に座り筐体の画面に向き合うヲタクっぽい男の霊』がいて、いったいどういう組み合わせなのかと思考が止まる。そして、その女性とバッチリ視線が合ってしまった。

 

「タ────?」

「?」

 

 女性の口が小さく動く。声は小さく、ゲームの爆音で掻き消されて聞き取れ無かった。驚いたように目を開き、パチパチと瞬く度に女性の長い睫毛が上下する。驚きのせいで互いに固まり、中々視線を外す事が出来ず少し気まずく思った。

 

「あれっ、晃先輩だ! お久しぶりっすー!」

「……っ、來良? …………久しぶり」

「まさか晃先輩と、このゲーセンで会うとは思わなかったっす。先輩もゲーセンとか来るんすねー」

 

 俺が困惑していると、來良が身を乗り出して女性に声を掛けて笑顔を見せた。どうやら、その女性は來良の先輩であったらしい。

 

「先輩、このゲーム強いんすね」

「ん、あぁ……まぁね」

「……負けたよ。アンタ強いんだな、俺も自信があったんだが、まさかこんなにアッサリやられるとは……」

 

 俺はそう口にしたが、筐体のスティックを実際に握っているのは彼女の隣にいる『男の幽霊』の方。

 

 ただ、來良の先輩は別に幽霊に憑かれている訳では無さそうだ。それに明らかに見えないはずのものを認識しているような素振りがある。

 

「…………そっちも中々強かったと思うよ?」

『ごめんねぇ? ボクって、強いからさ。それと勘違いして欲しくないんだけど、ラウンド落としたのはわざとだから。ただの社交辞令。君はヘボだったけど技の練習相手にはちょうど良かったよ。今度は完膚なきまでにボコボコにしてやるからさ、次も相手しろよ。……おい? 早く金入れて欲しいんだけど?』

 

 男の霊と女性の言葉が被さる。……男の霊は俺を格ゲーで下すことが出来て上機嫌なのか、隣に座る女性に対してもう一回プレイしたいと要求した。

 

「……あ? おい────」

 

 女性から怒気が膨れ上がり、ジロリとその霊を睨めつける。女性の口が何事か小さく動くのが見えた。だが言葉は周囲の爆音で相変わらず聞こえず、口元も変化が乏しく少し読みづらい。

 

 ……多分、調子に乗るな、○○にお前を食わせる、とかだろうか。○○って何だろう。

 

『ひっ……ゆ、許して……すいませんでした……』

 

 上手く読み取れなかった。しかし、霊は確かに何事かを言われて怯んだ様子で、周囲を怯えるようにして見回すと逃げるようにさっさと昇天していった。いったい何だったんだ……

 

 これは恐らくの推測になるのだが……目の前の彼女は男の幽霊がゲームをした後に成仏することを条件に、幽霊の付き添い兼見張りをしていたのではないだろうか。何となくそんな気がするし、恐らくは全くの的外れでもないと思う。なんでそんな事をしていたのか事情まではわからないが……

 

「……しかし、()()()()()()だな」

「!」

 

 あの野郎……ちょっとゲームが俺より上手いからいい気になりやがって……俺だって十年以上のブランクがある。ぶっつけ本番じゃ無かったらもっと上手くやれた筈だ。やっぱり、これはノーゲームだ、ノーゲーム。

 

「はぁっ? おいっ! 負けて悔しいからって、先輩に当たるなよ! いい年してダッセェぞ、オッサン!」

「は──? いやいや、待て。俺は別にその人に言った訳じゃ……」

「じゃあ、何なんだよっ」

「……そ、それは…………独り言というか、何というかな…………その……」

「先ずは晃先輩に謝るべきじゃねーの?」

「……あの、すみませんでした」

「あ、うん……」

 

 と、そんな事を考えていたら、來良に怒られた。何で? と思ったが、俺の霊に対しての呟きが聞こえていて、それが目の前の女性に対してのものだと勘違いされたらしい。

 

 とはいえ、素直に実は幽霊に向かって言ったんだと説明しても納得など得られまい……この場では、()()()()()()()()()()()のだから。ことを治めるため、諦めて女性に謝ったら何処と無く不憫そうな視線が返ってきた。

 

「……來良、どういう知り合いなんだ?」

「チッ……晃先輩は高校のOGなんだ。それに、私が大変な時に色々お世話になった人なんだよ! 失礼なことすんなよな! 恥ずかしいだろ!」

 

 威嚇される。もしも擬音語で例えるのであれば、シャー! だろうか。一応の形として謝ったのだが來良の怒りは治まらないようだ。

 

 短い付き合いながら、來良はカッとなりやすいが、また冷めるのも早いと思っていた。その來良が本気で怒っているということは、目の前の女性は彼女にとって余程恩のある人なのだろう。

 

「……悪かったって。ちょっと熱くなってた。気をつける」

「ふんっ」

「いてっ。おい、殴ることないだろうがっ」

「うるせー! 手がイテーのはこっちの方だ! てか、どんだけ腹硬ぇんだよ!」

 

 來良が俺を殴った手をプラプラと振る。俺の方は痛いとは言ったが、反射的なもので特に痛くなどない。むしろ、來良の方が痛かったらしい。それから拳での攻撃は諦めたのか、ゲシゲシと足を蹴ってくる。やめろって! 

 

 ……しかし、これはマズイかもしれない。中々聞く耳を持とうとしない來良の様子に頬が引き攣る。

 

「……來良、やめなよ。それに手出したら駄目。失礼でしょ。本気で言った訳じゃないんだし、私も謝罪を受け取った。なのに何でまだ來良がキレてんの」

 

 俺が内心で頭を悩ませていると、女性が間に入ってくれた。

 

「えっ? えっ? 晃先輩……? で、でも……」

「來良」

「わ、わかったっす……おい、オッサン! 次はねぇかんな! ……うぅ……なんで私が晃先輩に叱られなきゃならないんだよぉ……晃先輩もいつもならもっと怒るじゃん……何で今日だけ……」

 

 來良が納得いっていないみたいにブツブツと何かを言っている。……というか、この人、立ってみて分かったが、女の人にしては結構な長身だ。褐色肌の露出度が若干多いのもあって目のやり場に困るが、モデル体形というかスラっとしており、目の覚めるような美人だ。

 

 ただアレだ。ピアスも両耳にバチバチに開けてるし、來良とは少し違ったタイプのヤンキーギャルと言えるだろう。それに、なんだか表情の変化が薄いのが気になるが……

 

「あ、あぁ、気をつける。來良の先輩さんも、間に入ってくれて助かりました……」

「………………別に、何も。ほら來良、こっち来なよ。いい子してあげるから」

「ううぅぅ……!」

 

 俺が礼を言うと、その女性は來良を抱き締めて頭をよしよししていた。それほどに気を許しているということか。

 

「……ん? あれ、來良。それ向こうにあったクレーンゲームの景品だよね。よく取れたね」

「あ、うん。このオッサンに取ってもらったっす」

「……そう。いいな……私も欲しくなって何回か試してみたけど駄目だった」

 

 來良の腕の中にあったネコマタのヌイグルミを見て、女性が聞いた。彼女もあのクレーンゲームを試していたらしい。だが、残念ながら景品を取ることは出来なかったようだ。

 

 表情こそあまり変わらないが、目を伏せると悲しそうな雰囲気が伝わってくる。美人がそんな仕草すると絵になるものだ……と感心していたら來良が騒ぎ出した。

 

「……おい、オッサン! もう一個取って、晃先輩に献上しろ! それでさっきのは許してやるから!」

「えぇ? それだって運良く取れたようなものだったんだぞ……」

「あぁん? 詫びだろ! いいから何とかして取れよ!」

「……はいはい。やれるだけやってみるけどよ。実際に取れるかわからんからな。期待すんなよ」

「……」

 

 それでもいいですか、と先輩さんの顔を見るが表情が一切変わらない。ただマジマジと目を合わせる。初対面の人とこんなに長く目を合わせることも中々無いだろう。何か言ってくれ……ただ何かを訴えるような目をしているような気はするが……わからん。

 

「……じゃ、じゃあ、取り敢えず試してみるので」

「……………………ハァ」

 

 我慢比べに折れたようにそう言って視線を外すと、ため息? をつかれた。考えてることがわからねぇ……

 

 それから早速さっきのクレーンゲームの場所に戻り、俺は新たに景品をゲットする為に奮闘する事となった。

 

「えっと……確か、さっきのアドバイスでは……」

 

 店員の霊のアドバイスを思い出しながら、アームを移動させる。何気にスルーしてしまっていたが、この短時間にゲームセンター内で二体の霊に遭遇していた。これが普通なのか異常なのか俺にはわからないが……

 

 とはいえ、今は目の前の事に集中しなくてはならない。一回目は重さのある頭を掴む事が出来、そのままいけるかと思ったが少し移動しただけで落としてしまった。二回目は操作をミスってアームがすり抜ける。三回目は慎重にアームを運び、重心をピッタリ捉える事が出来た。……だが、アームの力が弱すぎてすぐに取り落してしまう。

 

 四回目。これ以上、金を浪費したくない。狙いはバッチリだ。後は人形をアームで掴み上げ、持ってくるだけ。()()()()()()と一心に念じる。

 

 背後からは視線を感じる。結局、取れませんでしたでは済まされない……運良く、アームはガッチリ掴んでくれた。……たまにやる気出すんだよなぁ、このアーム。

 

 ただし、まだ安心は出来ない。このアームは持ち上げた時に激しく揺れるようで、その時に取り落とす事があった。だから、()()()()()()()()()()()()と頭の血管が切れそうになるくらい念じた。

 

 どうか、そのまま行ってくれと願いながら行方を見守ると……とうとう景品口にヌイグルミが投入され、取り出し口からは惚けたような顔のヌイグルミが此方を覗いているのが見えた。

 

 何とか獲得出来た事に、ホッとしながらヌイグルミを取り出すと、後ろで話をしながら見学していた二人の内の一人、來良の先輩にヌイグルミを渡した。それは來良に渡したものとは微妙に異なる。多分、いくつかの種類があるのだろう。

 

「何とか取れた……はい。これ、どうぞ。すみませんでした」

「……ありがとう。大事にする」

 

 ヌイグルミを受け取る。ふと、口元が少し緩んだように見えた──が変化が薄過ぎて気の所為だったかもしれない。確かめようと意識した時には既に無表情に戻っていた。

 

「晃先輩、お揃いっすね!」

「あぁ。男からのプレゼントなんていつ振りかな」

「えぇ〜? 嘘だぁ? 晃先輩モテモテだったじゃないですかー」

「そんなことないよ」

 

 そうして二人が仲よさげにキャッキャしているのを眺めていると、離れた場所で此方を見ている集団があった。というか、來良の同級生達なのだが、さっきからずっと遠巻きに観察されていたみたいだ。

 

「……あー、鬱陶しい。アイツら、早くどっかいってくれないかな。イライラする」

「まぁ、これだけあからさまに観察されてたらなぁ」

「同級生か……まぁ、來良は可愛いからね」

 

 何で観察されてるのか分からなかったのだが、先輩さん曰く來良はモテるらしい。それで、同級生の男子が話しかけるタイミングを見計らっているのではと。……そうなんだ。気がつかなかった。そういえば、ファミレスで話してた時も気があるっぽいことを言ってたしな……

 

「何かイライラするからこれする!」

 

 と言って來良が硬貨を投入したのはグローブを付けてパッドを殴るタイプのパンチングマシーンだった。

 

「しゃー! おりゃー!」

 

 グルグル肩を慣らすように回して、溜めを作って思いっきり打ちつけた。テレフォンパンチだったが、女の子にしてはいい思い切りだ。俺もさっき腹を軽くどつかれたが、中々いいものを持っているのではないだろうか。

 

「來良。もっと腰入れて、足踏ん張ったらもう少し上がるぞ」

「えー。そんならお手本見せてくれよ」

「いいだろう。今度こそスゲーって言わせてやる」

「……」

「あっ」

 

 來良から手本を見せろと言われ、それならとグローブを受け取ろうとする。しかし、來良が持っていたグローブは來良のヤンキーギャル先輩に先に掻っ攫われた。

 

「えっと、來良の先輩もするのか?」

「…………來良の先輩、じゃなくて。名前で呼んで」

「名前……今日が初対面、だよな?」

「………………方丈、晃」

 

 短く自身の名前を言うと、彼女は眉根を少し寄せた。それから筐体に向き合う。……何か怒ってる? 頼むからもう少しわかりやすい表情をしてくれ……

 

 そして、その細い身体からは想像出来ないほどの重い一撃を繰り出した。ドゴォンッ! と凄まじい音が響く。そのままクルリとターンし、此方へと振り向いた。髪が靡いて、その勢いの風に甘いいい香りが乗ってくる。

 

「晃先輩スゲー!!」

「ほめて」

 

 來良はキラキラと目を輝かせて騒ぎ、方丈さんは真っ直ぐに俺の目を見て褒めろと言ってくる。なんでや。何で知り合ったばかりの俺に言う。來良に言え。実は褒められたい欲というか、報酬欲求が大きい人なのだろうか。

 

「えーっと、中々やるな、方丈さん」

 

 そう褒めると、何となく不満そうな雰囲気が伝わってくる。微妙に圧を感じるので、多分不満なんだろう、というのは分かるが……表情が変わらないから、細かい所は本当にわからん……

 

「來良みたいに名前呼びがいい。晃」

「そうか、晃さん」

「さん、もいらない。晃」

「わ、わかった」

 

 晃、と呟くと圧が消えた。何だろう……勘違いでなければ初対面にしては距離感近くないか? それに普通は初対面で名前呼びなんて許さないよな? あぁ、でも來良も同じようなもんか……ヤンキーの特性だろうか。年功序列的な。

 

「……はい。真打ち」

「あ、ありがとう。……來良、いいか。腰の捻りの流れを肩肘拳に順番に繋げる。打撃は瞬発力だ。踏み込みの勢いはガッと止めて、打撃に乗せる」

「そんなの言われたって、よくわんねーよ。早く見せろー!」

 

 グローブを装着して若干の説明を試みる。しかし、口で説明しても無意味のようだ……來良に催促されるままに筐体のミットを狙って踏み込み、拳に勢いが乗るように打ち込んだ。ゲーセン内に凄まじい音が響き渡り、パンチングマシンが揺れた。

 

「おぉー! ……で、この数字ってどれくらいすごいの?」

「……」

「さぁ……それなりだとは思うけど」

 

 晃は無表情で音が出ないくらいの小さな拍手をしてくれていたが、來良の反応は正直微妙だ。一応は三人の中で一番記録も良かったんだが……多分、來良の中では晃のパンチが興奮のピークだったんだろう。

 

「はー、何か疲れた。晃先輩〜、この後暇ならお茶しに行きましょうよー」

「私はいいけど……今日は二人で来たんじゃないの」

「あー。……おっさん一緒でもいいですか?」

「いいよ」

「來良……俺の扱いどんどん悪くなってないか?」

 

 流石に一言物申したい。まぁ、まだまだ生意気なガキンチョなのでこんなもんかとは思うが。晃という慕う先輩に遭遇してからの扱いが格段にヒデェ。

 

「へっ。何いってんだよ。逆に感謝する方でしょ? 一日に二回も美女と飲食出来るんだからさ」

「おいおい、來良は美女って呼ぶにはまだ幼いんじゃないか?」

「はぁー?!」

「怒るな怒るな。それに久しぶりに会ったんだろ。俺は話の邪魔になるだろうし。やっぱり帰るよ」

「……駄目。ほら、一緒に行こう」

「ちょ、近い近い……そんなに気を使って貰わなくてもいいんだが」

「こらー! オッサン、晃先輩にくっつくな! それセクハラだぞ、セクハラ! 早く離れろ!」

「俺がくっついてる訳じゃねぇ! ほら、離れて離れて! 女の子が男に不用意に近づくもんじゃない!」

 

 俺が断ろうとすると、晃が腕を絡めて引き留めてくる。ヤンキーギャルパイセンの晃は妙に距離が近いし、腕にあたる感触は柔らかいし、甘い良い匂いがする。來良はまた不機嫌になるし……俺はどうしたらいいんだ。

 

 □

 

 辰巳達一行がゲームセンターから立ち去った後の事。來良が一人になるタイミングがないか、様子を伺っていた男子三人と女子二人の同級生一行はパンチングマシーンの前で戦慄していた。

 

「よ、400……見間違いじゃないよな……?」

「猪瀬の兄ちゃんには逆らわんとこ。てか、蓮……もう諦めたら? ハードル高すぎじゃない?」

「……うん。仮に來良さんと付き合えたとしても、流石にあの人たちと上手く話せる自信ないわ……」

 

 男子連中が恐れ慄いた。特に最後の一人は顔色が悪い。

 

「司くん、400ってすごいの?」

「……200いったらすごいよ。それに、あの無表情だった女の人って、俺たちの高校の卒業生の先輩だよ。確か不良で有名だったとかいう……」

「あぁ、その話俺も知ってるわ……たしか在学中、何処かの高校にカチコミかけたとか、他校の不良達をなぎ倒したとか……何度も停学になったとか噂のある……てか、あの人も250あったしな……」

「もう諦めるぅ……」

「ハハ、ホント馬鹿だなぁ蓮は。そもそもあの來良がアンタみたいな弱っちぃ男のこと相手にする訳ないじゃんね!」

「うるせーぞ、栞奈! 何でそんなに嬉しそうなんだよ!」

 

 かくして、少年の恋は仁王像の如く守護する縁戚の男と、おっかないヤンキーギャルパイセンによって本人達の知らぬ内に打ち砕かれる事になったのだった。

 

 そして、その影で内心でほくそ笑むサバサバ系女子が一人。いたとか、いなかったとか。




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