Fate/Scramble U World ~秘封トラベラー・メモリアル~   作:おろさん

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カレイドスコープ・エール 03

 

 

 再度アインツベルン邸。

 

 自室でイリヤは椅子に座り、アイリにブラシで髪をとかしてもらっていた。

 

 静かな時間。だが、その空気はどこか落ち着かない。

 

「本当は、心配でしょうがないんでしょ?」

 

 背後から、やわらかい声がかけられる。

 

「それは……」

 

 言葉に詰まるイリヤ。

 

「それなら、手伝ってあげたらいいだけじゃない。どうしてやらないの?」

 

「そうなんだけど……」

 

 視線を落とす。

 

 あの奇怪な女性に撃たれてからずっと、心の中に残り続けている違和感。

 

 気味の悪い、不安のようなもの。

 

 それが原因なのか、思うように力が出ない。

 

「(違う……それだけじゃない)」

 

 だが、本当に引っかかっているのは、もっと別のところ。

 

「上手く……出来ないから……」

 

 ぽつりと零れる本音。

 

「……それって、さっき言ってた大事な事のことかしら?」

 

 アイリは手を止めず、穏やかなまま問いかける。

 

「無理に言わなくていいけれど……聞かせてくれると、ママは嬉しいな」

 

 その言葉に、少し迷ってから……イリヤは口を開いた。

 

「……美遊たちと、やってる事があって……好奇心もあったけど……何も知らないままでいると、後悔する気がして。だから私なりに頑張ってみたの。成り行きも多かったけど……特訓したり、作戦考えたりして……」

 

 一度言葉が止まり、そして言葉を紡ぐ。

 

「でも……この前、負けそうになって。すごくピンチで……下手なことしたら、取り返しのつかない事になりそうで……それで結局……何も出来なくて……そのせいで、失敗しちゃって……」

 

 声が少しだけ小さくなる。その肩に、そっと手が置かれた。

 

「……そんなに怖いの?自分のせいで失敗してしまうことが」

 

「……怖いよ。私のせいで、皆が大変な目に遭って……怖いに決まってる……軽はずみで、取り返しのつかない事になるかもしれないんだから……」

 

「そう……それは確かに、そうかもしれないわね。でも……」

 

 アイリはブラシを置き、イリヤを優しく抱きしめる。

 

「怖いのは……辛いのは、貴方だけだと思う?」

 

「え……」

 

 思わず顔を上げる。

 

「美遊ちゃん、だっけ?勉強でも運動でも、何でもできる凄い子。けど……だからって、その子は本当に平気だと思う?」

 

「それは……」

 

 言葉が詰まる。

 

「どんなに凄い人だって、辛いときはあるのよ……」

 

「でも美遊は、平気そうな顔をして……」

 

「本当にそう思う?……自分が辛い経験をしたからって、そう思い込んでしまってない?」

 

「……!」

 

 その言葉に、イリヤははっと顔を上げた。

 

 あの時、自分が撃たれた時の……美遊の表情。

 

 意識が朦朧としていたためよく見えていなかったが……本当に、平気な顔だったのか。

 

 考えたこともなかった疑問が、胸の中に落ちる。

 

 

*****

 

 

「AAAQAQWKJDAKSKうぇじうぇれいdwじょjひうぃうしふうぇひrひうjヴぃjhcうぇrじうぇjkhhうぃん8んwれう!!!!Q!」

 

 裏山での戦闘は、さらに激しさを増していた。

 

 アース世怪の暴走は止まるどころか加速している。吐き出される炎は威力も規模も増し、空からは無数の剣が、まるでゲリラ豪雨のように降り注いでいた。

 

「マズい……このままだと長人さん本人がもたない……!!」

 

「オイ!!この前みたいに、味方呼び出したり出来ねぇのか!!?」

 

「無茶言うな!!こんなあからさまな猛攻中にやれるかっての!!」

 

 鈴夜やモードレッドたちは応戦しながら叫ぶ。だが、決定打がない。

 

 この間にも、何度も攻撃を与え、何度も倒しているはずなのに。その度に、侵蝕世怪人の肉体は再生してしまう。

 

「……いよいよマズいな」

 

 離れた位置から戦況を見ていたアイズが、淡々と呟く。

 

「仕方ない。独断で確保するしかないな。最悪、冷凍保存でも――」

 

「させないっ!!!!」

 

 その言葉を遮るように、サファイアが飛び込む。

 

 しかしすぐにレプリカたちに阻まれ、動きを制限される。

 

「……正気か?このままだと死ぬぞ。放置するつもりか?そもそも別動隊のやり方は、こっちの本意ではないというのに――」

 

「そういうことじゃないっ!!!」

 

 サファイアは叫ぶ。その瞳は、まっすぐアイズを捉えていた。

 

「貴方が……あのギャークジュエルってやつの事を知ってるなら……分かるんでしょ……解除の方法……!!」

 

「……否定はしない」

 

「だったら……ここであなたを倒して……捕まえて……イリヤに植え付けられたのを取り除く方法を吐かせるっ……だから逃がすわけにはいかない……!」

 

 ランサーを強く握り、一歩踏み出す。

 

「それでイリヤを助ける……尾張さんもそうだけど……イリヤは!」

 

「……同じ守護者として、か――」

 

「……違う」

 

 サファイアは、はっきりと否定した。

 

「これ以上、イリヤが戦う必要なんてない……!!!」

 

「……なら、何故そこまで拘る」

 

 アイズは驚きを隠せず、わずかに興味を示す。

 

 その問いにサファイアは、一瞬だけ言葉を止めた。

 

 イリヤと今まで何度か接して。脳裏に浮かぶのは、どこかで言われた、ある言葉。

 

 何気なく、けれど確かに自分へ向けられた――

 

「イリヤは……私の事を――って言ってくれた人……だから……!!」

 

 胸の奥が、少しだけ熱くなる。その一言は、何よりも強い理由だった。

 

 

*****

 

 

 イリヤは、昼の時のことを思い出した。

 

 自分が撃たれ、胸の奥に違和感が残り始めたあの瞬間。

 

 あの時。動けなくなっていた自分以上に、美遊の方が辛そうな顔をしていたことを。

 

「全部背負おうとしたなんて、そんな……美遊はそんな事――」

 

「あら、さっき自分で言ってたじゃない。喋るのが得意じゃないのかもって。何でもやろうとしちゃうって。」

 

「……!」

 

 その言葉に、はっとする。

 

 最初から、気づいていたはずだった。

 

 美遊だって、本当は辛いんだって。ただ、それを表に出さないだけで。

 

 それにそれは、美遊だけじゃない。

 

 蓮子とメリーは、記憶がないままでも誰かのために動こうとしていて。

 

 奏海は、本当はアイドルの皆を巻き込みたくなかったはずで。

 

 鈴夜だって、自分の居場所を守ろうと必死で。

 

 みんな、それぞれに何かを抱えている。

 

 それなのに――

 

「(私だけ……)」

 

 あの時、何も出来なかった自分を思い出す。

 

 守りたいとか、知りたいとか、理由を並べながら。一番大事なところから、前々から目を逸らしていた。

 

「だけど……私、それでもやっぱり怖いよ……!またうまくやれなかったら、今度こそ大変な事に――」

 

「じゃあ、本当にこのままでいいの?イリヤはずっと、此処で立ち止まって。」

 

「……嫌だよっ!!!私だって手伝いたい……!美遊や皆がしてくれたみたいに、私だって……今度こそ力になりたいっ……!!」

 

 アイリの声が、静かに割り込むと、反射的に言い返していた。

 

 だがその言葉を聞いて、アイリはやわらかく微笑む。

 

「それなら、もうやる事は決まったじゃない。」

 

「え……」

 

「力になりたいんでしょ?」

 

「でもっ――」

 

「……ねぇイリヤ」

 

 優しく、けれどまっすぐな声。

 

「貴方が怖がるから、皆や美遊ちゃんは助けてくれるんでしょ?皆や美遊ちゃんの力になりたいから、貴方は勇気を振り絞る……それって、素敵な事だと思わない?」

 

 イリヤは言葉を失う。否定できない。

 

 怖いからこそ、助けられてきた。

 

 そしてその分、返したいと思っている。

 

 アイリは、イリヤの肩にそっと手を置いた。

 

「大丈夫よ。ママが保証してあげる。貴方は絶対にうまくやれる……そうして今までやってきたんでしょ?」

 

「ママ……」

 

「大丈夫。邪魔な恐怖なんて、また思いっきりぶっ飛ばしちゃいなさい!」

 

 少しだけ、いたずらっぽく笑う。

 

「あなたにとって美遊ちゃんは、大切な存在なんでしょ?」

 

「……!!」

 

 その一言で、迷いが消えた。

 

 イリヤは勢いよく立ち上がる。

 

「……お友達(あの二人)も、待っててくれてるわよ?」

 

「……うん、ちょっと出かけてくる!!」

 

 そのまま駆け出し、部屋を飛び出した。

 

***

 

「イリヤさん?こんな時間にどうしたのですか?宇佐見さんとハーンさんも外に出ていきしたけど何か――」

 

「行ってきます!!」

 

 急いで着替え、靴ひもを結びながら叫ぶ。セラの言葉も聞き終わらないうちに、イリヤは外へ飛び出していった。

 

 その背中を、後から出てきたアイリが見送る。

 

「決まったんですかね、覚悟。」

 

 アルはリビングから姿を現すなり、アイリにそう話しかけた。

 

「覚悟……?あの、よろしいんですか?奥様……」

 

 セラは少し不安げに尋ねる。

 

 だがアイリは何も答えず。ただ、どこか誇らしく、それでいて少し寂しそうな表情で娘の背を見つめていた。

 

「……行ってらっしゃい、イリヤ。」

 

 

*****

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 夜道を駆けるイリヤ。息を切らしながら、それでも足を止めない。

 

「イリヤちゃん!!」

 

 その背後から、エンジン音と共に一台のバイクが迫る。振り返ると、乗っていたのは蓮子とメリーだった。

 

「蓮子、メリー……美遊は今どこにいるの……!?」

 

 息を整える間もなく問いかける。

 

「……その言葉を待ってた!」

 

 二人は顔を見合わせ、にやっと笑う。

 

 すぐにヘルメットを被せ、そのままイリヤを後ろに乗せる。

 

「ちょっとマズそうな状況なのよ。だから急ぐわよ!!」

 

 バイク状態のメモリアライドシューターUが、一気に加速。クロスタルプロテクターのレーダー反応を頼りに、一直線に裏山へと向かっていった。

 

 

*****

 

 

 一方。

 

「あああっ……!!!」

 

 サファイアは、それでも踏みとどまる。

 

 体は限界に近い。それでも、逃がすわけにはいかない。

 

 その一心だけで、無理やり戦い続けていた。

 

 だが、実力差はあまりにも大きい。

 

 アイズとレプリカ三体を相手に、たった一人。その上アイズ自身の素の強さ。状況は、明らかに不利だった。

 

「……流石に見ていられないぞ。美遊・エーデルフェルト……悪い事は言わない。退け。こんな状況で、無理を続けるやつを潰す趣味は無い」

 

 アイズは小さくため息をつき、淡々と述べる。それは警告であると同時に、最後通告でもあった。

 

「だとしてもっ……貴方を逃がすわけには……いかない……!」

 

 サファイアは、ふらつきながらも構えを崩さない。息が乱れる。それでも言葉を絞り出す。

 

「貴方が知ってる事を……私は……全部、知らなきゃ……いけない……!!」

 

【『サファイア』LANCER STRAIGHT!!!!】

 

 ランサーに残された力をすべて込めると、一直線に、アイズへと突っ込んだ。

 

「……」

 

 アイズは動かない。

 

 ただ静かに拳を握り……空中へと、正拳突きを放つ。

 

 拳が届くはずのない距離にもかかわらず、圧縮された衝撃が空間を走ると、見えない打撃が、サファイアへと直撃した。

 

「っあ……!!」

 

 吹き飛ばされ、地面を転がり、勢いよく叩きつけられる。

 

 ダメージは限界を超えていた。

 

「大概にしろ」

 

 変身が解けた美遊に対し、アイズはゆっくりと歩み寄りながら言う。

 

「これ以上、がっかりさせるような事をするな」

 

 その言葉に、感情はほとんどない。

 

 ただ、冷たく突き放すだけの声音。

 

 やがて、タイムブラスターの銃口を、美遊へと向けた。

 

「……眠っていろ」

 

 銃口に、エネルギーが収束し……強烈なレーザーが放たれた。

 

「っ……!!」

 

 避けられない。

 

 そう理解した、その時……

 

「だめええええええええええええええええええええええええっ!!!!」

 

 張り裂けるような叫び声が響いた。

 

「えっ……?」

 

 視界の前に、誰かが割り込む。

 

「うおおおおおおおおりゃあああああああああああっ!!!」

 

 振り下ろされた剣。クロステライザーの刃が、レーザーを真正面から受け止める。

 

 そのまま力任せに弾き返され、軌道を逸らされた光。それはアイズの脇をかすめ、背後の瓦礫を粉砕した。

 

「何……?」

 

 アイズの声に、わずかな驚きが混じる。

 

「イリヤ……?」

 

 倒れたままの美遊も、目を見開く。

 

 二人の視線の先。

 

 そこに立っていたのは、イリヤだった。

 

 肩で息をしながら、それでもしっかりと前を向いている。

 

「遅くなってごめん。美遊」

 

「どう……して……?」

 

 かすれた声で問う美遊。

 

 対し、イリヤは少し照れくさそうに、それでもはっきりと言った。

 

「……前に言ったじゃん。私にとって美遊は……大切な……」

 

 一瞬、言葉を区切って、そして振り返り――

 

「大切な……友達だから……!」

 

 

 

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