Fate/Scramble U World ~秘封トラベラー・メモリアル~ 作:おろさん
再度アインツベルン邸。
自室でイリヤは椅子に座り、アイリにブラシで髪をとかしてもらっていた。
静かな時間。だが、その空気はどこか落ち着かない。
「本当は、心配でしょうがないんでしょ?」
背後から、やわらかい声がかけられる。
「それは……」
言葉に詰まるイリヤ。
「それなら、手伝ってあげたらいいだけじゃない。どうしてやらないの?」
「そうなんだけど……」
視線を落とす。
あの奇怪な女性に撃たれてからずっと、心の中に残り続けている違和感。
気味の悪い、不安のようなもの。
それが原因なのか、思うように力が出ない。
「(違う……それだけじゃない)」
だが、本当に引っかかっているのは、もっと別のところ。
「上手く……出来ないから……」
ぽつりと零れる本音。
「……それって、さっき言ってた大事な事のことかしら?」
アイリは手を止めず、穏やかなまま問いかける。
「無理に言わなくていいけれど……聞かせてくれると、ママは嬉しいな」
その言葉に、少し迷ってから……イリヤは口を開いた。
「……美遊たちと、やってる事があって……好奇心もあったけど……何も知らないままでいると、後悔する気がして。だから私なりに頑張ってみたの。成り行きも多かったけど……特訓したり、作戦考えたりして……」
一度言葉が止まり、そして言葉を紡ぐ。
「でも……この前、負けそうになって。すごくピンチで……下手なことしたら、取り返しのつかない事になりそうで……それで結局……何も出来なくて……そのせいで、失敗しちゃって……」
声が少しだけ小さくなる。その肩に、そっと手が置かれた。
「……そんなに怖いの?自分のせいで失敗してしまうことが」
「……怖いよ。私のせいで、皆が大変な目に遭って……怖いに決まってる……軽はずみで、取り返しのつかない事になるかもしれないんだから……」
「そう……それは確かに、そうかもしれないわね。でも……」
アイリはブラシを置き、イリヤを優しく抱きしめる。
「怖いのは……辛いのは、貴方だけだと思う?」
「え……」
思わず顔を上げる。
「美遊ちゃん、だっけ?勉強でも運動でも、何でもできる凄い子。けど……だからって、その子は本当に平気だと思う?」
「それは……」
言葉が詰まる。
「どんなに凄い人だって、辛いときはあるのよ……」
「でも美遊は、平気そうな顔をして……」
「本当にそう思う?……自分が辛い経験をしたからって、そう思い込んでしまってない?」
「……!」
その言葉に、イリヤははっと顔を上げた。
あの時、自分が撃たれた時の……美遊の表情。
意識が朦朧としていたためよく見えていなかったが……本当に、平気な顔だったのか。
考えたこともなかった疑問が、胸の中に落ちる。
*****
「AAAQAQWKJDAKSKうぇじうぇれいdwじょjひうぃうしふうぇひrひうjヴぃjhcうぇrじうぇjkhhうぃん8んwれう!!!!Q!」
裏山での戦闘は、さらに激しさを増していた。
アース世怪の暴走は止まるどころか加速している。吐き出される炎は威力も規模も増し、空からは無数の剣が、まるでゲリラ豪雨のように降り注いでいた。
「マズい……このままだと長人さん本人がもたない……!!」
「オイ!!この前みたいに、味方呼び出したり出来ねぇのか!!?」
「無茶言うな!!こんなあからさまな猛攻中にやれるかっての!!」
鈴夜やモードレッドたちは応戦しながら叫ぶ。だが、決定打がない。
この間にも、何度も攻撃を与え、何度も倒しているはずなのに。その度に、侵蝕世怪人の肉体は再生してしまう。
「……いよいよマズいな」
離れた位置から戦況を見ていたアイズが、淡々と呟く。
「仕方ない。独断で確保するしかないな。最悪、冷凍保存でも――」
「させないっ!!!!」
その言葉を遮るように、サファイアが飛び込む。
しかしすぐにレプリカたちに阻まれ、動きを制限される。
「……正気か?このままだと死ぬぞ。放置するつもりか?そもそも別動隊のやり方は、こっちの本意ではないというのに――」
「そういうことじゃないっ!!!」
サファイアは叫ぶ。その瞳は、まっすぐアイズを捉えていた。
「貴方が……あのギャークジュエルってやつの事を知ってるなら……分かるんでしょ……解除の方法……!!」
「……否定はしない」
「だったら……ここであなたを倒して……捕まえて……イリヤに植え付けられたのを取り除く方法を吐かせるっ……だから逃がすわけにはいかない……!」
ランサーを強く握り、一歩踏み出す。
「それでイリヤを助ける……尾張さんもそうだけど……イリヤは!」
「……同じ守護者として、か――」
「……違う」
サファイアは、はっきりと否定した。
「これ以上、イリヤが戦う必要なんてない……!!!」
「……なら、何故そこまで拘る」
アイズは驚きを隠せず、わずかに興味を示す。
その問いにサファイアは、一瞬だけ言葉を止めた。
イリヤと今まで何度か接して。脳裏に浮かぶのは、どこかで言われた、ある言葉。
何気なく、けれど確かに自分へ向けられた――
「イリヤは……私の事を――って言ってくれた人……だから……!!」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。その一言は、何よりも強い理由だった。
*****
イリヤは、昼の時のことを思い出した。
自分が撃たれ、胸の奥に違和感が残り始めたあの瞬間。
あの時。動けなくなっていた自分以上に、美遊の方が辛そうな顔をしていたことを。
「全部背負おうとしたなんて、そんな……美遊はそんな事――」
「あら、さっき自分で言ってたじゃない。喋るのが得意じゃないのかもって。何でもやろうとしちゃうって。」
「……!」
その言葉に、はっとする。
最初から、気づいていたはずだった。
美遊だって、本当は辛いんだって。ただ、それを表に出さないだけで。
それにそれは、美遊だけじゃない。
蓮子とメリーは、記憶がないままでも誰かのために動こうとしていて。
奏海は、本当はアイドルの皆を巻き込みたくなかったはずで。
鈴夜だって、自分の居場所を守ろうと必死で。
みんな、それぞれに何かを抱えている。
それなのに――
「(私だけ……)」
あの時、何も出来なかった自分を思い出す。
守りたいとか、知りたいとか、理由を並べながら。一番大事なところから、前々から目を逸らしていた。
「だけど……私、それでもやっぱり怖いよ……!またうまくやれなかったら、今度こそ大変な事に――」
「じゃあ、本当にこのままでいいの?イリヤはずっと、此処で立ち止まって。」
「……嫌だよっ!!!私だって手伝いたい……!美遊や皆がしてくれたみたいに、私だって……今度こそ力になりたいっ……!!」
アイリの声が、静かに割り込むと、反射的に言い返していた。
だがその言葉を聞いて、アイリはやわらかく微笑む。
「それなら、もうやる事は決まったじゃない。」
「え……」
「力になりたいんでしょ?」
「でもっ――」
「……ねぇイリヤ」
優しく、けれどまっすぐな声。
「貴方が怖がるから、皆や美遊ちゃんは助けてくれるんでしょ?皆や美遊ちゃんの力になりたいから、貴方は勇気を振り絞る……それって、素敵な事だと思わない?」
イリヤは言葉を失う。否定できない。
怖いからこそ、助けられてきた。
そしてその分、返したいと思っている。
アイリは、イリヤの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫よ。ママが保証してあげる。貴方は絶対にうまくやれる……そうして今までやってきたんでしょ?」
「ママ……」
「大丈夫。邪魔な恐怖なんて、また思いっきりぶっ飛ばしちゃいなさい!」
少しだけ、いたずらっぽく笑う。
「あなたにとって美遊ちゃんは、大切な存在なんでしょ?」
「……!!」
その一言で、迷いが消えた。
イリヤは勢いよく立ち上がる。
「……
「……うん、ちょっと出かけてくる!!」
そのまま駆け出し、部屋を飛び出した。
***
「イリヤさん?こんな時間にどうしたのですか?宇佐見さんとハーンさんも外に出ていきしたけど何か――」
「行ってきます!!」
急いで着替え、靴ひもを結びながら叫ぶ。セラの言葉も聞き終わらないうちに、イリヤは外へ飛び出していった。
その背中を、後から出てきたアイリが見送る。
「決まったんですかね、覚悟。」
アルはリビングから姿を現すなり、アイリにそう話しかけた。
「覚悟……?あの、よろしいんですか?奥様……」
セラは少し不安げに尋ねる。
だがアイリは何も答えず。ただ、どこか誇らしく、それでいて少し寂しそうな表情で娘の背を見つめていた。
「……行ってらっしゃい、イリヤ。」
*****
「ハァ……ハァ……」
夜道を駆けるイリヤ。息を切らしながら、それでも足を止めない。
「イリヤちゃん!!」
その背後から、エンジン音と共に一台のバイクが迫る。振り返ると、乗っていたのは蓮子とメリーだった。
「蓮子、メリー……美遊は今どこにいるの……!?」
息を整える間もなく問いかける。
「……その言葉を待ってた!」
二人は顔を見合わせ、にやっと笑う。
すぐにヘルメットを被せ、そのままイリヤを後ろに乗せる。
「ちょっとマズそうな状況なのよ。だから急ぐわよ!!」
バイク状態のメモリアライドシューターUが、一気に加速。クロスタルプロテクターのレーダー反応を頼りに、一直線に裏山へと向かっていった。
*****
一方。
「あああっ……!!!」
サファイアは、それでも踏みとどまる。
体は限界に近い。それでも、逃がすわけにはいかない。
その一心だけで、無理やり戦い続けていた。
だが、実力差はあまりにも大きい。
アイズとレプリカ三体を相手に、たった一人。その上アイズ自身の素の強さ。状況は、明らかに不利だった。
「……流石に見ていられないぞ。美遊・エーデルフェルト……悪い事は言わない。退け。こんな状況で、無理を続けるやつを潰す趣味は無い」
アイズは小さくため息をつき、淡々と述べる。それは警告であると同時に、最後通告でもあった。
「だとしてもっ……貴方を逃がすわけには……いかない……!」
サファイアは、ふらつきながらも構えを崩さない。息が乱れる。それでも言葉を絞り出す。
「貴方が知ってる事を……私は……全部、知らなきゃ……いけない……!!」
【『サファイア』LANCER STRAIGHT!!!!】
ランサーに残された力をすべて込めると、一直線に、アイズへと突っ込んだ。
「……」
アイズは動かない。
ただ静かに拳を握り……空中へと、正拳突きを放つ。
拳が届くはずのない距離にもかかわらず、圧縮された衝撃が空間を走ると、見えない打撃が、サファイアへと直撃した。
「っあ……!!」
吹き飛ばされ、地面を転がり、勢いよく叩きつけられる。
ダメージは限界を超えていた。
「大概にしろ」
変身が解けた美遊に対し、アイズはゆっくりと歩み寄りながら言う。
「これ以上、がっかりさせるような事をするな」
その言葉に、感情はほとんどない。
ただ、冷たく突き放すだけの声音。
やがて、タイムブラスターの銃口を、美遊へと向けた。
「……眠っていろ」
銃口に、エネルギーが収束し……強烈なレーザーが放たれた。
「っ……!!」
避けられない。
そう理解した、その時……
「だめええええええええええええええええええええええええっ!!!!」
張り裂けるような叫び声が響いた。
「えっ……?」
視界の前に、誰かが割り込む。
「うおおおおおおおおりゃあああああああああああっ!!!」
振り下ろされた剣。クロステライザーの刃が、レーザーを真正面から受け止める。
そのまま力任せに弾き返され、軌道を逸らされた光。それはアイズの脇をかすめ、背後の瓦礫を粉砕した。
「何……?」
アイズの声に、わずかな驚きが混じる。
「イリヤ……?」
倒れたままの美遊も、目を見開く。
二人の視線の先。
そこに立っていたのは、イリヤだった。
肩で息をしながら、それでもしっかりと前を向いている。
「遅くなってごめん。美遊」
「どう……して……?」
かすれた声で問う美遊。
対し、イリヤは少し照れくさそうに、それでもはっきりと言った。
「……前に言ったじゃん。私にとって美遊は……大切な……」
一瞬、言葉を区切って、そして振り返り――
「大切な……友達だから……!」