Fate/Scramble U World ~秘封トラベラー・メモリアル~ 作:おろさん
ルヴィアのリムジンに半ば強制的に乗せられたイリヤと美遊。
状況に追いつかないままではあるが、ひとまず二人は、向かいに座る凛たちの話を聞くことになった。
車内は静かで、外の喧騒が嘘のように遠い。
「……本題に入る前に、まず最初に話しておくことがあるわ」
凛がいつになく真面目な口調で切り出すので、その様子に、イリヤと美遊も自然と姿勢を正した。
「世の中には『聖女』って呼ばれる、特殊な適性を持った少女たちがいるの。その子たちは、『聖霊』っていう存在を認識できる力を持っている。そして、その聖女たちの管理や保護を行っているのが……政府公認の極秘機関、『聖霊庁』よ」
「聖霊庁……そう言えば……蓮子とメリーが、何か言ってた気がする」
「え……極秘機関なのに……?」
その単語に小さく反応するイリヤに、美遊は思わず困惑した表情を浮かべる。
「あ、うん……とはいっても、あの二人のことだから……オカルト系のサイトとか動画を調べまくって、そこから辿り着いたっぽいんだけど」
イリヤは苦笑しながら頷く。対し、美遊はゆっくりと凛たちの方へ視線を向けた。
「……と、とにかく実際に……そういうの、あるんですか?」
「……ええ。そういう形で外に漏れてるとは思わなかったけど……」
その問いに対して、凛は少しだけ間を置いてから頷いた。
「ほ、本当だとしたら……どうして、その話を持ち出したんですか?」
美遊が戸惑いを隠せないまま問いかけると、凛はあっさりと答えた。
「簡単な話よ。冬木市に、その『聖女』が来ているらしいの」
一度言葉を区切り、続ける。
「それで、大師父様とエルメロイII世曰く……『内密に協力関係を築いてほしい』って話になってるの」
「内密に……? どうして?」
イリヤは首をかしげる。
協力するだけなら、わざわざ内密にする必要はないはずだが、その疑問に答えたのは桜だった。
「それに関してなんですが……まず前提として、魔術協会と聖霊庁は、とても仲が悪いんです」
「……そうなの?」
意外そうに目を瞬かせるイリヤ。桜は小さく頷き、丁寧に説明を続ける。
「ええ……簡単に言うと、価値観の違いですね。外宇宙から来たとされる『聖霊』は、魔術師にとって非常に魅力的な研究対象……ですが、その聖霊は聖女にしか見えない。そして聖女は、聖霊と心を通わせることで、『アルカナ』として力を借りることができる……という仕組みのようです」
そこまで聞いて、イリヤは「ああ……」と小さく声を漏らす。
なんとなく、対立の理由が見えてきた。
「つまり魔術師からすると、高次元の存在に媚びを売っている……そういう風に見えてしまうんです」
桜は少し言いづらそうにしながらも、はっきりと言った。
「そ、それは、確かに揉めそう……」
「それに加えて、立場の違いもあります。魔術師はあくまで研究者ですが、聖霊庁は政府公認の機関……いわば公務員のような立ち位置……神秘の考え方も、魔術師は『神秘は秘匿し、独占するもの』と考えるのに対して……聖霊庁は『管理し、必要に応じて扱うもの』と考えています」
「な……なるほど……」
美遊が頷く。価値観も立場も、真逆に近い。無理はない話だった。
「とりあえず……なんかドロドロしてるってことだね……」
少し情報量に押されながら、イリヤはそうまとめる。その一言で、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。
「まあ、ざっくり言えばそういうこと。お互いに認識が薄い部分もあるんだけど……それでも致命的に価値観が合わなくて、関係はかなり険悪なのよ」
凛は肩をすくめるが、少しだけ表情を緩めた。
「でもね、そんな中でも例外はあるわ。まさに現代文化に理解のあるエルメロイII世が、少し前にコンタクトを取ることに成功したの。その中でも比較的、話が通じる相手……『西欧聖霊庁ローゼンベルグ支部』の支部長とね」
「へえ……」
イリヤが感心したように声を漏らす。
「で、今回の件で合流する予定の聖女が……その支部長からの指示で、この町に来た子ってわけ。」
*****
穂群原学園・応接室。
講演を終えたばかりのリリーナ・ドーリアンは、ソファに腰掛け、一息ついていた。
「お疲れ様です、ドーリアン外務次官殿」
落ち着いた声でそう告げたのは、白に近い髪色と赤い瞳を持つ少女。
その隣には、同じく赤い瞳をした、小柄でゴスロリ風の服装の少女が立っている。手にはトランクを携えていた。
いずれも、護衛。ただし、ただの護衛ではないことは、その佇まいからも明らかだった。
「ありがとうございます、『ヴァイス』さん、『リーゼロッテ』さん。お二人がいてくださるおかげで、こうして落ち着いて話すことができます」
柔らかく微笑むリリーナに、名前を呼ばれた二人。
白髪の少女『ヴァイス』と、ゴスロリの少女『リーゼロッテ・アッヒェンバッハ』。
彼女たちは、短く視線を交わす。
「……お気になさらず。私は、ラーゲルクヴィスト司令官殿の命により、日本滞在中の護衛任務を任されている身ですので」
ヴァイスが静かに答える。あくまで任務としての対応だという、どこか生真面目すぎる響きがあった。
「……流石に、堅苦しすぎじゃないの?」
隣で、リーゼロッテが肩をすくめる。
「しかし……」
反論しかけるヴァイスに対し、
「リーゼロッテさんの言う通りです」
リリーナが穏やかに割って入った。
「この数か月、何度もお世話になっていますから。もう少し肩の力を抜いていただいても構いませんよ」
「……ぜ、善処いたします」
少し戸惑いながらも、ヴァイスは小さく頷いた。
そのやり取りを見て、リーゼロッテは軽く息を吐く。
「それにしても……貴方も物好きよね、リリーナ・ドーリアン」
壁に寄りかかりながら、どこか皮肉めいた口調で言う。
「本来護衛を担当するはずだったゼニア・ヴァロフが来られなくなったから、日本聖霊庁の方から代わりを頼まれたけど……私はどっちかっていうと、『平和』とは縁遠い側の人間なんだけど」
ちらりと自分自身を指し示すその言葉には、過去を匂わせる影があった。
「それでも、今こうして貴方はここにいる」
だがリリーナは、まっすぐにリーゼロッテを見る。
「どのような理由であれ、世界のために動いている。『緋目の人形遣い』――かつてはOZの依頼すら引き受けていた始末屋……ですが今の貴方は、その頃とは違って見えます。きっと、貴方にも……善き出会いがあったのでしょう」
「……」
リーゼロッテは、ふい、と視線を逸らした。
「……そう思うなら、勝手にそう思ってればいいけど」
ぶっきらぼうに返すが、その声音はどこか柔らかい。それ以上は触れず、リリーナは話題を切り替える。
「……ですが、どうやら時間はあまり残されていないようです。気がつけば、日本を巡って随分と経ちました」
「では……もう、日本を発たれるのですか?」
ヴァイスが問いかける。
「はい」
リリーナは静かに頷いた。
「地球圏統一国家は短期間で『新国際連合』へと移行しましたが……各国の関係は、まだ安定しているとは言えません。だからこそ、私に出来ることがある限り、立ち止まるわけにはいかないのです」
「……そう」
リーゼロッテが小さく呟く。そして、ふと思い出したように口を開いた。
「ところで、その様子を見るに……誰かに会いたかったようにも見えるけど?確か、『ヒイロ・ユイ』……最近は日本にいるって話だったわよね?」
「り、リーゼロッテ殿……!え、ええと……」
ヴァイスが慌てて制止しかけるものの、気まずそうに咳払いしつつ、補足する。
「新国際連合の平和維持組織として『プリベンター』が結成されましたが……例の機動兵器パイロットの方々は、協力はしても正式な所属はしないとのことで……」
「気にしないでください」
リリーナは穏やかに微笑んだ。
「彼には会えませんでしたが……それでも、私は嬉しく思います」
「え……」
予想外の返答に、ヴァイスは目を瞬かせる。
「ヒイロも、世界のために行動している。きっとそれは……私と同じ道でしょう。それが嬉しくて……」
その言葉には、確かな信頼と想いが込められていた。
「……そ、そうなのですか……?」
理解が追いつかず、戸惑うヴァイス。
リーゼロッテは、そんな二人を見て肩をすくめる。
「……ずいぶんと不思議な感情してるわね、リリーナ・ドーリアン」
「あの……お言葉ですが、今の感情はこの場合、リーゼロッテ殿が愛乃はぁと殿に向けるものと、少し似ているかと……」
「……」
一瞬の沈黙。
「……まあ、いいわ。悪いけど、私はそろそろ行く」
それ以上は何も言わず、リーゼロッテはトランクを軽く持ち上げながら、背を向ける。
「頼まれごとがあってね。ここでお別れってことで」
そう言い残し、応接室を後にした。扉が閉まる音が、静かに響く。
「……彼女も、何か任務が?」
「はい。ラーゲルクヴィスト司令官殿の依頼で、協力者と共にある調査を行う予定です。恐らく、この後その人物と接触するものかと」
リリーナの問いに対し、ヴァイスは淡々とした報告をする。
だがその内心では……
「(……話によれば、その協力者の男はかなり異様な殺し屋……しかも、とある『願望器』に関与した過去があるという……ヒイロ・ユイらの動向にしてもそうだが……今回、再び日本で何かが起こるというのなら……それほどまでに危険だというのか……)」
廊下の奥へ消えていくリーゼロッテの背を見送りながら。ヴァイスは、静かに気を引き締めるのだった。
*****
どことも知れぬ、薄暗く不気味な場所。
古びた教会を思わせるその空間には、冷たい静寂が満ちていた。色褪せたステンドグラスから差し込む光すら、どこか不吉な色を帯びている。
「……申し訳ございません、コンバーサリー様。まさか、あそこまで強引に解除されるとは……」
シゲツ・リヴァースとヴァーレン・ランヴァースは、床に跪き、目の前の人物へ頭を垂れる。
その視線の先に立っているのは、シスターを思わせる衣装に身を包んだ、妖しげな女性『コンバーサリー』。
「……大変腹立たしい結果ではありますが、最初などこの程度のものです」
コンバーサリーは静かにそう告げた。声色は穏やかだ。だが、その奥底には、隠しきれない苛立ちが滲んでいる。
前回のアース世怪の一件を、完全に納得しているわけではないらしい。
「……守護者メモリア。そして守護者サファイア……あの娘たちについては、私が直接調べます。貴方たちは、引き続き『救済』を進めなさい」
「はっ……!!」
瞳がわずかに細める彼女に対し、二人は即座に頭を下げ、力強く応えた。
「(……しょうもないなぁ)」
そんな厳かな空気の中、場違いなほど気の抜けた声が、心の中で呟かれる。
教会の一角に置かれたソファに、だらしなく寝そべっている少女が一人。
ボサボサの赤い長髪が目を引くその少女は、シゲツたちと同じく、警官服を思わせるどこかアイドルじみた衣装をまとっていた。
「他の二人に比べると、随分と冷めているな。『アゼル・インベルソ』」
その少女のもとへ歩み寄ってきたのは、ドクター・エビテンとコロモだった。
「……ああ、ドクター・エビテン。ご自慢の人造人間ちゃんも一緒なのね」
アゼルは寝そべったまま、ちらりと視線を向ける。
「その言い方は、人聞きが悪い」
コロモは表情ひとつ変えず、淡々と言い返した。
「そんなことよりさー、この前の件から二人とも、随分と安心してない? 特にそっちの人造人間ちゃん」
「……否定はしない」
軽い調子で続けるアゼルに対し、コロモは短く答えた。
すると、エビテンが腕を組みながら口を開く。
「そもそも、あのような強引な方法で侵蝕世怪人を作ること自体、我々の本来の目的とは相反している。この反応も当然だ。」
その言葉には、わずかな不満と批判が込められていた。
「ふぅん……」
アゼルは興味があるのかないのか分からない声音で相槌を打つ。
態度は相変わらず気だるげだ。
「……それはそれとして」
今度はコロモが話題を変えた。
「お前はお前で、コンバーサリーから別件を任されていたのではなかったか?」
「……ああ、そっちはもう済んでるよ」
アゼルはあっさりと答える。
「あとはドクター・ベノディアの指示で、『執行人』さんが引き継いでる」
「……アイツ、また出向くのか。彼女は現状、前線に出るには少々――」
エビテンは眉をひそめた。
だが、その言葉を遮るように、アゼルは肩をすくめる。
「そこは別にいいでしょ。仮にも、ドクター・ベノディアの側近なんだし。ベノディアに命じられたことには、あの人、ちゃんと従う性分なんだよ」
どこか他人事のような、軽い口調だった。
エビテンは小さく息を吐く。
「まあ、確かに。本領を発揮できれば、あの女は強い。今は、あれこれ言うべきではないか……」
そう呟きながらも、その表情には警戒の色が浮かんでいた。
*****
同時刻、冬木市。高層ビルの屋上では、冷たい風が吹き抜けていた。
「……はい。準備は整いました。監視も引き続き続行します」
半分だけ割れた仮面をつけた、灰色の瞳の少女。彼女は通話を終えると、静かに端末を下ろした。
「そういうわけで……好きにやれ、とのことだ」
振り返り、隣へ視線を向ける。
「良いだろう……私も、この力を振るいたくて堪らなかったからね……」
低く、不気味な声が返る。そこに立っていたのは、全身を機械で構成された異形の男。
金属の身体が日の光を鈍く反射している。
「この世の悪を、根こそぎデストロイする……そのために、私は新たな力を手に入れる!!」
ゆっくりと拳を握りしめる男の背後には、不気味な静寂を纏った無数の機動兵器が控えていた。