艦これ戦争終結RTA   作:poox

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予想外に長くなったので分けて急遽投稿しました。
ちくちく言葉の回。



涼月 - くもりのち晴れ

 

 

 

 選出されたことにお祝い半分、羨み半分の皆に見送られ、私たちは高雄への便に乗り込んだ。船を護衛する艦娘の数は以前に比べ少ない。座礁ぎりぎりを攻める航路を使わなくなったから、速度も出た。

 私は三日の乗船の間ずっと、静けさを取り戻した海を後部デッキから見ていた。これを私たちブルネイの力でやり遂げたのだと思うと、いくらでも眺めていられる。霞ちゃんと川内さんも私と同じように海へ黄昏れていて、その一体感も胸をたまらなくいっぱいにする。

 私たちの中で提督だけが普段の態度を崩さず、船室に籠もりきりで書類仕事を続けていた。提督にとってはこのすべてが予想された戦果であり、当たり前なのだ。頼もしいひと。

 

 高雄基地に着いてすぐに飛行機へ乗り込んだ。基地の人員とろくな顔合わせもなく、建物内すら経由せず滑走路へ直行したのは、以前提督が言った高雄の信頼の話と関係があるのだろうか。

 霞ちゃんが離陸と着陸の緊張でがちがちになる微笑ましいシーンもありながら、ついに私たちは到着する。

 日本最大の海軍ベース、横須賀鎮守府。単純な面積だけでもブルネイの十倍をゆうに超えた。見るものを威圧するようなその規模は上空からでもよく分かったが、こうして地上から見ると、本当に果てしないように思える。

 

 

 

「長旅ご苦労さまでした」

 

 提督を先頭にタラップを降りる。ブルネイとは違うむわっとした重い熱気の中、黒の詰襟姿の女性が出迎えた。かなり若い。

「君は?」と問う提督に対し、女性は胸を張って告げる。

 

「横須賀鎮守府司令長官付特務秘書官、天井澄実香(あまいすみか)です。ブルネイの星名提督とお見受けいたします」

「ああ、相違ない。出迎えありがとう」

 

 年の頃は二十歳くらいだろうか。艶のある黒髪は長く、前髪は眉のあたりでまっすぐ切り揃えられている。

 提督の真っ白な半袖の軍装とは対照的な黒長袖の袖口には、三条の金線が輝いていた。両隣の川内さんと霞ちゃんが目を見張るのが分かる。

 この若さで大尉なんて、とうっかり口をついて出そうになった。

 普通では考えられないことだ。少尉候補生のルートを歩んで早くて五年はかかるだろう。それをひと足飛びにしているのは、並外れて優秀な人材だからなのか、あるいは近付く末期戦による人材の枯渇のせいなのか。

 

「そちらの方々は?」

 

 天井さんは私たちを一瞥して言う。「私の艦娘だ」と提督が答え、彼女は「そうですか」と興味を失ったように視線を外した。

 

「送迎をご用意しています。こちらへ」

 

 九月末の本土はブルネイに比べ湿度がすさまじい。滑走路の照り返しも相まって既に全身に不快な汗が滲み出ている。

 先導されて横須賀鎮守府の庁舎へ踏み入ったその瞬間、全身の肌がすっとした。快適さにため息が漏れるようだ。

 それにしても、同じ鎮守府でもここまで差があるものだろうか。広い廊下はブルネイにも負けないくらいぴかぴかで、中央にはふかふかの赤いカーペットが敷かれている。天井の高さはブルネイの三倍もありそうだ。大きな窓には華美な金の装飾が施され、脇には高価そうな調度品の壺まで飾られている。

 

「緊張していらっしゃるのかしら? 無理もありませんね。なんといってもここは我が国で最大規模の海軍基地ですから。少し刺激が強すぎたことをお詫びいたしますわ」

 

 先頭を行く天井さんは提督を振り向き、右の口端を吊り上げて言った。霞ちゃんが「はあ?」と声を上げるけれど、彼女は気にも留めない。

 前に向き直った天井さんは、ああそうだ、と歩きながら口を開く。甲高い声が広い廊下によく反響した。

 

「うちの上士官室を宿泊用に用意してあるという話でしたが、急遽使えなくなりました」

「それは困るな。他に部屋はないのか」

「星名提督にお貸しできる部屋は、残念ながら。長旅のところ申し訳ありませんが、別口でホテルを手配しておきましたのでそちらをお使いになってください」

 

 彼女は慇懃無礼に付け足した。

 

「まあ、僻地の方には、かえってそのほうが落ち着いてよろしいかもしれませんね」

 

 七年ぶりの海域奪還を成し遂げた提督に対し、信じられない態度だった。

 川内さんと霞ちゃんが一瞬のうちに剣呑な気配を立ち昇らせる。天井さんはそれを確かめるように僅かに振り向き、くっ、と声を出さずに笑った。

 

「なによあいつ。でかい鎮守府だからって調子に乗って……!」

「……確かにここの内装は落ち着かないね。ふつう、国を守るのにこういうのって必要ないからさ。最前線で弾の一発を節約してる間にここでは壺が買えるんだ。横須賀はすごいなあ」

 

 中て擦るような川内さんの皮肉に彼女は何も応えない。靴がカーペットに擦れる音だけが響く時間がしばらくあった。

 提督の視線を感じたのか、天井さんは「ああ、すみません」と口にする。

 

「何を言っているのか分からなかったので」

 

 感性を馬鹿にされたのだと、私は思った。

 

「だって、兵器の鳴き声が理解できるなんて、そんなのおかしいでしょう?」

 

 あっ、という間抜けな呟きさえ漏れそうになる。お腹の中にドライアイスを突き入れられたみたいに、芯から冷えていく。

 星名提督のおかげで幸せな勘違いをしていた。久しぶりに思い出す、私たちは兵器だという当たり前の事実。

 私が提督のお傍にいられているのは、有用な兵器だからに過ぎない。

 すぐ傍で憤りを隠そうともしない二人に混ざろうとも思えなかった。私が艦娘だという事実が、それを取り巻く世界が、ただ重く、悲しい。

 提督が足を止める。息を吸う音が、廊下にひどく反響して聞こえた。

 

「――ならば人の言葉を解さぬお前たちは、獣だな」

 

 天井さんも足を止める。振り向き、提督に数センチまで詰め寄った。

 

「今の、聞かなかったことにして差し上げます」

「やっぱり言葉が分からないのか、ワンちゃん」

「なっ……!」

 

 兵器派の前くらい、話を合わせるのかと思った。私はそれでもよかった。提督にならそう扱われてもいい。

 それが、この人は、こんな場所に来てもまるで自分を曲げない。

 提督に正対する彼女の顔がみるみる赤くなっていく。

 

「私が伯父に頼めば、あなたのような矮小な鎮守府の司令官程度、どうとでもできるのよ」

「すまなかった、なんて言うと思ったのか?」

 

 熱いものが胸に込み上げる。

 私たちごときの扱いで立場を悪くしてほしくない。そんな思いと、途方もない嬉しさが私の中でせめぎ合って、なんの声もかけて差し上げられない。普段から努めて冷静な川内さんの声さえなかった。

 

「……せいぜい後悔することね」

 

 天井さんは引き下がると、足早に廊下を歩いた。あんな態度をとっておきながら律儀に乗降所まで案内してくれるらしい。

 庁舎の外に出ると黒のセダンが横付けしてある。提督は無言で助手席の扉を開けようとしたので、慌てて制止した。

 

「助手席には私が座ります。後ろでお寛ぎになってください」

「いや。君たちは後ろに三人で乗ればいいよ」

 

 ですが、と言いかける私を置き去りにして提督は乗り込む。「さっさと乗るわよ」と霞ちゃんが鼻息荒く急かした。

 長い脚を車内へ折りたたみながら、川内さんが思い出したように口を開く。

 

「司令長官と同じ苗字だと、周りも、本人と間違えるくらい敬ってくれるのかなあ。袖の三本線も、間違って付けられちゃったのかな?」

 

 溜飲をためていたのは私だけではなかった。

 ちらりと天井さんの表情を窺えば、今にも口角泡を飛ばさんばかりに口元を震わせている。

 言葉を返さぬ彼女に出迎えと案内の礼を丁重に述べ、私は車へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 車窓の外を流れる景色に、霞ちゃんと揃って夢中になる。

 

「すごい……」

「ええ、本当に」

 

 ブルネイの鎮守府の何倍もの高さの立派な集合住宅が、道の両脇に次々現れては消えていく。中に明かりはついていないが、たまに巨大な施設のようなものも現れた。提督はそれを「スーパーマーケット。商店だ」と説明した。あれが商店とは、いったいどれだけの品数を取り扱っていたのだろう。それからも提督は、あれはあれは、と大きな建物すべてに興味を持つ私たちに、映画館、スーパー銭湯、カラオケ屋、ボウリング場など、多種多様な施設の説明をしてくれた。

 都市に張り巡らされた道路の広さはまるで大河のようで、失われた賑わいは、私には想像もつかない。

 本土にはほんとうに、途方もない人が住んでいた。

 

「二人は初めてだったか」

「いえ。私も霞ちゃんも、建造はこちらでしたから」

「すぐ最前線送りにされたけどね」

 

 だからこうして街を見るのは初めてなんです。そう言うと、提督は「そうか」と少し寂しそうに言った。

 

「昔はもっと活気があったんだよ。海外との交易があったから、街にいるだけで生活に必要なものは何でも買えた。歩道を人が歩いて、車が危険なくらい行き交って……。建物だってこんな風に崩れていなかった」

「ふうん」

 

 いまいちぴんと来ていない様子で霞ちゃんが相槌を打つ。私も同じだった。

 

「寂しいものだね――」

 

 どこまでも続くアスファルトの川と、煤けた巨大な建造物が、ただ圧倒的な文明の象徴として、私の目には映る。

 

「見て、涼月! 電車があんなところを……!」

 

 赤茶けたコンテナの列が、どう作り上げたのか想像もつかない巨大な高架の上を滑っていく。あれほどのもの、私が艦だった頃にはなかった。あれだけのコンクリートの塊を当たり前のように作り上げた国力に、私と霞ちゃんはただ息を呑む。

 

「あれが物流の根幹なんだ。駅からは木炭トラックが走っている。使える化石燃料がほとんどないからね」

 

 ああいや、過去形か、と提督は付け足す。

 

「これからはブルネイの資源が頻繁に入ってくるようになるな」

「私たちのおかげで?」

「もちろん」

 

 ブルネイは有数の資源地帯だ。川内さんの誇らしげな言は東沙島攻略によるシーレーン奪還を指しているのだと、彼女が言わずとも分かった。

 車が進むにつれ、建物の密度とその高さが明らかに増えてくる。どこまで行くのかと提督が訊ね、運転手の方は「横浜です」と答えた。まだまだ、都会になるのだ。これより栄えた場所なんて想像もできず、ただ仰天する。

 視界には灰色がますます増え、ついにコンクリートのジャングルと形容すべき様相を呈す。街のグレーに酔いそうな情報量になったところで、車が止まった。

 

 

 

「横須賀鎮守府の天井の名で、予約がないでしょうか」

「天井様ですね。お待ちしておりました」

 

 入ったホテルの受付の方は、デスク越しに私たちに視線を這わせた。それからおずおずといった様子で切り出す。

 

「本日は、ダブルを一部屋ということで承っておりますが……」

「えっ?」

 

 私たちは顔を見合わせた。

 

「どうするのよ、司令官」

「天井さんの手違いでしょうか」

「馬鹿ね、わざとに決まってるじゃない」

「……どういうことですか。部屋に空きは」

 

 提督の声のトーンが一段下がる。諦めにも少し似た、馴染みのある嫌な感じが足元に浸食した。

 

「大変申し訳ございません。あいにく本日満室でして、他にご用意できるお部屋がなく……」

「そうですか。それなら、近くのホテルに空きを問い合わせてもらえませんか。お手数かけますが、お願いします」

「かしこまりました。近隣にエクセレントベイ横浜さんがありますので、そちらでご案内いただけるか聞いてみます」

 

 ホテルマンは腰を折って電話をかけるが、表情は芳しくない。通話後やはり「空きはない」と告げられた。

 

「近くに他のホテルはないのですか?」

「ええ。戦役の影響でホテル業自体が立ち行かないものですから……」

「……偶然でしょうか」

「そんな訳があると思う? 立ち行かないなら、なおさら満室なんてありえないじゃん」

 

 私がたずねると川内さんは苛立たしげに言う。ホテルマンは顔を伏せた。

 

「天井さんのせいだというんですか。ここまで車を手配してくれたのに、どうして」

「あれは親切なんかじゃない。見せつけたかったんだよ。ガソリンは払底して、EV車のバッテリーは新規生産できない。そんなこの国で、私たちは当たり前みたいにピカピカの旧車を乗り回せるのよ、ってね。ただそのための嫌味な自慢よ」

 

 高慢ちきな黒髪ロング。川内さんが吐き捨てる。

 本当はずっとひしひし感じていた。それでも、同じ志を持つ方だと、信じていたかったのに。

 やはり、悪意を認めるしかないのだろう。

 彼女は『星名提督にお貸しできる部屋は、残念ながら』と言って、横須賀鎮守府に宿泊できないことを告げた。文脈を思い返せば、『僻地の提督に貸す部屋などない』という意図で言ったのだという確信が湧く。

 私たちは兵器だなんだと罵られてもいい。相応の扱いをいくらでも受けよう。けれど彼女のそれが、私の想像する通りの意図なら。

 提督への侮辱だ。許せることではない。

 

「……仕方がない。別の宿に泊まるか」

 

 ホテルマンへ断りを入れた提督と共にホテルを出る。ここまで連れてきてくれた車は既になかった。肌にへばりつくような蒸し暑さが、私の思考を冷ましてくれない。

 

「あてはあるの?」

「うん。せっかくだし民宿へ行ってみようと思う。来るときに車窓から案内が見えた」

 

 なにが『せっかく』なのだろう。その口ぶりから狙いがありそうだったが、私には窺い知れない。

 

 

 

 横浜駅から横須賀方面への電車は、一日に四本が出ていた。運よく一時間後にやってきた赤い車両に乗り込み、私たちは再び南へ向かう。

 海沿いに出ると、誰もいない一両編成の列車内を、差し込む海の眩さが照らした。

 がたん、ごとんという緩やかなリズムと、ひと気のない町、海の前で様々に移り変わる瓦礫。さっきまでの張り詰めた空気が、嘘のように車内に溶けていく。このまま四人でどこまでも行けるような、世界から切り離された感じ。

 不意に、世界はとっくに滅びていて、私たち四人しか生き残っていないような錯覚を覚えた。

 もしも本当に世界がそうあれば、提督はどうするのだろう。たった四人になっても抗うことをやめないのだろうか。

 隣の提督のほうを見ると、その腕に霞ちゃんがもたれて静かな寝息を立てていた。

 

『――まもなく京急田浦、京急田浦です。降り口は左側です』

 

 提督が困ったような顔をして、遠慮しがちに霞ちゃんを揺する。手つきは限りなく優しい。

 傍にいるだけで、提督は私の心を際限なく温めてくれる。

 

 

 

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