艦これ戦争終結RTA   作:poox

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あらすじ:
提督が海域を解放した。
明石ちゃんに彩雲の建造を頼んだ。
提督が本土へ行った。
提督が本土から帰ってきた。





明石 - 雲翳

 

 これまでの生の中で最も充実している瞬間。それが、日ごとに更新されていく。

 

 

「明石、作ってほしいものがある」

 

 最初、無茶振りだと思った。開発方針の意味が分からなかったし、鎮守府も早晩終わりだと思った。

 

「ついでに空の足も欲しい。飛ぶのが趣味なんだ。やってくれるね?」

 

 はあ、と適当な返事をして適当な作業をする。はじめに出来上がったのは矮小なボートで、それを見た提督は「注文通りだ。ありがとう」と言った。予期しない言葉だった。私は唐突に自分を見失って、無言の気まずさの中で「何に使うんですか、こんなの」なんて失礼な口を利いた。

 

「乗るに決まっているだろう」

 

 まるでおもちゃのボートだ。曳航にはぎりぎり耐えられるくらいの、意外にもよく考えて設計されたであろう性能はともかく、外見は冗談みたいにちゃちい。

 なのに、ここの新たな司令官ともあろう人は当たり前のような顔でそう答えた。ドック内のプールに降ろす指示が、それが嘘でないことを示していた。

 

「怖くないんですか」

「諸元は目を通してある。それに君が作ってくれたんだから、不安に思う要素は存在しないよ」

 

 血の気が引く感覚に襲われる。

『完成しさえすればいい』『要求期日に間に合えばいい』。

 いつものようにそれだけを思って流れ作業のように作り上げたこのボートに、果たして手抜かりや瑕疵はないだろうか。降り積もるままに溜まり続けた疲れも相まって、各工程でどのように手を動かしたかも曖昧だった。

 どうしてか分からないが、この人は私の仕事を信頼して任せてくれた。私はそれに、適当な仕事を返した。

 

 哨戒が済んだ近海といえど、外海だ。深海棲艦と遭遇するかもしれない。万にひとつもないが、交戦状況に入るかもしれない。

 そんな中で、このボートになにか重大な問題が発生してしまえば。たとえば電装系の不具合とか、スロットルの異常とか、浸水とか、装甲箇所の施工漏れとか……。

 

 クレーンのワイヤからはテンションが抜けて、既にボートは着水している。出撃に向けしきりに時計を確認する提督に、私はそれでも、何の問題もないふりをした。今さら完成の撤回と調整の猶予を求めることなんてできはしなかった。

 私はそれでも、見知らぬ提督より、私のほうが可愛かったのだ。

 期待をかけてくれたこの新しい人に、着任したてから『使えないやつ』と思われるのが怖かった。

 私はひたすらに提督の無事を祈り、帰投を待った。

 出撃前と相も変わらぬ泰然とした表情と五体満足の姿を見て、私はようやくため息をつく。それはあの人に対してのものではなくて、罪が露見しなかったことへの、どこまでも利己的な感情だった。

 

 

 

 私はすぐさまボートの改修に取り掛かった。幸い性能に影響のあるミスは見つからなくて、冷や汗にまみれた私は工廠の床に寝転がった。

 そして決意する。今度こそ久しぶりに、まともな仕事をするのだと。

 

 仕事といってもその実、私用零戦の建造は資材の私的流用にあたる完全アウトな業務上横領だったけれど、私はとにかく、もうあの不安と罪悪感を味わいたくなかったから頑張った。「その建造はちょっと」と口を挟むべくもない。横領を企てるのは前提督と同じだ。私の倫理観はもはや麻痺していたし、上官の指示だから仕方ない。私たちに口答えは許されていないのだ。

 そうして言い訳を重ねながら零戦の開発に取り掛かり、気合を入れて何重にもチェックを重ねて、抜かりはないと自信を持って言い切れる機体が完成した。

 

「流石だ。何の文句もないよ」

 

 零戦に人が乗ったとて、深海棲艦相手では戦力にならない。単に司令官の私欲を満たすだけのものだ。提督は陰のない微笑を浮かべて零戦をぺたぺたと触った。違反に加担しておきながら、私の自尊心は提督の言葉と態度に高揚していた。羽が生えたようだった。

 

 しかし余韻に浸る暇も与えずに「ちょっと試し乗りしてくる」などとのたまった提督は、そのまま艦隊業務も放り出してブルネイの青空に消えていく。私はさぞ間抜けな面を晒していただろう。

 物も言えずに呆れて数時間後、提督は再び工廠に現れて「零戦の修理を頼む。それと今からボートを使う。出してくれ」と告げた。

 いつの間に帰ってきたのだろう。素人の雑な扱いで振り回された機体のことを思うと頭が痛かった。いくら飛行機の心得があるとはいえ、今の世で零戦を満足に操縦できる人などいない。私の手間を減らすためにも、せめて機体特性のマニュアルくらいは渡しておいたほうがよかっただろうか。

 そんなことを考えながら機体状況の確認のため滑走路へ向かって、私は目を疑った。

 

「うわ、なんですかこれ……!」

 

 黒い。全身穴まみれで、穴がないところはすべて、何かをぎりぎりのところで掠めたように黒ずんでいる。

 機体はどうやって着陸のアプローチをとったのか分からないくらい、ずたずただった。

 損傷箇所が多すぎて全容を把握できない。とりわけ左主翼の翼端は大きく欠け、風防はヒンジの根元から吹き飛ばされていた。

 

「ボロボロじゃないですか! 何してきたんですか!」

 

 提督は詰め寄る私を一瞥したのみで、ボートを求めドックへ歩みを進める。

 

「提督!」

「命ずるが、あれは他言無用だ。くれぐれも他の皆に知られないよう頼むよ」

 

 提督は何のために、どこへ行って、何をしてきたのか。私は何ひとつ分からないまま、その背中に急かされるようにして後を追う。

 ボートをプールに降ろし終えると、私はドックから追い出された。

 

『貧相なボート単騎で東沙島の敵旗艦艦隊に殴り込んだ提督が、後続の艦隊の支援を行った挙句にぶっ倒れて搬送されてきた』――そんな知らせが鎮守府を駆け巡ったのは、そのしばらく後だった。

 奇行にまみれた、七年ぶりの海域奪還だ。

 もはやすべての試みが無駄に思えて、私はあの人を理解しようとすることを、ついに諦めることにした。

 

 

 

 それからの提督は、むしろ本領発揮と言わんばかりに、無茶な仕事を私へたびたび押し付けた。

 

「悪いが急ぎで頼みたい。できそうかな?」

「ありがとう。ゆっくり休んで。大したものじゃないけど、これ、甘いものだよ」

「紙面の通りに零戦の改修を頼む。言うまでもなく他言無用でよろしくね」

 

 艦娘の艤装の修繕や調整、提督が乗るボートの調整といった表向きの仕事と、私だけが知っている零戦の仕事。

 口では「私のことを何だと思ってるんですか」なんてうんざりした声を作りながら、無茶は私の仕事に対する信頼と思えばこそ、やる気がみなぎって仕方がなかった。

 だから、提督が本土へ渡って太陽が失われたみたいに静かになってしまった鎮守府にあって、工廠だけは私の熱気でむんむんに蒸されていた。

 私は工作艦として、完璧な仕事をした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 滑走路の彩雲はいつでも離陸できる状態だ。私はひとり工廠でうろうろと歩き回りながら、今か今かとその時を待つ。もう間もなくだ。すぐだ。やっと来る。もう来てしまう!

 胸がどきどきとして、緊張と期待で深く息が吸えなかった。こんなにおめでたい動悸は初めてだ。

 工廠にはずっとコンプレッサの音が響いているから、ドア越しの足音は到底聞き取れない。提督が姿を現したのは唐突だった。心の準備がまだだった私は、「明石」という呼びかけに背筋をぴんと跳ねさせ、「ひゃい」とか変な声で返事をしてしまう。

 

「例の物はどうかな」

 

 咄嗟に言葉が出てこなくて、私は謎にひたすら頷いた。手振りで外を示しながら提督を滑走路へ案内する。

 艶のある緑の威容はすぐにでも目に入って、私の中でカチコチに凍えていた自信が急速解凍された。

 

「こちらです。自信作ですよ!」

 

 近くまで寄った提督は彩雲の周りを歩き回って、翼や尾翼をぺたぺたと触った。零戦の時もこうだったなあ、と思う。飛行機を前にした時のくせなのだろうか。

「おお」という初めて聞く感嘆の声も聞こえてきて、私は提督から見えない角度でガッツポーズする。溢れて止まらなくて、三回もぐっと拳を振り抜いた。

 

「さすがは明石だ。君に頼んで正解だった」

 

 有頂天とはこのことを言うのだろう。私はぼうっと呼吸するばかりだった。誰よりも優秀なこの人の期待に応えることができた。誰よりも優秀なこの人に私の仕事が認められた。

 そして、誰よりも慕われるこの人が、私を頼りにしている。その事実だけで、私は今、天にも昇りそう。

 

「もちろん皆には内緒にしてくれているよね」

 

 鎮守府の皆には優しく微笑むばかりのあの人が、今は歯さえ見せて笑っている。来たるべき緊張に震えながら、私はぶんぶんと首を揺らし頷く。

 

「それはもう、ばっちりです。私と提督の、二人だけの秘密ですから」

 

 あっぷあっぷの私と対照的に、提督は一度だけ頷いた。私たちだけの秘密。拒絶されないことがたまらなく安心する。世界に励まされた気分になって、私は長いためらいの末、昨日の夜から布団の中でずっと温めていた言葉を投げかけてみた。

 

「それで、試し乗りされますか? 提督がよかったら私も後ろの席に……」

 

 恐る恐る様子をうかがう。鎮守府の皆とはかけ離れたところにある、『二人だけ』のものをもっと増やしたい。

 艦娘たちのわがままをよく聞く提督だから、色よい答えを期待していた私のもとに返ってきたのは、しかし「いや」という淡泊な言葉だった。

 

「ここから更に改修してほしい。航続距離が必要でね、稼ぎたいんだ」

「航続距離って。前の零戦よりずっと大きい行動半径ですよ。ざっと二五〇〇キロはあります」

 

 何が不満なのかと問いかけるも、続く提督の発言に私は言葉を失った。

 

「機銃や防弾装甲は全て取り払ってくれ。通信機器も不要だ。複座もいらないな。生残性と運動性を犠牲に、九〇〇〇キロ飛べるようにしてほしい」

「生残性って……」

 

 提督は突き放すように「言葉の綾だよ」と言った。臆病な私はたったそれだけで引き下がってしまう。私たちは道具だから。逆らうことは許されないから。かつて呪いのように繰り返した言葉はもはや建前に過ぎなかった。

 この人に嫌われたくない。

 脳裏では既に、期待に応えるための計算が始まっていた。

 

「それくらい長い時間乗っていたいんだ。それと、ハードポイントはひとつ空けておいてね。追加装備懸架の要がある。増槽で埋めないように」

 

 九〇〇〇キロともなれば泣いてでも燃料槽を確保したいのに、ハードポイントをひとつ空けなければいけないとはなんたる無茶振りだろう。本当にこの人は私を何だと思っているのか。

 

「それで明石、できるのかできないのか、どっちなのかな。無理なら――」

 

 一瞬でむっとさせられる。そんな風に言われたら、「できないです」と答えることなんてありえなかった。

 

「できますけど!?」

 

 被せるように言ったあとで慌てて付け足す。

 

「ただし、装甲は相当薄くなります。豆鉄砲でも即墜落みたいなぺらっぺらの紙装甲になりますよ。紙っていうかもはや無です。増槽を増備する都合上、運動性は劣悪になります。接続の都合で剛性だっておしまいになるからマニューバなんて不可能です」

「構わない。やってくれ」

 

 えっ、構わないんだ、とドン引きしながらぎこちなく頷いた。

 ざっと脳内で計算した結果はとんでもなく大変な改修になることを示していて、それに半分茫然としながら彩雲の傍で突っ立つ。

 提督は満足気に頷いて、用は済んだとばかりに鎮守府の舎へ向かった。そのまま消えてくれたらやけくそになれたのに、「頼りにしているよ」と最後に手を振ってくるものだからたちが悪かった。

 この人のことだから急ぎで仕上げるほうが喜んでくれるのだろう。おもねった考えを無意識に浮かべて、また私の仕事が認められることを想像して、勝手にどんどん緩んでいくハッピーな脳みそが哀れに思えてくる。

 提督の背中にかける気の利いた言葉も思いつけず、その姿がすっかり見えなくなったころに、「ああもう!」と頭をがしがしと掻く。

 

「まったく、人の気も知らないで……」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 お皿の隅に残ったケチャップソースを箸でいじりながら、改修の段取りをぼんやりと考える。

 帰ってきたばかりの本土組の話が食堂のあちらこちらで弾んで、勝手に耳に入ってきた。

 

「司令官、もうすごかったんだから! ホール全部を味方につけてね、啖呵を切ってね。みんなにも直接見せてあげたかったわ! それにそれに、本土の人がすごく優しくて! みんな、いい? 私たちが守っているのはね……」

 

 駆逐艦たちの中心で身振り手振り熱く語っているのは霞ちゃんだ。食後は周りを引き連れてすぐにでも演習を行うらしい。

 あの人の名前を口にするたびに瞳はまばゆく輝いて、行く前はよそよそしい感じだったのに、まったくすごい変わり身だった。

 

「矢矧、見たよ。顔色は悪かったけど、足取りはしっかりしてた」

「本当ですか!? よかった……! でも、相変わらず手紙に返事がなくて」

「なにか事情があるんだと思う。大丈夫だよ」

 

 川内さんは能代さんのことを励ますように、力強く肩を叩いている。ひとりで黙々とハンバーグを口に運んでいたのが、川内さんの声掛けでぱあっと花が咲いたように表情をほころばせたのが印象的だった。

 鎮守府の雰囲気はかつてなく明るい。提督が関わっていない場所でもこうして前向きにものごとが進んでいる。

 ブルネイは本当に変わったのだ。

 あの人が変えた。私と秘密を共有する、あの人が……。

 

「んふっ」

 

 録音しておけばよかった、なんて馬鹿なことは言わない。予期しないほうが間抜けというものだ。

 懐から取り出したレコーダの再生ボタンを押す。

 

『おお……』『さすがは明石だな。君に頼んで正解だった』

「へ、はへっ。ふへへ……んへっ」

 

 どれだけ腹筋に力を入れても声が漏れ出て止められない。もう一度再生ボタンを押す。

 

『さすがは明石だな』

「それほどでも、へへっ、ありますよぉ」

「ずいぶん楽しそうね」

 

 頭上から降ってきた声に「げぇっ!?」と身を跳ねさせてしまう。

 

「な、なにか用ですか。加賀さん」

「用というほどのことではないけれど」

 

 彼女が私に目線を合わせたのは一瞬だけで、すぐに気まずそうに逸れた。顔色は青白い。私は少し緊張しながら続きを待った。

 

「涼月たちが鎮守府の裏に畑を作るらしいわ」

「ふうん、へえ、そうなんですね」

 

 落ち着きなく胸の前で腕を組んで、「それで」とためらうように唇を濡らす。

 

「私は手伝いに行くわ。どうかしら」

 

 彼女は「あなたも私と同じなら」と小さく付け足した。

 鎮守府の躍進とは裏腹に、加賀さんにはこれといった活躍の機会が巡ってきていない。

 東沙島攻略では練度を重視して龍鳳が起用され、フィリピン海では逆に実戦経験の乏しい翔鶴と瑞鶴が起用された。同型艦がおらず練度もさほど高くない正規空母の彼女はどうにも取り回しが悪く、はっきり言って札の切りどころがない。

 

 どんどん明るくなっていく周りの中で、自分だけが沈んだままでいる。そんな環境、私だったら間違いなく拗ねてしまう。

 彼女の誘いは、自分にできることが何もなくて手持無沙汰でいるのなら、という優しさに違いなかった。自分の機嫌を上手にコントロールするどころか、周りに気を配りさえしている。彼女のほうこそつらいはずなのに。

 

「ありがとうございます。でも、今は少しやっておきたいことがあって」

「そう」

 

 声のトーンは全く変わらないまま、諦めみたいな暗いニュアンスが僅かに表情に混ざる。

 

「邪魔をしたわね」

「ああっ、でもでも! 今度手伝いに行きますよ! 私も気になるし、畑!」

 

 加賀さんは、意外に大ぶりな目をぱちくりとさせて、それから無言で去っていった。

 そうだ、いつまでも浸っていないで、改修案を考えないと。今のブルネイでは誰もが何かのために働いているのだ。

 お皿の残りをさっさと片付けて、熱いお茶をコップに入れて工廠へ持ち帰る。エネルギーを補給し終えた私の脳味噌はすぐにも回った。

 

 

 

 

 可能な限り生残性を高めたいけれど、九〇〇〇キロのノルマ達成にはなりふり構えない。

 提督の言った通り、機銃や座席まわりの防弾装甲はすべて取り払うことになる。複座をなくして、通信機器を廃してアンテナをもぎ取って、これでもまだまだまったく要求に届かない。航空灯すら排除するくらいに、重量に遊びはないのだ。

 シミュレーションを回し、安全性と運動性を削り、またシミュレーションを回す。提督が新たに手配してくれたこのパソコンのおかげで、燃料残量や空力特性を計算しながらの検証は容易だった。半導体が貴重な今、どこでこんな高性能なコンピュータを手に入れてきたのか知れなかった。膨大な量の手計算をこなさなくていいというだけで、今回の改修はずいぶん気が楽だ。

 

 設計をどんどん詰めていく。九〇〇〇キロのために、切り詰められるところはすべて切り詰めた。

 キャノピー周りの防音材、計器、内装材、燃料タンクのシーリングなどの廃止、新型カーボン樹脂による素材置換……。

 緑色の塗装を全て剥がして、リベットの頭も削り落として、機体表面をつるつるにする。空いた複座部分のスペースを丸ごと燃料タンクにして、それでも提督の要求には届かなかった。

 使いたくもない最終手段だったけれど、ついにはフレームに肉抜き穴を開けることで、ようやくお眼鏡にかなう機体の設計が誕生する。

 

「なんだこれ」

 

 簡易な性能諸元と異形のラフスケッチを見ながら、私は猫背で椅子からずりずりとずり落ちた。ナニコレ。

 生残性の「せ」の字もない。フレーム以外を少し突っつかれただけで火だるま間違いなし。着陸で一瞬跳ねただけでバキバキに空中分解が確定だ。九〇〇〇キロの飛行が可能という一点にのみおいて、奇跡のバランスで成り立っている機体。

 果たしてこれは航空機なのだろうか?

 

「命名:空飛ぶガソリン桶、なーんてね。あはは!」

 

 疲労の中でお腹を抱えひとしきり哄笑したあと、はあ、とため息をついて天井を見上げた。

 

 

「てーとく、これで何するつもりなんだろ」

 

 GPSでログを取ってみようか。いやいやそれってなんだかストーカーっぽい。それに重量は少しでも減らしたい。

 引き出しに手を突っ込んで数枚の写真を取り出す。弾痕まみれの、スクラップみたいな機体の姿。前々回ボロボロになって帰ってきた零戦の修復前に撮影したものだ。我ながらよく修理したものだと思う。零戦はもう一度の出撃を経て、今は解体のち彩雲の素体となっている。

 

 あの時、私は零戦を直したあと、再び出撃しようとする提督に問いただした。

 けれど提督は「耐久力の評価試験をしただけだ」とか「気晴らしに行くだけだ」とか「他言無用だ」だとか言ってはぐらかすばかりで、私に本当のことは教えてくれなかった。

 シートに残っていた血痕も、真相はひとかけらすら分からない。

 

 

 手慰みみたいに写真をぺらぺらとめくる。視線が損傷個所を往復して、これでよく帰ってきたものだ、なんてしみじみ思ってしまう。提督の操縦の腕は本物だ。

 紙の擦れる音はコンプレッサの音に紛れて、ブウゥンという音の他には何も聞こえない。

 

 不意にこの写真たちに、引っかかるものを覚えた。

 なにか違和感がある。何だ?

 

 いつの間にか私の目は無数の弾痕の、その輪郭に引き寄せられていた。写真に写るその大きさは数パターンあったが、一見しておかしいところは何もないように見える。

 私は椅子を蹴立てて立ち上がり、すべての写真を机の上に並べた。何度も視線で走査して、ついに違和感の正体に思い至る。

 スケール感だ。スケール感が変だ。リベットの間隔に対して、弾痕の大きさがおかしい。

 見慣れないからひっかかったというより、むしろ見慣れすぎたものだ。

 提督が語ったような艦娘を用いた耐久力の評価試験では、こんな傷がつくことはない。

 弾痕は明らかに艦娘の口径ではない。

 

「インチ砲……」

 

 零戦、彩雲。この戦闘機たちの利用目的について、ずっと目を逸らし続けていた。

 思い返せば、二度の海域奪還の直前には必ず零戦の出撃があった。

 

「まさかね」

 

 戦闘艦でない私はブリーフィングに参加できない。けれど特に箝口令は敷かれていないのか、「提督が敵艦隊についてのとんでもなく貴重な情報を得てきた」という話はブルネイを何周も駆け巡って、私も知っている。

 皆は未知の支援組織だとか登録されていない艦娘の偵察によるものだとか言っていたけれど。

 

「まさか、いや、だ、だって、そんな……」

 

 視線を彩雲のラフスケッチへ向ける。恐る恐る、だった。

 

「……嘘でしょ」

 

 

 今すぐにでもシミュレーションのデータを削除して、スケッチも燃やしてしまいたい。

 けれど今ひとつだけはっきりしていることがあって、それは、提督は私にこの仕事を任せてくれたということだった。

 提督が私に求めているのは制止じゃない。

 私はあの人の期待を失いたくない。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「見事だよ、明石」

 

 格納庫に静かに佇む、地金剥き出しの彩雲。いつものようにぺたぺたと機体を触りながら、提督は静かに言った。

 

「君は自分のことを『言われた通りにものを作る道具』だと思っているかもしれないが、違う。この異形の彩雲は君のプライドそのものだね」

 

 破滅的な機体を前に似つかわしくない、どこかうっとりとしたような口調だった。

 

「こんな机上の空論をそのまま現実に持ってきたみたいな機体、誰も乗らないですよ」

「だが、飛ぶんだろう? 九〇〇〇キロ」

「それは、はい」

 

 提督が牽引車に向けて歩き出す。私は思わず口走った。

 

「私、不安です」

 

 提督は足を止めて振り返って、言葉を待っている。震える声に無理やり芯を入れて、私は提督の瞳を強く見つめた。

 

「提督はいったい、これで何をするつもりなんですか」

 

 二人の間に沈黙が流れる。提督は眉ひとつ動かさない。

 耐えきれなくなったほうが負けだと思って、私は眉間にさらに力を込めた。

 しかし提督はまるで相撲のうっちゃりみたいに、私を無視してすっと肩を戻し牽引車へ歩みを進めていった。

 

 もはや私に求められていることは少なかった。

 私は滑走路上まで引っ張り出された彩雲に外部始動機を接続した。

 梯子で翼根へ上がる提督は、途中で足を止める。視線が合った。

 

「君が私のために、一睡もせず削り出してくれたこの翼を、私は他の誰にも託したくない。この機体の存在も、私の出撃も、君の胸の中だけに閉じ込めておいてほしい」

「でも、私……」

 

「案ずることはないよ」と提督は言う。私を堕落させる悪魔がいれば、きっとこんな声の音色をしていると思った。

 

「君が作ったこの翼を信じて、私は空へ飛ぶ。君が作ったものなら、命を預けるに値すると信じているから」

 

 提督はそれだけ言ってコックピットにするりと身を収めた。風防越しの小さな頷きに、私は始動機を回して応えるしかない。

 甲高い金属音と共にプロペラが回る。夕日の赤に染まる滑走路じゅうに雷の如き爆音を落としながら、彩雲のエンジンが目覚める。

 私は自ら作った棺桶に、大切な人を乗せた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 それからの私がどんな思いで提督の帰投を待っていたかは、言葉にするだけ無駄というものだろう。

 滑走路に再びエンジンの音が響いたのは、出撃から丸一日が明けた夜更けだった。

 

 機体のシルエットは出撃前とまったく別物になっていた。増槽は投棄済みで、垂直尾翼はいくらか欠損し、主翼外縁部や胴体後部には無数の弾痕が穴を開けている。

 そんな機体で神業の着陸を成功させた提督は、涼しい顔でアイコンタクトを送り、するすると梯子なしで彩雲を降りる。

 そのまま足早に執務室の方角へ向かう提督を放り、私は抜けそうな腰を叱咤して、懐からノギスを取り出した。機体の弾痕のいくつかを測り、そして確信を得る。

 間違いない。インチ砲による対空砲火の痕だ。

 

「あの、提督。私には、話してもらえないんでしょうか……」

 

 駆け寄って脇から声を掛ける。提督は何も言わず、歩きながらどこからか取り出した封筒を私の胸元に押し付けた。ずっしりと重量感がある。

 視線で催促されて封を切ってみるも、暗くてよく見えない。工廠の明かりが近くなるにつれて、題だけがおぼろに見えてきた。

 

 

 

「特秘……川内型軽巡洋艦における第二次改装実施計画案……?」

 

 封筒から別の束を取り出す。

『川内型軽巡洋艦 第二次改装性能諸元並びに艤装設計要綱』

『川内型軽巡洋艦 改二艤装改修仕様書』

『川内型軽巡洋艦「川内」 改二艤装設計図面並びに施工指導指針』

 

 

「なにこれ」といつの間にか口から漏れていた。

 

「次の出撃はずいぶん先になる。その間、川内の艤装の第二次改装を頼む」

「第二次改装って、なんですか。聞いたことないですけど」

 

 言いながら夢中になってページをめくる。

 艤装に二度以上の改装を施すなんて、泊地に流行った都市伝説ですら聞いたことがない。一度の改装を経た艤装ですら並の艦娘には扱い切れないのだ。

 しかし書類を見れば見るほど冗談ということが分かって私は安堵した。特に性能諸元なんてひどい、ひどすぎる。

 

「こんなの扱うの無茶ですよ。バカみたいなスペックですよ……バカが考えた艤装ですよ……」

 

 砲口初速のエネルギーはざっと1.3倍になっていて、砲の素材から別物らしい。威力向上分、川内さんを襲うのはすさまじい反動だろう。

 機関の推力重量比も爆発的に向上していて、もしもこの超高圧の燃焼サイクルが実現すれば、もはや艦娘は海面を滑るどころか「跳ぶ」ように走る。制御はまったく不可能に違いないから机上の空論だけど。

 舵のレイテンシも極限まで減らされている。練度次第であらゆる攻撃を回避可能になるといえば聞こえはいいけれど、こんなの推力上昇と合わさったら、川内さんの体には瞬間的に数十Gの遠心力がかかって、慣熟する前に訓練で死んでしまう。

 新型魚雷は含有酸素量が限界まで高められていた。破壊力の劇的な向上は、当然ながら、リスクの劇的な増加をもたらす。もしも誘爆すれば大腿以遠は欠損だ。使い手に求められるのは、瞬時にパージの判断を下せる判断力。最高レベルの心技体、どれかひとつでも欠けていたら、この艤装は枷にしかならない。

 対潜能力が低下していることが疑問だったが、よく読んでみれば、それは改装エンジンのあまりに高すぎる出力による高周波ノイズがソナーの聴音を邪魔しているからだった。敵主力を真っ先に叩き潰すことを見据え過ぎた、あまりに攻撃的な設計思想だ。

 こんなバカが考えたみたいななりをしておいて、伝達系も電気系統もすべて三重の冗長性が確保されていた。艤装が半分吹き飛んだとしても、残りの回路に瞬時に繋ぎ変えて戦闘を継続できる。これを作った人は、私たち艦娘に相当生きて帰ってほしいらしい。

 

 諸元には他にも山ほど無茶苦茶が書かれていた。排水量は変わらないのに重巡並みの装甲性能を要求されていたり、砲弾の装填機構や火器管制から新設計の別物に置き換わっていたり。

 改艤装からの『機種転換』なんてレベルですらなかった。

 

 

 

「これ考えた人、とんでもないバカですよ。アホですよ」

「だから前例がない」

「でしょうね!? 当たり前ですよこんなもん!」

 

 地面に封筒を叩きつけてやりたい衝動を必死に抑える。私は大人なのだ。

 代わりにため息をついて、折りたたまれた改装設計図を開く。私の顔が歪む様が提督にははっきり見えただろう。「うげぇっ」と言って思わずやる気を失ってしまうような、緻密な仕事の要求がびっしりと書いてあった。

 喉の奥に込み上げる苦い不快感を堪えながら必死に読み下す。細かい、細かすぎる。なんだこの設計図は。

 

 しかし熟読する私はいつしか、眉間に入った力のことも忘れていた。

 抱いた設計上の疑問点はすべて、有機的に絡んだ別の箇所によって解決される。

 一見不要に思える施工内容も、しかし丁寧に書かれた補足を見れば唸らされるものばかり。

 

 詰められる箇所はすべて詰めてある。

 なまじ私は優秀なエンジニアだから、理解してしまった。

 私の作ったあの彩雲よりも、よっぽどスマートでミニマルなアプローチで、要求性能に手を伸ばそうとしている。

 改装する技量、操縦する技量ともに天井知らずではあるが、実現不可能ではない。

 

 

「……これ作ったの、誰?」

 

 全身に汗が滲んでくる。

 この図面を引いたバカは、決して夢想家ではない。

 手に持っている紙の端から、その苦労の血がしたたるようだった。

 

「バカげてる。こんなの、バカげてる」

 

 もしもこの艤装が現実のものになれば、そして満足に扱えるだけの練度を持った艦娘がいれば、たった一騎で戦況をひっくり返すことさえできてしまうんじゃないだろうか。

 人類は深海棲艦に、個としての能力でも群としての数でも劣っている。この改二艤装なるものは、その劣勢をすべて跳ねのけて覆すための、アニメに出てくるヒーローみたいな、そういう設計思想を持って構想されたんじゃないだろうか。

 フィクションを現実に持ち込むなと言いたい。やっぱりこの線を引いた奴はバカだ。大バカだ。

 

「……でも、悔しいな」

 

 握りしめた紙面にしわが寄る。

 

「これを作った人は、私と同じくらい腕が良くて……私よりも本気だったんだ」

 

 このバカは今、どこで何をしているのだろう。あるいはこの一世一代の大図面が日の目を見ないうちに、もうとっくに戦火の中に消えてしまったのだろうか。

 空しさとかよりも、ただ漠然と、一緒に仕事をしてみたかったと思った。

 提督はいつものように「やってくれるね」と言う。

 

「死にますよ、川内さん」

「彼女が死ぬのは、私が君の腕を見誤った時だけだよ」

「時間がかかります」

「君にしかできない仕事なのだから、いくらでも」

 

 逃げ道を散々に潰して満足したのか、私が黙り込むのを見て提督は颯爽と去っていく。

 空気中の湿気をすべて吸い取ったみたいに腕の中の紙束が重かった。

 

「第二次改装……」

 

 どこをどう鑑みても、リスクが高すぎる設計案だ。

 けれど提督は、これを実現しないことには今後の戦況は立ち行かないと判断したのだろう。

 

 やってやろうじゃない、と紙面越しに声をかけた。

 巡り合わせが私にそれを求めるのなら、私があなたの仕事を引き継いでみせる。

 

 気付けば不安も罪悪感も使命感に塗りつぶされて、私はすっかり前だけを向いていた。向かされた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 私はただひと言、そう仕向けた元凶へ愚痴を募らせる。

 ずるい。ずるい人だ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 翌々日、川内さんの艤装の洗浄浸漬が終わるのを待つ間、私は鎮守府裏手の空き地を訪れてみた。加賀さんが言っていた畑とやらを覗きにきたのだ。これから工廠に籠りきりになるから、今のうちに日光を身体に貯金しておきたかった。

 真昼のかんかん照りの太陽の下では、加賀さんと涼月ちゃんが錆びた鍬を振るっている。

 

「加賀さーん、涼月ちゃーん」

 

 声を掛けると二人は手を止めて、涼月ちゃんのほうは愛想よく手を振ってくれる。私も三叉の鍬を手に取って土のすき込みを手伝うことにした。土壌は膝丈の雑草がぼうぼうで、土づくりというよりもはや開墾みたいな感じがする。

 

「ほんとにここで大丈夫なの。もっといい場所があるんじゃない?」

「昔、ここに畑があったらしいんです。だから小石とかも少ないだろうし、日当たりもいいから良く育つだろうって。ね、加賀さん」

 

 二人に特別仲の良いイメージはなかったけれど、いつの間にか涼月ちゃんのほうがすっかり懐いているように見えた。これも鎮守府の雰囲気が明るくなって交流が増えたおかげだろう。加賀さんは少しくすぐったそうに「ええ」と言って、照れ隠しみたいに鍬を振るった。

 

「大昔の日報に書いてあったの」

「へえ、そんなのあったんですね。知らなかったなあ。このサビサビの鍬はその時のってことですね」

「みんなでいっぱいお世話しましょう。それで、いっぱい大きく育てるんです!」

 

 あまりの笑顔の眩しさにインドア派の私は浄化されるような思いになって、慌てて手をかざしてガードした。危ないところだった。

 んしょ、とか、ふうっ、とか言いながら土を起こしていく。ひとまずはここでかぼちゃを育てるらしい。今まで未来のことを考えるなんて滅多にないことだったからだろう、加賀さんも涼月ちゃんもかなりの上機嫌で、表情は穏やかな熱を帯びていた。

 

 

 

「そういえば、お二人はもう聞きましたか。提督が昨日また『すごい情報』を手に入れてきたって」

 

 一瞬、鍬を振る動きが止まってしまう。「へえ」とぎごちなく返すのが精いっぱいだった。

 

「なんでも敵の戦力に想定外の要素があったそうです」

「出撃の態勢まで整えていたのに、川内たちもかわいそうね」

「でも、出撃前に気づけて良かったです。万全の準備を整えられますから」

 

 加賀さんは大きな呆れのため息をついて言う。

 

「私が敵なら、不意を打つために絶対に隠し通すわ。そんな情報どうやって手に入れてきたのかしら」

 

 インチ砲の対空砲火でぼろぼろになった彩雲の帰投とほぼ時を同じくする、川内さんたちの出撃中止。

 もはや疑いの余地はなかった。二人の口から語られた情報が最後の補強となり、ここに至って私は確信する。

 提督はあの機体で、敵艦隊の偵察を直接行っている。

 

「明石さんはなにか知っていますか?」

 

 言うべきだろうか。

 鎮守府の皆が驚き、頼りにし、作戦の根幹とする情報は、他ならぬ提督がその命を賭して得てきたものだと。

 提督の暴挙を、艦娘の総力を挙げて今すぐ止めさせるべきだと。

 

「さあ……」

 

 言えるわけがなかった。

 あの合理性の塊みたいな提督がそうしているのは、きっとそれ以外に方法がないからだ。ああしなくては勝てないから、きっと提督は命を縣けているのだ。提督が皆に秘密にしているのは、きっとその必要があるからなのだ。

 

 それに、と思う。

 今ここで打ち明けてしまえば、それは……私と提督の「二人だけ」がなくなってしまうことを意味する。

 ひどく自己中心的な考えで、私は黙りこくる。

 この甘美な共有の味をまだ味わっていたい。あの人に失望されたくない。

 

「どこから得てるんでしょうね、ほんと」

 

 言い訳は私の奥底から湧いて尽きなかった。

 だって、提督は私に何度も釘を刺すように、秘密だ、と言ったのだ。裏切れば、提督の信頼は二度と帰ってこないだろう。提督がそう言ったから、私はそうするのだ。

 

 

 

 

「畑の調子はどうかな」

「あ、提督! お疲れ様です」

「どうされたんですか」

「お湯を沸かしている間に手伝おうと思ってね」

 

 三人の輪に入らず無言で鍬を振るう。刺さりが悪くて、おまけに抜けも悪いし、いらいらした。

 提督はまだ手のついていないエリアに入っていって、腰を落として重心を低くしたかと思うと、凄まじい勢いで耕し始めた。踏み込みとインパクトの瞬間それぞれで重心が前後に移動しているのが傍目にも分かって、まるで精密なクランク機構のようだ。

 私たちが茫然としている間に提督は反対側までの一列を起こし終わる。「さすがに研いだ方がいいだろう」とか言って、息も切らしていなかった。

 

「そろそろお昼にしよう。もう湯が沸くから、そうしたらパスタを茹でる。三人とも着替えて食堂においで。ああ、明石は搬入の後になるが、君のぶんはちゃんととっておくよ」

 

 二人の瞳がにわかに輝く。提督の手料理ははずれがない。

 ところで搬入って何だろう。何も話を聞いていない。疑問を口にすると、返ってきたのは衝撃の発言だった。

 

「今日、うちに大和が来る。その艤装の搬入だ」

「えっ? 大和って、あの大和ですか? でっかくて凄いやつ?」

「君がどの大和のことを言っているのか分からないが、大和型戦艦の一番艦だ」

 

 何でもない風にあっさり言うことではなかった。おおごとすぎる。実戦の噂すら聞いたことのない超弩級の戦力が、なんでうちに。

 いやしかし、これも提督が手を回した結果なのだろう。黙っていても戦力が降ってくる甘えた環境だったら、今までの私たちはあんなに苦労していない。

 というか勝手に仕事が増やされている。まったくこの人は私を何だと思っているんだ。

 

 私は鍬を放り出してドックへ向かった。大和型の艤装がどれだけ大きいか分からないが、搬入経路とスペースを空けておかなければならない。

 慌てて通用口から入った時には、ドックの大きな搬入口から、台車に載った大きなコンテナが牽引されている景色が見えた。

 

「おい、クレーン早くしろ! 台車どこだ!」

「はいぃ、こっちですぅ」

 

 作業員の怒声にすくみそうになりながら、天井クレーンの操作盤と玉掛け位置を指示する。

 どうやら私待ちだったようで、すぐさまてきぱきと作業が開始され、張り詰めたワイヤーによって輸送用の架台からコンテナが浮き上がる。

 ドックの重量物用台車に降ろされたコンテナのサイズは圧巻だった。見上げるほどの大きさと凄まじい圧迫感がある。通常の規格と別物ではないだろうか。霞ちゃんの艤装十基は余裕で入るに違いない。辺には厳重な補強が施されて、開梱も容易にはいかなさそうだ。

 大和型ってすごいなあ、こんなにでっかいんだなあ、これをメンテしてプールに降ろすのは骨が折れるなあ、なんて思っていると、「ぼさっとするな!」と突き飛ばされた。

 

「す、すみません」

「まったく、艦娘はこれだから使えん」

 

 いつも通りの扱いに心の中で肩をすくめながら、作業員の視線のほうを見やる。搬入口には同じ規格の重量級コンテナがあと三つ構えていて、私は腰を抜かしそうになった。

 

「大和型デッッッカ……」

 

 

 

 

 無意味な指示出しや非効率な工程に文句も言わず、嵐が過ぎ去ることをひたすら待ちながら搬入作業を続ける。

 途中、若い作業員の男性が私のすぐそばまでやってきて、爆音の舌打ちにビビっている私に囁いた。

 

「奪還、ありがとうございます。うちの母も祖父母も、顔が明るいです」

「あ、え、えっと……」

 

 まったく予想だにしない言葉だった。

 ぼさっとするな、という定型句が飛んできて、私も彼も慌てて動き出す。

 

 私たちに温かい言葉をかけてくれる存在なんて、考えられなかったことだ。

 ブルネイだけではない。少しずつ、私たちの外側の世界も変わり始めている。

 すべては提督がいなければ生じなかった変化だ。私たちが今までやってきたことは決して無駄ではなかった。

 胸の奥が熱くなって、なぜか突然、彩雲の改修アイデアも、川内さんの第二次改装のブラッシュアップ案も、頭の中に無数のメモが生まれて吹きすさぶみたいにどんどん浮かんでくる。

 

 

 

 すっきりした搬入口の奥、ハッチを大きく開いた輸送機――C-130が背負うのは、どこまでも抜けるような青空だ。

 けれど、その突き抜けるような晴天を、ほんの一瞬、ひと筋の雲が遮った。世界から色が失われ、不意に落ちた影の冷たさが私の足元を浸していく。

 あの時、畑を渡る風の中で二人にすべてを打ち明けていれば――。

 奈落の底で幾度となく繰り返すことになる、取り返しのつかない後悔を、私はこの時既に抱いておくべきだったのだろう。

 

 

 一瞬の幻だったかのように、再び空に強烈な輝きが戻る。

 機内の暗がりからタラップに注ぐ陽光に、すらりとしたアシンメントリのソックスが露わになった。淡く光る左脚の白と、右腿までを覆うニーハイソックスの黒のコントラストが目に眩しい。

 

 ついに来た。この最前線に「大和」がやって来たのだ。

 

 

 




難産でした。でも今までいただいたあたたかい感想や評価のおかげで続きができました。
来週も更新があります。大和ちゃんが来ます。
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