艦これ戦争終結RTA   作:poox

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漣 - 薄明

 同室の春雨ちゃんはぐっすりと寝入っている。噂に聞きし『胃もたれ』とやらに襲われて眠れない私は、夜風へ当たりに行こうと廊下へ出た。

 

 鎮守府は静寂に包まれている。新しい提督が振る舞ったお腹いっぱいのご飯と久々の入浴のおかげで、皆よく眠れているのだろう。新しい提督は資源の調達にも成功し、そのせいか少なくない艦娘が態度を軟化させている。

 

 まったくちょろい子たちだと思う。

 

 これからもあんな食事が提供され続ける訳がない。入浴についてもそうだ。八駆の作戦だって『この航路を通って資源を見つけたら帰ってこい』という無茶苦茶なもので、無事に成功したのは行き過ぎた偶然以外の何物でもない。

 はっきり言って、私はあの新しい提督を警戒している。前任者以上に。

 戦争の終結だの平和だの耳心地の良いことを言っておいて、裏では何を企んでいるのやら。往々にして、外面のいい奴ほど裏側は醜悪だ。隠しもしない前任者のほうがいっそ、分かりやすいだけありがたかった。

 

 

 

 宿舎の階段を下りる間際、暗闇で敏感になった私の耳が異変を捉えた。遠くで鳴る太鼓のような、どんどん、という音だった。

 慌てて部屋に戻り、ありったけのボロ着を着込む。貯め込んでいる空き缶のひとつを手に取って踵を返し、階段を駆け下りた。

 どんどん、どんどん、どっどっどっ。まるで化け物の足踏みだ。震える脚を奮い立たせ、止むことのない音に近づいていく。聞こえるのはこの先の角からだ。意を決し、暗闇の中へ空き缶を放り込む。甲高い音が馬鹿みたいに大きく響いた。

 

「あっ、提督! すみません!」

 

 角の先へ踊り出る。太鼓みたいな音が止まった代わりに、私の心臓が大きな早鐘を打っていた。

 

「その声は、漣か」

 

 暗闇の中から平坦な声が聞こえてくる。お互い姿は見えない。ほとんど初対面みたいなものなのにひと言だけで正体を言い当てられ、お腹の底のほうがきゅっと冷えた。

 恐ろしげな音が再び暗黒に響き始める。提督の気を逸らすべく慌てて口を開いた。

 

「よく分かりましたね。こんなに暗いのに」

「当たり前だ。君たちの提督だからね。君こそ私がよく分かったじゃないか」

 

 暗闇に必死に目を凝らす。艦娘はどこにいる。今のうちに早く。

 

「ところで、よくないな、ポイ捨ては。前任者は許したのか?」

「いえ。すみません。手が滑ってしまいまして――っ!?」

 

 音が急激に近づいてくる。何だ。何の音だ。

 暗闇に影が浮かび上がった。低い姿勢で突っ込んでくる。タックル! 躱せない!

 一か八か、馬飛びの要領で飛び上がると、影は私の股の下を通過していった。

 

「悪いが遊びに付き合っている暇はない。さっさと要件を言ってくれ」

 

 振り向いて襲ってくると思いきや、提督はどたどた遠ざかりながら声を張り上げた。あっけに取られて、思っていることをそのまま口にしてしまう。

 

「……怒らないんですか」

「ポイ捨てを? それはさっき怒ったよ」

「違いますよ。ほら、私、今邪魔したじゃないですか。その子より、私のほうがいらいらしますよね。叩くなら、私にしたらいいじゃないですか」

 

 廊下の奥に声を投げかける。何度やっても、この庇い立ての瞬間は慣れない。声が勝手に震えてしまう。言うだけ言って、提督の返事を待った。

 

「その子って、誰のことかな」

 

 困惑にまみれた声の調子だった。

 どういうことだろう。まさかと思い、しかしすぐに思い直す。こんな暗がりで提督がやることなんて一つしかない。あの音も証左だ。理不尽な目に遭っている艦娘はいない、なんて都合のいい話がある訳がない。

 

「どうやら君は相当疲れていると見える。部屋に戻って休みなさい」

 

 低い姿勢の提督はどたどたと私の真下まで近づいてきて、

 

「今は掃除で忙しい」

 

 すれ違いざまにそう言い、雑巾と共に暗闇の廊下へ消えていった。

 

 

 雑巾?

 

 えっ? 掃除?

 

「え、ナニ、掃除してるんですか」

「見て分かるだろう」

「暗くて何も見えないです。ていうかなんで明かりつけてないんですか」

「真っ暗にしないと寝れない子がいるかもしれないじゃないか」

 

 提督はまたどたどた近づいてきながら言った。そういうことじゃないんですが。

 すれ違った風圧で私の髪の毛が浮く。提督にとって鎮守府(うち)は初めての場所なのに、それはまるで夜中の自宅で照明を付けずにトイレへ向かう時がごとくの、すべてを知り尽くしている動きだった。恐るべき速さの雑巾がけだ。

 

「すみません、聞く順番を間違えました。なんで夜中に掃除なんかしてるんですか?」

「掃除なんか、とはいけないよ。身の回りの環境が清潔であるというのは、精神衛生上とても大きな意義がある。つまるところ、私は君たちに早くまともな生活をさせてあげたいのさ。……鎮守府にいる間だけでもね」

 

 ちょっと恩着せがましかったかな、と提督は笑いながら付け加え、どたどた足音を立てて去っていく。

 音の響きが、なんだかまぬけに聞こえてきた。

 

「はあ、よくわかりませんけど、手伝います」

「それは嬉しいが、いいのか。休みなさいと言ったのに」

 

 ……ふうん、嬉しいんだ。

 

「おいしいご飯を食べすぎちゃったせいで眠れないんですよ。それで、どこまでやれば終わりなんですか。あそこの曲がり角までですか?」

 

「いや、この建物全部だ」

「(゚Д゚)ハァ?」

 

 

 

 

 

 

 

 結局掃除は夜明けまでかかった。つやつやの床や木目を取り戻した壁が廊下のずっと奥まで続いているのを見ると、達成感とともに、なんだか私の知らないところから気力が溢れ出して充実してくる。掃除って、案外悪くないかも。

 

 徹夜明けだというのに、提督は着任三日目もよく働いた。

 資源調達艦隊の帰投に朝から対応し、ローテーションで八駆を送り出した後はまた別の艦隊に出撃の指令。工廠と司令官室を行ったり来たりして、移動中もとにかく手元でなにか業務をずっとこなしていた。

 そうして私に出撃の命令が下ったのが、午前十時ごろだった。

 

「着任したからには近海の様子を知りたい」

 

 提督が案内したのは、ドックに浮かぶ小さな一人乗りボートだった。無駄にカラフルである。

 なんでも直に海を見て状況を確かめたいらしく、自身の乗るボートを艦隊に曳航させるという。深海棲艦がうようよいる海で矮小なボートを海上護衛するとは、いったいどんな冗談だろう。

 春雨ちゃんと顔を見合わせて苦笑いしていると、その場で作戦概要の説明が始まった。本気であることを理解し始めた艦隊の皆は引いている。

 

 提督曰く、予め出した艦隊で航路の哨戒は済んでいるというが、果たして本当に大丈夫なのだろうか。私たちは不安になって懸念点を口々に挙げるも、提督は「艦隊でカバーすれば問題ない」「君たちを信じている」などと信頼を無縁慮に押し付けてきた。前任者とはまるで違った考え方。くすぐったさはあるが、失敗したときのことを思えば血の気が引いて、信頼を喜ぶどころではない。

 

「どうかお考え直し下さい」

「いや。もう出るぞ。曳航頼む」

 

 提督を押し留めようとする榛名さんのひと言は、無情にも出航の汽笛代わりとされてしまった。提督はもやいを解いて、ちょっとダサめのボートにちょこんと乗り込む。スピーディーが過ぎるでしょう。少しは落ち着いてください。

 腰を据えた提督はてこでも動かなかった。ここまで来たら腹をくくるしかない。私たちは出撃した。

 

 

 

 近海は提督の言う通り穏やかだった。予定では、鎮守府を出て正面の海を時計回りに周って帰ってくることになっている。しかしあろうことか、折り返し地点で提督は「もう少し足を延ばしたい」だのとのたまった。

 

「パラワン島のほう? そこは先遣艦隊が哨戒してないじゃん。ダメだよ」

 

 川内さんが正論をぶつける。春雨ちゃんも「絶対やめたほうがいいです、はい」と健気に具申するのだが、提督は「まあいいじゃないか」とか言った。あの、司令官が戦地で言う台詞ではないですよ。

 ちょっぴり見直していたのに、やっぱりこの提督も無能なのかもしれない。

 

 

「提督、電探に感が」

 

 榛名さんが言い、提督が水偵の発艦を命じる。ややあって榛名さんが言った。

 

「小型の民間船舶が襲撃を受けています。確認できる敵艦を申し上げます。イ級二、ナ級三」

 

 艦隊に緊張が走る。三隻のナ級に襲われては五分と持たないだろう。

 司令官としての価値の一端を占う状況だ、と思った。この人は、私たちが従うに値する人だろうか。

 

「そうか。至急救援に当たる。全艦、最大戦速」

 

 提督は一秒の逡巡もなく言った。川内さんが目を丸くする。

 ボートの縁につかまって踏ん張る体勢をとった提督に、私はまさかと思いつつ訊ねる。

 

「そのボートのまま行くつもりですか。死にますよ」

「うちの艦娘は、深海の量産駆逐からボート一隻も護衛できないのか?」

 

 挑発するような言い方だった。春雨ちゃんだけが頬をすこし紅潮させてやる気になっている。

 

「……どうなっても知りませんよ」

 

 どうせすぐに尻込みするだろう。買い言葉を返し、船速を上げてみる。

「やっぱりやめてくれ」なんて言うかと思ったのに、提督は澄ました顔のままだった。

 

「いけません、危険です! せめて誰かを護衛につけて、戦場海域外で待機すべきです。漣ちゃんも落ち着いてください」

「君たちが命を懸けて戦うのを遠くから眺めていろ、というのか」

「役割の話です。戦うのは私たちの役目であって、あなたがすべきは安全な場所からの指揮です!」

 

 提督は顔色ひとつ変えずに言う。

 

「今この海域で最も安全な場所は、ここだよ。君たちがいる」

 

 笑わない瞳は、私たちひとりひとりを強く突き刺す。

 おかしなことだが、高揚してくるのがわかった。

 

 言い返そうとする榛名さんを、熱くなってるところ悪いけどさ、と川内さんが静かに遮った。

 

「早くしないと沈んじゃうよ」

「ああ。急がなければ。繰り返す、全艦最大戦速」

 

 榛名さんは言葉にならない声で唸ったあと、そっぽを向いて増速した。頬はわずかに赤らんでいる。

 

「どうなっても知りませんっ!」

 

 生身の人間が乗ったボートを曳航しながら、戦闘陣形をとる。私たちの誰もが、不思議と晴れやかな顔だった。

 

 馬鹿みたいな状況だ。

 

 それでも私たちは、本当はずっと、こういう人を待ち望んでいたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 鎮圧は拍子抜けするほどあっさり完了した。本当に、驚くほどに。

 沈没寸前の船にはおじいさんとおばあさん、孫らしき男の子が乗っていた。救命ボートで脱出した彼らを、私たちは鎮守府まで曳航した。しきりに感謝され、くすぐったかった。私たち艦娘がお礼を言われることは、普段ない。

 提督は彼らを司令官室まで案内し、救助にあたった私たちにも同席を命じた。

 

「この感情を表す言葉を持ち合わせていない。本当に、本当にありがとう。ありがとうございます」

 

 豊かな白髪が応接テーブルにめり込みそうなほど下げられる。おじいさんは大手出版社の会長だそうで、事情を聞けば一から十まで呆れる話だった。

 

 海軍に持つコネで高雄基地まで夫人と孫を連れて旅行に来たはいいものの、孫がフィリピンのカブトムシを捕まえたいと言い出した。可愛い孫のわがままを断り切れず、高雄で指示された安全な航路を通ってフィリピンへ。カブトムシは見つからず、駄々をこねる孫のためにブルネイへ足を延ばす途中で、深海棲艦に遭遇したという。

 

 コネで業務外の世話をする高雄の将官には呆れるし、なにより軍事機密である制圧航路の情報を易々と渡す奔放さには驚かされる。おじいさんも「高雄からフィリピンまでいけたから、フィリピンから同じくらい遠いブルネイも行けると思った」だなんて、今の海を舐めているとしか思えない。

 司令官室の提督は、彼らをひとつも責めなかった。こちらが何も言わずとも感謝と謝罪の言葉を繰り返す様子を、私たちに見せたいかのようだった。

 

 

 

 おじいさんたちは提督の手配により、物資輸送船の次便に乗って高雄経由で本土まで帰ることになった。

 輸送船がやってくる日まで、救護にあたった私たちは顔を合わせるたびに感謝された。どう反応すればよいかわからず、困ったように会釈するだけだったが、提督はそれでよいのだと言った。

 輸送船のやってきた日、見送りに行く提督に多くの艦娘が付き従った。見送りの最前列には、救護にあたった私たち四人が並んだ。

 

「星名提督。そして榛名さん、川内さん、春雨さん、漣さん、艦娘の皆さま。本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

 

 おじいさんは夫人と孫と揃って頭を下げる。

 提督は歩み寄り、おじいさんの手に巾着袋を握らせた。

 

「着の身着のままで船からたたき出されたんだ、本土に帰るまで何かと不便でしょう。よろしければお使いください」

「これは――ああ、そんな。着替えから何まで、もう、何と言ったらいいか。私は、あなたに何も……」

「生きとし生けるもの、助け合って生きるべきです。深海棲艦でさえそうしている」

 

 出航を祝うムードは、提督のその言葉で一変してしまった。

 

「深海棲艦が助け合う、ですと?」

 

 提督は「彼女たちが一番よく知っていることだ」と言った。

 たしかに奴らは連携するし、艦のあいだで庇いすらする。しかしそれを助け合うと表現する人のことを、私は初めて見た。

 連携も庇い合いも奴らの『習性』であって、そこに心はない――今の時代に生きる者の常識だ。

 

「失礼ながら星名提督、あれは我々人類の敵。ただ憎むべき、滅ぼすべき化け物です」

 

 提督は頷かず、曖昧に笑った。

 

「彼らもまた、この理不尽な海の底で、生きるために必死なのかもしれない。本質から目を背けただ憎しみを募らせるだけでは、なにも変わらないのではないでしょうか。私は、その連鎖を断ち切りに来たのです」

「……あなたはいったい。今まで見てきたどの軍人とも違う。いや、遠くの昔に見たような……」

 

 彼は言葉を一度切った。そして、「あなたは何のために戦うのですか」と問うた。

 

「脅威の漸減ですか。制海権の奪回ですか。それとも貿易の正常化ですか」

 

 提督は決然と言った。

 

「その先にある平和のため」

 

 矮小な言葉すべてを吹き飛ばす、一陣の風のようだった。

 おじいさんは呆けたように口を半開きにして、しばらく提督と私たちのことを眺めていた。

 美しい。

 つい零れたような言葉の響きを私の耳が拾う。

 彼は見る間に顔を深く紅潮させ、提督の手を固く握りしめた。白くて太い眉の下には、猛禽のような眼光が宿っていた。

 

「この身は既に死んだ身。いつか必ず、星名提督、あなたのお手伝いをさせてください」

「それは、ありがたいことです。私の道には敵が多い」

「本土に戻ればすぐに、あなたの言葉を届ける手筈を整えましょう。それまでどうか御壮健であられますよう」

「ええ、ありがとう。あなたもお元気で」

 

 急かすように汽笛が鳴る。

 おじいさんは何かをこらえるように口元を引き結び、何度も頷いた後、手をほどいて本土便へ乗り込んだ。

 

「またまみえる日まで、さらば!」。汽笛にも負けない大音声(だいおんじょう)だった。

 

 

 

 

 

 船はうなりを上げて滑り出す。

 敬礼を解いた提督は私たちに身体を向けた。居並ぶ艦娘の中から、私に声が掛けられた。

 

「どうだった?」

 

 何がですか、と訊ねると、人助けだよ、と返った。

 

「いつもは、遅かっただの、もっと速やかに掃討しろだの、文句ばかりですから。こういう経験は新鮮でした」

 

 皆を代表して答える。嫌な思い出が蘇ったのだろうか、誰もが控えめに顔を背け、俯くような、頷くような素振りをした。

 

「それはひどいね。でも、今回は違っただろう」

「まともな人もいるもんですね」

「そうだ。そして、世の中にはそういう人のほうが多い」

 

 三つの影が、後方のデッキから身を乗り出して私たちに腕を振っている。

 

「いろいろ知っていこうね」

 

 そう言ってご主人様は、私の頭を撫でた。

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