「高雄とのシーレーンを全面確保する」
不安と困惑をない交ぜに整列した私たちを待っていたのは、そんなたちの悪い冗談だった。
提督が本格的な海域奪還に乗り出すという噂が、今日の未明から鎮守府を駆け巡った。全艦娘を叩き起こしたその噂が真実であることを証明するかのように、水雷戦隊の構成艦が先ほど呼び出されている。ローテーションと化した資源調達の艦隊ではない。
食堂の雰囲気は、新しい提督が着任したあの日よりも落ち着かない。いつ来ても死んだように静かだった場所が、今ではそこかしこで話し声が起こっている。トレイを手にした私もそわそわとした気分で待機列へ並んだ。
七年間、誰も成し遂げることのできなかった海域の解放。
仮に噂が本当だとするなら、提督がまず手を付けるのは泊地正面海域だろう。十分な資源のない
どれだけの月日がかかるか知れないけれど、着実に海を取り戻していけるなら皆本望だ。食堂の浮ついた雰囲気は期待の表れに違いなかった。
提督が変わってから、戦艦、空母、重巡といった大型艦には未だ本格的な出撃の機会がない。私も近海の航空偵察程度でしか役に立てていなかった。空母にお鉢が回ってくるのはいったいいつになるのか、見当もつかないことだけがもどかしい。資源を集めてきてくれる子たちに早く報いたいし、鎮守府を一変させてくれた提督の力にもなりたい。
『山城、龍鳳、川内、夕立、時雨、漣。以上の艦娘は司令官室まで来るように。繰り返す――』
音量だけが自慢の古いスピーカーからひび割れて響く。食堂は一瞬静まり返り、すぐに大きくどよめいた。
メンバーの選定がおかしいのだ。資源調達にしろ正面海域の攻略にしろ、私と山城さんが入っていることがありえない。
まさか折檻の呼び出しではないでしょう、と思いつつ、トレイを戻して早足で向かう。しかし向かった先で告げられたのは、それ以上の衝撃的な台詞だった。
高雄とのシーレーンの全面確保。
たしかに、それが成れば得るものは大きい。ブルネイへの物資の供給は、多数の海防艦を護衛に付けた上で、フィリピン沿岸の座礁ぎりぎりを攻める航路が使われている。大手を振って海を往けるようになれば大型船が通行できるし、本土との交流も活発化するだろう。他鎮守府との連携もとれるようになる。
もっとも、提督の言うそれが不可能なことをおいておけばの話だけれど。
「性急すぎる。奪還に乗り出すって噂は聞いています。それにしたってまずは正面海域を制圧するのが先でしょう」
腕を組む山城さんだった。まったく同意見だ。他の子も一様に頷く中、提督は「うん」とあっけなく言った。
「だから、さっき正面海域の攻略を命じたところだ」
やはり先に呼び出されていた艦隊は海域攻略のものだったのだ。腑に落ちる一方で新たな疑義も募る。
「二正面作戦、ですか」
「いや。君たちが作戦海域に到達するころには、こっちのカタはもうついているよ」
まるで正面海域の攻略完了は決まったものであるかのような言い方だった。彼女たちの実力を信じているのか、はたまた楽観視しているのか。
「戦力を分散することに変わりはないと思うのですが」
訊ねてみると、片眉を上げて「何か問題が?」と返ってくる。大胆と無謀をはき違えているのではないか。無茶苦茶だ。
「高雄基地の支援を受けられるとはいえ、いくら何でも拙速すぎます」
「高雄とは連携しない。この作戦はブルネイ単独であたる」
誰の口からも、思わず間抜けな声が漏れた。
「前任者の時から向こう、そんな話があったか? それに先日、民間人絡みで汚職まがいの対応があったばかりだろう。漣と時雨とは話したが、今声を掛ければ足を引っ張られるだけだよ。リスクが大きすぎる」
「じゃあ、勝算はあるの」
「ある。君たちは明朝マルゴーマルマルに出撃せよ」
提督は川内さんにそれだけ返事すると口を閉じてしまう。そして、ひとりずつの全身をくまなく刺すようじっと眺めた。まるで覚悟の有無を問うかのようだ。私の答えはもちろん『いいえ』。
目標や作戦、航路、装備、想定される敵艦隊の説明すら一切が与えられない。なぜ明朝の出撃なのか。勝算とは何なのか。抗議と疑問が多すぎて喉でつっかえる。こんなものはブリーフィングと呼べない。
書類に視線を落とした隙に、隣の時雨ちゃんにこっそり声を掛ける。「さっき言ってた話って、これ?」彼女が鼻息荒く語るほどのものとは思えなかった。
「ううん。でも、こっちが本命だったんだ。なんてことだ。ああ、龍鳳、絶対やってやろうね」
どうして彼女がそこまで興奮しているのか理解できない。だって、無茶苦茶だ。
こんな状態で出撃せよ、海域を奪還せよなんて言われても、不可能に決まっている。前任の提督が課したものと同じくらいの無理難題だろう。
せめてこの子たちを沈ませないために、奮い立たせて声を上げる。
「あの、提督――」
「すまないが後が控えている。ああ、川内は残って」
提督は私たちへの興味を失ったかのように手元の書類に集中した。華麗なペン捌きと減っていく書類の山。退室に従わないことで無言の抗議をしたけれど、提督はついぞこちらを気にすることはなかった。
川内さんの頷きに追いやられ、渋々部屋を後にする。
先に出ていた漣ちゃんを見やると、彼女もなぜか、頬を紅潮させて深い呼吸をしていた。時雨ちゃんは言うに及ばない。
「いよいよ。いよいよですね、龍鳳さん」
「なにがいよいよなの。こんな無茶な作戦……」
皆の顔を見渡すと、晴れない表情をしているのは山城さんだけだった。駆け寄って瞳をのぞき込む。
「本気で攻略できると思っているのかしら。あんなブリーフィングで」
「今からでも抗議しましょう。……何をされたとしても、沈むよりましです」
今まで皆に頼りきりだった分を返す時が来たと思えばいい。そうやって握りしめた拳に、冷たい指が触れた。
「大丈夫だよ。提督がやれるって言ったなら、僕たちにはできるんだ。なにか策があるんだよ」
急に、目の前の時雨ちゃんが遠い存在に思えた。私たちは、現実を嫌というほどわからされた仲間ではなかったのか。
司令官室から川内さんが出てくる。縋り見ると、彼女は艦隊を安心させるように微笑んだ。
「六時間後にもう一度集まれ、って。あの人も考えなしじゃないみたい」
「どうしてそんな、中途半端な。用があるなら今済ませばいいのに」
「まあ、なんかあるんでしょ。それまでの間――」
川内さんからもなにか言ってください。私がそうやって遮る前に、司令官室の扉が開いた。
「楽にしてくれ」
提督は一瞥し、早足で廊下を抜けていく。川内さんは「だってさ」と肩をすくめてみせた。
「あんまりです……! 私、言ってきます」
踏み出した身体が引かれ、つんのめる。ずっと沈黙を守っていた夕立ちゃんだった。彼女は意志の強い瞳で私と山城さんを見つめる。提督の瞳に似ていた。
「私も新しい提督のことは信じられません。でも、時雨のことは信じてる」
「で?」
山城さんがため息交じりに促した。夕立ちゃんは私だけに視線を注ぐ。
「悪い人じゃないっぽい」
「だから黙ってみすみす沈みに行けって言うの?」
「龍鳳、落ち着いて」
「自分は安全な場所で指揮を執るだけだからって、あの人、あんまりです!」
「それはべつに、前任と同じじゃない」
頭に血が昇っている。自覚してなおあの人を受け入れ難い。思いが身体の内側で暴れ狂って、無性に腹立たしかった。
それはきっと、期待を裏切られたからだ。
「心配しないで。六時間後になっても状況が変わってなかったら、出撃は取りやめよう。私があの人をなんとか言い負かすからさ」
「川内さん……」
彼女はぽんと手を叩いて、小さく笑った。
「とりあえず、仮眠とろっか」
◇
きっかり六時間後に再びの招集があった。
川内さんはああ言ってくれたけれど、いざとなったら私がやる。怒鳴りつけてでも意図を説明してもらうし、それすらなければ出撃は取りやめにしてもらう。そのために急遽こっそりと、大きな声を出す練習もしてきた。大丈夫、やれる。
「とある情報筋から極秘に得た画像だ」
そうして立ち入った司令官室のスクリーンには、私の決意をあざ笑うかのような光景が映し出されていた。
これは、いったい。
「作戦目標は、台湾南西三〇〇キロ地点の東沙島付近に展開する、姫級二隻を擁した敵主力艦隊の撃滅」
深海棲艦の陣形を大写しにした、上空からの画像。
艦隊の背筋に芯が入る。私の胸もいつの間にかぴんと張っていた。
「これよりブリーフィングを始める」
ため息とともに、なにかどろりとした重いものが身体から抜けていく。配られた資料は文字と図でびっしり埋め尽くされている。
ああ、そういえば、提督はさっき一度も、これがブリーフィングだ、なんて言っていなかった――。
「東沙島までの航路に目立つ脅威はない。上空からはありふれた水雷戦隊やわずかな軽空母が確認できるのみで、おそらく多数の潜水艦が跋扈しているが、それくらいだろう。最短距離をとればいい」
スクリーンの画像が切り替わりながら、説明は続く。
「問題は東沙島の敵主力だ。一見機動部隊のようだが、その実、環礁近辺に無数の潜水艦が潜んでいて、いっそ要塞に近い」
主力艦隊が大写しにされる。三隻のツ級と一隻のナ級、そして二隻の敵空母と思しき深海棲艦が確認できた。防空巡が三隻もいては、生半可な航空攻撃は通らないだろう。海中の潜水艦隊も合わされば撃滅は容易でない。敵空母が深海の最上位固体・姫級であることを考えれば不可能とすら思える。
だけどこの情報があれば、あるいは。
事前に敵艦隊の内訳がここまで詳細に分かるなんて、敵の手の内を丸裸にしたようなものだ。攻略部隊を組み立てる段階から対抗策を練れる。アドバンテージはとてつもなく大きい。
どこから手に入れたのか知らないけれど、これほどの情報、どの鎮守府も喉から手が出るほど欲しがるだろう。
時雨ちゃんの言葉は正しかった。提督の勝算は、これだ。
「敵空母は広範囲に偵察機を展開していて、発艦頻度も高い。高雄からの船が最短距離を通れないのはこのせいだ。奇襲は通用しない。敵の防空能力を考えればアウトレンジから攻めることも難しい。よって今回は、山城の火力を中心に据えたこの艦隊で、正面からぶつかる」
この艦隊、という言葉を耳にした皆が互いを見渡す。敵主力の情報を聞いた後でも選定には違和感を覚えた。一番の疑問は私の存在だろう。
「敵は姫級二隻で、こちらの空母は私だけです。隻数を増やすか、制空戦闘を鑑みて、せめて正規空母を投入するべきではないでしょうか」
「そうしたいのは山々だが、護衛艦との兼ね合いもあるし、練度に不安がある。今最も頼れる空母は龍鳳なんだ」
思わず生唾を飲み込んだ。
たしかに私は、ブルネイ所属空母の中で一番出撃回数が多い。正規空母よりも出撃のコストパフォーマンスが良いせいで、しょっちゅう哨戒に駆り出されていたからだ。しかしそれは前体制の時の話で、まさかそれが評価されているとは思いもしない。
「私が……」
私が、空母の一番手。
「君には航空偵察と制空戦闘、対潜哨戒に専念してもらう。艦載機として烈風と流星改を用意した。流星には対艦武装を積まずに爆雷だけを懸架してくれ」
「烈風に、流星改まで」
ぞくぞくとした震えが背筋から脳天まで走り抜ける。
たった数機の九六式艦戦を龍鳳航空隊と言い張って出撃を繰り返した日々は、決して無駄ではなかった。
「姫級二隻といえど軽空母。空母龍鳳の本当の力を持ってすれば相手ができるはずだ。君の全力で当たってくれ」
これが計算ずくなのだとしたら恐れ入る。いいえ、たとえそうでも構わない。
「……はいっ。本気で参ります」
今はこの人に、酔ってしまいそうだ。
話が落ち着くのを待っていたように、山城さんが声を上げる。
「じゃあ私も聞かせてもらいます。なぜ私なんですか。作戦海域は遠い。榛名のほうがよっぽど良さそうなものですけれど」
「もっともな疑問だね。だが今回、敵空母の装甲は非常に堅牢であることが推察される。少しでも口径が大きい方が望ましいと判断したんだ。言うまでもなく、君の実力も評価しているよ」
「そ、そうですか」
彼女はあっさりと引き下がった。口端は引きつったように痙攣している。「にやけてる」と時雨ちゃんが囁き、無言で上腕をつねられていた。
「対空の備えは?」
川内さんが総まとめに訊ねる。私だって一機たりともラインを抜かせない覚悟だが、軽空母一隻で機動部隊を相手取るには最も重要な質問かもしれない。
そうして耳を澄ませたけれど、返答は期待外れだった。
「対空防御は機銃と小口径砲で行ってくれ」
「そこは高角砲を用意してある、って言う流れじゃん」
「本格的な対空戦闘の経験は?」
「……ない。遭遇戦と撤退戦がほとんどだったから」
彼女の発言は、前任者がいかに無計画だったかの証左だった。
提督は高角砲について、配備予定もないと告げる。私がその立場なら、初めての本格的な対空戦闘だからこそ、高角砲を配備して万全を期すところだ。
配られた資料の装備項を見てみると、対艦と対空の両方をこなせる両用砲のB型を配備されているのは夕立ちゃんだけで、時雨ちゃんと漣ちゃんは平射砲が配備されていた。同じく資料に目を通していた川内さんが顔を上げる。
「これ、前の人の時から小口径砲に増備がないじゃん。空は全部龍鳳に任せるってこと?」
「いいや。むしろ、龍鳳が君たちの対空防御の補助役だ。かなり熾烈な航空攻撃が予想される」
「平射砲でどうやって……!」
「その腕は飾りなのか?」
凄む川内さんへ提督は呆れたように言った。駆逐艦の子たちの頭がはっとしたように跳ねるも、彼女は抗議を重ねる。
「たしかに仰角は取れるけど、それにしたって無理。当たるわけないじゃん。高角砲とは初速も連射速度も違うんだよ」
彼女が手にする書類はぐしゃぐしゃにしわが寄り、なおも強く握りしめられていくのが分かった。
「提督って職業はいいよね、気楽でさ。私たちのことを知ろうともしないで」
二人の視線がぶつかる。提督は引かず、怒気を真正面から受け止めていた。
「爆撃機って六〇〇キロとか七〇〇キロで突っ込んでくるんだよ。A型砲なんかじゃ装填も遅くて直撃なんて狙えっこない。構えるだけ無駄で、皆傷ついていく。知らなかったでしょ。あなたたちは安全な場所からのんびり命令を下すだけだもんね。私たちは知ってる。今までそうだったから知ってるんだ!」
詰め寄る川内さんに、提督はやはり冷静に言葉を返す。
「対艦戦闘の主力は山城と川内だ。駆逐艦は役目が違う」
「あの子たちに囮になれって!?」
ついに彼女は胸倉に掴みかかった。二人の間には他の誰も立ち入ろうとしなかった。固唾をのんで見守る。
提督は顔を引き寄せられたまま、「言っている意味がわかるよね」と言う。なにか符丁があっただろうか、射殺すような視線を投げ続けていた川内さんは、しばらくして不意に手を放した。
「……時限信管。そうか、昔と同じ……」
久方ぶりに耳にする言葉に、彼女以外の艦隊の誰もが、一瞬動きを止めた。
「待ってよ提督。あれはコストがすごい掛かるから使えないって……」
時雨ちゃんが言い、遅れて私も理解する。たしかに着発信管ではなく時限信管を使えば平射砲でも対空防御は可能だ。だけど彼女が言う通り、前任はコストを理由に使用許可を出さなかった。得られるリターンよりも費やされる資源によっぽど価値がある、なんて言って。
それなのに目の前の提督は「君たちの身体に比べれば安すぎる」なんて口説き文句を言ってみせる。
「ありったけ時限信管を使って構わない。艦娘の身体の大きさなら駆逐艦三隻で充分な弾幕を張れる」
「でも、そんなことしたら備蓄が」
「今まで君たちに、何のために辛い思いをさせてきたと思ってるのかな」
この部屋にやってきて初めて、提督は笑みを浮かべた。
「今この時に使うためだよ」
敵の装甲は分厚く、駆逐艦の主砲では護衛のツ級ですら相手取れない。それならば対艦戦闘は他の艦や雷撃に任せ、いっそ着発信管の通常弾は廃そうというのだろう。運用コスト度外視の大胆すぎる策だ。だけど今の私たちは、その策を取ることができる。その策を許される。
すっかり忘れさせられていた。資源や物資は、鎮守府を細々と生き永らえさせるためにあるのではない。
抗うためにあるのだ。
「駆逐艦は小口径砲と対潜装備を持て。川内は一基の中口径砲を残して魚雷発射管を増備。山城は徹甲弾を配備、龍鳳は先に伝えたとおりだ。その他細かなことは資料を参照するように。質問はあるかな」
山城さんも息を呑んで頷いた。司令官室は既にむき出しの戦意で満ちている。漣ちゃんが胸元で小さく挙手して訊ねた。
「敵主力と接敵以後は、どのように」
「君たちに任せるよ。最適と思った艦隊行動をとれ。のんびり命令を下すだけの私は、どうやら戦場のことを何ひとつ知らないらしいからね」
提督は笑みを浮かべる。笑い返せたのは川内さんだけだった。
「知らない割には、ずいぶんとすごい情報だよね、この画像。どうやって手に入れたの?」
提督は微笑んだまま黙り込む。
もしも過去すべての作戦でこうして敵主力の内訳を知れていたなら、戦争はとっくに終わっているだろう。それほどまでに価値のある、敵方にとって致命的な情報だった。
「衛星じゃないですか? 上空からだし、それしか考えられないっぽい」
言った夕立ちゃんも納得していないようだった。もちろん私もそうだ。画像はあまりに高精細すぎる。砲口の輪郭までくっきり分かるのだ。それに画像のいくつかは直上ではなく斜め上方からのものだった。
「この解像度と角度、衛星写真では不可能です」
「じゃあ
「高度なカメラを備えた高高度偵察機、ないし類するドローンからの撮影じゃないかな。マイクロ波でのセンシングなら雲の影響もないし、可能だと思う」
そんな航空機はブルネイに配備されていないが、事実としてここに画像がある以上存在を認めるしかない。どうやって入手したのかは分からないが、提督はそれを保有している。
そんなものがあるなら中央ももっと早く使ってくれればよかったのに、と山城さんが零す。同意を示すより先に提督の言葉が返った。
「あの連中には不可能だろう。無い袖は振れないよ」
無い袖は振れない――?
思考がまとまるのを待たず、夕立ちゃんが「あっ」とスクリーンを指さす。
「これ、対空戦闘中じゃないですか?」
その言葉で、艦隊に衝撃が走る。
歩み出た彼女は背伸びしてスクリーンに指を這わせた。
「ここと、ほら、ここ。曳光弾っぽい。ツ級の砲口もこっちを向いてるし」
「……ほんとじゃない。じゃあ見切れてる黒いのは敵機?」
「つまり、撮影が行われたのは低空だね」
「ツ級三隻とナ級一隻の対空迎撃を躱しつつ、さらには姫級軽空母二隻の直掩を凌ぎながら、これだけの撮影をしたということですか……」
室内は静まり返る。口にしてみると、にわかには受け入れがたい。「いったい誰が、どうやって?」半信半疑の面持ちで、艦隊は自然と顔を見合わせた。視線は自然と、空母である私に集まる。
「……相当な練度の空母艦娘、ないし擁する機動部隊がひと鞘当てて、この写真を持ち帰ってきてくれたんじゃないでしょうか」
「結構な規模の空戦を仕掛けたってこと?」
「この対空砲火の量、それしか考えられません」
答え合わせを期待して視線を投げかける。肝心の提督は腰を上げて、ブリーフィングは以上、と述べると部屋を出ようとした。
「提督」
「知る必要がない、と言うと冷たく感じるかもしれないが、そういうことになるよ。詮索しないでほしい」
予定がある、と告げ、提督は司令官室を後にする。スクリーンには写真が表示されたままだ。心臓がどくどくと鳴っていた。
「あの人は情報源を口にしなかった。私たちが知ると困るってことだよ。その上で『大本営もない袖は振れない』とまで言ってる」
提督の出ていった扉を睨みつけ、川内さんが滔々と語る。
「つまりあの人は――大本営ですら把握していない、未知の支援組織と繋がっている。それも、艦娘の運用能力を保有する、普通じゃない組織と」
未知の支援組織。そこで運用される未知の艦娘。
「あの人はいったい、何者なのでしょう」
打てば響くようだった答えはもう返らない。
「提督が誰であっても、僕はついていくだけだよ」
「漣も激しく同意です」
ああ、彼女たちの言う通りだ。何者であろうと関係ない。頼りにしてくれる限り、私はあの人に付いていくと決めたのだから。
高揚の薄らとした余韻の中、私は十七時間後の出撃に向けて準備を進めた。