市街地の外れの方で、彼は作業を続けていた。
「...おっと、ホシノか。
ベストタイミングだな、今しがた処理が終わりそうだ。」
目線も分からない無機質な顔をこちらに向けるマックスさんの手元は、彼がこうしてよそ見している間も自然に動いている。
風に捲られないよう、四隅をペグで土に固定されたブルーシートの上には、機械仕掛けの腕の形をした虹色の何かが置いてあった。
ビナーが消えた後...義体じゃなければ生きてもいないような状態で回収されたマックスさんは、右腕が目の醒めるような青色に輝いていた。
彼が距離を取るよう言って間もなく光は収まったけど...代わりに腕そのものが、水晶のように透き通る虹色の石へと変わってしまった。
アヤネちゃんの雨雲号に乗っている間も、彼は腕をしきりに気にしていた。
分離していた方が危険だといってそのまま付けていたみたいだけど、私達に原理は全く分かる気がしなかった。
「青色光だけ強まる現象なんざ初めて見たが...それはそれとして、コイツは丸ごと虹陵石の原石に変わっちまった。
特定の物質に触れさせると、周囲を侵食して結晶が成長する可能性があったからな...安定化させる為だけにこんな辺鄙なとこまで出向いたのは、そういう事情があったんだ。」
「ホントに不思議な物質だよね〜。
うちの校庭にでも埋まってたりしないかな。出てきたら一気に大儲けじゃない?」
「取り扱いを間違えりゃ大事故だぜ?こんな危険物、埋まってないに越したこたぁねぇぞ。」
コンクリートや廃材で粗雑に繕った腕を振る彼から、洒落にならないといった声色で冷静にツッコミが返ってくる。
それもそうか。夢があるというのは、必ずしも良いものばかり齎してはくれないよね。
たわいも無い雑談を交わしてこのまま戻りたかったけど、
ビナーとの戦闘を通して、私にはどうしても確かめたいものがあった。
「どうしてあの時、私だけを後衛まで送っていったの?」
「一番負傷の重みがない俺が受け持つべきだった、そうだろ?」
彼はそれがさも当然であるかのように答える。
「私の丈夫さを見てれば、倒れはしないって分かってたでしょ。そうじゃなくて...継戦する上で、どうしてあんな判断をしたのかってこと。
その装備、神秘のエネルギーまでは吸収できないって知ってて...しかも予備のパーツがもう足りないって分かっていたのに、そこまでして無茶をした理由が分からなくてさ。
私がそのまま受けもった方が、ずっとダメージは少なかったはずなのに...」
マイペースを演じ通すはずだったのに、つい口数が多くなってしまったみたい。
「...。」
饒舌だった彼が、初めて長く沈黙した。
やっぱりマックスさんは単純な感情で、あんな行動を取った訳じゃない。
先生もそうだ。『悪い大人』に属さない大人達は、時折非合理な痩せ我慢を取る。
彼の行動の根幹は、どこから来るのか。柄にもなく興味を持ってしまった。
「...失いたくなかった。」
「俺が使ってる虹の石...こいつは工房の経営が悪化した時、工場メンバーと新素材を求めて
危険だから一人で向かうと言ったはずなんだが...工房に恩義を返したいって言い張って、付いてくる奴らが何人かいたんだ。ドブを煮詰めたような世の中だったが...全員その中でも生きる意味を見出していた、誇れる後輩達だった。
そんなアイツらだが、とうとう名誉ある役回りを得ることはなかった。詳しくは語らねぇが...俺以外に生還者はいなかったよ。」
血の匂いが染み付いたような人だとは感じていたけど、身近な存在の死とも向き合わなければならなかったんだ。
そう...くだらない理由で人を喪わなくちゃいけないのは、こっちでも同じなんだけどな。
「デカい化物に逃げ場を塞がれた状況を思い出して、つい生き急ぐ真似を取っちまった。俺が守ってやるべきだった連中を、これ以上進んで入った地獄へ引き摺り込みたくねぇ、って。
笑えるよな。俺は本来社員の面倒見るべき立場だってのに、むしろ社外の子供にばっか気を取られてんだぞ?」
「そればっかりは肯定できないかな〜?
残った社員の気持ちくら...い」
最後まで言い切れず、口の中に残ったものが喉を下っていった。
自分で鋭い言の葉を放り投げておきながら、その刃先が向かったのは彼よりもむしろ私自身だったようだ。
「...いや、おじさんも人のこと言えないな。
自分が学校のトップだって考えずにつっ走って、ずいぶん心配かけちゃったから。」
ようやく気付いた。この人も...そして私も、ずっと恐れていたんだ。
身近な誰かを、自分の選択のせいで失うという恐怖。
この人は過去の自分に視界を塞がれていたんだ。
きっと黒服に捕まりに行った私も、何も見えていなかったんだろうな。
「...周りを振り回しがちなのはお互い様か。
それじゃ、反面教師として自戒も込めた小言をひとつ!」
ノイズの混じった声が突然陽気なものへと変わる様は、道化の演説を連想させる。
内情も知らない頃にこういう軽薄そうな言動を聞いていたら、私は心を開くこともなかったかもしれない。今でもちょっと鼻につくけど。
「独立した役割こそあっても、孤立した役割を作らないこと。
君が秘密裏にやろうとしたプランってのが、仲間にとっても全面同意できる物とは限らねぇ。実行段階で歯車が狂わないうちに、共有しておくのが一番だろうな。」
彼は続けて、ミレニアム校との交流プログラムにもっと加担したいという社員の声について語った。休息の要らない自分が基準にならないようにと社員の業務を緩めにしていたことに気付かず、献身的な労働欲を知らず知らずのうちに抑え付けていたのだと。
「逆におじさんは一人だけ怠けすぎかもなぁ〜。
もっと皆と一緒にできること、探してみないとね。」
本来の気質を隠すための仕草だったけど、これからは適当にこなせないな。
話しているうち、そんな風に私の世界が内側から破られていくような感覚がした。
喉の渇きを覚えた頃に、私はようやく時間の流れを知覚した。
「あちゃ〜...そろそろ戻らないと、アヤネちゃんとノノミちゃんに正座されられちゃう。」
「長話に付き合わさせちまったな。俺もそろそろ戻る。」
他には誰もいないこの場所に、今はこれ以上用もない。
私は腰を上げ、砂だらけの街中を歩き始める。すぐ隣の脚がゆったり動いていたのを見て、私はやや足を早めた。
ふと思い立って、マックスさんへと声をかける。
「そうだ。マックスさんって、いつまで特別顧問を続ける予定なの?」
「最長年度末まで、デカグラマトンによる問題が、あらかた解決するまでとは聞いてる。
結局はセミナーの会長さんの意向次第だけどな。顔も合わせたことねぇってのに、何の思惑があんだか。」
恐らくは、身元不明の人物の監察と抑制が目的だろう。
「流石にずっとはいないか〜。それなら、そっちのエイミちゃんにも伝えてくれるかな?
おじさんも三年生。土地のほとんどがカイザーに渡っちゃった自治区に、この先も居場所があるかは分からない。
皆でなんとかしようとして、それでも私がここを去らなくちゃいけないようなことがあったら...その時はアビドスの皆を助けてあげてほしい、って。」
今はまだ、私も
卒業した後も、大人側としてキヴォトスに留まることはできるだろう。でも、アビドス自治区に属する企業は今や零に等しい。私が復興支援の為に起業しようにも、確保できる土地はきっと砂の向こう側。
このまま何事もなく復興へ進んでいったところで...常に皆と顔を合わせられる形で私が留まる手段は、果たしてあるのかな?
だから、せめて信用できる人達には伝えておかなくちゃ。
「『去らなくちゃいけないこと』ねぇ...。確かに協力したとこで、どうにもならねぇ状況はあるだろう。
エイミにも言っておこう。だが、最終的に責任を負うのは俺ら大人の役目だ。
俺...はその筆頭に立つような立派な人間じゃねぇだろうが、若人が苦難を抱え込んだままでいるこたぁ望んじゃいねぇよ。一人でケリつける前に、
俺から言えるのは...そんだけだ。」
“大人は責任を負う者”...先生もそういう人だった。だからこそ、実感してしまう。
ごめんなさい。私はやっぱり、信用できる大人がいても、私のケジメより先に大人へ頼りきることはできないみたい。
私はユメ先輩みたいに、希望を信じて賭けに出るような選択はできそうにないや。
「うん。何かあったらイーリス工房にも頼もうかな?
そうならないうちに、アビドスだけで解決できるに越したことはないけどさ。」
結局口から出たのは、その場凌ぎの言葉。
でも...マックスさんの教えてくれたことを、全部無駄にする訳じゃない。
「もちろん、そういった時は皆揃って顔を合わせなくちゃね。」
後輩達のことはもっと頼ってみる。
捻れて歪んだ因果を生み出さないためには、私自身が良くない流れから抜け出さなくちゃいけないから。
私がいなくなった後の空白は、あの子たち自身の手で埋められるようにしなければいけないから。
「...たった今、ヒマリから分析結果が送られてきた。ビナーだけを砂嵐災害の要因とするには、不自然な地形ばかりだそうだ。
さて、これで捜査部も、対策委員会とは長い付き合いになる事が決定した訳だ。俺が一員である間は、捜査部としても手を貸すからな。」
マックスさんの角張った顔は、赤みがかった陽を反射してやけに眩しかった。
その顔を見て初めて、私は日向へ踏み込んでいた事に気付いた。