今回は先生にご執心なあの人が登場します。
全身義体の人間は飲み食いを必要としない。
強いて言えば燃料や電力がそれにあたるのだが、補給する頻度は生身の人間が食べるそれよりも遥かに少ない。
こちらで工房を持ち始めて以来、動力源すらマトモに得られない程稼ぎに困った時期はないが…
それ以外にひとつ、現在に至るまで一切確保できていない必需品がある。
──そう、脳髄だ。
俺は中枢神経を除き、生命維持に必須である器官を全て失っている。
脳にはそれ単体で十分な潤いを保つ機能がない以上、適宜補給する必要があるのだ。
キヴォトスにおいて、少なくとも全身を機械にできるほどの義体技術は存在しない。クローン技術がある訳でもない。
人間の脳髄が売買される場所は…ここの倫理基準から考えてもまずないだろう。
現在はここに転移する前、次元鞄に入れておいた予備で繋いでいるが…
脳が乾いてロクに思考がまとまらなくなるのも時間の問題だな。
深夜のブラックマーケットからミレニアム自治区へ帰還したとこだ。
ワンチャン狙っていろいろ巡ってはいるが…やはりお目当ての品にはありつけないな。
今日の開業準備を始めようと、工房へ入ろうとしたその時...
奇妙な足音が、突如として背後に響いた。
脳髄の補給量をケチりすぎたか、はたまた勘が鈍ったか…
その者の気配を察知するのが、幾分か遅れてしまったようだ。
街が寝静まった影響で、周囲に他の人影は見られない。
──この時間帯にわざわざ訪ねてくる人物だ。奇襲し返したところで問題もあるまい。
目立たない程度にブースターを起動し...
フッ
背後に回りこむと同時に全身を拘束し、
起動したブレードを首筋に掛ける。
「クックック...勘付かれてしまいましたか。」
招かれざる客の正体は、黒いスーツの男だった。
石のような皮膚に、白い亀裂が走った顔。
頭頂からは、闇よりも深い煙が漏れ出している。
まるで都市に出始めていた“ねじれ”の風貌だ。
奇襲への反応速度から見るに、戦闘手段は持ち合わせていない様子だ。
にも関わらず、この男は命を握られたこの状況において余裕を崩さない。
何者なのか...まずは尋問といこう。
「俺の与えた質問に答えるためにのみ、舌を動かす事を許可する。
ひとつ。名と所属を名乗れ。」
「私のことは『黒服』とでもお呼びください。
『ゲマトリア』...この地において神秘を探求する組織が一員です。」
「素直な返答で助かるね。
ふたつ、目的は何だ?わざわざ営業時間外に、それも深夜に訪ねてくる輩だ。ロクな要件ではあるまい。」
「何も後ろめたい意図はありません。ただ、あなたへ素晴らしい取引を提案しに来たのですよ。」
余計な行動を起こす兆候は見られない。戦闘経験がないだろうに、明らかに手慣れているからなおさら気味が悪い。
敵意はない以上、拘束を解くのが先決か。
「...客席を用意する。
だが己の立場は考えておけ。お前が挙動不審者であることに変わりはない。」
「このような時間帯での訪問、ご容赦ください。
...つまらない物ですが、こちらを。あなたにとっては、菓子類よりもこちらの方がお気に召されるかと。」
黒服からは小型規格のバッテリーを渡された。
俺の知る限り、市販品として出回っているものではない。高級品か、彼の組織が独自に開発したものか。
「どうも。あんたが信用に値する訳ではないとはいえ、先制攻撃を仕掛けたことは詫びよう。」
「敵意のないことが伝わったようで幸いです。我々としてもあなたと敵対する事態は避けたいものでして。
さて...本題へと移りましょうか。
あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ。」
黒服は自信に満ちた様子で手を組む。
決して拒めない...よほど完璧な提案のようだ。
「あなた...最近思考が回らない時がありませんか?」
「...悪質セールスの言い草だな。あそこまで露骨な訪問の仕方じゃなかったら追い払っていた所だ。」
「言い方を変えましょう。脳髄が不足していませんか?」
「...!」
俺が完全な機械ではないと知っている人物は、ごく一部のミレニアム生だけのはず。
加えて、全身義体に脳髄が必需品であると伝えた覚えは一度もない。
どこまで知っているんだ、コイツは。
「そこで、です。脳髄の一部を提供して頂けませんか?
我々『ゲマトリア』であれば、あなたの脳髄を培養することなど造作もありません。
あなたの要望に応じて補給致します。いかがでしょう?」
「俺の脳髄を資源化した所で、使い道の狭さなどたかが知れているだろうに。
俺から支払うべき対価はそれだけじゃないだろう?」
「そうですね...。
では、あなたからは技術の一部も同時に提供して頂く。これでどうでしょうか?」
「工房の技術を盗ろうってか?お生憎様、うちには企業秘密が多いものでね。提供できるものは少ねぇな。」
「私の望むものはただ一つ、この石の加工技術です。
これの扱いについては、あなたの方が長けていることでしょうから。」
そう言って黒服が取り出したのは、輝く鉱石だった。
虹陵石。虹漿を精製する機構の素材であり、俺の義体にも当然使用されているもの。見間違えるはずもない。
「あんた...なぜその石を...!
お前も都市の出身なのか!?」
「私が元々属していたのは別の領域です。
虹陵石が我々の領域にも存在していた...ただそれだけのことですよ。
文化の色が異なる全くの異国同士であろうと、どちらにも政治を握る者が存在するように。
それと...貴方は何か大きな勘違いをされているようで。
我々は貴方に目を向けてはいますが、貴方の有する技術そのものを欲している訳ではありません。」
「...何が言いたい。」
「我々の目的は神秘を解析し、崇高へと至ること。
技術は手段であり、崇高へ至るための道標にすぎません。
あなたからの技術提供の話は、我々に利益のある取引の対価として挙げたほんの一例です。
提供して頂けないのであれば、我々が手ずから代替となる手段を研究するまで。」
彼は姿勢を崩さず、しかし雄弁に組織の矜持を語る。
我々の技術力ならお前のメソッドなどいくらでも再現可能だ、って訳か。
「加工技術に替えが利くんなら、なおさらあんたらにとってのメリットがねぇ。
先程、俺に目を向けていると言ったな。
ここまで俺だけに都合の良い提案なんだ、何か裏があるんだろう?」
「クックック...やはりあなたの目は誤魔化せませんか。
あなたには、いずれ神の賜物を宿す可能性が秘められています。
正確に言えば、あなたの転移元であったあの“都市”の住民に、ですが。
私共としては、あなたのその可能性を分析する...それだけでも相応の利益があるのですよ。
...これ以上は、期待される返答にはなり得ないでしょう。
現時点では、あなたには知る由もないことです。時が訪れれば、あなたも全ての真実を目の当たりにすることでしょう。」
端からずっと胡散臭い男だが、嘘をついている様子は一度たりともない。
きっとコイツも、単に研究に取り憑かれた狂人にすぎないのだろう。
少なくとも、取引そのものはクリーンなものだと信用して良い。この手の人間はグレーゾーンに潜伏こそするが、ブラックな方向に突き抜けはしない。
それからも黒服の素性を詮索するために、
この男との会話は、却ってある種の安息感をもたらすものだった。
キヴォトスでの出来事という甘く儚い夢の合間に、都市という現実へ引き戻されたような...そんな気分だ。
「魅力的な提案ではあったが...やはり即決はしかねる。
あんたらの“探求”とやらの行き着く終着点は理解できはしたが、その過程は一切信用ならねぇ。」
「今日のところはほんの挨拶。即決なさる必要はありません。
気が向きましたら、いつでもご連絡を。正式な契約書もご用意してお待ちしております。」
黒服は懐からとある施設に関する資料を取り出す。恐らくこれがゲマトリアの所有する仮拠点の一つなのだろう。
「最後にひとつ。
ゲマトリアは、ずっとあなたのことを見ていますよ。」
そう言うと、黒服は部屋から抜け...
靴と地面を何回か擦り合わせたのを最後に、足音もろとも気配を完全に消した。
奴の溶けていった闇は、未だ深く立ち込めていた。
都市要素が薄いですねぇ...
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他の都市民を転移させろ!
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翼の勢力をキヴォトスにも!
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L社由来のアレコレを放つのです
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市民をねじれさせればおk
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語録差し込む程度でええんちゃう?
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んなもん持ち込むなオイ。