アヒンサー・スレイヤー|絶対に人を屠る魔剣が、虫をも殺さぬ思想   作:寳田 タラバ

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Court Ⅰ

 

 

 

 数刻の後、アレンとアロポスは、エリオン王城の謁見の間で、玉座の前にぺたりと跪いていた。

 

 二人とも、地面の模様でも必死に解読しているように、顔を伏せたままだ。アロポスは神妙な顔、アレンは「浮かない顔」って札でも貼ってそうな表情で。

 

 でもアレンの内心はちょっと違ってた。嵐の前ってやつは、案外わくわくするものなのだ。雷が落ちる予感に、ぞくぞくしてる。玉座の上では、希少な毛皮をマントにした、エリオン国王陛下──つまり父様が、威風を漂わせて座っていた。

 

「──して? その話は確かか? アロポス」

 

 ぶら下がった輸液パックが、ぷかぷか浮かんでいる。重力とは仲違いでもしたのかってくらい、悠々と漂う。父様の声は生気に乏しいが、それでも威厳だけは元気そうだった。

 

 玉座は、極北方の国・ニエフの凍土に生息すると言われる、ネームド級魔物の毛皮で仕立てた特注品。寝心地のあまりの良さに、泣いてるレッドドラゴンも眠るとかなんとか。もうちょっと庶民寄りの伝説があれば、説得力が増したのに。

 

「試行回数が極端に少ない。推論に過ぎんがね」

 

 アロポスは、いつ生えたのかも分からない髭を撫でるポーズをして、ちらりとアレンに目配せする。

 

「陛下、ご提言よろしいでしょうか」

 

 アレンは、跪いたままおずおずと右手を挙げた。まるで授業中にトイレに行きたい子どもみたいだが、口調はしっかりしていた。目も、父様の目を真っ直ぐに見据える。

 

「……なんだ。申してみよ」

 

 父様は、睥睨(へいげい)しながら返す。見下すというより、「そんな目で見るな」ってこっちが言いたくなるレベルの睨みっぷりだった。

 

「恐れながら、少数の精鋭で禁足地、並びに封牢への巡検、及び当該区域における番人との面会を進言いたします」

 

「ならん。先祖代々より、何人たりとて封牢の調査は行わせなかった。あそこには厄災が眠っているという言い伝えがある。パンドラの箱は開かなければ、パンドラの箱、足り得んのだ」

 

 相変わらず名言を捻り出す父様だったが、その目には、ほんの少しだけ、憐れみの色があった。封牢を抱えたまま玉座に座る──いや、座らされるであろうアレンへの、不器用な親心ってやつかもしれない。

 

「頭が固いぞ、アラリック。結局、この年になるまで、問題を先送りにしてきただけじゃ」

 

 父様の側近が、あわてて鞘に手をかける。アロポスの言葉が、あまりに王に対して直球だったからだ。

 

 でも、父様は手を上げてそれを制した。横目で「よせ」と視線を飛ばす。側近、ぴたりと停止。忠義と行動力は高レベルだが、言われたら止まる。えらい。

 

 アロポスはそのやり取りを見て、ふうと懐かしそうに息を吐いた。昔、似たようなやり取りを何度もしたのだろう。ああいう目をするのは、よく知った人にだけだ。

 

「タンランだけでなく諸外国が、虎視眈々と、封牢に眠るネームド級の《何か》を狙っている。先んずれば人を制す。川越えて宿取れ。旨いものは宵に食えというだろ」

 

「旨いものではなく、不味いかもしれん。それに、川は涸れ川かもしれん」

 

「それこそパンドラの箱は、ギフト・ボックスかも知れんぞ。今日の一針、明日の十針じゃ」

 

 反論の応酬は、どこか老練なコントめいていた。でも、そこに込められた想いは本物だ。

 

 父様が、さっきまで大きく見えていた父様が、会話を重ねるうちに少しずつ、縮んでいくように見えた。威厳じゃなく、身体そのものが、内側から小さくなっていくような──そんな気がした。

 

「体調が悪化しそうか? まぁ大事なご子息。加えて、予言の子、だしな」

 

「予言って」

 

 アレンが口を開こうとした、その瞬間だった。

 

「──あの予言は!!! 関係ない!!!」

 

 父様の声が、謁見の間に轟いた。まるで大砲の一撃みたいに。

 

 咳き込んで、立ち上がりかけた身体が揺れる。臣下たちが慌てて駆け寄るが、父様はそれを手で制した。倒れても、威厳は残す──それが王の作法らしい。

 

「アレンは、嫡男たるアレンには、我々、エルフの王になってもらうのだ……。いずれエルフが世界を統べるためにも、各国の七つの柱と共に……。人類に任せていては、いずれ世界は滅ぶ。人は愚かだ……。賢者たる我々が、持つものが、持たざる者に、尽くさねばならぬのだ」

 

 その理屈は、まるで教科書の裏表紙に書かれたスローガンのようだった。立派だけれど、どこか空疎で。

 

「ノブレスオブリージュの精神はご立派だが、人が我々より劣っていると? たかたが何千年か長生きなだけで、それは傲慢とは言わないのか? 短命種は我々にはない進化を遂げるぞ。一世代の時間が短く、個体数も多い。短期間で新しい形質をもつものが突然変異で生まれでる確率は、我々よりも非常に高いのじゃ。独自の発展をとげるかもしれん。彼ら、ならではのな」

 

 アロポスの言葉は、感情よりも知性の熱で燃えていた。

 

「……ぐッ!! いくら相公様といえど! それ以上は許さぬ!」

 

 側近が剣を抜こうとする。まるで舞台のクライマックスのように、空気がぐっと張りつめた。

 

「もう、いいでしょう」

 

 その緊張を、すっと断ち切ったのは、今まで一言も発していなかった──母様だった。

 

 静かなその一言で、すべてが水のように収まっていく。彼女の言葉は剣より鋭く、嵐より強かった。

 

 

 

 謁見の間は冷える。石造りの床はそれだけで威圧的で、光は王冠の金飾りよりも硬質だ。

 

「もう十分だわ、アロポス。アレン、私たちはお前が大事なの。よく分かって」

 

 母様の声は、これまででいちばん柔らかく、いちばん重たかった。まるで、水面に落ちた金貨の音。静かなのに響く。

 

 ふと、視線の隅に入る。母様の隣、弟──エリオン王国第四王子たる我が弟君──がこちらを刺すような目つきで睨んでいる。顔の造形はきれいなのに、その顔で怒るのは反則だと思う。でも、目線はくれてやらなかった。くれてやるのは無関心だけ。

 

 アレンはそれを無視して、真正面から母様を見る。

 

「十二分に。承知しております。ですが、やらねばやられると口酸っぱく私にご教示にしてくださったのは母様たちでは。強くあれと」

 

「それは……」

 

 母様の言葉がつかえて、止まった。止まるべきじゃない歯車が止まったみたいに、ちょっとだけ部屋がきしんだ気がした。

 

「そろそろ子離れする時間だ。二人とも」

 

 そう言ったアロポスの声がやけに響く。余白のように広がって、王座の背後まで届く。

 

「この子じゃなきゃいけない理由はあるのか」

 

「いくつかワシが読んでいる線がある。その一つであればあるいは」

 

 父様が、深く長いため息を吐いた。大きな溜息というのは、王様の咆哮よりも効く。沈黙が、一瞬だけ全てを支配する。

 

「……アレン、アロポス、両名に禁足地への巡検ならびに、封牢の調査を許可する」

 

 うっかり声が出そうになるくらいには、アレンは喜んでいた。

 

「やった! 父様ありが……あ! ……陛下。感謝申し上げます」

 

「もうよい。くずせアレン。そなたたちには負けた。病が悪化してしまうわ。はっはっは」

 

 咳き込むかわりに笑いを吐いた父様に、母様が少しだけ目を細めた。

 

「あなた……」

 

 その一言が、咎めるでも、慰めるでもなく、ただ、音になって落ちた。

 

 少しだけ、空気がやわらいだ。謁見の間の窓に差す光も、さっきより暖かく感じられるほどに。

 

「ふふ、アレンに感化されたかね。アラリックたちよ」

 

「まぁ、我々をラストネームで呼ぶのは世界広しといえど貴方だけよ。アロポス」

 

「お前らの息子も、唯一ワシをあだ名で呼ぶよ」

 

「似たもの同士だね。ロポ」

 

「なっはっは。敵わんのう」

 

 王族と参謀が、ほんのつかの間だけ家族に戻った。冗談みたいな会話に兵士たちも微かに表情を緩めるが、それも束の間。

 

 父様はすぐに、王の顔を取り戻した。

 

「水面下で進めよ。箝口令を敷く。お前たちここでの会話は他言無用だ。無論一字一句な」

 

 父様は、さらに声を低くして一喝した。

「──契え」

 

「血に、契う!」

 兵たちは胸に手を当て、謁見の間に声を響かせた。

 

 その場の空気がぴりっと張り詰め、兵士たちが剣を握るように姿勢を正した。王国の血が流れる者としての誓い。あるいは、封印の鍵を開ける、第一声だった。

 

 

 

 

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