アヒンサー・スレイヤー|絶対に人を屠る魔剣が、虫をも殺さぬ思想   作:寳田 タラバ

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Court Ⅱ

 

 

 

「──ゆえにだ。駆け出しの生徒どもでは太刀打ちなんぞできん。俺ですら逃げるのがやっとだった。封牢には絶対に近づくな──以上!」

 つまり「命が惜しければ行くな」ということだ。惜しかろうがなかろうが行くんだけど。

 

 あれこれあった王との謁見は昨日のこと。図書館でのアロポスとのこそこそ話も昨日のこと。いま、私たちは特別講堂にいる。名前からして特別っぽいが、実際とても特別な空間で、高等部の生徒千人がゆったり座れて、なおかつ天井は高く、歴史も深い。文化遺産指定も納得の厳かな雰囲気だ。

 

 講壇に立っているのは、深緑のショートボブに鋭すぎる目つきの女性。演台を壊す気かというほど手を置き、マイクをかじりそうな勢いで喋っていた。喋っていた、というより怒鳴っていた、が正しい。

 

 ちなみにこの人こそが、アロポスが言っていた「周辺施設の管理者」その人であり、封牢の番人であり、ついでに教壇の圧政者。講義をお願いしたはずが、恫喝ショーが始まってしまったのは予定外だった。

 

「彼女が無事で、良かったには良かったんじゃが……」

 

 恫喝は予定に入っていない。お願いしたのは講義です。暴力的な空気はオプションではなく非推奨です。

 

「あ、あのう…ふぇ」

 

 講堂の左前方で、ちいさな手が震えながら挙がる。瞬間、天井の魔法陣がうっすらと輝き、きらりと宙を滑るように、マイクが一つ、音もなく彼女のもとへ飛んだ。風も立てず、すいっと吸い寄せられるように──まるで、質問する運命にあったかのように。

 

「そこの。なんだ」

 

 握力で演台を破壊しそうな講師は、わずかに目線を動かしただけで相手をねじ伏せる構えだ。もはや眼光が武器である。柔和なボディラインがなければ、ただの凶器だった。

 

「ふぇ!? ……あの、三回生、熾組《しぐみ》のセシルと申します。なんの講義にもなっていなかったんですが。結局封牢には何が封印されているんでしょうか……ふぇ」

 

 その瞬間、講堂全体の空気が凍った。冷房でも入ったかと思うほどだった。けれどこれは間違いなく緊張による冷気。講堂の千人が一斉に固唾を飲んだ音が、もはや一つのBGMとして完成していた。

 

 この小さく震える声で核心に触れた少女こそが、次期エレメンタラー候補のセシル。見た目ふにゃふにゃ、中身きっちりの爆弾娘である。

 

 その一撃に、教壇の女ヤクザはどう出るか。講堂全体が、明日の新聞のトップ記事が「講師、質問者を湖に沈める」になる覚悟を決めていた。

 

「んな! な! なんで! セシルちゃん、わかりやすかっただろう!? それに何が封印されているかは、国家機密! トップシークレットなんだ!」

 

 ところが出てきた反応は、逆方向。あまりにも予想外の狼狽に、張りつめていた緊張の糸はぷつんと切れた。アロポスはちらと“番人”を見やる。

その目は、笑っているようでまったく笑っていなかった。

 

 あやうく犠牲になるところだった演台も、ついに解放されて小さくミシリと音を立てた。まるで命拾いしたかのような音だった。

 

 彼女は手を離し、両手を頬に当てて、真っ赤になった。ついさっきまでのヤクザっぷりはどこへやら。赤面モードである。そんな彼女に、セシルは慈悲を与えない。

 

「この二時間で伝わったのは、四点ありますぅ。ひとつめはぁ…、【封牢にはネームド級の何かが、エリオン発足と同期間封印されており、世界戦争の抑止力となっている】。ふたつめはぁ…、【封牢は、禁足地のさらに奥にある岩山のどこか】。みっつめはぁ…、ふぇえ【外国からの侵入は不可能であり、中に入るにはエリオン国内からでないといけない。さらに道中はネームド級のモンスターがいて天然の要塞であること】あとはぁ…【封牢には世界でトップクラスの強さをもつ番人がおり、癒着を防ぐために三年に一回、各国から派遣され交代している。貴方はそこの番人であり、何人たりとも封牢には近づけさせない】ですぅ」

 

 要点だけなら誰よりも早口で明瞭に喋れる。普段の腑抜け声とのギャップで初見は面を食らうが、これが彼女の通常運転だ。恫喝ヤクザの顔も、予想通り面を食らっていた。

 

「え、ちょっと! でも! セシルちゃん、私は先生でもなんでもない! ただの番人なんだ! 仕方ないだろう!?」

 

 涙目のキャミィが講壇の上で両手をバサバサさせていた。羽ばたく鳥みたいに――というか、羽があったら飛んで逃げ出していたと思う。まるで公開処刑。聴衆千人の中に立つその姿は、光ではなくプレッシャーを浴びている。

 

 そのとき。

 

「慣れない先生役をかってくれてありがとのう、ユ──ごほん。キャミィ! また、上手くまとめてくれたのう、セシル! というわけじゃ! みんな封牢には近づいてはならんぞ! 何かあってからでは遅いからの! では各自解散じゃ!」

 

 ぴしゃんぴしゃんと手を叩きながら、講壇の横からアロポスがひょっこり現れた。誰も呼んでいないのに、誰よりも自然に現れて、誰よりも当然のように締めの言葉を口にする。狐につままれたようとはこのこと。

 

 それを合図に、生徒たちはガタガタと腰を浮かせはじめ、椅子のきしむ音と小言とため息を混ぜ合わせながら、教室を後にした。たっぷり二時間超の講義に、彼らの脳は茹で卵になっていた。

 

「なんでこんな長時間の枠にしたんだ! アロポス!」

 

 生徒がはけたのを見計らって、キャミィが講壇を揺るがす怒声を放つ。あれだけ疲れていたのに怒る元気はあるらしい。

 

 それをなだめるため、あるいはアロポスが木っ端微塵に砕けるのを阻止するため、アレンも舞台へ登る。

 

「話したいことが沢山あると思っての。ワシの早とちりじゃて。堪忍じゃ」

 

 アロポスは舌をちろっと出して、あざといウィンクをひとつ。封牢の管理者にしてヤクザ風味のキャミィにその小技が効くのかと思いきや――。

 

「……ハァ……セシルちゃん怖すぎ。山籠りする百倍は疲れた。そもそも普段一人きりで、独り言もままならないのに。こんな大勢の前で話すなんてできなかったんだ」

 

 ズン……と音がしそうなほど、キャミィは講壇の隅で体育座りになった。封牢の番人が、今はまるで落第した生徒のように縮こまっている。アロポスより小さく見えたのはたぶん気のせいじゃない。

 

「ぼ、ボクはすごくわかりやすかったですよ。封牢の位置とか大まかにあそこかなあって検討つきましたし」

 

 いたたまれず、アレンが額の汗を拭いつつ、精一杯のフォローを繰り出す。せめて火種を水たまりくらいに抑えたいという善意。

 

「それはむしろ分かってはいけない気がするんじゃが…」

 

 アロポスがポツリ。いや、今のは言わんでよかったやつ!

 

 ……だが、時すでに遅し。

 

 キャミィが、光速で顔を上げた。次の瞬間にはもう目の前だ。音すら置き去りにする速さだった。その床に焦げ跡がないのが不思議なくらい。

 

「ほ、それは本当か! だろう! 昨日寝ずに原稿を考えたんだ! その甲斐があったよ!!」

 

 講義用原稿のために徹夜――だったらしい。あれで。アレンは一瞬「まさか」と思ったが、口には出さず笑顔を貼りつけたまま、逃げ場のない現実を受け入れる。

 

「あれで寝ずに考えたんだ……素敵な講義でしたよ……はは…はははは」

 

 笑顔はぎこちなく、視線は虚空を彷徨っている。でもキャミィはそれに気づかない。否、気づいていても受け入れない。まるで誉め言葉が燃料のエンジンのように、テンションがみるみる跳ね上がっていく。

 

「だよな! だよな! お前、わかってるガワだな!」

 

 がははと笑いながら、グラマラスな肉体でアレンの背中をぶんぶん殴る。鼓舞か暴行かの境界線をぶっ飛ばして、アレンの背筋に、手形のような真っ赤な印が刻まれた。

 

 封牢の番人の力、ここに証明される。

 

 その火傷にも似た灼熱感は、数日間アレンの背に色濃く残り続けたという。

 

 

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