次の話は今回連続して投稿したので3日か4日空きます。
あと文章の整形っていうのを試してみたので少し表現が変わってるかもしれません。
※レインの兄であるウォル・フローレスの名前がウィンとごっちゃになって分かりにくかったので変更しています。混乱させてしまって申し訳ないです。
ウォル→オルター
この決闘において、意識を失うことは敗北の条件の一つである。
それにならうなら、この決闘は傍から見ればほぼ決着していたといってもいい有様だった。
オルターは薄れゆく意識の中で、自分は負けるのかと独り言ちる。
フローレス家において、オルターは魔法以外を何も持ち合わせなかった。
魔法以外にも社交性や商才などを持っている妹の方が、貴族としてはよほどふさわしい。
しかし、それゆえに唯一持ち合わせた魔法に執着したオルターの魔法は、技術として最高峰であった。
(技術に経験が伴っていなかったか。それでも、やはり悔しいものだな)
相手は、色んな貴族を出し抜いてきた手練れである『ブラックムーン』だ。
経験の劣った自分が及ばないというのは、実に合理的で覆しようがない。
頭の中で負けをほぼ認めかけていたオルターは、沈みゆく意識の中で『ブラックムーン』の言葉を耳にする。
「まあ頑張ってはいたけど、期待外れかな。ウィン・グリームのことは諦めるんだね」
ウィン・グリームの名前を耳にしたオルターは、ふと湖に来るまでの小舟でのウィンとのやり取りを思い出した。
湖に浮かぶ小舟を水属性魔法によってゆっくり前に進めながら、二人の談笑はなお続いていた。
会話に一区切りがついたときに、オルターがふと漏らす。
「こんなに会話が楽しいのは、初めてだ」
その言葉に、ウィンが笑顔を浮かべる。
「私、オルター様はもっと冷たい人なのかと思ってました。実はワーグおじ様から話をきいたことがあって。なにより合理性を大事にする人だと」
それを聞いて、オルターはなぜか嘘をつきたくないという思いが湧き出てくる。
「いや、自分でも冷たいという自覚はある。今回の婚約も利益にならないと判断したら途中で破棄するつもりだ」
こんなことを面と向かって言うなど明らかに悪印象だが、オルターの口は止まらない。
合理性よりも誠意を優先することなど、今まで一度もなかったのに。
いつも合理的だった自分はどうしてしまったのか、とオルターは混乱した。
「そんなこと言ってしまっていいのですか。ご家族の方から止められているのでは?」
どうやら向こうには、お見通しなようである。
しかし一度吐いた言葉は飲み込めないので、オルターはそのまま言葉を続けた。
「君には正直でいたくなったのだ、ウィン嬢。私は方針を変えるつもりはない。利益にならない婚約は破棄する。仮に婚約関係になったとしても、そこから愛を育めるかの自信もない」
ウィンが真剣に話に耳を傾ける中、オルターは少しずつ自分の気持ちを探るように言葉を発する。
「だが、もし婚約できなかったとしても、私の友人になってくれないだろうか。虫のいい話ではあるが、君と関係が切れてしまうのは悲しく思う」
言ってしまったと、少しだけ後悔をする。
オルターは、欲求に身を任せるという行為をしたことがなかった。
これはありのままの自分を受け入れてほしいという承認欲求であり、自分勝手な都合でしかない。
受け入れられるか不安がるオルターに、ウィンは少し照れくさそうに答える。
「私たちはもう友人です。たとえ短時間であっても互いに心を通わせた者は放っておけないのだと、私はある方から教わりました。それに、私こそあなたに誠意が欠けていました」
そこからウィンは静かに語りだした。
ウィンは、とある貴族から人間とはいえないような扱いを受けてきたのだと。
そこでは折檻として鞭を振るわれたこともあり、服の下の体の至るところにその傷跡が残っていると。
「私は男性の方に激しく愛を求められても、女性としてそれに応えられる体ではありません。なので、冷徹な性格で愛を求めないというオルター様は、結ばれても愛を返せない私にとって都合がよかったのです」
そう語るウィンの悲し気な表情は、オルターの胸をざわつかせた。
「ですが、オルター様は噂ほど冷たい人間ではないのですね。それに感化されて、私もつい正直でいたくなってしまいました。これでお互い様ですね」
そういって笑うウィンから、オルターは目が離せない。
フローレス家にではなく、オルター自身にとってウィンは必要なのだと気が付いたのである。
魔法の才能ではなく、オルターの閉ざされた心を開いてくれた彼女の心の温かさこそが、彼女の価値なのだ。
『紋章』は、必ず彼女との未来を祝福してくれるはずだ。
(なぜなら今の自分はこんなにも──―)
ぶつりと、記憶が途切れる。
今が決闘の最中であることを、オルターは思い出した。
わずかに残った意識の中で、恋慕が魔法を起動させる。
体内に入った薬をその場で解析し、体内の水分を操作して薬の成分を弾く。
オルターは限界を超えて魔法を行使し、新しい魔法の構築と解体を繰り返す。
これは魔法の研究に憑りつかれていたオルターだからこそ為せる技だった。
急速に意識が浮上する感覚と共に、目を開ける。
完全とはいかないまでもなんとか薬を打ち消して、ふらふらと立ち上がる。
レインがいる船の場所まで歩いていこうとしていた『ブラックムーン』に気づかれないように、魔法を発動させる。
今のオルターに、先ほどのような連続で氷の槍を高速射出するような戦い方はできない。
だから、この一撃に全てを賭ける。
「『
最後の力を振り絞って魔力を込める。
大き目の氷の槍が形成され、周囲の地面が凍り付いていく。
この一撃を受け止められるなら、受け止めて見せろ。
そうして放った槍を見届けたオルターは、魔力切れによって倒れこんだ。
オルターは消失する意識の中で、ウィンのことを思い浮かべる。
(──君が好きだ)
その心の中の言葉を最後に、オルターは完全に気を失った。
◇ ◆ ◇
クロに凄まじい速度で巨大な氷の槍が迫る。
咄嗟にマントの中の影に『
冷たさと痛みの感覚に襲われながらも、傷口にできた影から『
傷口程度では小さいとはいえ、影は影。
氷の槍の全てを沈めることはできないが、貫通するのは避けられたようだ。
顔をしかめながら腕をかばい、槍を抜いて影によって止血する。
腕じゃなかったら、重症を負っていた。
薬を飲ませた時点で油断したとはいえ、本格的な傷を負うのが滅多になかったクロはオルターに対する評価を改めた。
睡眠薬への抵抗。さらには気絶したフリからのだまし討ち。騙し合いでクロが負けたのは初めてである。
この実力なら、ウィンがもし危険な目にあっても助け出すことができるだろう。
クロが船に戻ると、ウィンの様子を見ていたレインが待っていた。
「その……。傷は大丈夫ですか?」
こちらを見るなり、レインが心配そうに尋ねてくる。
「決闘に傷はつきものだから。オルターのことは信頼できると判断するよ。今後君たちの盟友として助けになろう。何かあればワーグに知らせるといい」
戦いの興奮が冷めてひどくなる痛みをやせ我慢しながら気丈に振舞い、オルターの居場所をレインに伝える。
睡眠薬の効き目は、そこまで長くない。しばらくして、レインが起こせば皆起きるだろう。
クロがこの場を後にしようとすると、レインが声をかけてくる。
「あら、ウィンには会っていかなくていいんですの?」
「睡眠薬を盛っちゃったからね。友人のためを思ってしたとはいえ、合わせる顔がない。見守る必要が無くなった以上、私みたいな日陰者は退散するとしよう」
クロは、少し気まずそうに答えた。
このところ、ウィンとはだんだん距離が近くなっていた。
義賊というのは危険と隣り合わせであり、ましてや今のクロは『紋章』を宿している。
巻き込まないためにも、いつか距離を離す必要があると考えていた。今回の決闘はちょうどいい機会だ。
「友達思いですね。それはそうとこれを渡しておきます」
レインは、小瓶をこちらに放ってくる。かなり高価そうだ。
「これは?」
「それは貴族御用達の傷も治す魔法薬。本来はオルター兄さまのために用意していたのですけど、あげます。今日中に使えば傷は残らないはずですので」
「……こんな貴重な物もらっていいの?」
「盟友なんでしょう? その薬はフローレス家が販売してる物だから、気にしないでください。お題はきっちり働きで返してもらうので」
このレインという少女、ちゃっかりしているのか恩の売りどころは見逃さないようだ。
ならば期待に応えるべく、今後は頑張らなければ。
そう覚悟を固めたクロは、小船に乗り込んでその場を後にする。
後日、拠点に久しぶりに戻ってきたクロは、ワーグ経由で届いたレインからの手紙を読んでいた。
今のところは表立って『ブラックムーン』と盟友関係にあると公表するのではなく、裏で『ブラックムーン』の活動の協力者となるらしい。
もともとフローレス家は悪事で利益を得ることに興味なく、台頭する悪徳貴族の力を『ブラックムーン』が削ぐだけでも婚約者争いで優位に立てるらしい。
利害の一致というやつである。
一応、『ブラックムーン』が得た他の貴族の情報の開示や緊急時の救援は約束させられた。
こちらの見返りは、悪徳貴族についての情報を教えてもらったり、薬などの物資を支援してもらったりすることになっている。
無理なお願いをしてこない辺り、義賊としての立場を尊重してくれているようだ。
レインの『紋章』は輝きがさらに強くなっていて、他の候補よりも少し優勢なのだとか。
一通り読み終えたクロは、手紙を燃やしながら傷があった方の腕をさする。
薬のおかげで今は傷もなく、動かしても全く支障がない。
『紋章』によって『
これならば、十分に義賊としての活動ができるだろう。
そうして決闘での疲れが癒えた頃、新たな厄介事が舞い込んだ。
クロの住む拠点に突然入ってきた人物は、見知った顔だった。
駆け込んできたのは貧民街でクロが以前助けたグレンだった。
「大変だ、姐さん!」
「何があったんだ?」
焦ったグレンの口から出てきたのは、信じられない言葉だった。
「『ブラックムーン』が貧民街で暴れてるんだ! 今までの施した分を私に返せって」
クロは思わず聞き返す。
「なんだって!?」
すぐさまグレンと共に偽物が現れた場所へと向かう。
この偽物騒動が新しい波乱の幕開けであることを、この時のクロは知る由もなかった。
◇ ◆ ◇
四方を山に囲まれて、豊かな自然に溢れたグラント家の屋敷。
その庭で、一人の金髪の少女がお茶を飲みながらため息を吐く。
彼女の名はリア・グラント。『紋章』を所有する令嬢の1人である。
リアの悩みの種は、義賊『ブラックムーン』であった。
捕まえて従属させれば、『紋章』の輝きは間違いなく強まり、婚約者の座は決まったも同然。
そう狙いを定めたところまでは、よかった。
ところが、繋がりを持った貴族を総動員しても、全くと言っていいほど義賊は手がかりをつかませない。
中には忍び込んできた『ブラックムーン』と相対した者もいたようだが、結局逃げられてしまった。
今までの追手による数々の報告でも、まるで夜の闇が義賊の味方をしているかのように必ず見失っている。
このような失敗続きの報告に、リアは焦っていた。
そんなときに入ってきたのが、フローレス家から離脱する『ブラックムーン』の目撃情報である。
その後、レイン・フローレスの『紋章』は輝きを増している。
まさか、一歩先をいかれたのだろうか。
幸い、レインの『紋章』の輝きは『ブラックムーン』ほどではないという。
おそらく従属させたわけではなく、よくて協力関係を結んだという程度だろう。
だが、なかなか実を結ばない成果に頭を悩ませるリアにとっては、さらに焦りを募らせるには十分だった。
グラント家には、フローレス家のような研究への貢献度もヴァレッド家のような武力やもない。
貴族の横の繋がりを得たのも、代々有望な『紋章』を持つ者の傘下として実績を積んできたからである。
それがよりにもよって、今回はグラント家であるリア自身が『紋章』を持ってしまった。
他の候補者に、どう太刀打ちするか検討もつかない。
お父様は、完全に他の候補に競り勝つことを諦めている。
グラント家として他の候補者に従属するのがよいのではないか、と言っていたほどだ。
婚約者の決定によって、貴族社会の勢力図はいかようにも変わる。
このドラファイス王国に爵位が存在しないのも、そのためだ。
候補者として敗北すれば、グラント家が持っていた貴族社会における影響力など紙屑のように吹き飛ぶ。
従属を選べば、候補として正面から敗れるよりかは被害を抑えられはするだろう。
リスクを侵さないという点で、お父様は正しい。
それでも、もし万が一でも自分が婚約者としてバーン王子の隣に立てるかもしれないと想像すると、リアは諦めることができなかった。
バーン王子の隣に立てれば、グラント家の貴族社会に対する影響力は確固たるものとなる。
加えて、王妃としての未来を少しばかり夢見ていることも自覚している。
ならば、親に反対されても、婚約者の戦いから降りることはしない。
『紋章』を持った者には、基本的に親であっても何かを強制することはない。
なぜなら、過去に『紋章』を持つ子に干渉しすぎて、逆に輝きを失った例があるからである。
リアが諦めないという選択肢を取るなら、グラント家はそれに従うしかない。
そしてグラント家が勝つためには、なんとしても『ブラックムーン』を手に入れる以外に今のところ道はないのである。
ただ、報告を待つしかないリアは、こうして頭を悩ませるしかやることが無い。
来客の知らせが使用人から入ってきたのは、そんなときであった。
「来客? そんな予定あったかしら」
この時間は、誰かと会う約束は何も入っていないはずである。
来客の名前も、そこまで聞き覚えがなかった。
この前の『杖』の儀式のときに、少し話した程度の令嬢の誰かだった気がする。
(暇ですし、会ってみましょうか。令嬢一人、警戒する必要もないでしょう)
仮に害意があっても、この屋敷の警備体制は万全である。
石造りの建物は非常に頑丈で、中にいる人間の戦闘力も非常に高い。
魔法を使える平民も、かなりの数を雇っている。
側に控えている使用人も、魔法なしで貴族相手に時間稼ぎができるほどの実力者である。
気晴らしや暇つぶし程度にはなるかと考え、リアは来客を通すことにした。
「失礼します」
やってきたのは、やはり『杖』の儀式のときに見かけた少女だった。
「この前会いましたね。ごきげんよう。私の名前はリア・グラント」
「あらためて挨拶を。私、テファニー・フォレスと申しますわ。気軽にテファニーとでもお呼びください」
お辞儀から顔をあげたテファニー・フォレスは、三日月のように口角を上げてにっこりとした笑顔を浮かべていた。
栗色をした三つ編みの長髪には美しいイヤリングが付いており、本人のこだわりが伺える。
「今回はどういったご用件で?」
目の前の少女に用向きを訪ねる。
「『ブラックムーン』の捕獲についての提案をさせていただきたく、こちらに参りました」
「……詳しく」
少女が持ってきたのは、まさしくリアが欲していた提案だった。
若き野心の交差がしたこの日、グラント家派閥──貴族社会における最大派閥が本格的に動き始める。