女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 次回以降の話の内容的に残酷な描写のタグを追加しといた方がよいのだろうか。


14話 悪意の手中

 しばらくして少し頭が冷えたクロは、周囲の状況を確認できる余裕が生まれていた。

 

 服の一部を破って、漏れ出る手の『紋章』の光を布で隠す。

 

 夜の貧民街には、未だに強風が吹き荒れている。

 

 どうやら、まだウィンがクロを探しているようだ。

 

 だが、今いる入り組んだ裏路地は、貧民街をよく知らないウィンではたどり着けないだろう。

 

 クロは、壁を背に座り込んで少し休むことにした。

 

 冷たい土の感触を感じながら、暗がりをぼーっと見つめる。

 

「あら、お友達はいいのかしら」

 

 心の喪失感を埋めるように痛みと疲れの感覚にふけっていたクロは、突然かけられた声で我にかえる。

 

 距離を取ったその声の発生源にいたのは、貧民街に似つかわしくない上品な服に身を包んだ少女だった。

 

「ごきげんよう、『ブラックムーン』様。私、テファニー・フォレスと申します。この度は、貴方に良いお話を持って参りました」

 

(私の正体がばれている!)

 

 微笑みながら挨拶をするテファニーに、クロは警戒心を最大限まで引き上げた。

 

 フォレス家といえば、かつてウィンを虐げていた貴族である。

 

「そんなに警戒しないでほしいですね。今回はフォレス家としての謝罪とグラント家派閥からの伝言が目的ですから。それとも、外道の家族は皆同類でしょうか?」

 

 くすりと笑いながらそう語るテファニーの言葉は、どこか軽薄な印象を受けた。

 

 だが、クロには確信が持てない。

 

「謝罪ならウィンにしろ。もっとも受け入れてもらえるかなど、知ったことではないけど」

 

 自分の口からついて出た言葉に、クロの胸がちくりと痛んだ。

 

 先ほどウィンと向き合うことから逃げ出してきたばかりだ。

 

 一体どの口が言っているのだろうかと、少し自嘲気味な思考を振り払う。

 

 今は、この少女──テファニー・フォレスの目的を探る方が先だ。

 

「そうですか。ではグラント家派閥の伝言だけ。といっても正式な書状もあるのですが」

 

 そういって、テファニーは紙を広げる。

 

 紙には細かい字で書かれた文と、なにやら魔法の模様のようなものが刻まれていた。

 

「これは一方的に相手への忠誠を誓う魔道具で、基本的に罪人が使うものです。王家や貴族に対して条件や契約を宣誓して、それに縛られることで刑罰を軽くしてもらい恩赦を請うのです」

 

「恩赦?」

 

 クロに恩赦を請いたいということだろうか。

 

 しかし、一部ならともかく、グラント家派閥全体から謝罪されるようなことに心当たりはない。

 

 偽物の件にしても、なぜ今になって改心したのか分からない。

 

 いまいち意図を図りかねているクロに、テファニーは解説する。

 

「グラント家の派閥は『ブラックムーン』様が王妃にふさわしいと考え、敗北を認めてその下につくことにしたのです」

 

 それを聞いたクロは、面食らった。

 

 グラント家派閥の大本(おおもと)がクロに好意的なのは喜ばしいことだが、それにしては大仰である。

 

「色々と極端すぎないか。そもそも、私は婚約者なんかになりたいと思っていない」

 

 クロの言葉など聞こえないかのように、テファニーは話を続ける。

 

「では宣誓しますね。『テファニー・フォレス、及びグラント家の下につく全ての貴族はブラックムーンに対して勝利する方法がないことを認める。子孫までを含めた絶対的な服従と献身、及びそのあらゆる所有物や権利の譲渡をここに誓う』」

 

 その言葉とともに、紙に刻まれた魔法の模様が淡く光る。

 

 警戒して離れたところからテファニーを見るクロは、どこか違和感を覚えた。

 

 何か嫌な予感がする。

 

「これで契約は完了しました。といっても抜け穴もありまして。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 テファニーの言葉には、先ほどまで隠れていた悪意がにじみ出ていた。

 

 二人の間に光が広がり、何事かとは周囲を警戒する。

 

 光の発生源を確かめたクロは、青ざめた。

 

 発生源は自分の手──『紋章』だ

 

 クロの『紋章』が、今までとは比にならないほどの強い光を放っていたのである。

 

 咄嗟に、隠し持っていた普段『ブラックムーン』として使っている厚い手袋を付ける。

 

 しかし、それだけでは光は抑えきれない。

 

「さすが、私たち一族の未来まで賭けただけあって、素晴らしい輝きです。これでは、お得意の影を利用した魔法は使えません。私たちでも勝てそうですね?『ブラックムーン』様?」

 

 影の魔法という手の内まで、筒抜けのようだ。

 

 一体どこで知ったのか驚くクロに、テファニーは心底愉快そうに答える。

 

「我がフォレス家の屋敷で、ウィンの風属性魔法と複合させて使ってましたよね? あれ、片づけるの大変だったんですよ? まあ、光を当てたら黒いのも消えたんで、おかげで影の魔法についての情報が分かったんですけど」

 

 ようやく、クロは敵の狙いに気づく。

 

 あの契約書は、クロの完全勝利が条件だ。現実でそんな条件は叶わない。

 

 それでも、貴族の最大派閥を永劫に隷属させるという可能性を、クロは手にした。

 

 文言の曖昧さにより契約を無力化しつつ、未来の可能性を追加してクロの魔法を潰す。

 

 最初から、謝罪のつもりなんて無かったのだ。

 

 咄嗟に逃げようとするが、気が付けばすでに周りは土の人形だらけであった。

 

 土の人形には宝石や鏡の破片がちりばめられており、クロの『紋章』から放たれる光を乱反射させている。

 

(潜伏させていたのか! しかし、これほどの数をどうやって!?)

 

 形勢の不利を悟ったクロの表情からは、焦りがにじみ出ていた。

 

「我々が何も準備していないとでも? この貧民街の地下にはずっと前から、フォレス家が主導して穴を掘っていたのですよ。あなたに、あの時のお礼をするためにね」

 

 地面からテファニーの仲間の貴族たちが、次々と現れる。

 

 どうやら地属性魔法の使い手が、大量に潜伏していたようだ。

 

 この数はまずい。しかも、今のクロは魔法をほぼ完全に封じられている。

 

「では私たちと同行してもらいましょうか。総員、合体魔法準備。『沼地(スワンプ)』」

 

 テファニーの魔法に他の貴族も続けて魔法を重ね、辺り一面が沼のようになってクロの足を地中へ引きずりこむ。

 

 這い上がろうとする間もなく、土の人形たちが覆いかぶさって固まっていく。

 

 クロにできるのは、ただ沈みながらテファニーを見上げて睨みつけることだけだった。

 

「にしても、焦りましたよ。『ブラックムーン』様、いえ、クロと呼ぶべきですかね。ウィンとの喧嘩別れで、『紋章』の輝きが失われたらどうしようかと。急遽計画を変更しましたが、うまくいったようで助かりました」

 

 地下に張り巡らされた穴からは、教会内での会話まで筒抜けだったらしい。

 

 ほとんど土の中でもがいている状態のクロの首に、テファニーが首輪を嵌める。

 

「この首輪、ご存じですか? 罪人がつける魔法封じの首輪です。賊のあなたに大変お似合いですよ」

 

 そう言って、テファニーは楽しそうにクロの頬を撫でる。 

 

 これはいよいよ年貢の納め時かもしれない。

 

 クロが諦めかけたそのとき、一帯を風が吹き荒れた。

 

 何人かの貴族が、暴風によってなぎ倒される。

 

「──何をしているのですか?」

 

 空から現れたのは、怒りの表情を浮かべたウィンだった。

 

「あら、ウィン! 久しぶりね」

 

「……」

 

 テファニーは明るい声で呼びかけるが、ウィンは毅然としている。

 

「つれないのね、かつてのご主人様に。もしかして体に傷をつけたことを、まだ怒ってるの? ……あの時は本当にごめんなさいね。お父様ほど折檻が上手くできなくて、ついつい傷を残して価値を下げてしまって」

 

 怒りを通り越して無表情となったウィンは、魔法を放つ準備をする。

 

「『嵐の槌(ストーム・ハンマー)』」

 

 うねる大気を前に、テファニーは全く狼狽える様子はない。

 

「いいの? 大事な『ブラックムーン』がこちらにいるのに」

 

 テファニーはクロの髪の毛を掴んで、頬を思いっきり手のひらで叩く。

 

 これくらいの痛みは、クロにとってはどうってことない。

 

 だが、人質になってしまっているのは、とてもまずい。

 

 ウィンが脅されてフォレス家の元に戻ってしまうことは、クロにとっては絶対に容認できないことであった。

 

 未だかつてない危機に、焦燥感を募らせる。

 

 クロが口を開こうとするも、土人形の手が口に詰め込まれている。うまく話すことができない。

 

「そんな貧民の女の子一人で、貴族の私が矛を納めるとでも? 誰よりも憎い相手に?」

 

 とぼけるウィンだったが、テファニーの持っている情報網の前ではそれは通用しない。

 

「あなたがクロと親しいのは、把握済みです。憧れの『ブラックムーン』ですものね? 本気であなたが魔法を放つなら、この娘も道連れになってもらいます。もちろん、逃げてもですよ」

 

「……殺していいんですか。利用価値は理解しているはず」

 

「捕縛できないのは残念ですけど、『紋章』持ちの候補者を間引く分には損ではないですし。派閥から、許しは貰っていますので」

 

 意地悪い顔で、テファニーはウィンに脅しをかける。

 

 案の定、ウィンは待機させていた攻撃魔法を解除した。

 

 クロが考えうる限り、最悪の状況となってしまったようだ。

 

「そうそう。最初からそうやって、素直にしていればいいんです。こちらに降りて、あなたもこの首輪をつけてもらいましょう。お友達とお揃いで、きっと気に入りますよ」

 

 テファニーの指示に従い、ゆっくりと降りてくるウィン。

 

 それを見ながら、クロは頭をひねる。

 

(このままでは、ウィンまで巻き込まれてしまう。どうやったら逃がせる?)

 

 悩むクロは、ふと教会にいた自分の弟子を思い出す。

 

 もしかしたら、この場にはルージュも来ているかもしれない。

 

 正面からこの数を相手にするのは無理でも、ウィンを逃がすくらいの実力には鍛え上げているはずだ。

 

 それに賭けるしかない。

 

 クロは、口の中に詰め込まれた土人形の手に歯を立てる。

 

 明らかに食べ物ではない食感と味で吐き気を催すが、顔をしかめながらもなんとか土を飲み込んだ。

 

 これで声を出すことはできる。

 

「聞こえるか『スカーレットムーン』! ウィンを連れてこの場を離脱するんだ! 私のことはいい!」

 

 大声で叫ぶクロに周りは少しぎょっとするが、ほどなくして辺りで爆発が連続して起きる。

 

 クロの期待通り、ルージュが来てくれたようだ。

 

 テファニーを含む貴族たちは魔法で爆発を防いだようだが、肝心のウィンの姿は消えていた。

 

 どうやら、こちらの意図をしっかりと汲んでくれたらしい。

 良い弟子を持ったものだ。

 

「……まあ、いいです。一番の目的は達成したことですし。こちらも地下へ引き揚げましょう」

 

 悔しそうに顔を歪めるテファニーを視界の端に収めながら、クロは安堵した。

 

 最後にウィンに対して謝りたかったが、姿を見れただけでも悪くない。

 

 少しだけ心残りを感じながら、クロは地中へと沈み込んでいった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「……ここからは自分で移動します。『スカーレットムーン』さん、でしたっけ?」

 

 『スカーレットムーン』に抱えられたウィンは、クロのいたところから離れた場所で下ろされる。

 

 爆発に乗じて助け出されたが、クロが囚われたままであることをウィンは歯痒く思っていた。

 

 赤い装束の少女も、きっと同じ思いをしていることだろう。

 

「ごめんなさい、急に抱えたりして。あの場では、ああするしかなかったのですわ」

 

 謝る少女に、ウィンは首を振る。

 

 爆発という強力な攻撃手段を使っていた『スカーレットムーン』であっても、さすがにあの数を相手にすることできないだろう。

 

 正面から戦うことだけに、縛られてはいけない。義賊である以上、そのあたりは心得ているのだろう。

 

 『ブラックムーン』の弟子というだけのことはある。

 

「いえ、ありがとうございます。あなたが隙を作ってくれなければ、私は降伏するしかなかった」

 

 そう自分に言い聞かせるも、ウィンの表情は暗かった。

 

 あの場で救出しなければ、姿を隠されてしまい捜索が困難になってしまう。

 

 頭では、逃げきれただけでも幸運だと分かっている。

 

 それでも、クロが攫われるのを止められなかった自身の無力さに、打ちひしがれてしまう。

 

 しかもクロを捕まえたのは、よりにもよってあの女(テファニー・フォレス)である。

 

「師匠が捕まったのは、私のせいかもしれません。偽物を、教会に追い詰めたから……」

 

「それを言ったら、私にも責任があります。といっても、相手は入念に準備していたようですから、遅かれ早かれ仕掛けられてはいたでしょうね」

 

 落ち込むルージュに、ウィンが声をかける。

 

 あの規模の人数を動員していながら、手際は非常に良かった。

 

 きっと、相当前から作戦を練っていたのだ。

 

 人知れず作戦が遂行され、知らないうちにクロが行方不明になった可能性だってあっただろう。

 

 むしろ、敵の正体を認知できているだけでも、不幸中の幸いかもしれない。

 

「私は、この件をフローレス家に持ち帰ります。救出するためには人手がいるでしょう。できればあなたにも協力してほしいのですが、どうでしょう?」

 

「もちろん、師匠を助けるなら協力は惜しみませんわ!」

 

 ウィンの問いかけに、ルージュは元気よく即答する。

 

 二人はクロの無事を祈りつつ、救出の計画を立てるためにその場をあとにした。

 

 『スカーレットムーン』と別れたウィンは、風に乗って一直線でフローレス家に帰還する。

 

 フローレス家に戻る頃には、太陽が昇り始めていた。

 

 抜け出していたことは、バレていなかったらしい。

 

 部屋で眠そうに目を擦るレインに、ウィンは事情を説明した。

 

 話を聞くにつれて、寝ぼけていたレインの顔が急速に覚醒していった。

 

「抜け出したことは、不問にします。気づけなかったこちら側にも、守るものとして責任がありますので。それで『ブラックムーン』が攫われた、と」

 

 起きて早々の大事件を前にしても、レインは冷静さを失わなかった。

 

 共有した情報をもとに、ウィンに考察を述べていく。

 

「おそらく、私たちで動くしかないでしょう。王族やヴァレッド家派閥を頼ることはできない」

 

 フォレス家の者を筆頭に地属性魔法の使い手が動いていた。となると、グラント家派閥が裏にいる。

 

 『ブラックムーン』が捕まったことに関して、王族の協力は期待できない。事故で『紋章』を宿しただけの賊に対して、王族が情を持っていることは考えにくい。

 

 正式な手続きで王族に裁きを求めることもできない。賊を貴族が捕まえただけで、法にも抵触しているわけではないのだ。

 

 ヴァレッド家の派閥との協力も期待できない。

 

 貴族間でフローレス家と『ブラックムーン』が繋がっているという噂がある以上、静観して共倒れを狙うからだ。

 

「『ブラックムーン』が人質となっている以上、少数精鋭で忍び込んでこっそり救出するのが最適でしょうね。方針は決まりました。人員を早急に集めて、私たちの手で『ブラックムーン』を奪還します」

 

 『ブラックムーン』がフォレス家の手中にあるこの状況が長く続くのは、ウィンへの所業から見ても危険である。

 

 レインも、その辺りは理解しているようだ。

 

「忍び込むといっても、場所が分からないことにはどうしようもないのでは……」

 

「大丈夫よ。オルター兄様なら、場所を探すことも不可能ではないはず。魔法の事なら、とっても心強いんですから」

 

 不安げなウィンに、レインは自信ありげに返答した。

 

 今は、場所を探し当てられると信じるしかない。

 

(待っていてください、クロ。必ず助け出しますから)

 

 そう誓って、ウィンはクロの無事を願うのだった。




 すれ違ってもお互い大事なんでしょうね。友情の両片思いみたいな。
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