会話が長すぎるところがあったので修正しました。
19話 大海原に眠る宝
海に行くと決めてから、二週間が経った頃。
クロは、ウィンやオルターと共に海の見える別荘を訪れていた。
「知ってはいたけど、実際の海ってこんなに大きいんだ……」
フローレス家の所有する別荘に到着したクロは、二階の窓からの景色を眺めて呟く。
この海岸には、貴族の別荘が密集している。全て、フローレス家の派閥に属している貴族の物らしい。
その中でも、クロのいる別荘は最も大きかった。
また別荘の場所は、中でも見晴らしの一番良いところである。窓の向こうには、水平線の彼方まで青一色が広がっていた。
「クロは、確か本からの知識はあるんでしたね」
大海原に圧倒されるクロを微笑まし気に見ながら、側にいたウィンが口を開いた。
「といっても、ビーチについての知識だけなんだけどね。ほら、『スカーレットムーン』の言ってたやつ」
クロは、ここにはいない『スカーレットムーン』──ルージュのことを思い出す。
待ち合わせ場所に現れなかったルージュについては、置手紙に遅れて合流する旨が書かれていた。
なので、別荘にはオルターとウィン、クロの三人で来ている。
ちなみに、レインは不参加である。グラント家派閥への対応に忙しいそうだ。
「この後はどうしますか? 今の時期はここらに貴族は来ないそうなので、外を歩いても問題ないと思いますけど」
ウィンはそう言って、クロの手を見た。
グラント家派閥の策略によって、輝きが強まった『紋章』。その光を隠すための布が、クロの腕にとても分厚く巻かれている。
ただし、目立つのは目立つため、人目は避けなければいけない。
人が多い時期と被ってなくてよかった。
「海の見える道を歩いてみるのもいいけど……。オルターはどうしてる?」
「オルター様なら、研究室の整理中です。せっかくだから、あとで私に紹介したいと仰ってました」
ウィンの返答に、クロは思案する。
自分が散歩をすれば、きっとウィンは付いてくるだろう。
(何とかして、ウィンとオルターの邪魔にならないようにしないと)
今回の旅における目的は、療養だけではない。クロには、二人の距離を縮めるというもう一つの目的があるのだ。
原作の『ブラックムーン』にもあったように、海に行けば恋も進展する。
男女をくっつける海の不思議な力のためにも、オルターとウィンを海に連れ出さなければいけない。
「……私も、その研究室に興味あるかなー」
ウィンに期待するような眼差しを向けるクロ。
「でしたら、オルター様に聞いてみましょう。そう邪険にはされないと思います」
ウィンからの返答を聞き、クロは考えを巡らせる。
問題は、オルターを海に誘い出す方法であった。
オルターは、クロとウィンの友人関係に気を使っている。
散歩に誘っても、遠慮される未来がありありと浮かぶ。
そうこう悩んでいるうちに、いつの間にかオルターの研究室の前である。
「二人ともどうかしたか。散歩なら、私抜きで行ってもらって構わないが」
一通り整理を終えていたオルターは、部屋を訪ねてきたクロたちにそう告げた。
研究室に居座る気満々である。
「いえ、クロも研究室に興味があるようでしたので。それなら一緒にどうかと誘ったのです」
ウィンが事情を説明している隣で、クロは研究室の物々しさに縮こまっていた。
部屋の壁は、分厚い本や資料がぎっしりと並んだ本棚に覆われている。
中央には円柱状の巨大な水槽が複数あり、様々な生き物が泳いでいる。
特に足がたくさん生えた気持ち悪い生き物は、恐怖でより一層クロを縮こまらせた。
「クロが? 意外だな、研究に興味があるなんて」
「あ、いや……興味っていっても、難しい話とかは分からないんで……。本当に見学みたいなかんじで……」
すっかり萎縮したクロは、予防線を張る。
オルターを海に誘い出すという本来の目的など、もはや頭の中から抜け落ちていた。
原作『ブラックムーン』にも、人を化け物にする薬を作っている狂った研究者が出てくる話がある。
もしや、魚を改造する研究をしているのかもしれない。あの足がたくさん生えているやつなんて、まさに実験で生まれた化け物だろう。
「タコがいる水槽をそんなに眺めて、どうしたんだ?」
「オルター様。クロは海に関する知識が少ないので、タコのことを知らないのです。いいですか、クロ。これはタコといって──」
恐る恐る水槽に目を向ける青ざめるクロに、ウィンはタコを解説する。
次第に恥ずかしさで、段々と顔を赤くするクロ。
見当違いなだったことを誤魔化すために、言い訳をする。
「べ、べつに、ビビッてたわけじゃ……。ちょっと見た目が変だなって、気になっただけで……」
「まあ、私もタコの見た目は苦手ですから、気持ちは分かりますよ。それでオルター様は何を研究しているんですか?」
クロをフォローするように、ウィンが話を逸らした。
「ああ、研究内容はこの海域にのみ存在する、ある特殊な力についてだ」
「特殊な力?」
オルターのいう特殊な力に、クロは興味を示す。
もしや、男女を恋愛関係にする、海の不思議な力のことだろうか。
クロは、オルターの言葉に耳を傾けた。
「魔法を分解する力だ。この海域は、水属性魔法でほとんど巻き込めないという珍しい特徴がある」
また検討外れである。全然、違う話だったらしい。
しかし、魔法を分解する力ときいて、クロは何か引っかかりを覚えた。
(割と最近似たような力に覚えがあったような……。そうだ、魔法封印の首輪だ)
かつてテファニー・フォレスに付けられたあの首輪の力。
それと似ていることに、クロは思い当たる。
それとほぼ同時に、ウィンもオルターへと質問を切り出した。
「もしかして、魔力封印の首輪と関係が?」
「間接的にはな。そもそも、あの首輪は地属性と光属性の合体魔法による産物なんだ。光属性魔法については、二人ともどこまで知っている?」
「いえ、光属性魔法についてはそこまで……」
「そもそも教科書で読んだ時の記憶すらも曖昧なぐらい」
ウィンに続いて、クロも首を振る。
「ふむ。では、軽くおさらいしよう」
オルターは水属性魔法でインクを操り、つるりとした壁に線を引いていく。
好きな色で自在に文字を書きこむ様は、オルターの魔法の制御がどれほど優れているかを示していた。
火、水、風、地、光についての説明が色分けされており、クロが見た教科書の記憶が蘇る。
「光属性魔法って、載ってなかったような……。省略されてた?」
子どもの頃に読んだ魔法の教科書に、書かれていた覚えはない。
光以外の五大属性については、載っていた。だが、光属性だけは、存在するとしか書かれていなかった。
実際、オルターがまとめた属性の説明においても、光属性だけ極端に情報量が少ない。
「失伝しているんだ。光属性魔法の使い手は、現存していない。分かっているのは、古の対戦で勇者が使ったという記録のみ」
それなら、知らないのも当然だ。
すでに失われていて習得できないなら、教科書に載せる必要もない。
「ただし、勇者が生きた時代の発掘物の一部には、光属性魔法の力が宿っている。これは『勇者の遺物』と呼ばれ、国外の教会か各国が直接管理している。もちろんこのドラファイス王国もその一つだ」
罪人のための首輪の魔道具は、発掘物の魔力が流用されたものらしい。
クロは、勇者の力によって魔法が使えなくなっていたようだ。
オルターの話に、ウィンが口を開く。
「勇者が使ったであろう、光属性魔法の残滓が確認されている。だから『勇者の遺物』ですか」
「ああ。そしてその残滓は、この海からも同じものが確認されている」
「……まさか、この海域のどこかに、未発見の『勇者の遺物』が沈んでいるということですか?」
「海域一帯に影響が広がる程の魔力だ。過去最大級だと考えられるの遺物と考えられる」
その言葉を、クロは聞き逃さなかった。
「この海のどこかに、お宝が眠ってるってこと!?」
「あくまでも噂だがな。魔法で操作できないの水の中なんて、誰もが捜索できっこない」
研究で注目されるのは、もっぱら光属性の魔力を帯びた海水ばかりだという。
この場所をフローレス家派閥が所有しているのも、海水を研究するためなのだろう。
「そんな……。目の前に宝があるのに」
残念そうにするクロに、気を落とすのはまだ早いとオルターが告げた。
「そこで私が目をつけたのが、水棲生物だ。生物にも、光属性魔法の力が微量ながら蓄積する。様々な地点の生物を比較することで、『勇者の遺物』の場所を推測するというわけだ」
オルターの研究について理解して、素直に感心する。
道理で部屋に水槽があるわけだ。
魔力量の差から、位置を割り出そうなんてクロにはとても思いつかない。
「海水ではなく生物という着眼点が素晴らしいと思います。その生物についてですが──」
オルターの研究内容を聞き終えて、ウィンは興味深そうに質問を口にする。
饒舌になったオルターは、ウィンと研究内容について深く語り続けた。
段々と専門的になっていく二人の話に、もはやクロの入り込む余地は無い。
だが、ウィンとオルターが仲良く話せていることに、クロは満足していた。
海へ連れ出せなかったが、半ば目的達成のようなものだ。
二人に断りを入れて、会話を離脱した。
見慣れて可愛くなってきた水槽のタコを眺めながら、クロは後悔と共にあくびを噛み殺す。
窓から見える夜の海は真っ黒で、水平線の向こうは闇に閉ざされていた。
◇ ◆ ◇
暗くなった夜の海で、明かりを消しながら進む小舟が一隻。
その船に乗っている痩せ気味の男は、元グラント家派閥に所属していた貴族の一人だった。
風属性魔法で船を進めながら、男は心の中で毒づく。
「グラント家派閥の奴らめ、下手打ちやがって。その上、俺らを切り捨てるなんて。誰のために手を汚したと思ってんだ」
悪事を告発されたグラント家派閥の貴族は、そのほとんどが既に捕まっていた。
捕まった者に待ち受けているのは、財の没収か貴族としての地位の剥奪。
酷ければ、処刑だってありうる。
次は自分の番だと判断したこの男は、最後の手段として国外への逃亡を選んだ。
国境を通っても唯一バレないのが、航海の難しいことで有名なこの海域である。
現在男がいる海は、水属性魔法の操作をほとんど受け付けない、船を魔法で安定して動かすことも、非常に困難だった。
高度な水属性魔法によっては、一応安定させることも可能らしい。フローレス家の異端児だけが、なんとか船を安定させたという。
しかし、成功した例もそれだけだとか。
ましてや風属性魔法では、危険と隣り合わせでの航海である。
それでも、男は持てるだけの財を持って逃げることを選んだ。
男は、今まで平民を奴隷のように扱ってきた。
力で弱者を従わせ、気に入らない者は何かと理由をつけて罪人として処理した。
口封じした者の数など、覚えていない。
万が一でも男が貴族でなくなれば、虐げてきた平民たちから復讐されるのは確実だった。
そうなれば、死ぬよりも恐ろしい目に合うかもしれない。
幸いにも波は穏やかで、転覆の危険は無さそうである。
曇り空で月明かりが遮られて暗いが、岸から離れたら魔道具によって近くの明かりはなんとか確保できている。
(魔力もまだ余裕がある。海を越えたら、余生をこの財で慎ましく過ごそう)
男が逃げた先のことを考えていたその時、船の行く先に大きな壁のような物が現れた。
まだ、陸などないはずだ。首をかしげる男は、陸からバレないか冷や冷やしながらも明かりで壁の端を照らそうとする。
しかし、その壁が大きすぎるのか、明かりで見える範囲に端など見当たらない。
とりあえず迂回しようと進路を変更する男だったが、その壁との距離が縮まっていることに気づく。
嫌な予感がし、必死に距離を取ろうとするが、壁との距離は縮まるばかりである。
「『
パニックになった男が魔法で攻撃しようとした時には、その壁はすでに目の前にあった。
一瞬、雲の合間から差し込んだ月明かりによって、辺りが明るくなる。間近でその壁の正体を見て、男は絶句した。
壁だと思っていたものは、巨大な船だったのである。
衝突した小舟は木っ端微塵になり、悲鳴をあげる間もなく男は海に投げ出された。
水しぶきとともに夜の海で藻掻く男の上を、船が通過していく。
巨大な船が通り過ぎたあとに残っていたのは、プカプカと浮かぶ小舟の残骸だけだった。
船上から、何者かが顔を覗かせる。
「船長、何かにぶつかったようですが」
「どうせただの小舟だ。目ぼしい金目の物なんざ無いだろうよ」
船長と呼ばれた人物は、全く気にする様子もなく返答した。
その言動がよく似合うの悪人面で、目の奥には欲望をぎらつかせている。
「3日後か4日後には、港にたどり着く。さあて、太っ腹な旦那のためだ。フローレス家派閥とやらから、ごっそり略奪してやろうぜ」
そういって船長は、魔法で煙草に火をつける。
静かな夜を包む潮の香りの中に、焦げ臭い煙が立ち
新たな波乱の予感…。
ちなみに、海が持つイチャイチャパワーは、ラブコメ限定です。
小説『ブラックムーン』ではかなり強引にラブコメ展開に持ち込んでいたようで、その違和感をクロは海だからということで片づけています。