魔法が上達してからのはじめての潜入に成功したクロは、満足気な表情で夜の闇から姿を現す。
(さすがに枕元に立つのは緊張したが、うまくいったようだ)
成長したクロは魔力の上昇以外にも変化があり、いくつかの技を習得している。
なんと、影の中を移動できるようになったのである。
燃費は悪いが移動速度は高いので、逃走にはもってこいだ。
夜や暗がりといった場所において、クロは凄まじいほどの足を手に入れた。
今のクロが手にした力は、どれも義賊として活動するうえで役立つものばかりである。
『
魔力消費(小)
『
魔力消費(小~大)
『
魔力消費(大)
(憧れの『ブラックムーン』に、また一つ近づいてしまった。自分の才能が憎い)
そんなふうに調子に乗るぐらいには、クロの成長は目覚ましいものであった。
魔法に名前をつけたのは、教科書に名前をイメージするとその魔法が使いやすいと書いてあったからである。
影を使う魔法は、教科書にも載ってはいなかった。
よって、仕方なく何日もかけて、魔法の名前を一つ一つ考えたのである。
ちなみに、名前をつけるうちに、ノリノリになってはいた。
今後活動するにあたって名乗る名前は、『ブラックムーン』である。
この名前は、盗んだ小説の主人公が名乗っていたものと同じだ。
憧れというのもあるが、夢を与えてくれたあの小説の作者に届いてほしいという思いもあった。
いつ書かれたものかもわからないし、今でも生きているのかも不明だ。
それでも、もし生きていたらお礼をぜひ言いたい。
「世の悪徳貴族よ、震えて眠れ!」
クロはマントを翻しながら、声をあげた。
そんなこんなで、今日から活動開始である。
◇ ◆ ◇
最近、貴族の間でまことしやかにささやかれている噂があった。
なんでも、貴族を狙った盗人が現れたらしいのである。
義賊『ブラックムーン』などというふざけた名前を聞いて、最初は誰もが鼻で笑った。
「そんな堂々と名前を明かす、間抜けな盗っ人がいるのか。その間抜けに引っ掛かった貴族も、大間抜けに違いない」
貴族たちはそう言いつつ、すぐに捕まるだろうと当初は誰も気にしていなかった。
しかし、一向に捕まらない。
裏で悪い噂の絶えないあの貴族も、権力を振りかざして威張っているあの貴族も、次々と被害にあっていく。
その一方で、貴族としての悪評のない者からは何も奪わない。まさしく義を冠する賊といえた。
義賊『ブラックムーン』の出現により、国内の貴族社会は急速に変化していく。
これまで、貴族を縛る枷はほとんど存在していなかった。
責務を完全放棄しなければ、王からそこまで深く追求もされない。
魔法という絶対的な力を有する貴族に、無力な平民は逆らえない。
仮に謀反が起きても、魔法を使える者が滅多にいない平民など恐るるに足らなかったのだ。
しかし、義賊『ブラックムーン』の噂が広がるにつれて、いつしか貴族は外聞を気にするようになった。
悪徳貴族は、表面上であっても正義に沿うことを強いられた。
諦めが悪く、盗人を捕まえようと勇む貴族もいるにはいた。
警備に人員も増やす者や、自ら魔法で出迎えようとする者、あるいは罠をはりめぐらせる者もいた。
そのことごとくが失敗すると貴族は徐々に気づき始める。
それでも正体を追う貴族は、次に痕跡を辿ることに専念した。
「義賊と名乗っていても所詮は盗人。盗品がどこかで発見されてから、その流通元を辿ればよい」
ある貴族はそう言って、質屋などの盗品がありそうな場所の調査を始めた。結果的に、盗品は発見された。
なんと盗品はバラバラに分解されて、貧民街のゴミ漁りが使う質屋に持ち込まれていた。
金や宝石や立派な額縁に入れられた素晴らしい絵画、有名な職人が手掛けた美しい調度品──その全てが、見るも無惨なクズとして各地に散らばっていたのだ。
足がつかないやり方で、弱者へ財をばらまく。義賊としての無慈悲なまでの効率的なやり口。
あれらの宝物をゴミ漁りぐらいしか見向きもしないような姿に躊躇なく変える義賊に、貴族たちは騒然とした。
価値を損ねてまで弱者への施しをする徹底さに、感心する者さえいた。
なお、とある貴族は、歩く黒歴史に悩まされて胃を痛めた。
こうして腐った貴族たちの間では『ブラックムーン』の恐ろしさは定着していく。黒い月が出ている限り、我らの悪事は許されないのだ、と。
噂は平民にまで広がった。
なんでも貴族の悪事に天誅を下し、弱者に施しを与える者がいるそうだ、と。
実際に貧民街の治安が良くなっており、そこの住む者の身なりも少し整ってきていた。
また、貴族が不正に蓄えていた資本が義賊によって流通することで、景気も少しばかり良くなっている。
義賊『ブラックムーン』の正体は、現在も判明していない。
正義の貴族、復讐に取りつかれた元王族、幽霊など、様々な正体の噂が立っている。それらに唯一共通しているのは、黒いマントを羽織っていることのみ。
弱きを助け強きを挫く『ブラックムーン』は、このようにして世間を賑わす存在として認知されていくのだった。
◇ ◆ ◇
「クロ、今日の仕事の手伝いありがとうございます。またよろしくお願いしますね」
「こちらこそありがとうございます、ブラウン神父。またしばらく
ブラウン神父から報酬を受け取ったクロは、少し伸びた背で頭を下げる。
クロが義賊をはじめて、数年が経った。
相変わらず神父のもとで手伝いをしているが、ゴミ漁りはしなくなった。
教会の仕事が増えて、収入が十分もらえるようになったのである。
自分でばら撒いた金品を自分で回収することに、気が引けたというのもある。
義賊『ブラックムーン』は、あくまでも弱者のために盗みを働く。盗みで得たものを自分の利益にするのは、信念と反している。
原作の『ブラックムーン』も、盗みで私腹を肥やす真似はしていない。
今では貧民街もある程度、治安が良くなりつつある。働く場所も見つかったクロが、困窮することはなくなった。
極貧生活を送っていたブラウン神父も、肉付きがよくなってぽっちゃりしている。
少しは恩返しできたのかもしれない。そう考えながら貧民街を巡回するクロ。
「今日も異常なし」
教会での手伝いがてら、クロは町の治安維持のための見回りもしている。
義賊として金品をばら撒いても、当初の貧民たちはそれで得たお金を酒や賭け事などに費やしていた。
これはまずいと考えたクロは、片っ端から指導していくことにしたのである。
指導の甲斐もあり、最近はゴミ漁りを卒業して真っ当な職を見つけたものも少なくない。
景気が良いのもあって、働き口が増えているらしい。喜ばしいことである。
「ちっす、姐さん。今からお帰りで?」
そう言って声をかけてきたのは、クロより少し年下の少年である。
名前はグレンといい、ぼさぼさの灰色の髪が特徴だった。
「そうだけど、グレンは最近どう? 何か身の周りで暴力沙汰とかはない?」
グレンと出会ったのは、クロが見回りを行っているときだった。
恫喝されているグレンを助け出してからは、姐さんと慕われている。
「いや、無いっす。今の貧民街で姐さんを恐れず、治安を乱すやつなんていませんよ」
そう言って手を横に振るグレン。
今のクロは貧民街において、一目置かれるようになっていた。
5年の修行で培ったのは、魔法だけではない。
体力なども付いたクロは魔法を使わずとも、貧民街のトラブルを解決できるぐらいには力を付けていた。
義賊であることを隠すためにも魔法を知られるわけにはいかないが、魔法が秘密でもやりようはある。
徒党と組んだ乱暴者10人を相手した時は、クロもさすがに冷や汗をかいた。
幸いにも夜だったこともあり、なんとかバレないように魔法を行使して各個撃破をすることで事なきを得ている。
貧民街で幅を利かせていた者を撃退したことで、クロに手を出してはいけないというのが暗黙の了解になっているらしい。
貧民街の治安に睨みを効かせるクロは、グレンのような弱者にとっては恩人なのである。
「また何かあったら、力になる」
そう言ってグレンと別れたクロは、住処に戻り義賊としての活動の準備をする。
真っ黒で全身の肌を覆いつつも動きやすい服を身に付け、ゴミ漁りで手に入れた黒いカーテン生地でできたマントとマフラーを身にまとう。
これは何もかっこつけているわけではない。かっこいいのも事実ではあるが。
光を通しにくい黒色の装備は、影を扱う魔法と相性が良いのだ。
マフラーの影は『
また、収納と同じ要領で、マントや服の中の影に『
殴打や魔法の攻撃による衝撃を受けても、へっちゃらだ。高いところから落下しても無傷である。
さらに、成長期なのかクロの魔力量も増えつつある。
『
そんな暗闇において無敵となったクロだが、義賊活動の方はうまくいっていない。
貴族の悪い噂を、あまり聞かなくなったのである。
しかし、世に蔓延る悪がそう簡単に消滅するはずがない。悪党が巧妙に身を隠していることは、クロにも分かっていた。
最近は、総当たりで潜入して、情報を集めている。たまたま入った所が悪徳貴族なら、なおよし。
仮に情報が見つからなければ、義賊としての活動も危ぶまれるだろう。悪い貴族がいなければ、義賊もお役御免である。
だが、原作の『ブラックムーン』も平和になった最後には、隠居してハーレムを作っていた。
平和な世でのことは、その時に考えればよい。
(というわけで今日からは、いざ潜入!)
勇み足の少女は、夜の闇の中に溶け込んでいった。
◇ ◆ ◇
ある貴族の立派な屋敷の奥深く、地下に階段を下りる足音が響き渡る。
長く続く足音が止まったのは、薄暗い牢屋の前だった。
「おらよ、これが今日の餌だ。ありがたくいただくんだな」
そういって足音の主である男は、半切れのパンと少量のスープを檻の隙間から無造作に置く。
檻の中でそれにがっつくのは、1人の少女だった。
鮮やかな緑色の髪は汚れでくすんで見る影もなく、服装もとても質素である。だが、これでも少女は貴族だった。
少女の名前はウィン・グリーム。グリーム家の長女である。
貴族の長女が幽閉されている理由──それは王子の婚約者の座を巡る争いが間接的な原因であった。
ウィンは、生まれながらにして異質な魔力量を宿していた。
人の身ではありえざるその魔力量は、産声と共に部屋の中でちょっとした竜巻を起こすほどであった。
詠唱なしでの魔法など、通常はそよ風が起こる程度。その基準からいって、ウィンは規格外といっていい。
そんな人間離れした子どもでも全く怖がることなく、ウィンの両親は幸せな家庭を築いた。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
ウィンの母は、ウィンが幼い頃に亡くなった。
原因ははっきりしなかったが、出産の負担が原因なのではと召使が話しているのをウィンは聞いた。
父は一人でも、貴族と親、その両方の責務を果たし続けた。
しかし、それらは、本来一人だけで成しえるものではない。
加えて持病を持っていたウィンの父が、二つの責務を果たすには限界があると気づいた頃には手遅れだった。
最後には貴族としての責務は諦め、ウィンの側で親としての最後を迎えた。
悲しみに暮れるウィンは、遠い血縁を頼ってフォレス家という他所の貴族の元に身を置くこととなる。
このフォレス家に来てからが、ウィンの本当の不幸の始まりだった。
「ウィン、君は今日から自分を人間と思ってはいけないよ。なぜなら君はフォレス家の所有物となったのだから」
睡眠薬を盛られて牢に運ばれたウィンは、フォレス家の当主から耳を疑うような言葉を投げかけられる。
ウィンは映すフォレス家当主の目は、権力に取り憑かれていた。
フォレス家には、王子の婚約者候補の座を自分たちの娘に与えたいという願いがあった。そこに現れたのがウィンであった。
このドラファイス王国における王子の婚約者は、その候補を選ぶ段階で王族のとある魔道具が使われる。
その魔道具とは、未来を予知する『杖』である。
しかし、婚約者の座をめぐる争いは、その『杖』による候補選定の前から始まっているのだ。
如何にして事前にライバルを蹴落として、自分たちの娘が未来予知に選ばれるか。野心を持った貴族の思考がそうなるのは自然なことである。
そんな中、途方もない才能を持ったウィンは、はっきりいって邪魔者でしかなかった。
両親を失った子どものウィンは、後ろ盾もなく排除するには好都合だった。
さらに、もう一つウィンにとって最悪な事実があった。
婚約者の選定で重要視されている要素の一つに、人脈があったことである。
『杖』の未来予知は、この国──ドラファイス王国に誰がどの程度の利をもたらすかを
そこでは、富や美貌、知能、魔力量、権力、人格、人脈、運といったあらゆる要素が加味されるのだ。
なので、戦略によってはどの貴族も選ばれる余地があり、それが一部の貴族の競争を過激化させていた。
未来予知の基準では、ウィンはその魔力量からして超有望株である。
もし、ウィンが選定に参加すれば、候補に選ばれるのは確実といえた。
だからといって、ただ排除することだけが婚約者選定を勝ち残る戦略ではない。
養子として迎え入れたフォレス家としては、ウィンと関係を深めることで人脈としての価値を高める選択肢も存在していた。
しかし、貴族において最も信じられる血縁関係が、フォレス家ウィンの間では極めて薄い。権力闘争の勝敗を委ねるには、不安が残る。
そこで、最悪の決断が下された。
最終的にフォレス家が取った行動は、ウィンを自分たちに服従させることであったのだ。
『杖』による未来予知は、あらゆる要素を加味する。
ウィンという絶大な力を飼いならせれば、その所有者であるフォレス家の娘が『杖』に選ばれるのも夢ではない。
こうして、ウィンにとっての地獄が完成した。
幽閉されてから当初は、泣いたり抵抗したりもした。
しかし、ウィンの風属性の魔法では、牢を突破することはかなわない。
少しでも気に障ることをすれば、激しく折檻される。
心を折るように執拗な折檻を受けたウィンの心は、次第に死んでいった。
(フォレス家に従えば、痛い思いはしなくて済む。食事がもらえる。折檻を受けるのは、自分が悪いからにちがいない)
ウィンは従順に心を閉ざし、時間間隔も曖昧になっていた。
ただただ動物のように、餌を貰って寝てを繰り返していたある日。
牢の外から、聞きなれない声が聞こえた。
「君、誰? なんで檻に入ってるの?」
声の主は、この家では見たことない黒い装束に身を包んだ人間だった。
悪徳貴族は震えて眠れ!(なお一番震えて眠っているのは吾輩さん。)
名前の由来は「風・緑」→「ウィンド・グリーン」→「ウィン・グリーム」というかんじで結構安直です。
フォレス家は緑繋がりで森(フォレスト)から取りました。
歴史とか多言語に詳しい人から見たら、ヘンテコかもしれません。すみません、見逃してください。