女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 話がなかなか進まなくて申し訳ないです。


20話 鉄の巨船

 晴れた昼下がり、人のいない広場でクロは走っていた。

 

 目の前に迫る水の塊を躱しながらも、足を止めることはない。

 

 標的を外した水属性魔法が、水たまりを作る。

 

 矢継ぎ早に放たれる水を、躱し続けるクロ。その視線の先にいるのは、オルターである。

 

 オルターの動きは、以前とは比べ者にならない。

 

 高速で動くクロを完璧に捉え、接近したクロの格闘をも見切ってしまう。

 

「『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』」

 

 また、この魔法だ、とクロは内心毒づいた。

 

 この魔法を使うと、オルターの動きが各段に良くなる。

 

 攻撃を受け流して最小限の動きで背後を取る様は、まるで歴戦の猛者を思わせる。

 

 反応が遅れたクロは、背中を水で濡らされた。

 

「そこまで!」

 

 空中から見下ろしていたウィンの声がかかる。

 

 そう、今は模擬戦の最中である。

 

 今回はクロの完敗だった。

 

「見違えたっていうもんじゃない。前と比べて、違い過ぎない?」

 

「クロに負けてから、特訓した甲斐があったというものだ」

 

 お互い息を切らしながら、軽口をたたき合う。

 

「先ほどの魔法が、オルター様の特訓の成果ということでしょうか。初めて見る魔法でしたが」

 

「ウィンの言う通りだ。『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』。この魔法は、体内の水分を操る魔法だ。全身に血液が巡るのを補助したり、目や脳などに重点的に血液を回したり、状況に応じて身体能力を変化させる」

 

 クロに決闘で負けて以来、ワーグに元で修行して開発した魔法らしい。

 

 水属性に明るくないクロが聞いても、高度な魔法であることぐらいは分かる。

 

 そして高度なだけあって、魔法の効力も非常に高い。一時的であるが、クロの体捌きを上回っていたほどだ。

 

 視力や集中力を強化できるらしいので、戦闘のみならず様々な場面での活躍が期待できる。

 

 惜しむべくは、天才であるオルターぐらいにしか扱えないことだろう。

 

 何にせよ、強くなったのは喜ばしいことだ。ウィンもより安全になるのだから。

 

 ウィンの婚約者の成長に感銘を受け、クロもやる気が沸き起こる。

 

「再戦といこうか」

 

 しかし、そんなクロに反してオルターは乗り気ではない。

 

「何回かクロと模擬戦をして分かった。……まだ完全に回復していないな」

 

「……いやー、そんなことないと思うけど」

 

 惚けるクロだったが、天才の目は誤魔化せないようだ。

 

 義賊として復帰するために、あらゆる手を尽くしたというのに。まだ、完全復活といかないらしい。

 

 回復薬のガブ飲みという、フローレス家のお膝元だからこそギリギリ許される暴挙。

 

 さらには、落ちた体力を取り戻すための運動の負荷も、貧民街での特訓の数倍は行っている。

 

 それでもなお、回復していないというのか。おのれ、テファニー・フォレス。

 

「リハビリなら、他の方法でもできる。不公平な戦いは好まない主義だ。いつかの雪辱を果たすなら、クロが万全になってからがいいのだが」

 

 オルターは遠慮がちにクロの片腕を見る。

 

 もはや眩しいほどの輝きを放つ『紋章』を隠すため、今のクロの腕はグルグル巻きである。

 

 実質、封じられていると言っていい。

 

「へー、言ってくれるね」

 

 いくら模擬戦とはいえ、今のクロは戦うに値しない。

 

 先ほどのオルターの発言は、そう言っているようなものだった。

 

「気を悪くさせてしまったか。だが、事実だ。大人しく安静にしろ。激しく運動しすぎだ」

 

「模擬戦してくれないの? じゃあ、勝手に襲い掛かっちゃうけど。その方がルール無用でやりがいがある」

 

「駄目ですよ、クロ! 安全第一って言ったじゃないですか!」

 

 ウィンが怒った顔で、竜巻を起こす。

 

 当初は、ウィンも模擬戦の相手として志願していた。

 

 しかし、心配性であるウィンは、無意識にクロに対して手加減するかもしれない。

 

 その結果、ウィンには審判として立ち会ってもらうことにしたのである。

 

 審判に徹したウィンを掻い潜って、オルターにちょっかいをかけるのは不可能だろう。

 

「では、もう一回模擬戦をして、クロが勝てば続行。オルター様が勝てば中止。これでどうですか」

 

 ウィンの提案に、二人は頷いた。

 

 ルールは先ほどと同様、オルターがクロをずぶ濡れにできるかどうかという勝負の内容である。

 

「『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』」

 

 開始してすぐ、オルターは自身を強化して水の塊をクロへと飛ばす。

 

 集中したオルターの攻撃は、相変わらず凄まじい。

 

 浮遊した水の球が増えていき、クロの四方八方から放たれていく。

 

 その放水にも慣れてきたクロは、回り込んでオルターに接近した。

 

 近接攻撃は、全て見切られて当たらない。体術では向こうが上だ。

 

 だが格上の相手をするのは、今回がはじめてではない。

 

 かつてクロが戦ったバーン王子は、反応速度のみならず身体能力においても他の追随をゆるさない。

 

 そんな相手との戦闘経験を積んだクロにとって、オルターは特段厄介な相手というわけではなかった。

 

 少し水を被りながらも、複雑になるオルターの動きに対応していく。

 

 クロの高速移動の仕組みは、鍛え上げられた脚力だけではない。

 

 『影潜(かげひそ)み』による自身の軽量化も、クロが習得した技術の一つであった。

 

 体の一部を、服の影に収納して走っているのである。

 

(でも、これでは足りない。素早さがあれば、テファニー・フォレスの襲撃も対処できたかもしれない)

 

 クロは、更なる速度を求める。

 

 今までの速度では不足していたのなら、もっと速さが必要だ。

 

 オルターが自身の体内の水を操作していたように、クロも自分の体に魔法を応用できるかもしれない。

 

(不要な体の臓器を、影にしまうことができれば……)

 

 クロの速度が上昇し、再びオルターへと肉薄する。

 

 オルターとクロは、ほとんどゼロ距離での応酬が続いていた。

 

 反応速度と身体強化を兼ね備えたオルター。軽量化による更なる速度へと至ったクロ。

 

 先に限界が来たのは、クロだった。

 

「はぁはぁ、降参。内臓がひっくり返りそう」

 

「しかし、最後のあれは驚いたぞ。急に俊敏性が上がった。一体何をしたんだ?」

 

 不思議がるオルターに、先ほどの速さの仕組みをクロは一通り説明した。

 

「──といっても、慣れないことはするものじゃないね。体は軽くなるけど、内臓が影の中で揺すられる」

 

「移動にはあまり適していないな。体を縮める必要がある時には、あるいは……」

 

 オルターの言葉に、クロは考えを巡らせる。

 

 小さい影に隠れるときなんかは、役に立つかもしれない。

 

 あとは、防御のときの主要な臓器の保護ぐらいだろうか。

 

 二人が休憩しながら話していると、ウィンが少し焦ったように降りてきた。

 

「どうしたの。そんなに慌てて」

 

 何かあったのだろうかと、ウィンに尋ねかける。

 

「大変です。港にとても巨大な船が近づいています。まだ離れていますが、おそらく武装しているかと」

 

「……ふむ。ここらの海は航海は難しい。ましてや巨大な船なんて、通常はほぼ不可能だ。ただの難破船というには、怪しいな」

 

 オルターのその言葉には、少し緊張感が漂っていた。

 

 巨大な船でこの海を渡る手段を持っている時点で、相手の戦力は未知数である。

 

「フローレス家派閥の別荘が集中している。ここを狙う理由は、それだけでも十分だ。ウィンは、一先ず上空から様子を見ていてくれ。何か動きがあったら知らせてほしい」

 

「分かりました」

 

 ウィンは、船の上空へと飛んでいく。

 

 後を追ってクロとオルターは、海が見える港へと直行した。

 

 岸から離れた場所なのにも関わらず、その船の異質さはクロから見ても一目でわかった。

 

「……でかいな」

 

 オルターは、見たこともない巨大な鉄の船に瞠目した。

 

 おそらく、表面は金属でできている上に、大きさも尋常ではない。

 

 この国にも金属製の船はあるが、あそこまでの大きさはない。

 

 水属性魔法で動かすにしては、あまりにも大きすぎる。

 

 緊張した面持ちで、クロはオルターに考えをきく。

 

「もし交戦になったら、対抗できそう?」

 

「そもそも、我が国の防衛は、王族が要だ。加えてこの特殊な海域では、海上から攻められることを想定した罠なんかもない。太刀打ちは不可能だ」

 

 現在この場所には、クロたち三人と数少ない衛兵しかいない。

 

 攻撃を仕掛けてきた場合、正面から迎撃するのは不可能だ。

 

 切羽詰まった状況のようだ。だが、戦うことを諦めて、逃げていいのだろうか。

 

 ここを襲撃されれば、オルターの研究内容も失われる。

 

 できることなら撃退して被害を抑えたいところだ。

 

 だが、クロの一存で決めるわけにはいかない。フローレス家であるオルターの決定に従うべきだろう。

 

 方針がまとまらず思う悩むクロのところに、ウィンが戻ってきた。

 

「オルター様。近づいて意思疎通しようとしたところ、攻撃されました。おそらく海賊です。港の周りに限定して嵐を起こします。少しは足止めできるかもしれません」

 

「頼んだ、ウィン。遣いを出したから、2日後には援軍がくるだろう。衛兵は避難させたが、ここにはフローレス家派閥の研究設備がある。このまま襲撃を受ければ、かなりの被害を被るだろう」

 

 逃げるか、応戦するか。

 

 オルターは考えた末、腹を決めたようだった。

 

「私はここに残ろう。いざとなれば逃げるが、フローレス家として最低限のことはしておきたい。二人は、逃げてくれても構わないが……」

 

「当然、私も残る」

 

「いいのか? 危険が伴うぞ?」

 

 気遣うオルターだが、クロの返事は決まっていた。

 

「正義のためにも友人のためにも、黙って逃げるなんてできない」

 

「……まあ、クロがこう言うのは予想ができましたから。いざという時は、私が二人を引きずってでも連れて逃げます」

 

 ウィンも残るようだ。

 

 オルターとしては逃げてほしかったようだが、頑なこちらの様子に苦笑している。

 

「三人でなんとかしよう。天下の義賊に大天才、嵐を起こせる人までいるんだ。案外なんとかなるかもしれない」

 

 そういって、クロは不適に笑うのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 三人は一度、作戦を考えるために別荘に戻ることにした。

 

 窓が揺れて激しく雨が打ち付ける部屋で、ウィンは水平線を窓から眺める。

 

「あの船、動いてませんね。狙い通り、嵐に躊躇しているようです。ただ、長引けば向こうが不利なので、いつか痺れを切らすはずです」

 

「先にこちらから仕掛けられないだろうか。船が停泊している場所は、『勇者の遺物』があると推測した範囲だ。あそこまでは、船で何回も行っている。海流もある程度は把握できている」

 

 オルターは、どうやら先制攻撃を仕掛けたいようだ。

 

「危険すぎます。近づいたところを迎撃されるのは、オルター様も承知しているはず」

 

「ああ。だが、夜ならどうだ。もうすぐ日も落ちる。さすがに向こうも嵐の夜に攻めてくるとは思うまい。次に動くとすれば、明日の明るい時間帯。それまでに不意をつければ……」

 

 その提案に、暗い顔をするウィン。

 

「攻撃手段がありません。保有魔力の多い私であっても、あの船は厳しいでしょう。風で動かすには、あまりにも重すぎます。たとえ一点に攻撃を集中させても、あの鉄の装甲には大した損傷にならないと思います」

 

 オルターとウィンが話し合っている中、クロは座って窓から見える海を眺めていた。

 

 夜であれば、影の力を存分に発揮することができる。

 

 しかし、影の力を駆使しても、船に忍び込むのが精々だ。

 

 ワーグの睡眠薬も、手持ちが少ない。中にいそうな人数に比べても、圧倒的に足りていないだろう。

 

 それに、逃走や少人数の制圧は経験していても、大人数の無力化という経験がクロにはない。

 

 だからといって、諦める気も無いが。

 

(こういうとき、原作の『ブラックムーン』ならどうするか)

 

 クロは、自身の目指す義賊の姿を思い浮かべる。

 

 きっと、奇想天外な方法を思いついて、華麗に乗り切ってしまうにちがいない。

 

 困ったら新しい力に目覚めるのが、クロの憧れる義賊『ブラックムーン』なのだ。

 

 ならば、今まで経験が無いからといって、できないと決め付ける必要などない。

 

(相手全員を制圧する。そんなアイデアが思い浮かべば……)

 

 船ごと、影に沈めるというのはどうだろう。いや、そんな影はどこにもない。

 

 月明かりが出ているし、船自体の明かりもある。影に沈めるには、船が入るほどの巨大な影が無ければいけない。

 

 強大な影、海──海の底? 

 

 クロは窓に駆け寄って海を眺める。

 

「クロ、何か思いついたのですか」

 

「もしかしたら、船をなんとかできるかも。ただ、とんでもない魔力が必要になるから、魔力切れになったとしても足りるかどうか」

 

 ウィンの問いに、クロは歯切れが悪かった。考えてはみたものの、正直成功するかは賭けである。

 

 だが、オルターはすぐさま解決策を提示した。

 

「魔力があればよいのか。それなら、ウィンとの合体魔法がよいだろう。魔法の構築をクロが担い、一方で魔力の供給をウィンが担う」

 

「そのような複雑なことができるでしょうか。合体魔法は、心を通じ合わせることが必須。さらに属性も異なれば、難易度も跳ね上がります。加えて、狙った役割を分担するなんて、とても……」

 

 ウィンの不安げな顔に、クロは肩を落とす。

 

 きっと、オルターのように魔法の扱いに長けている者ならできたのだろう。

 

 だが、ウィンとの合体魔法は、フォレス家脱出の時以来だ。

 

 土壇場で合体魔法の応用は、さすがに無理がある。

 

「それなら、『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』で、私が二人の集中力を向上させよう。他人に使うのは初めてだが、できないこともない」

 

 オルターは、できると確信しているようだった。

 

 ……本当に、なんでもできるな。

 

 魔法の制御において、天才にできないことの方少ないのだろうか。

 

 オルターの頼もしい言葉で、少し希望が見えてきたかもしれない。

 

「それで、一体どんなものなんですか。クロが思いついた作戦というのは」

 

 ウィンに促されて、クロは作戦の全容を語る。

 

 作戦を聞き終えた二人の反応は、あまり芳しく無かった。

 

「それは……可能なのか? いや、ウィンの魔力量であれば理論上は可能だろうが、考えたことも無さ過ぎて想像がつかん」

 

 オルターの予測では、一応は可能らしい。

 

「この3人で可能な不意打ちとしては、最大の成果を見込めますが……。いえ、疑っているわけではないのですが。クロの魔法の感覚がよく分からないので、実感が湧かないですね」

 

 ウィンの返事は、半信半疑といったものである。

 

 影の魔法を使えるのは、クロしかいないのだ。二人の反応も無理はない。

 

「あの、やっぱりやめとく?」

 

 クロがおずおずと提案を、取り消そうとする。

 

 しかし、二人は最終的にその案に賛同した。

 

「もともと、無茶な難題だ。一般的ではないクロの魔法なら、可能性があるかもしれない。もし無理そうでも、撤退すれば問題ない。そこまで気負う必要もない」

 

 オルターの言葉に、ウィンも頷いて肯定する。

 

 どうやらこの作戦に乗り気になってくれたようだ。

 

 その後、オルターは作戦の流れを手早く組み立てていった。

 

「間もなく夜になる。バレないように船に近づいたら、作戦開始だ。離脱のためにも、ウィンは最低限の魔力は温存しておいてほしい」

 

 作戦がまとまり、いざ決行のときが近づく。

 

 久しぶりの大仕事に、黒いマントを羽織るクロ。

 

 ──少し早いが、義賊『ブラックムーン』の復活である。




 面倒くさいことはオルター兄様が手早く片付けてくれるので、細かく描写しなくていいのがとても助かる。
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