女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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21話 海賊VS義賊

 夜の海の上で、圧倒的存在感を示す巨大な船。

 

 その上で夜風に当たりながら煙草を吸っているのは、船の中で船長と呼ばれている人物だった。

 

 船長は煙草を咥えながら、望遠鏡で襲う予定だった港の様子を観察する。

 

 月明かりの眩しい夜だからか、港の荒れ具合がよくわかる。

 

「港にだけ、嵐ねぇ。なんて間の悪い」

 

 嵐をものともしないとはいえ鉄の船とはいえ、船員は別だ。

 

 船体が煽られれば船の中でまともに動けないし、嵐の中での船の乗り降りは困難となる。

 

 それを承知で乗り込む手も一応あるにはあったが、結局そうしなかった。

 

 なぜなら、都合よく海上の方に嵐が届いていなかったからだ。

 

 船のいる位置も嵐の範囲なら、急いで上陸してしまうのも手ではあった。

 

 また、嵐が巻き起こったのが急だったことである。

 

 長年の海賊としての経験により、海の天候には詳しい。前兆から、悪天候はすぐに察知できる。

 

 そんな船長でも、あのような突然の嵐は見たことがない。

 

 未知の天候を前に思い悩んだ末、様子を見ることにしたのだ。

 

 雇い主である大旦那様の話によれば、援軍が来るのは少なくとも3日はかかる。

 

(突然起きた嵐なのだから、突然止むかもしれない。明日の朝まで待っても、遅くはない。明後日までに、略奪して海に逃げる余裕はある)

 

 そう算段をつけていたが、嵐で空を覆う雲がこちらに移動してくるのを見て少し眉をひそめる。

 

 嵐の様子が、不自然なのだ。

 

 まるで生き物のように、不規則な挙動をしている。

 

 思えば、港に急に現れたときも違和感があった。

 

 こちらを阻むかのように、都合悪く嵐が立ちふさがる。

 

 船員たちには不安が蔓延していた。

 

「まさか、誰かが操っているとか……?」

 

「…………」

 

 そういえばと、偵察なのか少女が空を飛んでいたのを船長は思い出した。

 

 とりあえず魔法だけでなく貴重な銃までもを撃って応戦したが、思い返してみれば未知の敵である。

 

 人が空を飛ぶなど、聞いたことがない。

 

 もしやあの国にはとんでもない風属性魔法の使い手がいて、嵐をも操れるとか……。

 

(いや、嵐を魔法で起こすなど、馬鹿らしい)

 

 船長は、一瞬頭に過った考えを振り払う。

 

 大昔の神話ぐらいでしか、そんなの聞いたことがない。

 

 風属性魔法を使う者はこの船にもいるが、気候を予測するだけでも一苦労である。

 

 人間に天候を操れるはずがないのだ。

 

 たとえ竜の化身の末裔とて、空や海を思いのままにすることはできまい。

 

 仕事の最中に馬鹿げた妄想をするなど、どうかしている。

 

 このような未知など、今までいくらでも乗り越えてきたのだ。

 

 船長はそう自分を納得させ、不安に蓋をした。

 

 嵐はひどくなるばかりである。いつの間にか月明かりは雲に遮られ、港の様子は見えなくなってしまった。

 

 雨に濡れた煙草をしまいながら、船長は望遠鏡から目を離す。

 

 錨は降ろしているから、船が流される心配はない。就寝している船員にとって、船の揺れもさほど無いはずだ。

 

 濡れない内に屋内に入ろうとした船長は、船の揺れ方に違和感を覚える。

 

 たとえ荒波であっても、ここまで大きく揺れるだろうか。

 

 船がゆっくりと回転し、その速度が次第に増していく。

 

 明らかに異常事態だ。

 

 船長が気づいたときには、もう手遅れだった。

 

 船にしがみつきながら、必死になって周りを確認する。

 

 辛うじて船の明かりによって照らされた海を見て、船長は絶句した。

 

 海が渦巻いているのだ。その規模は渦潮どころの話ではない。

 

 海に出現した巨大な穴は、傾く船を飲み込んでいく。

 

 まるで、大穴に水が流れ込んでいるかのようである。

 

 しばらく船にしがみつくのに必死だった船長は、大きな衝撃とともにようやく停止した船にほっとした。

 

 少し落ち着きを取り戻したが、周囲の様子を把握してその余裕は吹き飛んだ。

 

「なんなのだ、これは!?」

 

 船長がおそるおそる船の下を見下ろすと、そこにあるはずの海は存在していなかった。

 

 剥き出しとなった海底に、船が乗り上げていたのである。

 

 おそらく海面であろう高所から滝のように水が流れているのが、暗闇の向こうに薄っすらと見える。

 

 まるで悪夢でも見ているのかと頬を抓るが、どうやら現実のようだ。

 

 茫然としていた船長だったが、急に周囲の水位が戻り始めたことに気づいて青ざめた。

 

 四方八方から迫りくるのは、船の高さの数倍はあろうかという海水。それらは、乾いた笑いを浮かべる間もなく船長を飲みこむ。

 

 圧倒的な量の水に揉まれ、船長は意識を手放した。

 

 海にできた大穴が塞がりきる前、黒いマントが風に乗って空に飛んでいった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 海底の船が海水に呑まれてしばらくした後、水中から船が浮上して水しぶきをあげる。

 

 浮上した船は船体が大きく歪み、浮いているのがやっとといったような惨状である。

 

「海賊相手とは言っても、さすがにやりすぎちゃったかな」

 

 まるで巨大な手に握りしめられたかのような船を見下ろして、マントの影から顔を覗かせたクロは心配そうに言った。

 

 現在クロ達3人は、ウィンの風で運ばれるマントの影に入っている。

 

 クロの『影攫(かげさら)い』は、他人を入れるためか消費魔力が大きい。

 

 しかし、作戦で使った魔力の大半は、ウィンに肩代わりしてもらった。二人を陸まで帰還させるまでは、十分維持できるだろう。

 

「気にしなくていい。先に攻撃したのは、向こうだ。それにここらの水深なら、生き残る可能性も十分にある」

 

 オルターは、クロを安心させるように言葉を告げる。

 

 それでも、自身の魔法で誰かを直接攻撃をするのは、どこか罪悪感を抱いてしまう。

 

 魔法は、強力かつ無慈悲な力だ。徒手空拳とは勝手が違うのだ。

 

 今まで逃走や睡眠薬の投与に使用することが多かったが、今回は溺れて命を落とす者もいるかもしれない。

 

 そう考えると、クロの心は晴れなかった。

 

「二人を送ったあとに、私が救助しましょう。尋問する必要だってありますし。それにしても、こんな作戦をよく思いつきましたね。まさか、海そのものを影の中に入れてしまうとは……」

 

 クロを気遣ってか、ウィンがそう切り出した。

 

 今回クロが提案した作戦は、『影拾(かげひろ)い』で海底の影に海水をしまいこむというものである。

 

 全てが影に包まれた夜は、遠い影でも集中すれば魔法の対象にできる。

 

 この特殊な海域の水は、水属性魔法の操作は受け付けない。その一方で間接的な魔法の影響は受けるのだ。

 

 風属性魔法で巻き上げることや火属性魔法で蒸発させることもできる。影に入れることも当然可能である。

 

 ウィンの莫大な魔力量とオルターの『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』による補助によって、作戦は成功した。

 

「今回の海賊の船は、そこらの海賊に用意できるとは思えない。後ろに黒幕がいる可能性も十分に考えられるだろう」

 

 オルターは先を見据えて色々考えているらしい。

 

 そうこうしている内に、港へと到着した。

 

「それでは、私は先に救助活動に行ってきます。嵐も晴らしたので、もうそろそろ波も落ち着いて探しやすいはずですし」

 

「気を付けるんだぞ。相手は海賊だ。危害を加えてきそうなら、見捨ててもかまわない。ウィンの安全が第一だ。疲れが回復したら、船でこちらも向かう」

 

 そういってオルターはウィンを見送った。

 

 あの魔法を行使してなお、ウィンは空を飛び回るだけの余力を残しているらしい。

 

 オルターの方は『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』の使用によってか、疲れが見える。

 

 他人の体内の水の流れを操作するのが、相当堪えたようだ。

 

 それも二人分というのだから、きっと負担はかなりのものだっただろう。

 

 魔法の応用を即座に考えだして、実際にやってのけてしまうのだから恐ろしい。研究者というだけのことはある。

 

 そんなオルターに感心していたクロは、聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「そういえば、さっきこれを拾ったんだよね」

 

 そう言って影から棒のような物体を取り出す。

 

 鍛えているクロからしても結構な重さであり、真っすぐと伸びた細長い形状をしている。

 

 表面に汚れや鉱物などがくっついているが、自然にできたものではなさそうなのは確かだ。

 

「これは?」

 

「『影拾(かげひろ)い』で海水を影に引き込んだとき、砂利みたいなのと一緒に変なのを取り込んだんだ。妙に異物感があるから、一応そのまま持ってきたんだけど。これってオルターの研究に何か関係していたりしない?」

 

「ふむ、これは……形状からして剣か? 古そうなのに、かなりの魔力を感じるが……」

 

 その剣らしきものを受け取り、オルターは興味深そうに観察する。

 

 クロの目からは汚い棒にしか見えないが、言われてみれば持ち手があるようにも見えなくもない。

 

「これって『勇者の遺物』?」

 

「可能性は高い。後で表面を綺麗にしてみるが、かなり慎重にしないと壊れそうだな。……ふむ、悪いがもうしばらく任せてもいいか」

 

 オルターはそう言って、クロに謎の剣を返した。

 

「それはいいけど。逆に聞くけど、こっちで預かっちゃってていいのか?」

 

「クロの魔法の方が、保管という意味では信頼できる。別荘での復元は困難だろうから、屋敷に戻るまでの間となるが」

 

 クロの疑問に、オルターは心配する様子もなく返事する。

 

 活動を休止しているとはいえ、義賊に宝を預けるのは色々とまずいのではないだろうか。

 

 信頼されることに悪い気はしないが。

 

 クロはおそらく『勇者の遺物』であろう剣を、再び影にしまいこんだ。

 

 オルターが回復したようなので、二人は船でウィンの元に向かう。

 

 鉄の巨船は元の面影は残しているものの、船体が歪んでおり武器も流れてしまっている。

 

 甲板には多くの船員らしき人が集められており、空中でウィンが見張っていた。

 

「オルター様、船から投げ出された者はほぼ救助できました。ですが、肝心の船長は見つかりませんでした」

 

「ありがとう、ウィン。捜索はここで中断しよう。この巨大な船もいつ沈むか分からない。急いで港まで移動させよう」

 

 ウィンの報告を聞いて、オルターは即座に捕まった船員の一部に指示を与えた。

 

 さすがの海賊でも、このまま海上で放置されてここで死にたくはないようだ。聞き分けの悪いものは1人もいない。

 

「もうすぐ夜明けだ。港に着いたら身柄を拘束するが、命までは取らない。情報を話せば、罪を軽くするように私が取り次ごう」

 

 船長を失ったからか戦意を喪失した海賊たちは、大人しくオルターの指示に従って配置についた。

 

 巨船が少し軋みをあげながらも、ゆっくりと岸へ向かう。

 

 あれだけ長く感じた夜がようやく終わるのだと、クロは一息つくのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 夜が明けて反射した日の光が眩しく輝く海から、一人の男が這い上がる。

 

 その男は、先ほど海の底で船から投げ出された船長だった。

 

 海賊として泳ぎは得意だったとしても、生身で海底から生還できたことは奇跡といっていいだろう。

 

(なんとか、助かった。今ここには誰もいない。逃げきれさえすれば……)

 

 船長は泳ぎ疲れて重くなった体を引きずりながら、港に停泊した鉄の巨船のところへと向かう。

 

 武装は完全に水でダメになっているが、内部に積まれていた緊急時に使用する小舟はまだ残っているはずだ。

 

 なんとか鉄の巨船にたどり着いた船長は、予想通り残されていた小舟を発見した。

 

 この小舟は、炎属性の魔力を注ぐことで動く。魔法が使えない船員たちには扱えない、船長専用のものだ。

 

 この小舟が動力を持っていることは、船員に悟られていない。そしてそれは、船を制圧したやつらも同じのようだ。

 

 気づかないのも無理はないだろう。何しろ、大旦那様の秘匿していた技術や資源は、まだ世に知れ渡っていない。

 

 そもそも海賊の身に余る船を持てたのも、全て大旦那様のおかげなのだ。

 

 大旦那様が用意した保険であるこの小舟さえあれば、この特殊な海域を安全に逃げることができる。

 

 最後の希望を手にして高笑いしそうになるのを、船長は必死にこらえた。

 

(逃げさえすれば、生き残りさえすれば、勝ちなのだ!)

 

 その小舟をで海の上に落そうとしたそのとき、頭上から真っ赤な何かが躍り出る。

 

「『スカーレットムーン』、遅れて参上ですわ! さあ、痛い目に合いたくなかったら、観念してお縄につきなさい!」

 

 その赤色の正体は、奇怪な格好をした少女だった。赤い水着と露出した肌の上から真っ赤なマントを羽織り、目元にマスクを付けている。

 

 船長は、一瞬呆気に取られる。

 

(水着?)

 

 その視線に気づいたのか、目の前の『スカーレットムーン』と名乗る少女は慌てて弁明を始めた。

 

「こ、これは……、ここに来る途中に急な嵐にあったから……。着ていた服も着替えも全て濡れてしまって、仕方なく水着を着ているだけなのですわ!」

 

 なぜ、港しかないこの場所に水着を持ってきているのか、甚だ疑問である。

 

 だが、訝し気な表情は、すぐさま野蛮な表情へと変化する。

 

 相手は少女一人だ。ここで口を封じれば、まだバレずに逃げられる。

 

「『炎の矢(フレイム・アロー)』」

 

 船長から『スカーレットムーン』へ高速で炎が迫るが、少女はなんなくそれを躱す。

 

(……っ! 速い!)

 

 船長が使う魔法の中でも、『炎の矢(フレイム・アロー)』は最速。

 

 それを避けられただけに、目の前の少女への警戒が強まる。

 

 ふざけた格好だが、かなり腕の立つようだ。

 

「あくまで、抵抗を選ぶ──それでは、仕方ありませんわ。『点火(イグニッション)』」

 

 少女が魔法を唱えた瞬間、断続的な爆発音が鉄の巨船から響き渡る。

 

 あっという間に巨船が傾いていき、船長が乗るはずだった小舟が海へと落下した。

 

「小娘、一体何をした!?」

 

 壁に手をついて踏ん張りながら、船長は『スカーレットムーン』に尋ねる。

 

 激しく傾く船の上では、もはや立つことすらままならない。

 

「この巨船の燃料の位置に、あらかじめ設置していた爆弾を起爆しましたの。では、ごめんあそばせ」

 

 そう言って『スカーレットムーン』は、船長が逃げるために準備していた小舟に飛び乗ってその場を後にした。

 

 鉄の巨船は炎上し、軋みながら沈んでいく。

 

「くそったれが……」

 

 取り残された船長は、乾いた笑いを浮かべながら海へと飛び込んだ。




 巨大な鉄の船の高さは10~15メートル、船が落ちた海底の深さは20~30メートル強をイメージしています。
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