女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 大変お待たせしました。

 今回は主人公が出てきません。


22話 一方その頃

 別荘地でクロ達が海賊を撃退している頃、バーン王子の方は仕事三昧であった。

 

 クロを助け出して以降、王宮では忙しい日々が続いている。

 

 グラント家派閥への追求や崩落が続く貧民街にまつわる問題の対応など、課題は山積みであった。

 

 バーン王子の本来の役割は、あくまでも外敵や内乱を抑えることだ。

 

 しかし、なにか重大な決定を下すときの最終確認は、判断も求められる。

 

 そして貴族の地位を剥奪するというも、その一つだった。

 

 事件以降、フローレス家派閥の告発によって、多くのグラント家派閥の悪事が明るみに出ている。

 

 罪人の処遇を、決めなければならない。

 

 久しぶりに多忙な日々を送っていたバーン王子は、夜遅くまで報告書に目を通していた。

 

 竜の力を宿す体は、不眠不休で働いても7日間は最高のパフォーマンスを維持できる。

 

 とはいえ、精神は別だ。

 

 グラント家派閥は、他の派閥に比べて傘下の貴族の数が圧倒的に多い。机に積まれた書類だけで、もはやバーン王子の姿が隠れそうなほどだ。

 

 罪人の功罪からどの程度の処遇が妥当かを書かれた書類に目を通し続けて、もう半月は経っていた。

 

 合間を縫って休息を取っているとはいえ、この密度の仕事には精神が参ってくる。

 

(以前ならこんな仕事も、退屈しのぎになったのだがな……)

 

 バーン王子は書類に目を通しながら、心の中で疲れを吐露した。

 

 なぜここまで苦痛を感じているのか、バーン王子は不思議でならなかった。

 

 ここまでの量では無いにしても、前のバーン王子ならむしろ喜んで作業を続けたはずだ。

 

 やはり、人に興味を持ったからだろうか。

 

 作業に飽いてからは、頭の中からクロのことが離れない。

 

 黒髪で不敵に笑う少女の顔が浮かんでは、振り払って作業に戻る。そのような行為を何度も繰り返している。

 

(少し休憩に入るか。これでは集中できない)

 

 執務室から出たバーン王子は、城のバルコニーへと向かった。

 

 仕事から離れても頭に浮かぶのは、相変わらずクロのことであった。

 

 このバルコニーの下で『ブラックムーン』と痛み分けになった過去を、バーン王子は今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 暴走状態のウィン・グリームとの戦闘もなかなか楽しめたが、クロの印象の方が特別であった。

 

 やはり初めて退屈を払拭してくれた存在だから、それだけ思い入れがあるのだろう。

 

「これは、これは。バーン王子ではありませんか。連日の激務、お疲れ様でございます」

 

 在りし日を懐かしんでいると、バルコニーにいるバーン王子に声が投げかけられる。

 

 バーン王子が振り返ると、そこにいたのはレイン・フローレスであった。

 

「はっ、どの口が。その仕事を、持ち込んだのはお前だろう」

 

 少し恨めしそうに睨むが、レインは飄々とした様子で受け流す。

 

「あら、悪事を告発するのは、正しい行いのはずですが」

 

 全く悪びれた様子のないレインの白々しさに、バーン王子は言葉も出なかった。

 

 フローレス家が以前から情報を集めていたことは、明らかだった。

 

 半端な悪事の追求では、派閥を潰せない。

 

 だからこそ機会を待ち、証拠となる情報を意図的に溜め続けたのだろう。

 

 その結果が、あの莫大な量の書類なのだ。

 

 もし事前に情報を共有してくれていれば、ここまで苦労することも無かった。

 

 何か言い返そうとしたバーン王子だったが、開きかけた口を閉じる。

 

 レイン嬢に何を言ったところで、きっと素知らぬ顔で煙に巻かれるだけだ。

 

 それに、あの量が溜まるのは、フローレス家だけのせいではない。

 

 元を辿るなら、貴族同士の争いに歴代の王族が無頓着だったことが原因だ。

 

 同じ王族であるバーン王子自身にも、その責任がある。

 

「……何も言わないのですね。もう少し文句を言われるかと、予想していましたが」

 

「歴代の王族なら、最初の文句すら口にしない。俺が未熟なだけだ」

 

 そういうバーン王子に、レインは柔らかく微笑んだ。

 

「バーン王子は優しい方ですのね」

 

 これはお世辞というやつだろうか。

 

 そう思ってバーン王子がレインに目を向けると、彼女は意地悪そうに笑った。

 

 どうやら、からかわれたようだ。

 

「それで、俺に何の用だ。ただ会いにきたわけではあるまい」

 

「ある意味では、ただ会いに来ただけとも言えますね。婚約者候補なのですから、会いに来ないほうが不自然ではありませんか?」

 

 レインの言葉に、バーン王子は眉をひそめた。

 

「俺に会いに来たところで、そちらには何の利益もないが」

 

 他の国では会うのが普通なのだろうが、このドラファイス王国の場合は事情が違う。

 

 ドラファイス王国の王族はただの力の象徴であり、国における暴力の機能を担うのみである。

 

 武力には携わっても、婚約者候補の選出については深く関わらない。

 

 供物として贄を捧げられる竜のように、貴族の間で決まった候補を娶るだけだ。

 

 ただ会いにきたというレインの行動は、意図が読めない。

 

「過去の例から見れば、無意味かもしれません。ですが、優しいバーン王子が相手なら話は別だと、私は考えております」

 

「俺が婚約者の選出に、介入するとでも考えているのか」

 

「ええ。これでも貴方のことは、見込んでいますので。バーン王子の自我の強さなら、この国の状態を黙って見過ごすことはできないでしょう?」

 

 レインの言葉は、的を射ていた。

 

 歴代の王族たちのように純粋な力の象徴に徹する姿勢は、バーン王子には怠惰なものとして映っていた。

 

 『紋章』を巡って争う貴族にも、うんざりしている。

 

 この国を動かす力を持っている手前、もどかしさすら感じていた。

 

 だが、変化とは危険が伴うものである。

 

 『杖』にさえ従っていれば安泰なはずなのに、わざわざ自分が意思を持つことに意味があるのか。

 

 バーン王子が自分を抑圧しているのは、この不安からであった。

 

「俺の意思が国に反映されることが、本当に国のためになると思っているのか」

 

「はい。『杖』に支配されるのではなく、王が『杖』を支配する。それがこの国の未来をより良きものにすると、私は信じております」

 

 レインは真っすぐな目で、見つめてくる。

 

「……言っておくが、俺が自分の意思を通したところで、お前が選ばれるとは限らんぞ」

 

 バーン王子は、そう言ってレインに釘を刺す。

 

 ここまで話して、ようやく狙いが見えてきた。

 

 バーン王子が意思を持った王としての頭角を現すと予想して、自身の心象を良くしようとしているのだ。

 

 会いにきただけとは、よくいったものである。

 

「その言いぐさは些か心外ですね。まあ、打算はあります。それに、切り札も」

 

「切り札?」

 

 バーン王子が尋ねると、レインは不適に笑った。

 

「私が選ばれた暁には、貴方がクロとの時間を過ごす隠れ蓑になりましょう。仮面夫婦、ということです」

 

 なぜ、そこでクロの名前が出るのか。

 

 というか、クロと時間を過ごすというのは、つまり──。いや、何を考えようとしているのだ。

 

 一瞬固まったバーン王子は、余計な思考を振り切った。

 

「……そのようなことで、交渉になるとでも?」

 

「一瞬、返事に間がありましたよ」

 

 レインが若干呆れながら、バーン王子を見る。

 

「自覚はないでしょうが、貴方が抱いているのは間違いなく好意です。自分に素直になってください。クロが欲しいのでしょう?」

 

「俺がクロを……?」

 

 バーン王子は、改めてクロのことを考える。

 

 クロは、現在最も興味を持っている対象といっていい。

 

 はじめてバーン王子を出し抜いた、『ブラックムーン』として世を騒がす少女。

 

(俺は一体、クロに何を求めているのか)

 

 自問自答をするバーン王子を誘導するかのように、レインの声が割り込んでくる。

 

「私が欲しいのは、王妃としてのいくつかの権限のみ。貴方はクロを手に入れ、私は王妃の座を得る。利害は一致するはずですが」

 

「……確かにクロとの時間は、刺激的なものだった。だが、クロとは対等でいたい。その提案は、俺が勝手に決められるものでもない」

 

 バーン王子は逡巡した後、レインに対して返答する。

 

 そもそも、クロがバーン王子に関心を持っていなかったら、前提からしてレインの提案は無に帰すのだ。

 

 ならば今は考える必要はない。

 

 バーン王子は、自らの思考に蓋をした。

 

「保留──と受け取っておきましょうか。お二人の関係が進展することを願っています。まあ、貴族からの反発を考慮するなら、私の案に乗るのが賢明だとは思いますがね」

 

 そういって踵を返すレイン。

 

「なぜ、そんなに王妃の座を求める? フローレス家は、あまり権力に執着しないと聞いていたが」

 

「『杖』の魔法を解析する。そのために、王族の懐に入りたいというだけです。未来予知の魔法を手中に収めれば、フローレス家の悲願である完全な合理性に近づきますから」

 

 レインはそう言って、止めていた足を動かし始めた。

 

 残されたバーン王子は、夜空を見上げる。

 

 自分に正面から意見を言ってきた貴族は、彼女が初めてであった。

 

 全く物怖じしない様子は、まるでこちらがその態度を許容すると確信しているかのようである。

 

 あの態度まで計算の内だとしたら、レイン嬢の強かさは相当な物だろう。

 

(レイン・フローレス、か。クロといい、人間というのは面白い。なぜ、もっと早くに興味を持たなかったのだろうか)

 

 退屈だと思っていた日常は、今や新しい刺激に溢れている。

 

 再び退屈な書類に向き合う気になれなかったバーン王子は、バルコニーから見える夜空の月をいつまでも眺め続けるのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「久しいな、ブラウン」

 

 ワーグはそう言って、応接室で旧い友人を出迎えていた。

 

「こちらこそ、元気そうな姿を見れて何よりですよ」

 

 ブラウン神父は、そう言って椅子に腰掛ける。

 

「こちらの願いのために、わざわざ他国にまで足を運んでくれるとは。長旅でさぞ疲れたことだろう」

 

「本当に疲れましたよ。おまけに帰ってみれば、住み込みで働いていた教会が崩落していて、びっくりです」

 

 ブラウン神父は苦笑しながら、貧民街の惨状を語った。

 

 どうやら、貧民街の崩落は想像以上に規模が大きいようだ。

 

「必要なら、この屋敷の部屋を使ってくれて構わん。今の貧民街は、治安が最悪だときく。土地の所有権を巡って、組織的な対立が激化しているそうじゃ」

 

 気を利かせた申し出に、ブラウン神父は首を振る。

 

「困っているときこそ、教会としてできることを探さなくては。今日中には教会の復旧作業に戻るつもりです」

 

 意思の固いブラウン神父の返事は、予想通りの物だった。

 

「なんとなく、そうする気はしていた。では、手早く用事を済ませようかの」

 

「ええ、影を扱う魔法についてですね。確かに教会の本部に保管されている記録に、一致する物がありました」

 

「恩に着る、ブラウン」

 

「他言は無用でお願いします。何しろ秘匿されているものですので」

 

 ブラウン神父が荷物から取り出した書類に、ワーグはざっと資料に目を通していく。

 

 そこに書かれていたのは、驚くべき内容だった。

 

 はるか昔──神話の対戦では、五大属性である火・水・地・風・光に加えて、もう一つの属性の魔法が確認されていたという。

 

 その魔法はたった一人以外に使用者がいないため、技術としての価値がなく忘れ去られるのは必然であったのだとか。

 

 忘れ去られたもう一つの属性。

 

 もう二度と現れるはずのないその属性は、かつてこう呼ばれていた。

 

 ──闇属性魔法。

 

 (いにしえ)の魔王のみが扱い、勇者に滅ぼされるその時まで世界に厄災を振りまき続けた魔法である。

 

「目を通したなら、こちらからも聞きたいことがあります。ワーグ、貴方は一体何に首を突っ込んでいるのです?」

 

 ブラウン神父は真剣な表情で、ワーグに問いかける。

 

「……これは仮の話だが。闇属性魔法を扱う者が再び現れたなら、それは魔王なのか?」

 

 要領を得ない返答に、ブラウン神父はため息をついた。

 

「それは、誰にも知りえないことですよ。事情がありそうですね。私は教会に属する者ですから、深くは聞かないでおきましょう」

 

「いいのか」

 

「旧友ですから。ある程度は信頼はしています」

 

 ブラウン神父は、ワーグを追求しなかった。

 

 おそらく、闇属性魔法を扱う者がワーグの親しい物の中にいるというのは、長い付き合いから薄々気づかれている。

 

 教会に所属する以上、詳細を聞けば報告せざるを得ない。

 

 その上で、聞かないことを選択したのだ。

 

 事態を大事にしたくないというワーグの願いを汲んだのだろう。

 

「何から何まですまない。教会の復旧のために、たくさん寄付させてもらおう」

 

「寄付は教会ではなく、貧民街全体にお願いします。人があっての教会なのですから。それと一つだけ約束してもらいましょう。一人で対処できないと判断したら、必ず私に打ち明けると」

 

「わかった。自分の力でどうにもならなくなったら、教会を頼ろう」

 

 固く頷いたワーグを見て満足したブラウン神父は、その場を後にした。

 

 一人になった応接室で、ワーグは冷めきった紅茶を口の運ぶ。

 

 頭に浮かぶのは、『ブラックムーン』という仮の姿に身を包む少女の姿。

 

 ワーグが報告をためらった理由は、クロを哀れんでのことである。

 

 もし教会に伝われば、最悪クロは教会で監視される日々を送ることになるかもしれない。

 

 そうでないにしても、魔王と関連があるという噂が広まれば周りから避けられるかもしれない。

 

 これからという若者に、それはあんまりではないだろうか。

 

 せめてクロと相談して、本人の意思を確かめる必要がある。

 

 果たして、これを聞いてクロは何を思うのだろうか。

 

 義賊『ブラックムーン』として弱者を救う、少しキザなお尋ね者。

 

 フォレス家の魔の手から救い出され、弱っているところを仲間に支えられる少女。

 

 それがワーグから見たクロの姿であり、そこに魔王との関連性など見いだせない。

 

 しかし、レインの話では、ウィンの謎の暴走に関わっている可能性が高いという。

 

 魔王だけが使えたという闇属性魔法を使えるのは、果たして偶然か必然か。

 

(偶然であってほしいものだ)

 

 一冊の自作小説から始まった奇妙な関係であっても、ワーグはクロの幸福を願わずにはいられなかった。

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