女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 少し箸休め回です。


28話 『勇者の剣』

 教会で目を覚ましたクロは、窓から差し込む朝日に目を細めた。

 

 久しぶりの平穏な朝だ。

 

 あれから復興したこの街は、平和になりつつある。

 

 グレンは『土竜商会』の親分の座から身を退いて、今はリアが組織を切り盛りしているらしい。

 

 現在のグレンは、リアの個人的な護衛のような立ち位置に収まっているそうだ。

 

 リアが仕切るようになってからは、『土竜商会』は仕事を斡旋する場所となった。

 

 元々リアがグレンの暴走を抑制していたこともあり、リアが率いる『土竜商会』の存在は街の人からすんなりと受け入れられている。

 

 借金の仕組みや高額な家賃も見直され、『土竜商会』はこの街の顔になりつつあった。

 

 土竜街という名前が街に付けられるぐらいには、親しまれているようだ。

 

 教会の支援などもあって、当初のように路頭を迷う者を見かけることはなくなった。

 

 『ブラックムーン』のこれからの役割は、悪者への制裁が中心になるかもしれない。弱者への施しは、教会や土竜商会が行うだろう。

 

 そんなことを考えながら、特訓をしているいつもの場所へ向かう。

 

 森の奥へと到着すると、クロの耳に騒がしい声が入ってくる。

 

(またあの二人かな)

 

 クロが声の方へ向かうと、そこにいたのは案の定グレンとルージュであった。

 

「オレはクロ姐さんに挑むのに忙しいんだ。お前に用はない」

 

「いいえ! 師匠に挑むなら、まずは私をを倒してからにすることですわ」

 

 聞き飽きた喧噪に、クロはため息をつく。

 

 グレンは、あれから度々決闘を挑んでくるようになった。

 

 一方で、ルージュも並行して以前のように修行をせがむようになっている。

 

 だが、クロは原作『ブラックムーン』のように分身したりはできない。

 

 この二人が揃えば、喧嘩になることは必然だった。

 

「おはよう、二人とも。『スカーレットムーン』には、前に教えることはもうないって言ったはずだけど」

 

「うっ、それは……。私はもっともっと強くなりたいのですわ! そんなこと言わずにどうか……」

 

 ルージュがこちらに懇願してくるが、教えることがないのは事実である。

 

「もう少し身長を伸ばしてから、出直してくるんだね」

 

「なんですって!」

 

 二人のにらみ合いが火花を散らす。

 

 そもそも、クロとルージュでは戦闘スタイルに違いがありすぎる。

 

 クロは、我流の格闘術と影の魔法による近距離型である。

 

 投げ物は距離を詰めるための手段であり、接近してからが本番だ。

 

 対してルージュは、小柄さを活かした速度と爆弾の投擲による中遠距離型。

 

 投擲や逃走について教えられるだけ教えた以上、あとは自分で伸ばせるところを伸ばしてもらうしかない。

 

「グレン、人の身長をとやかく言うのはよくない。私もグレンに背を抜かされてるの気にしてるのに」

 

「いや、あくまでも戦闘において不利という意味の指摘で……。十分強いクロ姐さんは問題ないよ」

 

 クロが少し落ち込んだのを見て、慌ててグレンは訂正する。

 

「そもそも、今日は王宮にリアと向かう予定じゃなかったっけ? リアに同行しないでいいの?」

 

 クロがグレンへと尋ねた。

 

 実質の土竜街の支配者であるリアは、その影響力から貴族に並び立つまでになっている。

 

 リアは元貴族であるからか、社交界の作法に詳しい。今日は、他の貴族へ挨拶に回る予定なんだとか。

 

 牽制だの取引だの、色々とやることがあるらしい。

 

「それは延期になった。最近、きな臭い出来事が起こっているらしい。調査の依頼が来てから、リアはずっと書類と睨めっこだね。オレは今のところ戦力外だと」

 

 少し不服そうなグレン。

 

 この様子だと、きっとリアの方が向いている仕事なのだろう。

 

 二人とも頭がいいが、その方向性が異なる。

 

 グレンは判断の速さがずば抜けており、緊急の要件であってもすぐさま対応できるタイプ。

 

 リアは経験からくる知識と思考力が秀でており、時間をかけて最適解を導くタイプ。

 

 事態が混乱を極めていればいるほど、リアの方が適任となる。

 

 今回リアを悩ませているのは、それだけ根が深そうな問題ということだ。

 

「へぇー。忙しい主人をほっぽり出して、姐さん姐さんって。まるで家族が恋しい子どもですわね。」

 

「なんか言った?」

 

 今度はルージュがグレンに嚙みついた。一触即発の空気である。

 

 パンッと手を叩いたクロに、二人の視線が集まる。

 

「よし、それならこうしよう。これから二人には模擬戦をしてもらう。勝った方が今日は譲ること。方法は最初に攻撃を通した方の勝ちね」

 

 二人はクロの提案を、渋々承諾した。

 

 血の気の多い二人のことだ。手ぬるい条件だと思われたのだろう。

 

 しかし、大けがをされても困る。

 

「じゃあ、いつでも初めていいよ。」

 

 クロが声をかけた後、距離を取って向き合う二人。

 

 どこかでポトリと枝が落ちる音が聞こえると同時に、ルージュが爆弾を投げつけた。

 

 グレンの顔の前で、小さな爆発が起こる。

 

 治療用の魔法薬を用意しているとはいえ、容赦ない攻撃である。

 

 だが、爆発による煙が晴れると無傷のグレンが現れた。

 

 両手を前に構えて攻撃を完全に防いだグレンの拳は、薄っすらと光を帯びている。

 

 リアによると、グレンは光の魔力を扱えるようになったらしい。『勇者の遺物』が無い分、かなり弱体化しているが。

 

 グレンの光る拳の原理は、魔法で周りのものを巻き込む原理に近いらしい。

 

 もっとも、光属性魔法で何を巻き込んでいるかは不明だという。

 

 剣から光の魔力を取り込んだ時は、全身にその効果が現れた。しかし、今のグレンは、拳限定を強化するのにとどまっている。

 

 それでも、秀でた格闘術に異常に固い拳、さらにはその拳で魔法を壊せるとなれば、かなりの難敵である。

 

 この情報を聞いた時は、あまりの自分(クロ)との相性の悪さに乾いた笑いが出たものだ。

 

 契約書があって本当によかった。

 

 そんなグレンの拳を見ても、『スカーレットムーン』は動じない。

 

 グレンの周囲を目にも止まらぬ速度で動きながら、ルージュは爆弾を投げ続ける。

 

 その速度は、もはやクロの最高速度を優に超えていた。

 

 グレンも爆弾を拳で防ぎつつ攻めるが、避けられている。

 

 爆弾の起爆は魔法によるものだが、火薬による爆発は魔法ではない。魔法として無効化できない以上は、その強靭な肉体で受けるしかない。

 

 一方のルージュの方も、疲れは見え始めている。ずっと素早く移動し続けられるわけではないのだろう。

 

 お互い限界まで力を出し切った上で、戦況が膠着しているのである。

 

 だが、両者とも隙を見せてなるものかと、攻撃の手を緩めることはない。

 

 さすがは、何度も戦っているだけのことはある。

 

 実は、この二人が戦うのは今日が初めてではない。そして、その結末はいつも決まっている。

 

「はぁ、はぁ。これで……終わりですわ……」

 

「なんの……、まだまだ……これからだね……」

 

 二人ともへろへろになりながら倒れる。いつも通りの見慣れた光景であった。

 

「今日も引き分けってことでよさそうだね」

 

 そういって倒れた二人に魔法薬を渡したクロは、その場を後にした。

 

 クロとの時間を取り合って、二人とも動けなくなる。本末転倒だが、クロにとっては大変ありがたい。

 

(お互いにとっても、良い刺激になるだろう)

 

 クロは呑気にそんなことを考えるのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 忙しくしているリアのことを聞き、クロはワーグの屋敷に向かっていた。

 

(何か差し入れとして、魔法薬とか渡そうかな)

 

 前に、ワーグから眠気覚ましの魔法薬を貰ったことがある。

 

 睡眠の魔法薬を誤飲したとき用の薬らしい。眠くて仕事に集中できないときにも重宝するとか。

 

 この薬があれば、リアの仕事も捗るはずである。

 

 とはいえ、義賊活動への援助として貰ったものを、友達の差し入れとして横流しするのも気が引ける。

 

 なので、魔法薬を友達に渡していいか、本人に直接聞くことにしたのだ。

 

「おお、クロか」

 

 屋敷に着いたクロは、オルターから声をかけられた。

 

「あれ、なんでオルターがここに? 確か『勇者の遺物』について調べてるって……」

 

「ワーグから打診を受けてな」

 

 オルターから事情を聴いたところ、グレンと例の剣にワーグが興味を示したらしい。

 

 最終的に、ワーグの元で『勇者の遺物』について調べることにしたそうだ。

 

「グレンの事例や異常に蓄積された光の魔力といい、この『勇者の遺物』は当時の勇者が使用していた剣と見ていいだろう」

 

「あんまり勇者のこと詳しく知らないんだけど、もしかしてとんでもないこと?」

 

 クロはその凄さにあまり実感が湧かず、首を傾げる。

 

「凄いなんてものじゃない。国外を見渡しても、こんな発見はないんだ。おそらく王族から貰える報酬は、平民が何代も遊んで暮らせるほどだろう」

 

 オルターは少し興奮しながら、クロに力説する。

 

 あれって、そんなに価値のあるものだったのか。

 

「それでだな。この剣の探索に大きく貢献したクロにも、分け前が与えられて然るべきなんだが……。お尋ね者のクロでは、受け取り方を工夫しなければいけない」

 

「……まあ私がいなくても、いつかは回収できてたかもしれないし。気にしなくていいよ」

 

 クロは、オルターの提案をやんわりと断った。

 

 貧民街が土竜街として生まれ変わったことで、弱者への施しの必要性もほとんど無くなってしまった。

 

 莫大なお金が手元にあっても、宝の持ち腐れなのだ。

 

 それなら、オルター達が研究に使ってくれた方がいい。

 

「しかし……」

 

「なら、今後も『ブラックムーン』への支援を続けてほしい。それで十分だよ。ところで、最近ウィンとはどう?」

 

 気遣うオルターに別の話題を振る。

 

「……フローレス家によく馴染めている。ただ、今回のクロの監禁事件をきいて、心配していた。今日ちょうど来ているし、会っていくといい。今もワーグと一緒に『勇者の剣』を調べているところだ」

 

「あれ? オルターは調査に加わらないの?」

 

「『勇者の剣』に興味が無いわけではないが、今の私の興味はグレンにある。光の魔力を扱ったグレンを調べれば、勇者についても知ることができる」

 

 オルターはそう言って、そのまま屋敷を出て行った。

 

 体を調べさせてほしいと、グレンに直談判しに行くんだそうだ。

 

 研究熱心のオルターに捕まるグレンのことを、クロは不憫に思うのだった。

 

 オルターの背中を見送り、ウィンとワーグの元へと向かう。

 

「あ、クロ。久しぶりですね」

 

 ウィンはクロを見るやいなや、剣をそっちのけで近寄ってきて挨拶する。

 

「ごめん、邪魔した?」

 

「いえいえ。ちょうど休憩したいと思っていたので」

 

 ウィンは軽い調子でクロに座るように促した。

 

 何やら思い悩んだ様子で『勇者の剣』の側にいるワーグとは対称的である。

 

「クロは、どうしてここに?」

 

「忙しいリアに、薬を差し入れできないかと思って。土竜街で何かあったらしい」

 

「土竜街の最近の事案というと……。おそらく、崩落で去った住人が行方不明なことについてでしょう」

 

「行方不明?」

 

 クロにとって、その情報は初耳だった。

 

 ウィンは、最近の事案を簡単に説明する。

 

 なんでも、崩落のときに去った住人に、『土竜商会』が呼びかけを行っていたらしい。

 

 貧民街の復興が広まるにつれて、行き場を失った人々が帰ってきたそうだ。

 

 しかし、それで戻ってきたのは、元々の住人の半数にも満たなかった。

 

 新しい居場所を見つけたのかと、調査をしてもそれらの人々の影はどこにもなかったという。

 

「今ではこの話は王宮にまで上がってきていて、調査の規模も大きくなっているはずなのですが……。全く手がかりがないそうです。」

 

「確かに、それは妙だね」

 

 貧民街の住人は、前々から横の繋がりがあった。

 

 だから崩落で去った住人も、ある程度まとまって行動しているはずだ。

 

 その足取りを追えないというのは奇妙な話である。

 

 二人で話し合っていると、ワーグがそこへやってきた。

 

「クロ、大事な話をしたいのだ。ウィンは少し席を外してほしい」

 

 ワーグは何やら思いつめた様子だ。

 

 素直に言うことを聞いたウィンは退出し、クロとワーグの二人きりになる。

 

「薬の件の話は、聞こえていた。吾輩からの支援は好きに使うとよい」

 

「ありがとう。それで大事な話って?」

 

 クロの問いかけに、しばらく言葉を考えていたワーグはようやく口を開いた。

 

「勇者と魔王の話については、どれくらい知っている?」

 

「おとぎ話については、少し聞きかじったくらいかな」

 

 曖昧な記憶を掘り起こして、クロはそう答える。

 

 クロが知っているのは、勇者と魔王が大昔に争っていたことぐらいだ。

 

 ワーグは、重苦しそうな雰囲気で話を続けた。

 

「……お主が魔王と同じ力を持っていると言ったら、信じるか?」

 

 そこからワーグは、教会のとある古い文献から判明したことを話しだした。

 

 かつて、世界を恐怖で支配した魔王。

 

 あの竜にすら匹敵、あるいは凌駕する力で軍勢を作り上げて、数多の国を滅ぼした存在。

 

 クロの魔法は、その魔王の力とを酷似しているのだという。

 

 もし全く同じものなら、クロの魔法は非常に危険なものということになる。

 

「でも、魔王と同じって決まったわけじゃ……」

 

 クロはワーグの言葉に反論する。

 

「もちろん、そうであればよい。だが、グレンの存在がある以上、魔王がこの時代に存在する可能性は高い」

 

 魔王と勇者は対となる存在らしい。

 

 かつての記録によると、魔王が恐怖を振りまいていた時代は、光属性魔法を使う者が勇者を担っていた。

 

 しかし、魔王が討ち果たされて以降、その光属性魔法を使う者はぱたりといなくなったそうだ。

 

 その光属性魔法を使うグレンが、再びこの時代に現れた。それを、ワーグは懸念しているようだった。

 

「未だ原因不明であるウィンの暴走の件もある。これを偶然とも言い切れん」

 

 ワーグは真剣な表情で、クロを見つめる。

 

「この話をしたのは、クロの意思を確認するためだ。教会に相談すれば、その力を調べることも、封じ込めることもできるかもしれん」

 

 ワーグによると、教会は『勇者の遺物』を多数所有しているという。

 

 魔王の力について何か対処できるかもとのことだ。

 

 だが、それはクロが危険物として扱われるということでもある。

 

 最悪の場合、一生教会の監視下であることも覚悟しなければいけない。

 

「教会にこの話を持っていく前に、自力でなんとかするという方法もある。『勇者の剣』を調べれば、教会に頼らずともどうにかなるやも……」

 

 ワーグの話は今後のクロの人生を左右するものだった。

 

 いきなり深刻な話を聞いて、クロは思わず押し黙る。

 

「すぐに返事をしなくてもよい。今後どうするか、時間をかけて考えてほしいのじゃ」

 

 ワーグはそう言って、話を切り上げた。

 

 話を聞き終えたクロは、半ば放心状態で帰路につく。

 

 去り際にウィンに心配されたが、とりあえず秘密にすることにした。

 

 とりあえずは、自分の頭で整理したい。

 

(魔王と聞いても、あんまり実感が湧かないなぁ)

 

 クロは自分の力が好きだった。

 

 誰かを助けられる夢のような力だと、今日までそう思ってきた。

 

 だが、危険なものであるなら、使うべきではない。

 

 ウィンの暴走の件は話には聞いていた。

 

 あの時のそれが自分のせいだったら? そう思うと思わず身震いする。

 

「……力を求めるか?」

 

 そんな声がどこからか聞こえた気がした。




 色々情報が出揃うと、矛盾してないか心配になる。
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