女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 ボルカという名前はvolcano(火山)から取っています。


30話 革命の火

「うーん……」

 

 落ち着いたルージュから事情を聴き、クロは頭の中で情報を整理する。

 

 自分(ルージュ)の父が、反乱を起こそうとしている。

 

 唯一それを回避する手段であった婚約者の選定も、期待できない上に時間もない。

 

 これが、ルージュの抱えている問題であった。

 

「私だけの手の負えないのは承知していたのですわ……。ですが、告発すれば扇動されている平民まで、罪に問われてしまう。そうなる前に、ヴァレッド家の中だけで解決したかったのです」

 

 ルージュ曰く、ヴァレッド家は大規模な平民の軍隊を秘密裏に有している。

 

 さらに、その平民のほとんどが、扇動によって国への憎悪を植え付けられてしまっているという。

 

 貧民街から消えた住人も、おそらくそこに含まれているだろうとのことだ。

 

「扇動された人たちを、説得するのは?」

 

「父は平民の不満を煽り、心を掌握しています。ここにいるのは、貴族に振り回された者たちばかり。そして、その不満が王族に向けられるのは、間違いとは言い切れないのです」

 

 クロの提案に、ルージュが首を振る。

 

 『杖』と『紋章』が貴族を暴走させたというのは、確かにその通りだ。

 

 その所有権を持つ王族を悪とするのも、ある意味では筋が通っているのかもしれない。

 

 嘘を崩すのは容易いが、本音を崩すのはそうはいかないだろう。

 

「本来は、首謀者である父への対処の後で、平民の不満を鎮静化させる方法を考えるつもりでしたの」

 

 深刻そうに、ルージュは項垂れる。

 

 謀反の計画について知ってから、悩んだ末に義賊『スカーレットムーン』としての活動を始めたらしい。

 

 父の考えを変えることを目標に、婚約者としての価値を高めようと試行錯誤していたようだ。

 

 その傍らで、同時にヴァレッド家派閥への妨害工作もしていたという。

 

 今までは軍備の進捗を抑えられていたそうだ。

 

 しかし、グラント家派閥の動きが、その計算を狂わせたとか。

 

「グラント家派閥の残党を取り込んだことで、予想を遥かに上回る速度で軍事力を拡大していますわ。このままでは、近いうちにでも反乱が起こってしまいますの」

 

 気が付いたときには手遅れだった、とルージュは暗い顔で語った。

 

「そんなに思い詰めることないよ。ルージュは頑張ってる」

 

「ですが、私が早くから告発していれば……」

 

 狼狽えるルージュの手を握り、クロは真っすぐをその目を見つめた。

 

「過去を気にするのは、全部片付いてからでいいんじゃない? 余裕のない時に後悔しても、反省には繋がらない」

 

 後悔していることなら、クロにもたくさんある。

 

 クロがウィンに正体を話すことを躊躇わなければ、テファニー・フォレスに隙をつかれることも無かったかもしれない。

 

 クロがグレンからの思いに鈍感でなければ、『土竜商会』の暴走も無かったはずだ。

 

 そんなクロだからこそ、ルージュの感情がよく分かる。

 

「とりあえず、面倒くさいことは後回しにしよう。今は、どうやって反乱を止めるかを考えるしかない」

 

「……了解ですわ。ですが、私では『紋章』に賭けるぐらいしか思いつきませんの」

 

 ルージュは知恵を絞るが、良い案が思い浮かばないようだ。

 

 クロの方もどうすればいいかなど、検討もつかない。

 

 頭の切れるレインかオルターに相談したいところだが……。

 

 今から戻っても二日はかかるだろう。

 

 それなら手紙か何かで知らせるとして、こちらの方で攪乱とかをした方がよさそうである。

 

「ルージュは、今までどうやって妨害工作をしてたの?」

 

「主に火薬をくすねたり、時には引火させて倉庫を駄目にしたり……。色々ですわ」

 

 潜入して武器をどうにかする。

 

 それなら、クロでも手伝えそうだ。

 

「師匠。こんなことに巻き込んでごめんな──」

 

「おっと。こういう時はありがとうって言うのだよ、レディ?」

 

 『ブラックムーン』のキザったらしい口調に、鬱々としていたルージュは初めてくすりと笑った。

 

 どうやら、少しは調子が戻ってきたらしい。

 

 弟子が笑顔でいた方が、師匠の方も元気が湧いてくるものだ。

 

 さて、今宵は『ブラックムーン』と『スカーレットムーン』の、初めての共同作業だ。

 

 『ブラックムーン』風に決めるなら、こんなところだろうか。

 

 ──ヴァレット家派閥の諸君には、黒と赤の共演する初舞台を、特と御覧に入れようではないか。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 地下に広がる鍛冶場で、椅子に座る男が一人。

 

 忙しなく武器や鉄材を持った人間が行きかうのをぼんやり眺めながら、ニーモ・グラントはため息をついた。

 

 グラント家派閥をなんとか維持するためにヴァレッド家へと取り入ったものの、どうにも様子がおかしい。

 

 武器製造の監督役を任されたニーモは、普段からここまで忙しいものなのだろうかと疑問に感じていた。

 

 夜になるというのに、平民の皆が眠ることなく勤勉に働き続けるというのは異様な光景である。時折聞こえてくる怒号からも、張り詰めた空気を感じ取れる

 

(まるで何かを急いでいるような……? 『紋章』の競い合いで優位に立つための、何かの作戦だろうか?)

 

 武力というヴァレッド家の長所を伸ばして、『紋章』の輝きを強める。

 

 そうすることで婚約者選定に優位に立つのが狙いだと、ボルカ・ヴァレッドからは説明を受けた。

 

 だが、この忙しさは、まるでこれから戦をすると言わんばかりある。

 

 そもそも、ここまでの金属加工の技術をヴァレッド家が有しているのも、ニーモは予期していなかった。

 

 地属性魔法を扱う貴族として、助言をくれてやろうと思っていたぐらいである。

 

 ところが、いざ来てみれば、平民の作業監督などというお世辞にも良い待遇とはいえない扱いだ。

 

 本来なら、そこで同盟関係を切ってもおかしくない対応である。

 

 ニーモは、自身の直観を信じてきた。

 

 グラント家の自分には、誰の味方になるのか最適が見極める力があるのだと。

 

 ここに来て、その自信も揺らぎつつある。

 

(私の見る目は誤っていたのか? このままヴァレッド家と手を組んでいてよいのだろうか)

 

 ボルカの方針は、最適な物とはとても言えない。

 

 今のヴァレッド家派閥が伸ばすべきは、武力ではない。武力をこれ以上伸ばしても、過剰なだけである。

 

 それより、グラント家派閥が手を貸すと言っているのだから、他貴族との繋がりと強固にするべきなのだ。

 

 それが分からないほど愚かではないはずだが……。

 

 迷っていたニーモは、結局考えることをやめた。

 

(何か理由があるはずだ。私には明かしていない何かが。今はまだ信頼を得ていないから、教えてもらえないのだろう)

 

 そう考えて、広大な鍛冶場の隅にいる監督役に徹する。

 

 しばらく、眺めていると視界の端に、鮮やかな色の髪をした少女がいることに気づいた。

 

 あのオレンジ色の髪は、確かルージュ・ヴァレッドだったか。

 

「これはこれは。ルージュ嬢ではありませんか。こんなむさ苦しい場所まで、よくぞ参られました」

 

「あら、ごきげんようですわ。ニーモ・グラント様」

 

 ニーモが声をかけると、ルージュは元気よく挨拶をする。

 

 小柄さも相まって、活発な子どもといったような印象を受けた。

 

 昔のリアも、思えばこのような時期があった気がする。

 

「お父様も酷いですわ。同盟を組んだ派閥の相手に、こんな……」

 

 ルージュの申し訳なさそうな顔に、慌てて口を開く。

 

「いえいえ。地属性魔法の者として何か手伝えることがあれば、と言ったのはこちらですので……」

 

「そうですの? 何かあれば、いつでも言ってほしいのですわ」

 

 ルージュの言葉に、ニーモはぎこちなく頷いた。

 

 どうにも娘ぐらいの年頃の女の子と話すことは、慣れない。

 

 思えば、リアとも碌に話をしていなかった気がする。

 

 妻との関係が冷たくなってから、自分のことばかり考えていた。

 

 リアを追放したのも、父親として罪を犯した娘と向き合うのが怖かっただけなのかもしれない。

 

「どうかされましたか?」

 

 心配そうな顔で、ニーモの顔を覗き込むルージュ。

 

「いえ、何でも……」

 

 ニーモが、そう返事しようとしたその時。

 

 地下の鍛冶場に、黒い煙が充満する。

 

「っ! 何かあったようですな。ルージュ嬢は急いで退避を。有害な煙かもしれません。私は急いで平民を避難させましょう」

 

 そう言い残して、ニーモは煙の元へと急ぐ。

 

 煙の発生源は、金属の加工を行っている場所であった。

 

 何らかの鉱物の粉塵であれば、地属性魔法で取り除ける。

 

 だが、これが地属性魔法の操作を受け付けない物であれば、吸引は避けるべきである。

 

 平民の中には最近連れてこられた者もおり、危険性を分かっていない者もいるだろう。

 

 治療用の魔法薬も、平民一人一人に使えるほどの余裕はない。

 

「煙の無い所で号令をかけろ。そこにいない者を確認したら私に報告するのだ」

 

 グラント家派閥から連れてきた貴族に声をかけると、ニーモは煙の中を双眼鏡で確認する。

 

 地下なので煙が充満して視界が悪いが、朧げながらも様子を確認できる。

 

 煙の発生源を双眼鏡で目視したニーモは、困惑の表情を浮かべた。

 

(あれは、煙玉か?)

 

 視線の先で黒い煙を噴出する謎の球。

 

 ニーモはその煙玉を見て、すぐさま義賊『ブラックムーン』のことを思い浮かべた。

 

 他貴族から共有した情報に、『ブラックムーン』の手口についての情報もあったはずだ。

 

 煙玉で黒い煙を発生させ、それに身を紛れさせる。

 

 『ブラックムーン』と断定はできないが、無視することもできないだろう。

 

 ともかくこの煙が何者かによる人為的な物である、ということは確認できた。

 

 これは、ヴァレッド家に対する妨害工作とみてよいだろう。

 

 ニーモは、報告のためにボルカ・ヴァレッドの元へと向かう。

 

 手ずから報告して恩を売れば、信頼獲得への一歩となるはずである。

 

 そう考えるニーモは、ふとリアの顔が思い浮かんだ。

 

 『ブラックムーン』の事案に首を突っ込んだ結果、リアは取り返しのつかない事態を起こすこととなった。

 

 そして、今の自分も同じように首を突っ込もうとしている。自身の選んだ道は、はたして正しいのか。

 

 そもそも、『ブラックムーン』は義賊である。もし『ブラックムーン』が妨害工作をしているなら、この件には何か裏があるのではないか? 

 

 脳裏に渦巻く疑惑を振り切るかのように、ニーモは足を速める。

 

(自身が最初に抱いた直観に、間違いは無い……はずだ)

 

 ニーモは気づかない。

 

 グラント家特有の嗅覚。即ち、肩入れする相手を見極める直感。

 

 それは、格上相手にしか機能しない。

 

 地属性魔法の真似事をする格下だと、ヴァレッド家を無意識に見下しているニーモでは、その嗅覚は働かないのだ。

 

 ニーモがその慢心に気づくのは、全てが後の祭りになってからのことである。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

(この混乱具合は、上手くいったっぽいな)

 

 クロは砦内の様子から、作戦が順調であることを把握する。

 

 ルージュは、地下の鍛冶場で騒ぎを起こすという役目をしっかりとこなしてくれたようだ。

 

 『ブラックムーン』専用の煙玉を渡していたので、それと得意の投擲でなんとかしたのだろう。

 

 混乱に乗じて、反乱を計画した証拠となる物を盗む手筈となっている。

 

 証拠さえ押さえれば、交渉の材料に使える可能性はある。

 

 ヴァレット家派閥も、反乱準備を事前に察知されたくは無いはず。

 

 証拠を元に金銭を要求するなどして出方を伺いつつ、フローレス家の兄妹が動ける時間を稼ぐ。

 

 レインとオルターなら、ヴァレット家派閥に悟られないように反乱へ対処する準備もできると信じよう。

 

 ついでにできる限り嫌がらせをして、更なる時間稼ぎもできれば望ましいのだが。

 

 そう思いつつ、潜んでいた天井裏から降りるクロ。

 

 この場所は、ボルカ・ヴァレッドの自室兼仕事部屋らしい。

 

 陽動のおかげで、すんなりと忍び込むことができた。

 

 先程まで人の気配があったが、慌ただしく出て行ったので今は無人である。

 

 ルージュの話によると、資料が置いてある棚には、仕掛けが施されているらしい。

 

 ボルカ以外が棚を開けようとすると、発火して資料が燃えるのだとか。火で証拠隠滅とは、なかなかしゃれている。

 

(そういう仕掛けを破ってこそ、『ブラックムーン』だからね)

 

 クロは影を介して、仕掛けを起動させずに資料を(あさ)る。

 

 しばらくして見つけたのは、少し前に捕まった海賊の船の図が描かれた資料だった。設計図か何かだろうか。

 

 あの海賊の船は、ヴァレッド家派閥が噛んでいたようだ。

 

 クロは、証拠の一つであるその資料を自身の影の中にしまう。

 

 他にも何やら色々な兵器の資料が散らばっているが、全てに目を通している余裕はない。

 

 竜の形を模したような図もあり、こんな時でも無ければじっくりと読んでみたいがそれも叶わぬ願いだ。

 

 他にも証拠が無いかを探そうとしたクロだったが、部屋に近づいてくる足音を聞きつけて天井裏へと退散する。 

 

 海賊との繋がりを明らかにできる物があれば、交渉に困らない。戦果としては十分だ。

 

「賊一人も満足に捕まえられんのか。グラントの名も落ちたものだ」

 

 独り言の内容からして、おそらくボルカ本人だろう。

 

 天井裏へと戻ったクロは、部屋に入ってきたボルカの様子を伺う。

 

 資料を漁る時にそこまで散らかさなかったので、忍び込んだことには気づかれていない。

 

 このまま立ち去ろうとしたクロだったが、ボルカの独り言を聞いて足を止める。

 

「まあ、()()の反乱の決行に狂いは無い。平民の部隊は囮に過ぎんのだ。武器の供給が多少間に合わなかったところで、問題はない」

 

 大問題である。

 

 自分に言い聞かせるようにボルカが溢した独り言は、到底無視できないものであった。

 

(明日!? 結構、慌ただしそうなのに!?)

 

 いくら何でも急ぎすぎでは無いだろうかと、クロは心の中で突っ込みをいれる。

 

 もしや、『土竜商会』による調査に焦っているのだろうか。

 

 どうするべきか、クロは迷って考えこむ。

 

 今晩帰ってしまえば、交渉する間もなく反乱真っしぐらである。

 

「……天井裏から失礼する。我が名は『ブラックムーン』。その反乱を少し待ってはくれないだろうか」

 

 考え抜いた末、クロはこの場で交渉することにしたのだった。




 『スカーレットムーン』は素早さと投擲が長所なので、周りの目を盗んで煙玉を的確に投げて騒ぎを起こすぐらいは余裕でやってのけます。
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