女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 グレンの一人称を少し変更しました。

 俺→オレ


32話 偽りの婚約

 王宮内にいる人々は、騒然としていた。

 

 全く婚約に興味を持っていなかったバーン王子が、選定する婚約者を自ら宣言したのである。

 

 王族は、人間への関心が薄い。

 

 その無関心は竜の化身の一族由来のものであり、歴代の王族も貴族たちが決めた婚約者を娶ってきた。

 

 過去に自ら婚約者を選んだ王族は、一人も存在しない。

 

 今回バーン王子がしっかりと意思表明をしたことは、前代未聞なのである。

 

 ただ、婚約者を選んだだけなら、皆ここまで騒ぐことは無かっただろう。

 

 バーン王子は変わり者のようだ、という程度で本来なら収まっていたはずなのだ。

 

 ──婚約者に選んだ相手が、世間を騒がせているあの義賊『ブラックムーン』でなければ。

 

 確かに『紋章』を宿している以上、婚約者の候補ではある。

 

 しかし、相手は素性も分からぬ賊の小娘。

 

 そのような卑しい者を、わざわざ婚約者に選ぶ必要などない。他に側に置く方法など、いくらでもあるのだ。

 

 臣下や貴族の一同は、首をひねった。

 

 バーン王子がどのような意図を持っているのか、様々な憶測が城内を飛び交う。

 

 そうこうしている内に、ついに噂の中心である『ブラックムーン』が姿を現した。

 

 平常時であれば侵入者を捕まえなければならないが、相手は婚約者でもある。

 

 皆が対応に困る中、黒い賊はズカズカとバーン王子に近づいていく。

 

「私を婚約者に指名したそうだな。どういう風の吹き回しだ?」

 

 目の前で立ち止まった『ブラックムーン』は、そう言ってバーン王子を見据えた。

 

「あの夜から、お前の顔が頭から離れん。婚約者として選ぶには十分な理由だろう」

 

 噂の答え合わせをするかのように、バーン王子は自らの思いを告げる。

 

 その言葉は好意を伝えるには、あまりにも不器用なものであった。

 

 もはや予測不可能な展開に、誰もが固唾を飲み込んで見守る。

 

「ここまでロマンに欠ける誘いは、初めてだが……。受けてやらなくもない。ただし、条件がある」

 

「聞こう」

 

 『ブラックムーン』の言葉を、バーン王子が承諾する。

 

「私のことを無罪放免にしてほしい。王宮を出入りするなら当然のことだな」

 

「いいだろう」

 

 バーン王子が頷くと、『ブラックムーン』は続けて条件を付けくわえる。

 

「条件は婚儀を3日後にすること。もし間に合わないとしても、なるべく早く準備してほしい」

 

「善処する。準備のために、王宮に滞在することも許そう」

 

 明らかに無茶な条件であるが、バーン王子は肯定を続けた。

 

 その様子は、傍から見ればもはや乱心しているのかと思えるほどである。

 

 婚儀の準備は、早急に行われた。

 

 フローレス家派閥とヴァレッド家派閥の協力あっての早さである。

 

 3日後をいう条件は達成不可能と判断され、5日後となる運びとなった。

 

 そして婚儀までの5日間、義賊『ブラックムーン』とバーン王子が行動を共にしているが度々目撃されるようになる。

 

 庭園やバーン王子の執務室など、様々な場所で二人は共に時を過ごしていた。

 

 二人の様子はどこかぎこちなくも、決して仲の悪い関係ではないことは見ていて明らかである。

 

 その関係性が噂として広がるにつれて、貴族たちは次第に新しい婚約者を受け入れ始めた。

 

 何より、最も有望だと思われていた婚約者候補であるレイン・フローレスが二人の関係を祝福していたのだ。

 

 そうなれば、もはや誰も咎めることはできない。

 

 以前から、『ブラックムーン』とフローレス家には何かしらの繋がりがあるのではと疑われていた。

 

 レイン嬢が『ブラックムーン』を推薦して、その繋がりによって間接的に権力を得ることを画策してもおかしくはない。

 

 それに、もし『ブラックムーン』に何の後ろ盾がないにしても、バーン王子の明確な意思に正面から反発するなどありえなかった。

 

 義賊の娘と共にいるときのバーン王子の威圧感を前にすれば、誰しもが目を伏せた。

 

 私の物に近づくなと言わんばかりに周囲を睨みつけるその眼は、宝に執着する竜そのもの。

 

 それに立ち向かおうとするなど、勇者か愚か者ぐらいだろう。

 

 二人の関係を邪魔しようとするものは、もはや王宮には存在しない。

 

 こうして婚約は、あっさりと成立したのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 人払いされた王宮の宝物庫で、上機嫌そうな声がクロの耳に入る。

 

「周りを出し抜くというのも、思いのほか楽しいものだ。義賊というのはこんな気分なのか」

 

 バーン王子はそう言って、クロの方に視線を向けた。

 

「まあ、近いかもね。それより私たちってうまく演技できてるのか?」

 

 不安そうな顔で、バーン王子に尋ねるクロ。

 

 婚約者の演技を続けて、クロ達は反乱までの時間稼ぎをしなければならない。

 

 一応この調子でいけば、とりあえず婚儀までは大丈夫だろう。

 

 なぜなら、ヴァレッド家との手紙のやり取りの結果、5日後の婚儀で暗殺をするということになったからである。

 

 猶予がほんの少し延びたというのは、嬉しい誤算だ。

 

 ──婚儀を早めるよう王宮の者に相談しているが、これ以上は難しそうだ。少しだけでも猶予を伸ばせないか。

 

 そう、ボルカ・ヴァレッドに掛け合った結果である。

 

 最終的な計画では、暗殺に失敗した場合はそのまま婚儀の場に奇襲をかけるらしい。

 

 5日後の婚儀に向けて、フローレス家派閥が反乱への対策を必死に用意してくれている。

 

 だが、それもクロとバーン王子の演技が見抜かれれば、全て水の泡である。

 

「演技が上出来かは知らん。俺も演技は初めてだからな。だが、普段の俺やクロを良く知る者など、皆無に等しい。素の状態に詳しくなければ、演技かどうか見破られることもないだろう」

 

 クロの不安を取り除くように、バーン王子はそう口にする。

 

 その言葉を聞いたクロは少し引っ掛かりを覚えた。王宮で一番偉い人のことが知られていない、というのも変な話だ。

 

「私なら分かるけど、バーン王子のことが知られてないの? 王子様なのに?」

 

「この国において、王族の意義はその身に宿す竜の力のみ。常人からすれば、竜など恐怖の対象でしかない。俺個人を知るのは、それこそクロやレインぐらいのものだろう」

 

 バーン王子は、無感情にそう言い放つ。

 

 その言葉はどこか諦めにも似た、投げやりな言葉のように感じた。

 

「……それじゃ、これまでの王族はずっと孤独だったってこと?」

 

「いや。王族は、人間に興味を示さないのが普通だ。孤独というよりは、孤高というべきか。孤独を感じているのは、変わり者の俺だけなのかもしれんな」

 

 自嘲気味にそう告げるバーン王子。

 

(……バーン王子のことを、もっと知りたい)

 

 クロは、バーン王子に一層の興味を持った。

 

 他人の心に踏み込むべきか少し迷ったが、それ以上にバーン王子のことが知りたい。そう思ったのだ。

 

「バーン王子は、どうして人間に関心を持っているの?」

 

 好奇心が勝ったクロは、バーン王子にそう尋ねた。

 

「……そうだな。少し、長くなるが……」

 

 バーン王子の言葉に、黙って頷くクロ。

 

 しばらくの沈黙の後、バーン王子は自身の過去を語りだした。

 

 その内容は、バーン王子の母親に関するものだった。

 

 元々は歴代の王族と同じく、バーン王子も人間に関心を持っていなかった。

 

 それが変わるきっかけとなったのが、バーン王子の母親だそうだ。

 

 その母親は、どうやら婚約者となることに不服であったらしい。

 

 滅多にないことだが、しがらみのせいから嫌々婚約者になってしまう者がたまにいるという。

 

 バーン王子の母親もそれに該当し、王妃となってからも夫や息子に対して心を開くことは無かった。

 

 息子であるバーン王子に対して、まるで臣下のように敬語で対応していたのだとか。

 

 それは、王妃に許された唯一の抵抗だったのかもしれない。

 

 ある日、バーン王子の父親が亡くなった。

 

 竜の力を宿す王族は、老いによってその力を制御できなくなる。

 

 完全に制御できなくなったとき、その体は炎に包まれて一瞬で灰となって消えてしまうらしい。

 

 制御できなくなる年齢には個人差があるが、バーン王子の父親は早い方であった。

 

 父親が死んで、バーン王子は母親に自由を与えることにした。

 

 人に関心を持たないバーン王子であっても、王妃が王族を疎ましく思っていることぐらいは理解していたのだ。

 

 王妃としての役目を終え、どこへ行ってもよい。

 

 行き場に困っているなら、場所も何もかも用意すると。

 

 そうバーン王子が告げた次の日、母親は自殺した。

 

 城の屋根から風属性魔法で自身を吹き飛ばし、高所から落下したことが死因である。

 

 竜の化身に嫁いだ者は、その子どもを身籠ることができるように魔力で体を強化されている。

 

 毒や刃物、高所からの自由落下など、生半可な方法では自殺などできない。

 

 ゆえに、風属性魔法によって落下速度を加速させて身投げしたのだ。

 

 地面に叩きつけられた遺体は原型をとどめていなかったが、大事そうに箱に入れられていた父の灰だけは確認することができた。

 

 後日発見された手記には、夫と息子である自分(バーン)への後悔と謝罪が綴られていた。

 

 バーン王子には分からなかった。

 

 拒絶しておきながらも、それを悔いて自害するという矛盾。

 

 王族を疎ましく思っていた母親が、なぜ最後は王族である夫の灰を大事に持っていたのか。

 

 その疑問をきっかけに、バーン王子は人間をよく観察するようになったのだという。

 

「母親の自殺の意図は、今でも分からない。竜の力を宿す俺には、永遠に分からんのかもしれんな……。クロには分かるか?」

 

「……私も親はいないからうまく言えないけど、その母親は家族を愛せない自分に苦しんでいたとか?」

 

 クロは家族というものを、知識では理解している。

 

 王族の話に一般的な家族の形を当てはめるのは良くないかもしれないが、やはり家族として歪と言わざるをえないだろう。

 

 二人の間にしばらく沈黙が流れたあと、バーン王子は重々しく口を開く。

 

「俺や父である王を愛せない苦しみか……。もしそうだというなら、こちらは何一つ求めていないというのに。愚かな女だ」

 

 クロは、その発言に困ってしまった。

 

 なんとなく、バーン王子の心が沈んでいるのは分かる。

 

 何とか元気づけたいところだが、言葉が見つからない。

 

「クロは竜の力をどう思っている? もし、この婚約が偽りでないなら……」

 

 バーン王子はクロへと何かを問いかけようと口を開いた。

 

 しかし、途中で途切れた言葉の続きは、いつまでたっても聞こえてこない。

 

 バーン王子自身も、何を聞きたいのか分かっていないのかもしれない。

 

「……もしバーン王子と本当に婚約するなら、きっとうまくいく。だって今のバーン王子は、私を見ているから」

 

 クロはそう言って、少し顔を赤らめた。

 

 その言葉に、バーン王子は頬を緩ませる。

 

「そうだな。クロのことばかり見ている」

 

 真っすぐとこちらを見つめるバーン王子に、途端に恥ずかしくなる。

 

「あはは……。これからの演技も、お互いのことを意識はしといた方がよさそうだね。嘘は真実と混ぜるとバレないっていうし。私のバーン王子への気持ちも、演技に乗せてみる!」

 

 慌ててクロは話を逸らし、宝物庫を足早に出た。

 

 宝物庫に来たのは、レインから『杖』を持ってくるように頼まれたからだ。

 

 既に『影拾い』で『杖』を回収したため、目的は達成している。

 

「……俺は、とっくに実践していたが」

 

 一人取り残されたバーン王子は、そう呟いてクロの後を追う。

 

 その言葉は誰にも届くことはなく、宝物庫の重厚な扉が閉まる音だけが響き渡った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 バーン王子とクロの婚儀が迫る中、レイン・フローレスは悩んでいた。

 

 反乱は止められない。であるならば、できるだけ速やかに事態を収束させることを目標とするべきだ。

 

 ルージュの要望通り、平民を傷つけずに無力化する秘策も考えついた。そのために必要な物もフローレス家派閥に用意させている。

 

 ヴァレッド家派閥では、銃という火薬を使った珍しい武器が扱われているらしい。

 

 だが、その銃でもバーン王子を殺せないことは、クロの持ち帰った武器で検証済。

 

 戦力や物資も十分に用意した。

 

 『土竜商会』にも協力を仰いでおり、平民とヴァレッド家派閥の貴族が相手なら勝算は十分にある。

 

 だが、相手の手札が、それだけのはずはないのだ。

 

 ボルカ・ヴァレッドは、あのバーン王子に勝てると踏んでいる。竜の力に勝てる算段をつけるなど、一体何を隠し持っているのか。

 

(計算外には計算外をぶつけるしかありませんね。最悪、クロの中にあるウィンを暴走させた何かを利用することも、視野にいれなければ……)

 

 そう考えるレインは、自身の手に視線を落とす。

 

 かつてそこにあったはずの『紋章』は、既に消失している。

 

 影を操るクロが全力を出すには、この光る『紋章』を消す必要がある。

 

 形式上であっても、バーン王子とクロが婚約した今ならそれが可能だ。

 

 そして、これにはもう一つ意味がある。

 

 その意味とは、ボルカ・ヴァレッドに『紋章』を確認させないことである。

 

 ヴァレッド家は自身の武力を、その『紋章』の輝きによって測っていたという。

 

 その仕組みに、よく考えたものだとレインは感心した。

 

 王族に取り込むことで婚約を結ぶ勢力が敵となることを防ぐ、という未来を『杖』によって予知させる。

 

 そして、その未来予知を逆手に取り、王族にとって脅威度の測定に利用する。

 

 これがヴァレッド家の『紋章』の使い方である。

 

 しかし、それを封じれば、向こうは軍備における羅針盤を失ったのと同義である。

 

 ルージュ・ヴァレッドの『紋章』も消えた今、これからの未来の変化に相手は対応できない。

 

 未来予知で、こちらの動きに勘づかれることもないだろう。

 

 一方で、レインには別の懸念点があった。

 

 この脅威度の測定という観点から、ヴァレッド家派閥以上に警戒すべき存在がいるのだ。

 

 かつてクロの宿していた『紋章』は、異常なほどまでの光を放っていた。

 

 当時のレインには、なぜそれほどまでに光を放つのか分からなかった。

 

 だが、もしそれがクロを脅威と捉えた『杖』によるものなら……。

 

(クロの内にある何かを利用することは、本当に正しいのでしょうか)

 

 悩み続けるレイン。

 

 その顔は、いつまでも晴れることなく曇っていた。 




 恋愛描写が下手くそで本当に申し訳ない。

 
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