女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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33話 前夜

「クロ、明日はどんな格好をしていくんですか」

 

「え?」

 

 レインの問いかけで、クロの素っ頓狂な声が王宮に響き渡る。

 

 反乱の前夜だというのに、随分と呑気な話ではないだろうか。

 

「……言っておきますが、嫌になって計画を投げ出したとかではありませんよ」

 

「それは分かってるけど。レインにしては珍しいなと思って」

 

 フローレス家は合理性を重んじる貴族だ。

 

 姿など、そこまでこだわるのだろうか。

 

「顔に出てますよ、クロ。確かに私はそこまで派手に着飾っていませんが、オシャレをしないわけではありません」

 

 そう言って、レインは自身の髪留めを外す。

 

 髪留めは、見事な細工が施された金属に水色の宝石が埋め込まれていた。

 

「へー。何というか、美しいってかんじだ」

 

「他人事のように言ってますけど、あなたも明日はその美しい姿になるんですからね」

 

 予想だにしなかったレインの言葉に、クロは耳を疑った。

 

 てっきり、いつもの黒装束で明日に臨むものだと思っていた。

 

「そんな、この恰好でいいのに……」

 

「駄目です。演技に観客を夢中にさせるためには、舞台の細部までこだわりぬかなければ」

 

 レインの言い分も分かる。

 

 敵を欺くには、どんなことにも手を抜けない。そういうことだろう。

 

「まあ適当に見繕ったやつを着ていくよ」

 

 その言葉に、なぜかレインは眉を吊り上げる。

 

「クロ、ドレスを選ぶ心得というのは何か分かりますか」

 

 レインと何度かのお茶会を経ているクロは、話が長くなることを予感した。

 

 話に熱が入ると、レインはたまにこうなるのだ。

 

「心得か……。やっぱり高価なものとか」

 

「違います」

 

「キラキラしてるとか、肌が露出しているとか」

 

「それも違います」

 

「分かった。肌が透けて見えるやつでしょ。それも全身」

 

「大間違いです。……というかそんな知識をどこで知ったのですか。悪趣味な貴族が愛人に着せるようなやつですよ、それ」

 

「……あはは、どこだっけな」

 

 半目で呆れるレインに、クロは笑って誤魔化す。

 

 グレンとリアに着させられたなんて、言えるわけがない。

 

 その後、問答をしばらく繰り返したが、クロが正解にたどり着くことは無かった。

 

「時間切れです。といっても、クロが挙げたものも完全な間違いというわけではないのですが」

 

 難しい話を聞くモードに入ったクロは、レインの言葉に耳を傾ける。

 

「それで、ドレスの真髄って?」

 

「そんなに大層なものでもないのですが……。自分がそれを着て、調子が上がるもの。これが答えです」

 

 レインによれば、美しさによる自己肯定感の上昇こそが、着飾ることの本質らしい。

 

 自分の芯をしっかりと持つのも、品位の一つだとか。

 

 まさしく美の哲学ともいえるような熱い演説である。

 

「でも、私なんか、別に似合うドレスなんてないだろうし」

 

「それは、まだ見つかってないだけです。王宮をなめないでください。あなたを輝かせる服など、いくらでもある」

 

 レインに手を引かれて、クロがたどり着いた場所は部屋中にドレスが置かれている場所だった。

 

 色とりどりのドレスに、目をチカチカさせるクロ。

 

 どんなに富を蓄えた悪徳貴族であっても、ここまで派手な部屋は無かった。

 

 レインはクロの顎を軽く持ち上げて、目を覗き込む。

 

「例えば、あなたのその眼。素朴な風貌とその奥にある黒い瞳の美しさは、確かにそれだけで魅力的ではある」

 

 面と向かって言い放たれた誉め言葉に、クロは照れて顔を逸らす。

 

 もしかして、自分は今口説かれてるのか。そう錯覚してしまうほどの言葉である。

 

 悪い気はしない。

 

「でも、まだ上がある。その高みに、登らせてあげましょう」

 

 鋭い眼光を放ちながら部屋のドレスを見繕っては、クロにそれを着せていくレイン。

 

 為されるがままのクロは、レインに聞かれるままに感想を述べていく。

 

 クロの言葉を分析して服や装飾を微調整する様には、手を叩かざるを得ない。

 

 みるみるうちにドレスアップされていく自分の姿に、クロはもじもじとしながら呟いた。

 

「綺麗だけど……。こんなに浮かれてていいのかな」

 

 明日になれば、反乱がおきる。当然血も流れるだろう。

 

 その前日の夜が、こんなに楽しいものでいいのだろうか。

 

 そんなクロの迷いを、レインは一蹴した。

 

「大いに浮かれてください。それが敵を欺くことに繋がるのですから」

 

「でも……」

 

 両手にドレスを持ったレインが、クロの目を真っすぐと見据える。

 

「クロ、あなたは自己肯定感が低すぎます。これから先、少しずつそれを変えていくべきですね。私も力添えしますので」

 

 自己肯定感。確かにそれはクロに欠けているものかもしれない。

 

 義賊としてではなければ、どうしても一歩後ろに引いてしまう自分がいる。

 

 ウィンとの仲直り以降、意識をするようにはなったはいいものの、未だに変わっていない。

 

 だが、こんな自分と共に進んでくれる友人に囲まれている。

 

 そんな今を、クロは大切に思っていた。

 

「ありがとう。レイン」

 

 この身が仲間と共にある限り、自分を大切にする。皆が自分を大切にしてくれたように。

 

 それがクロにできる最大限のお返しである。

 

「そうと決まれば、もっと詰めますよ」

 

 レインとクロは、徐々にドレス選びに夢中になった。

 

 息抜きは、悪いことではない。

 

 しかし、時間が過ぎるのも忘れて没頭し続ければ、止められるのは必然である。

 

「こら、二人とも何をしてるんですか! 明日は忙しいんだから、今日はもう寝ますよ!」

 

 やってきたウィンの声で、二人はドレスに埋もれた部屋を片付ける。

 

 結局、目移りばかりしてどれを着るかは決まっていない。

 

「そうだ、ウィンはどの色のドレスが似合うと思う?」

 

「当然、黒いドレス一択です」

 

 やや食い気味の有無を言わさぬウィンの言葉に押されて、クロは黒いドレスを手に持って鏡を見る。

 

 結局のところ、これが一番しっくりくる気がする。

 

「じゃあ、これにしようかな」

 

 こうして、『ブラックムーン』大好き人間の鶴の一声によって、ドレス選びはあっけなく結末を迎えた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 王城の外周を歩いていたバーン王子は、見知った気配を感じて足を止めた。

 

「そこの衛兵、こちらへきてもらえるか」

 

 物陰に衛兵を誘導したグレンは、周囲に人の目が無いかを探った。

 

 会話が聞かれることは、無さそうである。

 

「首尾は上々ですよ。バーン王子」

 

 顔に嵌まった仮面の魔道具を外したグレンは、そうバーン王子に告げた。

 

 グレンが衛兵に扮しているのは、『土竜商会』の手の者を城の中に忍ばせるためである。

 

 明日の反乱を抑え込む上で、こうして協力してくれる者がいるのは素直にありがたい。

 

「かなり大胆な動きだが、よくバレなかったものだ。その仮面のおかげか」

 

「ええ。クロから貰った変装の魔道具です。便利ですね、これ。用心棒全員に欲しいぐらいです」

 

 グレンが手にした仮面は、近くで見ても作り物と分からない。

 

 ワーグという者が作った魔道具という話だったが。

 

 水属性と地属性の合体魔法によって、粘土のように変形させることができるようだ。

 

「もし、この魔道具が普及すれば、国は大混乱だ。高度すぎて量産できないのが救いか」

 

 こんなものがあると知れ渡ったら、喉から手が出るほど欲しがる貴族は山ほどいる。

 

 潜入において、これほど都合のいい魔道具はないだろう。

 

 これを巡って血が流れても、なんら不思議ではない。

 

「慎重に取り扱います」

 

「ぜひ、そうしてくれ」

 

 少し脅かしてしまったかと、バーン王子は後悔する。

 

 緊張した空気を流そうと、話題を切り替えた。

 

「困ったことがあれば、協力するが」

 

「……そうですね。うちの用心棒たちが何か食べたいとうるさいんです」

 

「分かった。食糧庫から指定の場所に運ばせよう」

 

 頷くバーン王子だったが、グレンは首を振った。

 

「あー、逆です。食べ物が無いって伝えてほしいんです」

 

「ほう?」

 

 グレンは心底呆れているという様子で、『土竜商会』の用心棒たちについて話し出す。

 

「携帯食料を食べたのに、もっと食べたいってうるさいんですよ。王城だから美味しい物食わせろって」

 

 どれだけグレンが言って聞かせても、口を閉じないらしい。

 

 このようなやり取りができるのは、信頼関係のなせる業だろう。

 

 軽口を叩ける関係とは無縁に近いバーン王子は、その関係をうらやましく感じた。

 

「ずいぶんと肝が据わってるようだ。頼もしい限りではないか」

 

「リアに甘やかされてるんですよ」

 

 リア──元グラント家の令嬢にして、現在の『土竜商会』のトップである。

 

 追放された状態から、よくそこまで這い上がったものだ。

 

 上に立つ者の在り方として、バーン王子にも見習うべき点がある。

 

「良い仲間を持っているな」

 

「バーン王子には、いないんですか?」

 

 その言葉に、バーン王子は無言で考える。

 

 少し前なら、いないと答えていただろう。

 

 自分と対等になれるものなど、存在するのだろうか、と。

 

 誰よりも強いバーン王子は孤独といってもいい。仲間などできるはずがない。

 

 だが、人間と関わる中で、それは違うのだと思い知らされた。

 

「支えようとしてくれる者や、支えたいと思う者はいる。その者たちが仲間だ」

 

 断言するバーン王子の心に、迷いは無かった。

 

「なら、オレも仲間ですね」

 

 そう言って、グレンは手を前に差し出す。

 

 バーン王子は、その手を固く握り返した。

 

「せっかく王城に来たのだ。やはり、何か豪勢なものでも食べさせてやれ」

 

「……まあ、バーン王子がそう言うなら仕方ないですね。全く、下の奴らに甘い奴ばっかりだ」

 

 そう皮肉をいって笑い、グレンはその場をあとにした。

 

 本当は、あの者も食べさせたかったのだろう。それを仕事中だからと厳しく接していたのだ。

 

 だが、あのような厳しい側面も、物事には必要不可欠だ。

 

 此度の反乱において、ルージュ・ヴァレッドの要望を汲んで平民は極力殺さないことになっている。そして、それがどれだけの無理難題かもバーン王子は理解している。

 

 甘い裁定であることこの上ない。全員殺してしまえば、どれほど楽か。

 

 しかし、その甘さこそ、初めてバーン王子に生まれた願望でもあった。

 

 人間と距離を置き、国の防衛機構に徹する。そんな厳しい王族の統治では、限界があったのだ。

 

 平民たちの憎悪を受け止めた上で歩み寄り、新たな関係を模索したい。そう、バーン王子は願っていた。

 

 幸運なことに、それを為せる力と支えてくれる仲間もいる。

 

(夢物語あっても、理想を追い求める。クロがそうしたように)

 

 そう誓いながら、バーン王子は王宮を振り返った。

 

 以前までノイズとして認識していた王宮の中の喧噪は、今となっては人間という宝が織りなす無数の価値として全てを愛おしく感じる。

 

 一層強く届く黒い少女の声に目を細めながら、バーン王子は夜風に身を預けた。

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