女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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36話 切り札

 王宮の屋上から空を見上げるレインは、汗だくになった額を拭う。

 

 魔法で自身の周囲に冷水を作り出しているが、それでも熱気を防ぎきれない。

 

 クロが船内へと潜入してから、バーン王子は船からの攻撃を凌ぎ続けている。

 

「『竜炎(りゅうえん)』」

 

 空から降り注ぐ炎を相殺しつつ、隙を見てに炎を船へとぶつけるバーン王子。

 

 しかし、決定打を与えている様子はなく、一向に戦いの終わりが見えてくることはない。

 

 バーン王子の炎を受けきるあの船体。なるほど、王族へ謀反を企てるだけのことはあるようだ。

 

 竜の炎に耐え切る上に、それと同等の攻撃能力を有しているのだから驚きである。

 

「王宮の中の様子はどうだ?」

 

 バーン王子の問いに、レインが返答した。

 

「敵の無力化には、ほぼ成功しました。ですが、残党の可能性も拭いきれません。平民の保護もまだのようです。また、捕らえた敵の貴族を兄が尋問していますが、役に立ちそうな情報は……」

 

 現在のグレンは、王宮内の安全確保に奔走している。残党を警戒しているため、『土竜商会』による平民の保護も思うように進んでいない。

 

 船の情報を聞き出そうと敵の貴族を尋問しているオルターも、大した成果を得られていないようだ。

 

 手荒なことをしても口を開かないことから、王宮に突入してきた者たちには情報が与えられていないのかもしれない。

 

 加えて、あの船の攻撃対象が王宮であることも問題である。中に人がいる限り、バーン王子が王宮の防衛から離れられないのだ。

 

 このままでは、防戦一方である。

 

 クロだけに任せるのは、合理的ではない。別の手も考えなければ。

 

 レインが思案していると、ウィンがちょうど空から戻ってくる。

 

「私一人では、やはりどうにもできませんでした。こちらの状況は?」

 

「守ってばかりで、攻め手に欠けているのが現状です」

 

 肩を落とすウィンに、レインは手短に情報を伝える。

 

「王宮への攻撃がなければ、俺が直接攻撃しに行くのだがな」

 

 船から目を離さずに、バーン王子はそう呟いた。

 

 尋問から戻ってきたオルターは首を振っており、戦況を変えるような情報は得られなかったようだ。

 

 皆が考え込んで口を閉じる中、レインは覚悟を決めたように口を開く。

 

「一つ考えがあります。ただし、この策が使えるのは一度きり。そしてその策が失敗すれば、しばらく私は気絶して使い物にならない」

 

 レインの言葉に、オルターを除く全員の視線が集まる。

 

「船からの炎は、オルター兄様と私が防ぎます。防げるのは、おそらく数発のみ。その間にバーン王子は、船に直接攻撃してください」

 

「フローレス家が水属性魔法に秀でているとはいえ、あの炎は俺の『竜炎』に匹敵する。容易に打ち消せるものではないが……」

 

 バーン王子が苦言を呈する。

 

 あの炎を防ぐという前提は、二人係であっても到底なしえないことだ。

 

 だが、レインには奥の手がある。

 

「確かに不可能に近いでしょう。ですが、それを可能にする物が一つだけあります。この、クロの魔力を抽出した魔法薬です。その効果は暴走」

 

 レインが取り出したのは、真っ黒の液体が入った瓶だった。

 

 魔法薬の効果に、暴走を経験したウィンが反応する。

 

 当然、バーン王子にも心当たりがあるようだ。

 

「以前のあれか。……魔法の出力を、暴走によって大幅に底上げする。それなら、あの火への対処も可能だろう。だが、制御できるのか?」

 

「それについても解決済みです。オルター兄様が合体魔法で割り込んで、暴走する私から制御権を奪う。この方法なら、強力な合体魔法を炎にぶつけられます」

 

「失敗の危険性はどうなんですか?」

 

 疑問を投げかけるウィンに、オルターが補足する。

 

「既に何回か試して成功している。暴走状態について、未だ判明していないことも多いが……。仮に制御できなくなった場合は、即座に対処する準備はしてある」

 

 そういってオルターが持ち出したのは、椅子と枷だった。

 

 あまりの力技である解決手段に、一同が沈黙する。

 

 レインとて、あまりいい気はしない。

 

 しかし、原始的な手段のこれが、結局のところ一番合理的である。

 

 魔法薬というのはあまりにも毒々しい見た目の液体を、躊躇なくレインは飲み干した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 レインの様子を見守るバーン王子は、膨れ上がる魔力を感知して瞠目する。

 

 果たして、暴走の魔法薬とはどの程度のものなのか。

 

 オルターが手早くレインを椅子に座らせて、金具で体を固定していく。体が暴れ出さないようしているのだろう。

 

 薬を飲んで間もなく、レインの様子に変化が現れ始めた。

 

 震えながら白目をむき、目からはとめどなく黒い涙があふれ続ける。

 

 喉の奥から声にならない悲鳴が漏らしながら、レインは金具に抵抗してガチャガチャと音を鳴らした。

 

 思わず、バーン王子は声をかける。

 

「これは……大丈夫なのか」

 

「大丈夫です。『不可視の心臓(インビジブル・ハート)』」

 

 オルターは速やかに魔法を発動して、レインの肩に手を乗せる。

 

 するとレインの震えは止まり、止まらない黒い涙以外は寝静まったかのように安静に落ち着いていった。

 

「準備はこれで完了です。暴走も問題なく制御できている。バーン王子は船に接近する準備を」

 

 魔力をレインと同調させたオルターが、迎撃の準備をする。

 

 あの船の攻撃頻度を考えるなら、もうそろそろ攻撃が来てもおかしくない。

 

 バーン王子がそう考えるのと同時に、船の先端に揺らぎが集中していく。

 

 攻撃の予兆を察知したオルターは、魔法を起動した。

 

「『大水砲(ウォーター・ブラスト・キャノン)』」

 

 魔法の起動と共に形成されていく、黒く濁った巨大な水の球体。

 

 敵が炎を放つのと同時に、その水の球体から怒涛の勢いで水が発射された。

 

 まるで天と地を繋ぐ柱のように、衝突した水と炎は拮抗し続ける。

 

 だが、ついに水が炎を飲み込み、水しぶきだけが空から降り注いだ。

 

「この調子なら数発は問題はないはず。今のうちに!」

 

 そのオルターの言葉に、ウィンはバーン王子を連れて出発する。

 

 雲を突っ切ってなお上昇を続けたウィンとバーン王子は、ついに上昇できる限界ギリギリの高度まで到達した。

 

「本当にこの高さから落として、大丈夫なんですね?」

 

 自分たちの遥か下に見える船の姿を確認し、ウィンはバーン王子に視線を向ける。

 

「こちらはこちらでなんとかしよう。いつでも落としてくれて構わん」

 

「……ではいきます。『嵐の槌(ストーム・ハンマー)』」

 

 ウィンが振り下ろした魔法の勢いのまま、バーン王子は地上へと急降下した。

 

 一瞬前まで豆粒ほどの大きさだった敵の船が、みるみるうちに大きくなっていく。

 

 自分が未だかつて体験したことのない速度の中で、バーン王子は不適に笑う。

 

 他人と協力して全力以上の攻撃を繰り出すことに、好奇心が抑えられない。

 

 敵は竜の炎にも負けない耐久力、相手に不足はない。

 

「『竜炎爪(りゅうえんそう)』!」

 

 バーン王子は落下の勢いを乗せたまま、燃え盛る右手を繰り出した。

 

 狙うは、攻撃を放っていた船の先端。

 

 灼熱の腕は、船の正面をえぐり取りながら突き進む。

 

 焼け焦げた攻撃の跡が刻まれると共に、船から金切声のような音が響く。

 

 船を引き裂いた音か、あるいは船そのものが発する悲鳴か。

 

 それを聞き届けながら、バーン王子は地面へと落下していくのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「ルージュ、目を覚ますんだ!」

 

 正気を失ったルージュを躱しながら、クロは必死に呼びかける。

 

 声を呼び掛ける度にルージュの動きが精細さを欠いているので、声が届いていないわけではないはずだ。

 

 それでも、ルージュの攻撃は止まらない。竜から意識を乗っ取り返すのは、容易なことではないということか。

 

 竜と一体化しているというだけあって、一撃一撃が非常に重い。

 

 『影潜(かげひそ)み』や回避で直撃は避けれているが、隙もほとんどないので防戦一方である。

 

 加えて、先ほどからボルカが銃で狙ってくるのも厄介だ。

 

 影の魔法で銃弾は防げるが、ルージュの攻撃を捌くことへの集中力が乱されてしまう。

 

 それを見るボルカは、さぞかし楽しそうな様子である。

 

「先ほどまでの威勢はどうした、『ブラックムーン』?」

 

 そう告げるボルカは、もつれ合うルージュ諸共(もろとも)クロへと銃を撃ちこむ。

 

「……っ!」

 

「こうしている間にも、王宮への攻撃は続いている。貴様が死ぬのとバーン王子が死ぬのと、どちらが早いだろうな」

 

 そう言って、クロを煽るボルカ。

 

 ボルカの表情は、自身の勝ちが揺るぎないと信じ切っている顔だった。

 

「……それはどうかな。バーン王子なら、やってくれるだろうさ。あんたがこの船を信じるように、私はバーン王子を信じている」

 

「王宮を捨てて攻め込む判断もできぬ、あの愚か者を信じるだと? 馬鹿め。むしろ、あのような俗物の代に生まれたことに、感謝したいぐらいよ!」

 

 クロの信じるという言葉に、ボルカはふんと鼻を鳴らす。

 

 そうして、ボルカが装填し終えた銃を再びこちらに向けたその時。

 

 とてつもなく大きな揺れが、船を襲った。

 

 同時に響く耳をつんざくような悲鳴が、船の中を反響する。

 

 その悲鳴は、先ほど船に埋め込まれていたルージュに触れた時の比ではない。

 

「な、なんだ! 一体何が……」

 

 ボルカが狼狽える一方で、クロは絶好の機会が到来したことを見逃さなかった。

 

「『影攫い』」

 

 隙をついて、クロはルージュを影へと強制的に引きずり込む。

 

 これは魔力消費も激しいが、落ち着いてルージュに言葉を投げかけるにはうってつけだ。

 

 自分と共に影に入ったルージュを、クロは後ろからそっと手を回す。

 

「戻ってこい、ルージュ」

 

 ぎゅっと抱きしめて、クロはルージュへと呼びかけ続ける。

 

 弟子が戻ることを祈りながら、何度も何度も。

 

 誰の邪魔も入らぬ心地よい暗闇で、クロの言葉だけがルージュの耳へと入っていく。

 

 そうしていく内に暴れていたルージュは、次第に大人しくなった。

 

「師……匠……」

 

 少し人間的な呻きを漏らしたことをしたことを確認し、クロは魔法を解除する。

 

「そこか!」

 

 影から出た瞬間、クロへと放たれる弾丸。

 

 クロがそれを回避する前に、横から伸びてきた腕にその弾丸は防がれた。

 

 オレンジ色の髪をクロが認識する間もなく、その腕の持ち主はボルカへ距離をつめる。

 

「……がっ!?」

 

 気が付いたとき、ルージュの腕はボルカの腹を貫通していた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 師匠でさえ認識できない動きを披露したルージュは、無表情だった。

 

 人前で明るく振舞う普段の自分からは、完全に切り離された全く別の自分。

 

「……お父様、伝えたいことがありますの」

 

 静寂に包まれた中、ルージュはボルカの耳元で言葉を紡ぐ。

 

 とにかく手短に。命が尽きるその前に。

 

「どれほど邪悪でも、私はお父様を信じたかった。その結果がこれです。……私も同罪ですわね」

 

 ルージュが父であるボルカを本気で攻撃したのは、これが初めてだった。

 

 なけなしの体力で放たれた渾身の拳は、生暖かくどろりとした血の感触を嫌で実感させる。

 

 自身の甘さを殺意で上書きして、全てを諦めてやっと踏み出せた裏切りの一歩。

 

 ルージュは、父親を見限った。今まで向けた情を、全ては嘘なのだと言い聞かせて。

 

 そうでなければ、正気に戻ったあとに躊躇せずに父を殺害することはできない。

 

「あなたがそうでなくても、私は家族として愛していましたわ」

 

 ルージュはそう言って、腕をボルカの腹から引き抜いた。

 

「……この船の揺れ具合だと、墜落するかもしれない。急いで離脱しないと」

 

 クロの言葉に、名残惜しそうにしつつもルージュは倒れたボルカに背を向ける。

 

 その場を後にした二人は、無言で船の甲板まで駆け抜けた。

 

 船に残ったヴァレッド家派閥の貴族は、戦意喪失したのか廊下で蹲っている。

 

 残念ながら、道中にいた彼らに手を差し伸べる猶予は無さそうだった。

 

 ルージュは、促されるままにクロの影に入る。

 

 それとほぼ同時に、船は地面へと衝突し轟音と共に爆発した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 クロが影から出たとき、そこは一面が炎であった。

 

 燃え盛る船の残骸が散らばり、肉の焦げたような臭いが鼻につく。

 

 結局、船に平民がいたのかも分からない。

 

 貴族ばかりを見かけたが、もしかしたら平民もいたかもしれない。

 

 また、貴族の中にも、無理やり従わされていた者がいた可能性もある。

 

 攻撃を仕掛けられたとはいえ、救えない命があったことにクロは心を痛めた。

 

 墜落した場所が人の住んでいない森の中だったのが、不幸中の幸いだろうか。

 

 そんな炎に囲まれた中を、クロとルージュは歩き続ける。残骸から離れたところに到着して、ようやく座り込んだ。

 

 しばらくすると、そこへバーン王子が合流する。

 

 二人は、一通り事情を説明した。

 

「よくやってくれた。クロの働きが無ければ、竜の船はまだ動いていたかもしれん」

 

 事情を聴いたバーン王子の誉め言葉に、クロは照れくさそうに頬を掻く。

 

「それにしても、竜を蘇らせようとしていたなんて……。同じヴァレッド家であったのに、何も知りませんでしたわ」

 

 申し訳なさそうにするルージュ。

 

「まあ、解決に取り組んだから、そんなに気に病まなくても……。とりあえず、全部終わったってことでいいんだよね?」

 

 クロはルージュを励ましながら、肩の力を抜く。

 

「いえ、反乱に利用された平民の処遇がまだですわ。その他にも、王宮の修復や被害の確認など、問題が山済みですの」

 

 ルージュの言葉に、クロはげっそりとした顔でため息をつく。

 

 そんな二人の様子を微笑まし気にを眺めていたバーン王子だったが、突如険しい顔つきで辺りを見回した。

 

「待て、魔力の流れがおかしい」

 

 バーン王子の言葉に、二人も周囲を警戒する。

 

 魔力の流れというのが分からないクロであっても、周囲の様子がおかしいことに気づき始めた。

 

(船の残骸から出ている炎が、どこかに向かっている?)

 

 クロの目から見ても、炎が燃え広がらずに集まっていく光景は異様だった。

 

 炎はみるみるうちに一か所へと収縮し、そこに船の残骸や草木など様々な物が集まっていく。

 

「……二人とも、王宮まで今すぐ退避できるか?」

 

 バーン王子の言葉に、クロは首を振る。

 

 船でルージュの相手をするのに、体力も魔力も相当使ってしまった。退避できるほどの余力はない。

 

 ルージュの方もかなり消耗しているのようで、バーン王子の質問に首を振って返答する。

 

「ならば、警戒を怠らずに距離を取れ。あれが竜なら、俺でも庇いきれるか分からん」

 

 そう言ってバーン王子は、前を見据える。

 

 船の残骸や土木などを取り込んだデコボコの球体は、瓦礫の塊としか言い表せない。

 

 しかし、軋みながらうねる瓦礫の一部は、力強い確かな生命力を印象づける。

 

 咆哮をあげたその球体は、翼を広げて竜のような形をした何かになった。




 バーン王子の攻撃が致命傷となって、ルージュを引きはがしたのがとどめとなった。

 船が墜落した原因はこんなところです。
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