女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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今回は短いです


38話 魔王復活

 半壊した王宮の広間で、オルターは目の前にいる存在から目を逸らせずにいた。

 

 その存在とは、竜を圧倒できるほどの力を見せたクロである。

 

 先ほどの不格好な竜は、船の残骸から現れたという個体だろう。ルージュ・ヴァレッドの持ち帰った情報と一致している。

 

(バーン王子でさえ防戦一方で、クロが命を懸けて時間稼ぎをしていたという話だったが……)

 

 オルターは、竜のあっけなさに拍子抜けする。

 

 城に突っ込んできたかと思えば、あっという間に退治されてしまった。

 

 だが、決して状況が好転したわけではない。

 

 絶大な力を持った竜を、あっさりと処理してみせた恐るべき力。

 

 それを持った相手が、こちらを敵意を持った目で睨みつけているのだ。

 

「グレン、いざという時はクロを頼めるか」

 

「ああ」

 

 オルターの言葉に返答したグレンは、地面から引き抜いた剣を構える。

 

 『勇者の剣』を装備したグレンであっても、全力でかかって一か八か通用するかというところだろう。

 

 交戦になった場合、手加減をできるような相手ではない。

 

 しかし、戦力差が歴然としているにもかかわらず、なぜかクロは動かなかった。

 

 明らかにこちらに敵意を持っているようだが、警戒からか襲ってはこない。

 

(なぜだ? 竜を下せる力があるのなら、簡単にこちらを制圧できるはず)

 

 クロの姿をした何かから注がれる『勇者の剣』への視線に、オルターの思考が加速する。

 

 確かにグレンはバーン王子の強さの領域に片足を突っ込んいるとはいえ、竜そのものと比べれば些か劣る。

 

 光属性の魔力を警戒しているとしても、相性を覆せるだけの戦力差は開いていそうなものだが……。

 

 竜よりも恐ろしい存在でありながら、『勇者の剣』を忌避する。

 

 それは、まるで──魔王のようではないか。

 

 オルターは、その考えをありえないと一蹴しようとする。

 

 しかし、竜より強い存在と言って思い浮かぶものなど、それしか今のオルターには思いつかない。

 

 一体どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 しばらくして、クロは影の中へと沈んでいき、その場を立ち去った。

 

 王宮を覆っていた闇は晴れて、朝日が広間へと差し込んでくる。

 

 ひとまずの危機は去ったとみてよいだろう。

 

「一体、なんだったんだ。クロ姐さんは、大丈夫なのか?」

 

 グレンが漏らした言葉には、切実なまでの不安がこめられていた。

 

「とりあえず、バーン王子や皆の治療を再開しよう」

 

 オルターとしても心配という思いには変わりなかったが、事態は急を要している。

 

 クロのを野放しにすれば、何が起こるか分かったものではない。

 

 もし、ウィンやレインのように、クロが暴走状態であるとしたら。

 

 もし、あの力が古の魔王のように、人々を恐怖の渦へと陥れるものだとしたら。

 

 そんな想像を浮かべながらも、オルターの体はテキパキと動いていく。

 

 不安に押しつぶされるのは、合理的ではない。

 

 そうして、オルターが適切な処置を各々に施していくこと半日。最初に目を覚ましたのは、バーン王子だった。

 

「竜はどうなった……? クロは……?」

 

「それが──」

 

 オルターが状況を伝えると、バーン王子は険しい顔つきで立ち上がる。

 

 今にも走り出さんとする姿に、オルターがぎょっとして声をかけた。

 

「っ! バーン王子、もう少しお休みになられた方が……」

 

 そう言って、バーン王子をたしなめるオルター。

 

 処置したとはいえ、バーン王子が消耗していることには変わりない。

 

 竜の力で傷は治っても、疲れがたまっているはずなのだ。

 

「クロを探さなければ」

 

「お一人では、無理です。今は一刻も早く動ける者を集め、クロの捜索を命じてください」

 

 疲れからか正常な判断をできていないバーン王子に、オルターは進言する。

 

 今は体を休めることに専念する時だ。

 

 反乱によってバーン王子の力が弱まっていると知れ渡れば、他国が攻めてくるかもしれない。

 

 また、人探しにおいては、さすがの王族も人海戦術には勝てないだろう。

 

 とはいえ、当面はまともに動ける人員も限られている。なにしろ、王宮がこのありさまだ。

 

「『土竜商会』からも、捜索のための人手をまわそう」

 

 グレンは、『土竜商会』から連れてきた者に指示を飛ばした。

 

 次第に意識を失っていた者たちも、目を覚ましていく。

 

 反乱に参加していた者の目には、戦意の欠片も残っていなかった。

 

 こうして、ヴァレッド家派閥の反乱は誰も予期せぬ形で終わりを迎える。

 

 敵の数に比して圧倒的少数で鎮圧に望み、犠牲も最小限に収めるという快挙にして偉業である。

 

 しかし、功労者たちに、明るい表情を浮かべる者はいない。

 

 喜べるはずが無いのだ。

 

 最大の立役者にして大切な仲間の一人が、行方知れずなのだから。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 竜を前にして心の中の声に身を任せた瞬間、クロは冷え切った眼差しで世界を見つめていた。

 

 意識がありながらも、夢を見ているかのように現実感がない。

 

 何かを思い出すような感覚に従って、魔法を起動させる。

 

「『闇心(あんしん)』」

 

 竜に張り付きながら、闇を介してじわじわと心を侵食していく。

 

 クロには、どうすれば他人の心に入り込めるかが、手に取るように分かった。

 

 激しい抵抗にあったが、闇の力とは便利なもので攻撃が当たっても痛くも痒くもない。常に影の中にいるようなものだ。

 

 途中で王宮のほうへと逃げて行ったので、そこで竜を弱らせることにした。

 

 強大な竜ともなれば、精神の掌握に時間がかかる。だが、衰弱させれば話は別だ。

 

 使えそうな手駒の気配も、そこらかしこに感じられる。

 

 手強い気配もあったが、どれも弱っているので道具として使うのに問題はない。

 

 クロが竜を追って王宮へ乗り込むと、その場にいる者の全てを支配下において竜への総攻撃を仕掛けた。

 

 瀕死の竜を影の中に回収した後、どこか懐かしい気配がして振り返る。

 

 そこにいたのは、忌まわしき剣を持った勇者だった。

 

(闇による支配の感覚が妙だと思えば……。まさか、天敵が現れるとは)

 

 クロは、警戒しながら思案する。

 

 このまま良さそうな手駒を貰ってもよいかと考えていたが、勇者がいるなら話は別だ。

 

 先に勇者を──。

 

 ……なんだ? 魔法が撃てない。

 

 そういえば、グレンとの決闘は素手って、契約の魔道具で決めていたんだ。

 

 あれ、なんでグレンと戦おうとしているんだろう? 

 

 クロの認識が段々と現実に追いついていく。

 

 冷え切った心に熱が灯るのと同時に、色褪せていた世界が少しずつ戻る。

 

 そこで初めて、周りに仲間がいることに気が付いた。

 

 バーン王子やウィンを見て、安堵よりも恐怖が湧くクロ。

 

(私はさっき何を考えていた? 手駒? 道具?) 

 

 他人を物としてしか認識いなかった自身を、クロは信じられなかった。

 

 正気を取り戻してなお、頭の中で声が語り掛けてくる。

 

「目の前の勇者を排除しろ」

 

 その声は、酷く聞き覚えのある声だった。

 

 生まれてからずっと聞いてきた自分の声なのだから、聞き覚えが無いはずがない。

 

 自分の中の何かが、仲間に危害を加えようとしている。ならば、することは一つだけだ。

 

 遠ざけなければならない。皆を守らなければならない。

 

 そうして、クロは城から離れた。

 

 作り出した闇の中を、あてもなくどこまでも進んでいく。

 

 限界に近かったはずの魔力も、なぜか無尽蔵に湧き出てくる。

 

 まるで、自分が自分で無くなったかのようだ。魔法を使えば使うほど、それを思い知らされる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 できうる限り全速力で人のいる場所から離れたクロは、影に潜みながら早鐘を打つ胸を抑える。

 

 ついさっきまでのおぞましい記憶を、クロは思い出す。

 

 あのまま王宮に留まっていたら、どうなっていたことか。

 

 溢れた魔力が黒い闇となって、クロの周りをゆっくりと侵食していく。

 

(魔力を抑えきれない。人のいない場所にいかないと)

 

 息を整えたクロが周囲を見渡すと、そこはヴァレッド家の領地の近くだった。

 

 考えた末に、クロはヴァレッド家の砦に向かうことにした。

 

 ドラファイス王国の僻地にあたるヴァレッド家の領地において、砦はちょうど国境部分手前にあたる。

 

 もともと国同士が睨み合っていて無人に近い国境なら、クロの力が暴走しても大丈夫だろう。

 

 歩いているうちに見えてきたのは、無惨な姿の砦だった。

 

 空を飛ぶ船によるものか、砦はほとんど半壊状態といっていい状態である。

 

 あれなら、人もほとんどいないに違いない。

 

(国境で問題を起こして、バーン王子に迷惑をかけるのも申し訳ない。あの砦に居座らせてもらおう)

 

 無人の砦に着いたクロは、全く疲れていない体を横にした。

 

 眠れずに冴える頭で、自分の体について考える。疲れ知らずで魔力も使い放題と、明らかに異常な力。

 

 魔王と関係があるというワーグの推察は、正しかったのだ。

 

 頭の中の声は、今も勇者に固執し続けている。

 

 たとえ殺されるとしても、この力に身を委ねるべきでは無かったのかもしれない。

 

 そう後悔しながら、クロは天井の無い砦から空を見上げる。

 

 すっかり夜になった空には、月が浮かんでいる。

 

 クロの生み出す恐ろしい闇とは違う、月明かりに包まれた温かく穏やかな闇。

 

 かつて、『ブラックムーン』として駆け抜けた夜。それが、今はあまりにも遠く感じる。

 

「……『ブラックムーン』は引退かな」

 

 いつまでも眠りにつくことができないクロは、震える息と共にその言葉を吐き出した。




 『闇の息吹』や『亡骸の面』は闇属性を帯びていて、それぞれ風と地の属性が闇の属性と複合しているという設定です。
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