女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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41話 テファニー・フォレスの置き土産

 暗雲の立ち込める魔王の領域に、魔王ただ一人を除いて自由な者はいなかった。

 

 砦の中には『闇の眷属』が闊歩し、外の領土内には操られた人間がユラユラと徘徊する。

 

 その有様は、さしずめ魔王城といったところだろう。

 

 魔王が鎮座しているこの大きな部屋も、天井があればさぞかし様になったに違いない。

 

「来たか」

 

 静寂の中で口を開いた魔王は、感覚を魔力探知に集中させる。

 

 砦の入口に感じる魔力は、クロの知り合い達のものだった。

 

(少人数なのは、こちらの精神掌握を警戒してのことか)

 

 魔王は、前に来た他国の軍勢を思い返す。

 

 あの時は、精神力の弱い者から少しずつ操って、同士討ちを誘発させた。

 

 それだけで、軍勢は混乱に陥った。

 

 その後、忌まわしい光の魔力を纏った者も来たが、『闇の眷属』の群れの前には無力だった。

 

 クロが許すなら皆殺しにしていたところだが、今のところ死傷者はいない。

 

(そもそも光の魔力は、有象無象が使ったところで意味がない)

 

 魔王は、現在において光の魔力を宿した唯一の人間を思い浮かべる。

 

 クロの記憶によれば、名前はグレン。おそらく、この時代の勇者だろう。

 

 かつて魔王が生きた時代においては、勇者は天敵だった。

 

 なぜなら、魔王の魔力感知では、光の魔力を捉えられないからである。

 

 魔法を切り裂き、圧倒的な力で奇襲をかける。魔王へ仕向けられた暗殺者のようなものだ。

 

 光の魔力を帯びた少数のパーティで行動するせいで消息を追えず、気が付いたら魔王の近くに潜んでいる。

 

 これこそが、かつて魔王を苦しめた勇者の本質なのだ。

 

(やはり、グレンだけ探知できない。……急に後ろに現れるのだけは、やめてほしいけど)

 

 トラウマがよみがえった魔王だったが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

 砦の中には、全ての『闇の眷属』が配置してある。魔王が近くにいるため、扱う闇の力も増幅されている。

 

 勇者を見つけ次第、時間を稼いでくれるだろう。

 

 他の者の精神を掌握したあと、じっくり勇者を追い詰めればよい。

 

 しばらくして、魔王の前に現れたのは、バーン王子、レイン、オルター、ルージュの4人だった。

 

 その中にグレンの姿はない。

 

「意外だな。すんなりと通してもらえるとは」

 

 魔王を見るなり、バーン王子はそう告げた。

 

「お前たちこそ、勇者が不在のまま勝てるとでも? 今からでも、グレンを呼んできたらどうだ」

 

 そう返答しながら、笑ってみせる魔王。

 

 グレンが同行しているなら『闇の眷属』を集合させていたが、別行動ならこの場の戦力だけで相手するのがよいだろう。

 

 魔王としては、正直なところ先に姿を見せてくれた方が安心ではあるのだが……。

 

「あなたの情報は、ある程度は把握しています。どのように勇者を運用すれば、魔王が嫌がるか。あなた自身がよく分かっているでしょう?」

 

 魔王の考えなどお見通しと言わんばかりに、レインが口を開く。

 

「……」

 

 表情から笑みが消え、黙りこくる魔王。図星である。

 

 やはり、一筋縄ではいかないようだ。

 

 先ほどから精神を掌握しようとしているが、纏わりつく光の魔力に阻まれている。グレンが分け与えたのだろう。

 

「ウィンはどこだ。ここにいるのだろう?」

 

 オルターがそう口にして、魔王を睨みつける。

 

 どうやら、仲間に会いたがっているようだ。

 

 魔王はそれに応えるように、影からウィンを呼び出した。

 

「皆さん、やって来てしまったのですね」

 

「……ウィン」

 

「クロの邪魔を、しないでもらえますか」

 

 オルターの言葉は、ウィンには届いていない。

 

 当然、ウィンも闇に浸食されている。

 

 魔王が命令すれば、すぐに敵を制圧しようと動くだろう。

 

 既に周囲には、黒い風が渦巻いている。

 

「どうやら、闘る気は十分みたいですわ」

 

 ウィンの様子に警戒し、ルージュが爆弾を構えた。

 

 一触即発と言わんばかりの空気である。

 

「まあ、待て」

 

 だが、それを止めたのは、魔王自身だった。

 

「なんだ」

 

「お前たちが負ければ、この魔王『ダークムーン』の配下となってもらう。だが、バーン王子に暴れられては、未来の配下が巻き添えになる。バーン王子の相手は、私自らが地下ですることにしよう」

 

 立ち上がった魔王は、バーン王子に目配せをして歩き出す。

 

 仲間を無暗に傷つけるのは、バーン王子の本意ではないはず。それが魔王の考えだった。

 

 案の定、頷いたバーン王子はそれに追従する。

 

「ウィンは、この3人の相手を頼むよ。……壊さないでね?」

 

 魔王のその言葉と共に、強風が吹き荒れた。

 

 残された者たちの間に、緊張が奔る。

 

「……かつて、フローレス家は、クロに決闘を申し込まれたそうですね。それに応えて、私を受け入れる覚悟を示してくれました。本当に感謝しています」

 

 ウィンが魔力を解き放つと、暴風とともに、僅かに残っていた天井の一部が吹き飛んだ。

 

 魔王が、直々に闇の力を与えただけのことはある。

 

 言葉を発するだけでも、この迫力だ。

 

 レインとオルターからルージュへと視線を移して、ウィンは話を続ける。

 

「ルージュ様は、反逆を企てる父を自身で止めようとした。その覚悟を示したからこそ、色んな人が手を貸しました。私自身も、その一人です」

 

 暗い空に飛びあがったウィンは、剥き出しになった砦の3人を見下ろした。

 

「誰も傷つけないために、孤独を選ぶ。それが、クロの覚悟。私の覚悟は、クロを一人にしないこと。何があっても」

 

 ウィンの言葉には、明確な意思が宿っていた。黒い感情に焼かれながらも、正気を保っている。

 

 魔王として感服するほかない。他の暴走して知性まで失う手駒とは大違いだ。

 

「あなたたちがクロを救いたいというのなら、その覚悟を示してください。『暴風域(ストーム・ポイント)』」

 

 黒い竜巻が全てを包み込んでいく。これなら、あの三人にも十分勝てるだろう。

 

 これでバーン王子を相手する上での不安は、可能な限り取り除けた。

 

 勇者を最優先で狙うよう、『闇の眷属』に命令も与えている。

 

 これで、安心してバーン王子に集中できるだろう。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 吹き荒れる風で軋む砦の中を、『闇の眷属』の群れが動いていた。

 

 暴走したときの無秩序さは、そこにはない。あるのは、たった一つの命令を遂行しようとする秩序だった意思のみである。

 

 ──勇者を殺せ。

 

 魔王から与えられた命令は、実に単純明快であった。

 

 そしてターゲットは、今群れの先頭を走っている。

 

「これは一体、どれが目的のやつだ?」

 

 そう呟く勇者の後ろからは、『闇の眷属』の群れが追従し続けていた。

 

 つかず離れずの距離で、勇者は逃げ続ける。魔王によって強化された『闇の眷属』よりも速く。

 

 先頭の一体の間合いが、ようやく勇者に届いた。

 

 強化個体の群れと戦えば、さすがの勇者であっても無事ではすまない。

 

 しかし、飛び掛かった『闇の眷属』は迎撃されて、床を転がった。

 

「っと、手加減しないと。なるべく殺しは無し」

 

 勇者は、追いついてきた個体を拳で吹き飛ばす。その手に剣はない。

 

 しかし、一体やられたところで、『闇の眷属』は無数にいる。

 

 追いつきそうになった個体を弾き飛ばす勇者と、それでも食らいつこうとする黒い群れ。

 

 そのイタチごっこがしばらく続いた頃、勇者が足を止めて振り返った。

 

 どこかを一点に見つめている動かない獲物に、『闇の眷属』たちは次々と襲い掛かる。

 

 様々な方向から攻撃を加えられるのを、勇者はひたすら防御する。

 

 勇者の強靭な肉体であっても、闇属性魔法の攻撃は無傷とはいかない。光の力を、闇が打ち消しているのだ。

 

 このまま、攻撃を絶やしてはならない。優勢なこの状況を維持するべきだ。

 

 そう考えていたであろう『闇の眷属』たちは、次の瞬間に吹き飛んでいた。

 

「見つけた。こいつか」

 

 体術で周囲を吹き飛ばした勇者は、ある個体へと狙いを定める。

 

 鋭い蹴りが炸裂した破裂音と共に、宙を舞う黒い群れの中からその一体だけが壁に打ち付けられた。

 

 すかさず放たれた追撃により、その『闇の眷属』が何枚もの砦の壁をぶち抜いていく。

 

 外に放り出された『闇の眷属』は弱々しく起き上がりながら、周囲の様子を伺った。

 

 魔力は感知できない。

 

 誰もいないと考え一度警戒を解いたその時、ズブリという感触とともに胸から刃が突き出した。

 

「──お久しぶりです。お父様」

 

 『闇の眷属』に刃を突き立てたのは、リアだった。

 

 苦悶の声を漏らす『闇の眷属』から、リアは手にした『勇者の剣』を引き抜く。

 

 ボロボロと身に纏う黒い殻を落としながら、『闇の眷属』の素顔が露わになった。

 

 中にいたのは、ニーモ・グラント。グレント家当主にして、現グラント家派閥を取りまとめる者──リアの父である。

 

「リ……ア……」

 

 心が闇から解放される。

 

 ようやくはっきりとした頭で、ニーモは娘の顔を見上げた。

 

 自分の命はもうすぐ尽きる。

 

 最後に向き合う機会が生まれたのは、幸運だろうか。

 

 言うべきことがあるというのに、口からあふれてくる血で言葉がうまくでない。

 

「……ごめんなさい、お父様。元を辿れば、私のせいです。その責任を果たします」

 

 リアの顔は、酷いものだった。

 

 言葉にされなくても、娘が苦しんでいることは分かる。

 

 そして、その苦しみを晴らすことがもうできないことも。

 

「……」

 

 娘に手を伸ばしたまま、ニーモは事切れる。

 

 その表情は、最後までリアを案じたものだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 手の震えを無理やり押さえつけ、リアは砦へと向き直る。

 

「旧きグラント家当主を討ち取り、リア・グラントがここに新しきグラント家当主を継承します」

 

 そう宣言するリアの手に、震えは存在しなかった。

 

 この言葉は、リアがグラントの家名を取り戻したことを意味していた。

 

 無論、殺害だけでそのようなことはできない。

 

 ニーモが罪人であったことや、追放されたリアが自ら断罪して責任を取ったことなど、様々な条件が噛み合った結果であった。

 

 異変を感じた『闇の眷属』は、崩れた砦の壁からリアの元へと向かってくる。

 

 今のリアが自分たちの不利益になると、本能的に察知したのだ。

 

 リアのいる遠方からでも、『闇の眷属』の動向は見て取れる。だが、覚悟を決めたリアが、それに臆することはない。

 

「グラント家当主としてリア・グラントがここに告げる。──全員、グラント家派閥から追放ですわ!」

 

 その言葉によって、砦の内外にいる『闇の眷属』が次々と倒れていく。

 

 これこそが、リアの立てた作戦であった。

 

 グラント家派閥の者は、契約の魔道具によりクロの支配下になっている。

 

 裏を返せば、グラント家派閥さえでなければ、その契約は無効となるのだ。

 

 ならば、グラント家派閥から、全員を追放してしまえばいい。

 

 かつて、追放によってリアを責任追及から逃がしたニーモ(お父様)のように。

 

 リアの言葉とともに、『闇の眷属』たちは次々と動きを止めていく。

 

 完全に停止した『闇の眷属』──その表面に纏わりついた黒い鎧は泥となって崩れ落ち、中の人間を残して完全に消え去った。

 

「やったね。リア」

 

 リアの元へ、グレンが、駆け付ける。

 

 ぼんやりとしていたリアだったが、すぐにグレンに気が付く。

 

「感謝しますわ、グレン。あなたの協力なくして、この作戦の成功はありませんでした」

 

 そう口にしたリアは、グレンに『勇者の剣』を返す。

 

 リアが直接ニーモにとどめを刺すには、『勇者の剣』に宿る光の魔力が必要だった。

 

 敵に魔力を探知されない上に、『闇の眷属』の外殻を破れるだけの攻撃力がある。

 

 よって、グレンは生身での戦いを余儀なくされていたのだ。

 

「体一つで『闇の眷属』の群れを相手する。無茶な役目だったけど、案外なんとかなるものだね。勇者の力のおかげかな」

 

「怪我はしていませんか」

 

「ああ。オレは、もう行くよ。リアは拠点まで引き返して」

 

 肩を回しながら、グレンはリアにそう伝えた。

 

 『闇の眷属』を片付け終えた後は、勇者のグレンは急いで皆と合流する必要がある。

 

 リアが引き留めるわけにはいかない。

 

 それでもと、リアの心から感情があふれ出す。

 

「……少しだけ、我儘を言ってもいいかしら」

 

「どうしたんだい、急に改まって」

 

 リアの言葉に、グレンが尋ねかける。

 

「謝らなければいけないことがあります。作戦における()()()()()()について、あなたに黙っていたのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その点は、いわゆる賭けでしたの」

 

 此度の作戦における重大な綻びに、リアは気づいた上で無視をした。

 

 いち早く気づいたオルターやレインを説得するのには、なかなか苦労したものだ。

 

 最終的に、半ば逆切れと泣き落としのような形になってしまった。

 

 そこまでしてでも、この作戦を通したかったのだ。

 

「なんでそんな危険を……」

 

「『闇の眷属』は、グラント家派閥の残党です。そして、その者たちの不幸は、私の失敗から始まりました。彼らを見捨てることはできなかった」

 

 心配そうなグレンの言葉に、リアがほほ笑む。

 

 グラント家派閥内の悪徳貴族は、全てあぶり出されて追放か処刑されている。

 

 現在グラント家派閥に残っているのは、潔白でありながら謀反を起こすまでに落ちぶれた者だった。

 

 一歩間違えれば、リアも同じような道を辿っていたかもしれない。

 

「まだ確認していませんが、彼らを殺さないようにしてくれたのでしょう? 私の願い通りに。先にお礼を言わせてください。本当に感謝しますわ」

 

「リア?」

 

 グレンは、リアの様子に訝し気な顔をする。

 

 きっと、伝わってしまったのだろう。

 

 どこか焦っているような。何かを急いでいるような。そんな感覚が。

 

「最後に、誰かが責任を取らなくてはいけない。自明ですわね。どうやら、賭けには失敗したようですわ」

 

「……何を言っているんだ?」

 

 グレンの言葉は、既にリアには届かない。

 

「迷惑をかけて、ごめんなさい。でも私は、もう誰も傷つけたくない。傷つけたくない、のです。だからどうか、あなたの手で──」

 

「リア、しっかりするんだ! リア! リ──」

 

 リアの頭の中に響く怨嗟が、耳から入るグレンの言葉を塗りつぶす。

 

 もう我慢するのも限界らしい。とっくの前から、心は黒い感情に染まり切っている。

 

 闇とは恐ろしいものだ。欲望に抗えなくなってしまう。

 

 心の中の隙に一度入り込まれれば、抗うことはできない。

 

 リアは、自身の心の弱さに負けたのだ。

 

 作戦に失敗したのなら、追放宣言を取り消せばいい。レインにはそう言い含められていた。

 

 だが、それは自分(リア)とグラント家派閥残党のどちらかを犠牲にするということだ。

 

 その天秤なら、答えは決まっている。

 

 もし、グレンが私を殺すのに躊躇すれば、全体の作戦に支障が出るだろう。

 

 それでも、もう他人を犠牲にするのはごめんだ。

 

 最後に、我儘を言うとするなら。

 

 罪人として報いを受けて、せめて好きな人に看取られたい。

 

「声が……聞こえる。お父様、今そちらに──『亡骸(ナきがラ)(めン)』」

 

 歪なリアの詠唱と共に、大地から無数に伸びた土の手がリアの体を包み込む。

 

 這い上がる土の手の量は、グレンが振り払うよりも多く。

 

 黒く染まる闇は、グレンがリアに触れるよりも速く。

 

 新しき『闇の眷属』は、あっけなく産声をあげた。




 勇者パーティ……実質、古き時代の魔王専門の暗殺部隊。光の魔力は感知を逃れ、闇を打ち消す。まさしく魔王の天敵である。
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