女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 こんなに長く空いてしまって、すみませんでした。

 物語終盤なのに、スランプになるとは……。


43話 感情の使い方

「厄介ですわね。これでは近づけませんわ」

 

 ルージュは、地面から遠く離れた位置でそう呟いた。

 

 自身に生えた翼で空気を切り裂きながら、迫りくるから脅威から逃げ続ける。

 

 風が吹き荒れる上空で、二つの影が交差した。

 

 一つの影は、黒い風を纏ったウィン。

 

「『暴風域(ストーム・ポイント)』」

 

 空を飛ぶウィンの視線の先で、魔法が炸裂する。

 

 四方八方にかき混ぜられた大気は、何者の存在も許されない空間となってルージュへと襲い掛かった。

 

 その空間を間一髪で回避したもう一つの赤い影は、翼を羽ばたかせてウィンの周りを巡回する。

 

 竜と一時的に融合したルージュは、肉体に竜の力を発現できるようになっていた。

 

 この翼も、その一つである。

 

 しかし、ずっと飛び続けられるほどの力はない。

 

 ウィンが氷のつぶてによる追い打ちに気をとられた隙に、ルージュは地面へと降り立つ。

 

 地上では、レインとオルターが合体魔法によってウィンを遠隔から攻撃していた。

 

「大丈夫ですか。かなり疲労しているようですが」

 

 オルターの肩へと手を伸ばしながら、レインは口を開く。

 

 魔法の制御に集中していて余裕のないオルターも、心配そうな目をルージュへと向けた。

 

「ええ。これくらいで、へこたれてはいられませんわ」

 

 レインからの気遣いに、ルージュは強気に返答する。

 

 無理をしているのは明らかだったが、レインはそれ以上何も言わない。

 

 ウィンを制圧するには、どうしてもルージュの力が必要なのだ。

 

 レインとオルターの二人の合体魔法によって生み出された氷は、ウィンを追尾し続けている。

 

 オルターとレインの精密な魔力操作によって繰り出されるこの魔法は、非常に厄介な代物であった。

 

 もしその氷が触れれば、たちまち体の表面を凍り付かせて行動を制限する。

 

 しかし、どれだけ強力な魔法も当たらなければ意味がない。

 

 ウィンは、(ことごと)くの氷を避け切っていた。

 

 ウィンの機動力に対抗できる者は、ごく少数なのだ。

 

 最低でも同じく空中を移動できる者でなければ、そもそも戦いの土俵にすら立てない。

 

 ルージュは再び、空中へと飛び立った。

 

 疲れを感じていても、動きにほとんど衰えは見られない。

 

 竜の体がそうさせるのか。あるいは、『スカーレットムーン』としての矜持がそうさせるのか。

 

 救うべき対象がいる前で、弱みなど一切見せることはない。

 

 吹き荒れる風を突っ切り、自身をねじ切らんとする風の渦を回避する。

 

 この暴風の中では、狙った位置に爆弾を投げることも不可能だ。

 

 だは、何度も攻防を繰り返したことで、攻撃を見切れるようになってきた。

 

 その過程で、ルージュは一つの活路を見いだす。

 

(氷を避けきれないと判断したとき、ウィンは黒い風をまとって防御していますわ。一瞬だけ攻撃が止むその時に、接近できれば……)

 

 ルージュは機会を伺う。

 

 おそらく、その隙をつけるのは一度きり。失敗すれば、警戒されて二度とその隙はさらさない。

 

 黒い風がウィンを包んだ次の瞬間、ルージュは加速した。

 

 限界ぎりぎりの速度で、ウィンへと突進していく。景色が後ろに流れていく最中、翼にはしる痛みに顔を歪める。

 

(あと少し、あと少し、あと──)

 

 着実に縮んでいく距離に、緊張が高まる中。

 

 黒い風に遮られた風の向こうで、ウィンと目が合った気がした。

 

「『風の刃(エア・カッター)』」

 

 空気の刃が、ルージュへと放たれる。

 

 それは、迫りくる敵を切り裂かんとする不可避の迎撃。

 

 自身の死を予感したルージュの脳裏に、今までの人生が走馬灯のように流れる。

 

 止まったかのような時間の中で、記憶を遡っていく。

 

 辿り着いたのは、とある古い記憶だった。

 

 自身の魔法の才に絶望しながらも、あがき続けた幼き自分の姿。

 

 拙くも初めて成功した、自分だけの魔法。

 

 師匠がほめてくれた、(ルージュ)の誇り。

 

 緩やかに動き始める時間の中で、ルージュは目の前へと拳を放つ。

 

「『点火(イグニッション)』」

 

 拳が刃に当たると同時に、握りしめた爆弾が爆発する。

 

 手の中の熱が、拳を飲み込んでいく。

 

 空気の刃を爆風で吹き飛ばし、ルージュは黒い風を突っ切った。

 

 そのままウィンへと抱き着いて、地上へと急降下する。

 

 何もかも付け焼刃の力に頼り切りだったが、唯一の努力の証だった魔法も捨てたものじゃない。

 

 ルージュは、初めて自分の魔法が好きになれた気がした。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 天から流星の如く落ちてくる二人を受け止めるべく、オルターは魔法で地上に巨大な水の塊を作る。

 

 レインも器用に水を操作して、着水時の衝撃を和らげた。

 

 水しぶきを上げることもなく、二人を水が包み込む。

 

 続けて水中へと潜ったオルターは、魔法を発動させるべくウィンの頭に手を添えた。

 

「『鎮静(クール・ダウン)』」

 

 ウィンの体内に意識を集中させ、精神を穏やかにさせる物質を生成させていくオルター。

 

 闇の力で増幅されている感情の波を、強制的に退かせていく。

 

 苦しそうに目を瞑っていたウィンの顔にあった険しさは、いつしか消えていた。

 

 オルターは、水の中からウィンを出して体を支える。

 

「ウィン、もう大丈夫だ」

 

 その言葉を聞いて、ウィンがゆっくりと目を開けた。

 

「……オルター様。他の皆さんも、ご迷惑をおかけしました」

 

「皆、承知の上だ。それに約束しただろう。もしまたウィンが暴走したとき、私がもとに戻すと」

 

 安堵したオルターは、在りし日を思い出す。

 

 『鎮静(クール・ダウン)』──精神を安定させる魔法。

 

 この魔法を作り出したきっかけは、ウィンとのある約束だった。

 

 かつて、レインがクロの魔力を利用して魔法薬を作ろうとした時のこと。

 

 オルターは、暴走状態についてウィンに聞き込みをしていた。

 

「以上が、私の感じた暴走状態についてです。といっても、ほとんど意識はありませんでしたが……」

 

「……色々と参考になった。怖いことを思い出させてすまない」

 

 オルターは、ウィンへと頭を下げる。

 

 了承してもらったとはいえ、オルターの心は申し訳なさでいっぱいだった。

 

 そんなオルターに、ウィンは笑い返す。

 

「心配してもらわなくて、大丈夫ですよ。そこまで怖くはないので」

 

「しかし……」

 

 それでも晴れない表情のオルターに、ウィンは言葉を続ける。

 

「自分が自分でないのは、確かに怖いです。小さい頃にも、似たことがありましたから。でも、手を差し伸べてくれる人がいました。その経験が、私に勇気を与えてくれているのです」

 

 おそらく、フォレス家にいた時のことだろう。

 

 かつて、ウィンが虐げられて心を閉ざしていたとき、クロに救われている。

 

「今はオルター様もいますし。私がまた暴走しても、きっと何とかしてくださると信じているのです。……ちょっと甘えすぎ、ですかね?」

 

 そう言って照れくさそうに笑うウィンに、オルターは強く頷いた。

 

「いや、何とかするとも。ウィンが暴走するようなことがあれば、私が必ずウィンを元に戻す」

 

 この約束をきっかけに、オルターは暴走を抑制する魔法を開発した。

 

 他人の精神を操作する魔法など、闇属性魔法以外では前代未聞である。

 

 しかし、オルターは自分の体内を魔法で操作できる。

 

 そんな離れ業を習得しているオルターには、確信があった。

 

 人間の体は、多くの水が含まれている。水で構成されているといっても過言ではないほどに。

 

 ならば、水の操作を極めれば、精神を操作することも不可能ではないはずだ。

 

 こうして、オルターはウィンとの約束を確かに果たした。

 

「約束、覚えて下さったんですね」

 

 ウィンは、オルターの目を見てそう告げた。

 

 お互いの目を見つめ合いながら、二人の間に優しい空気が流れる。

 

 その間に割って入ったのは、ルージュの大声だった。

 

(いった)いですわ! 片手がめちゃくちゃですの! もっと優しく処置を──」

 

「大人しくなさい。竜の体なのですから、この程度かすり傷でしょう。薬が染みるのぐらい、我慢なさい」

 

 レインとルージュの喧噪に、二人は我に返る。

 

 ウィンは支えられていた体を起こして、ルージュの元へと歩いていく。

 

 自分のために身を挺したルージュを、ウィンが知らんぷりできるはずもなく。

 

 一人残されたオルターは、少し顔を赤くしながらウィンの後を追いかけた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「いい加減、邪魔だ!」

 

 焦った様子で魔王が竜をけしかけるも、ワーグは適切に攻撃を対処していく。 

 

 『勇者の剣』で闇を切り裂き、『水の槍(ウォーター・スピア)』で竜の頭蓋を貫く。

 

 竜の再生する隙を与えぬように、間髪いれずに攻撃を叩き込む。

 

「何なのだ、貴様は!?」

 

 魔王の言葉に、ワーグの返事はない。無言でひたすら竜を抑え込む。

 

 ワーグとて、余裕はないのだ。

 

 『勇者の剣』を持ったとて、ただの人間が魔王と拮抗するなど本来はありえない。ここまで食い下がれるのは、異常というほか無かった。

 

 普段のワーグに、ここまでの力はない。ここまでの力を手に入れた原因は、先刻ワーグが飲んだ薬にあった。

 

 この薬は、かつて王族から『杖』を奪う時のために準備していた物だった。

 

 副作用度外視であり、ワーグの体に適合するように調節した劇薬。

 

 義賊『ブラックムーン』に依頼したことで不要になっていた薬を、倉庫から引っ張り出したのである。

 

 竜に比類する可能性があるこの薬の効果は、極めて単純である。

 

 ──感情を増幅する魔法薬。それが薬の正体であった。

 

 魔法は、感情の力によって強化される。

 

 ワーグの奮闘は、劇的に強化された水属性魔法と『勇者の剣』による恩恵のおかげであった。

 

 では、ワーグは何の感情を増幅させたのか。

 

 ワーグは、魔王に対してかつてないほどの怒りを抱いていた。

 

 それは、魔王がクロの精神に巣食っているから──()()()()

 

 なぜか知らないが、魔王にはクロの意思を尊重している節がある。

 

 魔王に攻め入った他国の軍も、死傷者がでていない。全員、精神掌握はされたが。

 

 これは、魔王が明らかに手加減をしている証拠だった。危険を感じない限りは、クロの嫌がることはしないのだろう。

 

 バーン王子によれば、クロのことを説得で懐柔するつもりでいるらしい。

 

 仮に魔王が侵略してくるとしても、それはずっと先の未来のことだ。ワーグの身近な人間に、危害が及ぶことはない。

 

 そして、これはクロが選んだ結果でもある。

 

 皆から距離を置いて、魔王を自分に封印する。いつか封印が解けるとしても、今の仲間が被害を受けることはない。

 

 こう考えたからこそ、クロは逃げ出した。

 

 だから、魔王の行いにワーグは哀れみこそすれ、怒りはなかった。

 

 バーン王子たちの後方支援はできうる限りするが、死にゆく自分が出しゃばることはない。

 

 ワーグは、そう考えていたのだ。あの言葉さえ、なければ。

 

「我が名は魔王『ダークムーン』。この世界に恐怖をもたらす者である!」

 

 闇に響く声を聞いたあの時、ワーグは激怒した。

 

 その名前は、明らかに『ブラックムーン』を意識した名前だった。

 

 ワーグにとって、あの小説は忌むべきものである。若気の至りで書いた駄作。誰にも見せられない黒歴史。

 

 だが、それを捨てることはできなかった。年老いても、捨てるか迷いながら持ち続けた。

 

 その物語を、嫌いにはなれなかったのだ。

 

 クロが『ブラックムーン』を名乗っていた時、ワーグの胸の中にはどこか誇らしさを感じていた。無論、その何倍もの恥ずかしさもあったが。

 

 故に、複雑に感じながらも、直接クロを咎めることはしなかった。

 

 自分の物語の登場人物に、ここまで熱を注いでくれる人がいる。

 

 その事実は、忘れていた情熱を再び呼び起こした。

 

 クロの行いは、ワーグの心を救うものでもあったのだ。

 

 だからこそ、魔王『ダークムーン』をワーグは見過ごすことはできない。

 

 ──『ブラックムーン』は、闇落ちなどしない。

 

 ワーグの中で生じた解釈違いに対する怒りは、魔法薬と合わさることで最大限の効果をもたらしていた。

 

 ワーグは魔王を抑え込み続けた。

 

 薬の副作用を誤魔化し、吐き出しそうになる血反吐をこらえ続ける。

 

 ついに限界を迎えるまで、ワーグはやり遂げた。

 

「はぁ、はぁ」

 

 地面に血を吐き出しながら、片膝をつく。

 

 ワーグの顔に、絶望はない。

 

 十分に役目を果たしたことは、ワーグを庇うように立つ背中を見れば分かる。

 

「よくやってくれた、ワーグ・ハインツ。……ここからは、再び俺が相手しよう」

 

 休憩により回復したバーン王子は、そう言って魔王を見据えた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 こちらを射貫く獰猛な視線に、魔王は負けを悟った。

 

 ウィンからの感情も途絶えている。おそらく、負けたのだろう。

 

 頼りにしていたウィンが負けることなど、全く想定していなかった。

 

 一刻も早くに地上の様子を確認しにいきたかったが、その行く手をワーグによって阻れた。

 

 全く予想もしていなかった人物に、ここまで食い下がられるとは。

 

 魔王は基本感情を読み取ることで、戦いで優位にたつ。相手を理解することで、常に最適解を選択する。

 

 そんな魔王にとって、感情を読めなくされる光の魔力は非常に厄介極まりない。

 

 ましてや、血走った眼で猛攻を重ねる老人は、未知という恐怖そのものだった。

 

 かつての勇者ですら、ここまで理解できない存在ではなかった。

 

 老人の怒りの形相に気圧され、魔王はいまや劣勢に追い込まれている。

 

 このままでは、勝てない。ならば、逃げに徹するのみだ。

 

 魔王は影へと沈んで、避難する。

 

(この空間には入ってこれまい。今は逃げて体勢を……)

 

 影に潜り、魔王は地上へと移動する。しかし、それを逃がすバーン王子では無かった。

 

 手に持った『勇者の剣』で闇を切り開き、影の中を追いかけてくる。

 

「逃がさん」

 

 影の中で、二人の距離は縮まっていく。その様子は、かつての王宮での追いかけっこを想起させた。

 

 あの時と同じように、バーン王子は魔王へと追いついていく。

 

 体に熱を巡らせ、心に熱を灯し、バーン王子は魔王の手を掴んで抱き寄せる。

 

 熱のこもったバーン王子と目があった魔王は、にやりと笑った。

 

「闇の中に自ら侵入してくるとは。勇者ですら、このような愚かな事はしなかったぞ。「『闇心(あんしん)』」」

 

 魔王は、バーン王子の精神へと侵入する。

 

 他人の心という暗闇の中で、洞窟を灯す明かりのように輝く感情を辿っていく。

 

 こうなってしまえば、精神を掌握することなどあまりに容易い。

 

 竜の化身すら手にすることに、魔王は舞い上がる。

 

(これで、竜の化身の心は私の物──何だ? 様子が……)

 

 魔王は、見落としていた。

 

 ウィンがすんなりと精神掌握を受け入れた時に、一つだけ巧妙な罠をしかけていたことに。

 

 精神の洞窟の先で、明かりを手にした幼き姿のウィンが嗤う。

 

「この手は、読めていましたか? 幾重もの感情の底に隠していた、理性の罠を」

 

 なぜ、彼女がこんなところにいるのか。

 

 そもそも、ウィンのことは完全に操っていた。感情からも裏切りの予兆などなかったはずだ。

 

「不思議ですか? なぜ気づけなかったのか。簡単ですよ。精神を掌握されるのは、あなたが初めてではなかった。それだけです」

 

 口をパクパクさせる魔王に、ウィンはとびきりの笑顔で種明かしをしていく。

 

 幼き頃の経験から、ウィンは精神掌握への対策を学んでいたらしい。

 

 その対策とは、抗わないことである。

 

 抗えば、それだけ心は傷つき再起不能へと近づいていく。逆に言えば、あえて流れに身を任せることで、心の一番深い部分を守ることができる。

 

 ウィンが魔王の支配を簡単に受け入れたのは、自身の本当の目的を隠すため。

 

 目的のために感情すら天秤にかける合理性を、ウィンは身に付けていた。

 

 感情は魔王に従うことを良しとしながらも、理性はクロを助け出すための策を探っていたのだ。

 

「あなたは感情を探知する。それゆえに、人の心という闇の中でも迷わない。一番深いところまで、必ずたどり着く」

 

 幼き姿のウィンは、手にした明かりを掲げる。

 

「なので、私たちの感情で、もっとこの洞窟を明るくしましょう。光には、虫が寄ってくるもの。ですが、強烈な光は時に熱を帯びて、近づくものを焼き尽くす」

 

 心の中の暗闇を、強烈な光が照らす。

 

 その光は、仲間たちのクロへの感情。

 

 ウィンの敬慕。

 

 バーン王子の好意。

 

 レインの興味。

 

 オルターの賛美。

 

 ルージュの羨望。

 

 グレンの執着。

 

 リアの感謝。

 

 ワーグの怒り。

 

 彼らの感情が放つ虹色の光は、洞窟に立ちすくむ魔王の目を焼いた。

 

(なんだ、これは。感情が強すぎる。これでは探知できない)

 

 強烈な感情という光は、眩しいを通り越して周囲を白に染め上げる。

 

 心の奥底への道しるべは、もはや機能していない。

 

 魔王によるバーン王子の心への侵入を、ウィンが運んだ仲間の感情が阻む。

 

 古来より、風は病を運ぶもの。ウィンが持ち込んだそれは、魔王にとっての劇物であった。

 

「どうした。精神を掌握するのだろう?」

 

 バーン王子の言葉に、我に返る。

 

 それでも、魔王は諦めない。感情が探知できなくても、無理やり支配を試みる。

 

 明かりがなくても、洞窟を掘り進めばいい。いつかは、必ずたどり着く。

 

 そんな必死になった魔王の顎を、バーン王子は持ち上げた。

 

「そうだ、遠慮するな。何しろ、こちらからも反撃させてもらうのだから」

 

「……? 何を──」

 

「侵食するのはお前だけの得手ではない、ということだ」

 

 困惑する魔王に、そう返すバーン王子。

 

 すると次の瞬間、バーン王子は魔王の唇を塞いだ。

 

 呆気に取られるが、すぐさま狙いに気づく。

 

(竜の魔力が、流れ込んできている!? まさか、こちらを竜の魔力で侵食する気か!?)

 

 次から次へと襲い来る予想外の事態に、魔王は混乱の渦へと飲み込まれる。

 

 辛うじて古い記憶の彼方から引っ張り出してきたのは、竜の化身についての情報だった。

 

 竜の化身は、婚約者となった者へと竜の魔力を流し込む。

 

 人の身で竜の化身を子として宿すというのは、あまりにも負担が大きい。

 

 よって、次代の竜の化身を身籠るのに耐えられる体へと、相手の体を作り変えるのである。

 

 竜の魔力を受けた体は、とても頑丈になる。刃に貫かれても、毒を飲んでも、死ぬことはない。

 

 それこそ、高い所から自由落下しても、生きている。

 

 このような肉体の強制進化こそが、今しがたバーン王子が魔王に施している侵食であった。

 

 圧倒的な勢いで、竜の魔力が魔王の体を巡る。

 

 魔王の精神掌握の速度とは、比較にならない。

 

 闇の力に侵された体が、竜の魔力に染め上げられていく。

 

(勇者ですらない者どもに負けるとは……)

 

 そうして魔王の意識は、沈んでいった。

 

 だらりと脱力したクロの体を、バーン王子は大事そうに抱える。

 

 絶対に逃げ出さないように。二度と離さないように。




 次回あたりが、最終話です。

 早いですが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 感想などを聞かせてもらえたら、嬉しいです。

 時間が空いたくせして、おこがましいとも思うのですが、よろしくお願いします。

 ここが分からない、ここが読みにくいとかでも構いません。
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