女義賊が、婚約者争いをぶっちぎる話   作:埃っぽい心

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 最終話です。感想などあれば、ぜひよろしくお願いします。


44話 「夜空に月が輝かなくても──」

 クロが目を覚ますと、王宮内の一室にあるベッドの上にいた。

 

(……何があったんだっけ)

 

 のそりとベッドから起き上がる。

 

 ぼんやりとしながら、クロは自身の記憶の中を振り返った。

 

 魔王の意識と混ざる前までは、はっきりと覚えている。

 

 周囲を遠ざけて、魔王を封印しようとしたのだ。

 

 意識が混ざってからの記憶は、曖昧だった。千切れた記憶の断片としてしか、思い出せない。

 

 しかし、皆が自分を救おうと必死だったのを、クロは覚えていた。

 

 仲間の顔が、クロの頭の中に浮かび上がる。

 

 そして、バーン王子の顔が浮かんだ途端、クロの顔は赤くなった。

 

(あまり覚えてないけど、何かとんでもないことをしたような……?)

 

 うんうんと頭をひねるクロは、部屋の扉をノックされる音で我に返る。

 

「……ようやく目を覚ましたか」

 

 入ってきたのは、今しがた考えていたバーン王子その人であった。

 

「バーン王子。今回は大変なご迷惑を……」

 

 バーン王子を見るや否や、クロは謝罪の言葉を口にしようとする。

 

 朧げながらも、皆に危害を加えようとしたのを覚えていたのだ。

 

「よせ。皆無事だったのだから。それに、クロを救い出したのは、俺も含めた皆の我儘だ。こちらが勝手に背負い込んだ余計な苦労は、お前の責任ではない」

 

 地面に額をつけようかという勢いのクロを、バーン王子が止める。

 

 しかし、もっと楽な道もあったはずだ。

 

 魔王を放置することや討伐することを選んでいれば、ここまで苦労することもなかっただろう。

 

 仲間に気を遣わせてしまったという事実に変わりはない。

 

「でも……」

 

「クロ。それ以上言うなら、ウィンからの説教が待っている。せっかく、仲裁に入ってやろうと考えていたのだが」

 

 その言葉に、クロは口を閉じた。

 

 今回の件は、ウィンとした以前の約束を反故にしているといってよい。

 

 友達から逃げない。そう誓った手前、申し開きのしようもない。

 

 ウィンの説教には、静かな怖さがあるのだ。

 

 普段優しい人ほど怒らせてはいけない。

 

 まさしくその言葉を体現したかのような威圧感を思い出し、身震いするクロ。

 

「今回は、魔王などという例外中の例外だ。ウィンとて、お前の気持ちも汲んでくれているはずだ」

 

「……そうだといいな」

 

 バーン王子の言葉に、クロは胸を撫でおろす。

 

「先ほど、我儘と言ったが。周囲に対して、馬鹿正直にそう言うわけにもいかん。国益より個人を優先したとあっては、国を揺るがすからな。今回の件は、我々の中での秘密となるだろう」

 

「……」

 

 それを聞いたクロは、その言葉の意味をなんとなく察した。

 

 クロの中には、魔王が眠っている。

 

 魔王がいては、世には恐怖と不安が残り続けてしまう。

 

 ならば、魔王は討伐されたとしてしまった方がいい。

 

 救い出されたとしても、クロが日の当たる所で生きることは不可能だろう。

 

「命があるだけでも、儲けものだよ。それぐらいなら、甘んじて受け入れる」

 

「? ……ああ、すまない。言葉が足りなかったな」

 

「え?」

 

 きょとんとするクロに、バーン王子は話を続ける。

 

「レインが一計を案じてくれたのだ。クロを救ったことは、国益を害していない。そう理屈づけるために、今はフローレス家と『土竜商会』が根回しをしている最中だ」

 

「なんで私を助けることが国益に?」

 

 いくらフローレス家と『土竜商会』といっても、そんなことが可能なのか。

 

 悩んでいるクロに、バーン王子が口を開いた。

 

()()()()()()()()()()、ということなら誰も文句は挟めない」

 

 ぽかんとした表情で、クロは固まった。

 

 咄嗟に理解して飲み込めるほど、クロの頭は冴えていない。

 

「……なぁ!? 王妃!? 私が!?」

 

「今更、何をそんなに驚いているのだ。既に婚儀まで、あげただろう」

 

 驚愕するクロに、けろりとした顔でバーン王子はそう告げる

 

「いや、あれは演技で……。ていうか、他にふさわしい人がいるのに」

 

「ほう? 例えば誰だ?」

 

 バーン王子に問われ、クロは思い浮かんだ名前をあげていく。

 

「レインとか? 賢い王妃の方がいいんじゃないの?」

 

「『杖』にしか興味が無いと言っていたぞ。信用を得たというのもあって、王妃の座は必要なくなったらしい。クロが王妃になれば、表に立たずとも様々な権限が与えられる。『杖』の研究に集中できるから、都合がいいそうだ」

 

 クロが考えた一番の候補が外れてしまった。

 

 レインは、王妃に興味が無いらしい。

 

 レインの頭脳ならどこでもやっていけるという意味では、納得である。

 

 王妃の盟友としての恩恵だけで、十分ということだろう。

 

「ルージュは? 竜に近しい体を持っているし、バーン王子にぴったりなんじゃ……」

 

「ヴァレッド家領地の復興に力を注ぎたいと、本人たっての希望だ。それにクロが王妃なら、安心して復興に専念できると」

 

 肉体が竜に変化したルージュならと思ったクロだったが、本人の意思と言われればそれ以上のことは言えない。

 

 責任感の強いルージュのことだ。

 

 かつての自分の領地を大事にするのは、当然である。

 

「リアなんかどう? 人望にあふれる彼女なら」

 

「この前、すでにグレンと挙式をあげていた。他人の妻となった者を、王妃にはできんな」

 

 いつの間にかクロの知らないところで、随分と話が進んでいた。

 

 グレンとリアの幸せを、邪魔する気にはなれない。

 

(あれ? これ詰んでる?)

 

 挙げられる候補を全て出し尽くしたクロ。

 

 それでも、頭の回転を止めることはしない。

 

 なんとか、王妃となることを回避しなければ。

 

 原作の『ブラックムーン』ならば、こんな時でも素晴らしい打開策を考えつくのに。

 

「往生際が悪いな。そんなに、俺との婚姻が嫌か」

 

「嫌、ではないけど……。私なんて、ふさわしくな──」

 

 クロの言葉は、バーン王子によって阻まれる。

 

 優しく交わされた口づけは、まるで世界が二人だけの物になったかのように錯覚させた。

 

 時間が止まったかのような中、バーン王子がゆっくりと唇を放す。

 

「まだ、気づかないのか。俺がクロを求めているのだ。ふさわしいかどうかなど、関係ない。──愛している」

 

 クロの目を真っすぐと見つめながら、そう言い放つバーン王子。

 

 その時、ふと思い出した。

 

 魔王と融合していたクロを救ったのは、バーン王子とのキスであったことを。

 

「えと、あの……」

 

 火照った顔で、クロはバーン王子の視線を受け止める。

 

(つまり、バーン王子は私のことが好きで……)

 

 ここまでくれば、鈍感と評される自分でも理解できる。

 

 これは、告白というやつだ。

 

 なんと答えればいいか分からないクロは、困り果てた。

 

 バーン王子は無言で、返事を待ち続ける。

 

 しかし、クロの喉の奥まで言葉が出かかっては、その言葉は消えていく。

 

 ──怖いのだ。未来が。

 

 王妃としての重圧。魔王という自身の抱えた問題。

 

 表で生きるということは、それらを背負うということだ。

 

 共に背負ってくれる者がいるとしても、それは日陰を生きるより辛いことかもしれない。

 

 辛いことよりも楽しいことの方が多いという保証は、どこにもない。

 

 だからこそ、バーン王子は無理強いをせずに、クロの言葉を待っているのだ。

 

 クロは、バーン王子の思いに応えたかった。

 

 それなのに、たった一言の返事なのに、できない。

 

 だが、そんな時だからこそ、クロは自身の原点を思い出す。

 

 いつもクロに勇気を与えてくれる存在──義賊『ブラックムーン』。

 

 告白というやつは、原作『ブラックムーン』でも見たことがあったはずだ。

 

 確かその時の答え方は──。

 

「私も、あなたが好き……です」

 

 喉の奥から絞り出すようにして、クロはその言葉を口にするのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 バーン王子の婚約者が、正式に決まった。

 

 婚儀が終れば、バーン王子はこの国の王となる。

 

 そのような大事な日を前にして、重症から回復した者がいた。

 

「ずいぶんと、動けるようになったわい。まるで若返ったかのようじゃ。ブラウンには、礼を言わねばな」

 

 ワーグは、そう言って庭で伸びをする。

 

 魔王と戦う際に飲んだ魔法薬。その副作用は、ワーグを死の淵へと追いやった。

 

 なんとか一命を取り留めたのは、奇跡に近い。

 

 回復の魔法薬だけでは、ワーグが息を吹き返すには不十分であった。

 

 そんなところに現れたのが、ブラウン神父である。

 

 神父の持ってきた『勇者の遺物』の力もあって、ワーグはこうして再び立ち上がれるまでになっていた。

 

 これなら、王と王妃の並ぶ姿をこの目で見ることができるだろう。

 

 しかし、その前にどうしてもやることがある。

 

 書斎に隠された秘密の部屋へと、ワーグは足を運んだ。

 

 久しく入ったその場所には、見覚えのある本が置かれている。

 

 題名は『ブラックムーン』。

 

 この本を処分することが、ワーグの目的だった。

 

 ワーグの奇跡の大回復──その一助を担ったのは、間違いなくこの本の存在である。黒歴史を残したままでは、死んでも死にきれない。

 

「いざ処分するとなると、感慨深いものだ。ようやく『ブラックムーン』と別れることができる」

 

 クロという少女の人生を変えたという事実に、ワーグは満足していた。

 

 それによって、この本への妙な執着心も消えている。

 

 自分が書いた『ブラックムーン』の小説に、ワーグは改めて目を通していく。

 

 相も変わらず酷い出来だったが、以前のような腹から具合が悪くなるような様子もなかった。

 

 最後のページを開き、ある言葉に目が留まる。

 

「夜空に月が輝かなくても、新月の使者が悪を挫く」

 

 この物語のおかげで日の当たる道を歩くことができたのだと、クロは喜んでいた。

 

 『ブラックムーン』は、ついに魔王という巨悪にすら打ち勝った。

 

 義賊としてクロの為した善行の数々が、クロ自身の闇を晴らした。

 

 太古に死した魔王の怨念という真実(ものがたり)

 

 ワーグの書いた拙い小説という虚構(ものがたり)

 

 クロという少女にとって、この二つの内の後者の方が大きかったのだ。

 

(それだけでも、この小説には価値があった)

 

 ワーグは、自身の小説をとても誇らしく感じた。

 

 とはいえ、これでこの小説もお役御免だ。

 

 ろうそくで本を燃やしながら、心の底から安堵する。

 

 心の重荷も無くなり、晴れ晴れとした表情でワーグは庭に戻った。

 

 そんなワーグへと、どこからともなく声がかかる。

 

「調子はどうですか」

 

 そこにいたのは、ブラウン神父だった。どうやら、見舞いに来たようだ。

 

「とても良いとも」

 

 ワーグの様子に、ほっと笑うブラウン神父。

 

 すると懐から、二枚の小さな紙を取り出した。

 

「今度のバーン王子即位の日に、催し物があるそうです。これがその招待券です。一緒に行きませんか」

 

「ほほう。どのような内容なのだ?」

 

「とある小説における義賊『ブラックムーン』の物語の劇だそうです。なんでも、クロが多大な影響を受けた作品らしいですよ」

 

 ブラウン神父の言葉に、ワーグは目を剥いた。

 

 燃やしたはずの黒歴史が、再びワーグの前へと姿を現したのだ。

 

 これはワーグも後で知ることだが、クロは過去に『ブラックムーン』を別の紙に写していたのである。

 

 後日、『ブラックムーン』の公演は大成功し、他国にまでその物語は広まっていく。

 

 それを聞いて、ワーグが泡を吹いて倒れるのはまた別の話である。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 正式な婚儀の前夜。

 

 周囲の目を盗んで、クロは王宮のバルコニーへと足を運んでいた。

 

 やり残したことが、一つだけまだ残っている。

 

「『闇点(あんてん)』」

 

 そう口にしたクロの手から、黒くて小さな点が現れる。

 

 点は浮かび上がり、瞬く間に周囲を闇で包み込んだ。これで、他人の目を気にする必要はない。

 

 クロは、自身の内側へと意識を向ける。

 

 心の奥の奥に、それはいた。

 

「こんなところに、何かよう?」

 

 洞窟のような暗がりに鎮座する、クロとそっくりの姿をした少女。

 

 クロは、その少女──魔王と視線を交える。

 

「やっぱり、あなたから優しさのような物を感じる」

 

「そりゃそうだ。魔王の怨念から生まれたとはいえ、君の中から世界を見てきたんだ。他人としてクロを見ることなんてできない」

 

 微笑みながらそう言う魔王に、嘘は無かった。

 

 少なくとも魔王と繋がっているクロには、それが分かった。

 

「あなたが力を貸してくれたから、今の私がいる。闇の力が無ければ、私は弱者として虐げられるだけだった。拷問の時に苦痛を肩代わりしてくれなかったら、きっと心が壊れていた」

 

「あー、確かにあれはしんどかった。でも、魔王の私に、気を許すのはおすすめしないな」

 

 魔王は本気で、世界を憎悪している。

 

 きっと、かつての魔王の怨念が、本能として深い所に刻み込まれているのだ。

 

 クロへの好意と世界への憎悪を両立した、歪な存在。

 

 そんな魔王を、クロは哀れんでいた。

 

 なんだかんだ自分を助けてくれた存在を、見捨たくなかった。諦めたくなかった。

 

 だからこそ、こうして魔王に会いにきたのだ。

 

「あなたに名前をあげる。私の大事なもう一つの名前。『黒い月(ブラックムーン)』」

 

 クロの口から紡ぎ出されたのは、とある義賊の名前を冠した魔法。

 

 唱えられた魔法は、クロのいるバルコニーで発動される。

 

 現実のクロの影が、宙に浮きあがり段々と形を成していく。

 

 やがて、影は人の形へと近づいていき、クロと寸分違わぬ姿へと変化した。

 

「これは……」

 

「あなたの新しい体。これからあなたは、一人の人間として生きるんだよ。……少しだけ、行動に制限を付けたけど」

 

 戸惑う魔王に、クロはそう言葉をかけた。

 

 制限といっても、悪いことを禁止しているだけである。

 

 今のクロは、闇の力を完全に使いこなしている。

 

 そうした中で、契約の魔道具が闇の力で動いていることに気づいたのだ。

 

 精神を掌握するのは、魔王が使う闇の魔法。

 

 契約の魔道具が非常に貴重だったのは、太古の魔王の時代に作られた分しか残っていないからだろう。

 

 あの魔道具は、言わば『魔王の遺物』だったのだ。

 

 そこでクロが考えたのは、クロの魔法でその契約を再現することだった。

 

「なるほど、これで私は悪いことはできない、と」

 

 魔王は、感心した様子で自身の体を眺める。

 

 そして、本当にいいのかという視線をクロに投げかけた。

 

 確かに、魔王の怨念より生まれた者への処遇としては随分と甘い。

 

 世の秩序を脅かした罪人として、排除されるのが普通だろう。

 

 それでも、この決断に悔いはなかった。

 

 誰にも赦されないということの辛さを、クロはよく知っている。

 

 ならば、一人ぐらい魔王を赦す者がいてもいいと思ったのだ。

 

「私と同じ世界を見てきたなら、きっと選べる生き方は悪だけでないはず」

 

 そう言ってクロは、魔王──ブラックムーンの手を引いて王宮の外へと連れ出した。

 

「ありがとう、と一応言っておこうかな。これなら退屈はしなさそうだ」

 

 ブラックムーンは別れを惜しむように、クロに目を向ける。

 

「一つだけお願いしていい? 王妃となった私は、義賊『ブラックムーン』は戻れないと思う。だからあなたに託させてほしい。私の夢を」

 

「やれやれ、仕方ない。クロの頼みだからね。仕方なくやってあげる。仕方なく、ね」

 

 ため息をつきながら立ち去るブラックムーン。その背中を、クロは静かに見送るのだった。

 

 魔法によって生み出されたクロの影は、王妃となったクロの代わりに夜を駆ける。

 

 『ブラックムーン』の噂は、途絶えない。

 

 どんなに月が欠けて黒く染まろうと、正義が消えることはない。

 

 月明かりの無い闇の中でも、悪党がいる所にその義賊は現れる。

 

「我が名は義賊『黒い月(ブラックムーン)』。お前の悪事に終焉をもたらすものだ」

 

 悪党の背後に現れるのは、黒衣を纏った侵入者。

 

 その言葉は、思いのほかノリノリであった。




 貴重な時間をこの作品に割いていただき、ありがとうございました。

 キャラ紹介や後日談などいつか載せるかもしれないですが、これで完結です。
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