裏設定的な物が含まれていますが、読まなくても問題ないです。
後日談 それぞれの日常
「クロ。今夜も頼めるか?」
バーンのその言葉に、肩を震わせるクロ。
王宮の中にいる者には聞こえない程度の声量ではあったが、クロの耳には嫌にはっきりと聞こえた。
バーンが国王になってから、定期的に
クロはこの頼み事をされるだけで、少しの高揚と興奮を覚えるようになってしまった。
いや、されてしまったというべきであろうか。
(これは、私のせいじゃない。私を虜にしたバーンが悪いんだ)
そう自分に言い訳をしながらも、クロはついつい夜のことで頭がいっぱいになった。
これでは、せっかく覚えてきた政務にも手がつかない。
国王バーンが治めるこのドラファイス王国は、変革の真っ最中である。
今まで力のみが求められてきた王族が、様々な分野の政務に関わるようになったのだ。
これによって野放しだった貴族たちの手綱が握られることとなり、内政も比較的安定している。
しかし、悪徳貴族が完全に消えたわけではない。彼らは、より巧妙になった。
思いもよらぬ手段によって、法の目を掻い潜る者。
法の抜け道を探し出して、咎められないように悪事を為す者。
それらの対処を、模索しなければならない。
加えて周辺の国々の動向も、無視することはできない。魔王の出現した国として、竜の国を非難しようという動きもある。
課題は山積みなのだ。
クロは、自分の頬を両手で叩く。
「今は、目の前の仕事に集中!」
そうして作業に取り掛かるクロ。
最後の書類に目を通すまで、どのくらいかかっただろうか。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
疲れた体を引きずって寝室へと向かうと、先に戻っていたバーンが椅子に座っていた。
「疲れているようだな。今日はやめておくか」
そう言って、クロを慮るバーン。
クロの何倍もの仕事をこなした後とは、到底思えない。
「いや、いいよ。この仕事は、私が言い出したことだし」
クロの仕事は、バーンの政務を一部分担するというものだった。
バーンだけに、頼り切りではいけない。
もしバーンに何かがあったとき、自分がバーンを支えたい。
そんな思いから、クロは率先して仕事をこなしていたのだった。
言わばこれはクロ自身の事情であり、それでバーンをないがしろにするのは本意ではない。
(それにバーンと
クロの期待するような眼差しに、バーンは服を脱ぎ始めた。
品のある服の下から、バーンの上半身が露わになる。
何度見ても、クロはこの逞しい体に惚れ惚れしてしまう。
中でもクロの目を捕えて離さないのが、掴まれれば逃げられないであろう強靭な腕──の片隅に残った竜の鱗であった。
「──かっこいい」
光沢のある燃えるような赤色に、クロは目を輝かせる。
「では、あとは頼んだ」
少し照れくさそうにしながら、バーンはクロに近づくように促した。
クロは、バーンの温かく熱を帯びた背中に手を当てる。
バーンの中に渦巻く竜の力を、闇の力で吸い取っていく。
魔王との戦いで、バーンは限界以上の竜の力を解放した。
竜の化身の末裔である王族は、竜の力の制御を失えば肉体が灰となってしまう。
老いによってゆっくりと制御を失っていくことが、竜の化身の寿命といってもよい。
限界を超えた力の解放とは、言わば寿命の前借りなのだ。
だが、それを知ったクロによって、この問題は解決に向かうこととなる。
制御できないほどに竜の力があふれてくるのなら、それを吸い取ってしまえばいい。
クロの協力によって、本来であれば縮んでいたはずの寿命は無かったことになった。
こうして定期的にクロがあふれる竜の力を取り除く限り、バーンは人並みに生きることができるのである。
「……すまない、世話をかける」
「本当に、気にしないでいいよ。竜の体を見ると、私の疲れも吹っ飛ぶし」
バーンの言葉に、クロはそう返答した。
この行為をするようになって以来、クロは竜の虜になってしまった。
義賊もかっこいいが、竜もかっこいい。
仕事中も、この竜の鱗が一部に生えた体が頭から離れなかったのだ。
人間の肉体美に竜という人外の魅力が混じっているのが、特にクロの気に入っている部分である。
「よし、疲れた目も元気になったことだし。おやすみ」
施術を終えて一通りバーンの体を堪能したクロは、ベッドに倒れるや否やすぐに寝息を立て始める。
隣にいるバーンも、服を着たあとに遅れて体を横にした。
「おやすみ、クロ」
バーンはそう言って、クロの頭を撫でる。
愛おしそうな眼で、クロの横顔を眺めながら──。
◇ ◆ ◇
レインは悩んでいた。
クロが王妃になって以降、レインは激務に追われている。
帰ってきたクロとバーン王子が婚姻をするに辺り、クロと盟友関係にあったフローレス家の地位は向上。
フローレス家の悲願である『杖』の解析に近づけた──まではよかった。
地位の向上したフローレス家には、様々な仕事がまわってきた。
その全てを、レインは完璧にこなした。
仕事の傍らで、兄のオルターと共に『杖』の研究をする。
オルターが主導の研究であったが、レインに不満は無かった。
充実していた。満ち足りていたはずだったのだ。
──ある誤算が生じるまでは。
「え……?」
レインの口から、思わず声が漏れ出る。視線の先には、鏡に映った自身の顔。
そして、その青色の髪に混じっている、一筋の白。
──白髪である。
髪の色が白いのは、珍しいことではない。魔法の属性などのように、様々な要因が髪の色に影響を与える。
だが、後天的に髪の色が白に変わる現象は、聡明なレインをもってしてもただの白髪というほかない。
(老化!? 思えば、少し皺があるような……)
鏡をまじまじと見つめながら、レインは眉を顰める。
実際は白髪一本のみしか大きな変化はないのだが、疑心暗鬼はレインの目を曇らせた。
不安を抱えた心であれば、どのような些細なところも気になってしまう。
レインは、自身の美しさが保てなくなることを恐れた。
美とは、人生に色彩を与えるものだ。
自身を美しく磨くのは、自己肯定感を上昇させ、仕事などの効率を上昇させる。
レインのこれまでの研究の三割は、化粧品の開発である。
美を保つことは、合理的なこと──これがレインの哲学だった。
そして現在、その合理性にヒビが入ろうとしている。
ここのところのレインは、働き過ぎていた。
いくら充実しているといっても、過度な労働は体に毒である。
「何とかしなくては」
そこからのレインの行動は早かった。
ウィンとオルターを巻き込んで、若さを保つための研究を新しく立ち上げたのだ。
「白髪の一本や二本、そんなに気にすることか?」
「合理的にすぎるオルター兄様には、女心など分かるはずありませんでしたね」
無神経なオルターの言葉を跳ね除けるレイン。
「私の目から見ても、レインは美しいと思いますが……」
「ウィン。あなたも同じ女なら止めないでください。これは新たな需要でもあるのです」
言葉巧みに、レインはウィンを説得した。
需要があるというのは、嘘ではない。この研究が成功すれば、莫大な富が手に入ることとなるだろう。
若返りの魔法薬として売り出せば、フローレス家の利となることは確実だ。
難航する研究だったが、レインはある人物に目をつけた。
ルージュ・ヴァレッド。竜の肉体を手に入れた者である。
「確かに、老化は緩やかになっている気がしますわ。私としてはもう少し背を伸ばしたいのですが……」
そう語るルージュに、レインは手応えを感じる。
抽出した竜の力を分析できれば、魔法薬として再現できるかもしれない。
早速、ルージュの血を採取させてもらったレイン。
レインのやる気と労力により、仕事と両立させながらも研究はかなり進んだ。
竜の力は、生命力と深い関係があるようだ。
ようやく成果を出せると、躍起になって研究にのめりこむ。
明らかに不健康な生活を送るレインだったが、周りの声は届かない。
若さに取り憑かれ、普段の聡明さもどこへやら。
「なぜ……? また、配分からやり直さないと」
ぶつぶつとしたレインの呟きは、暗い研究室の中で消えていく。
そこへ突然、光が差し込んだ。
光が漏れ出した扉の向こうから、リアが現れる。
「依頼を受けたので、あなたを外へ連れ出させてもらいますわ」
「なにを……」
呆気に取られるレインは、そのまま土の人形に外へと運び出される。
久しく浴びていなかった日差しのもとに連れ出されたレインは、眩しさに目を細める。
連れ出された先であるフローレス家の庭では、パーティーが開かれていた。
クロと国王バーンの姿もあり、仲間たちが勢ぞろいである。
机の上に盛り付けられたご馳走に、思わずレインのお腹がなった。
ここ数日、まともな物を食べていなかったかもしれない。
「これは?」
「君への労いの場だそうだ。たまには息抜きをしないと、ね」
レインの疑問に答えたのは、グレンだった。
その手には、小さな赤子を抱いている。
リアとグレンの子供だろう。
「言ってくれれば、祝いの品を用意したのですが」
申し訳なさそうに、レインは口を開く。
友達の近況を知ることもできないほど、レインは忙殺されていたのだ。
いつの間にか、人としての礼儀まで欠いてしまっていたらしい。
「あまりにも、レインが忙しそうにしていたので……。言うに言えませんでしたの」
リアは食事を持って、グレンの隣へとやってきた。
かつての仲間の気遣いに、レインは自身を省みる。
その日、久しぶりにゆったりと一日を過ごすことになった。
月日が経ち、フローレス家から新しい魔法薬が売り出されることとなる。
若さを保つ美容目的のその薬の名は、『
魔法薬の瓶の裏には、開発者の有名な言葉が載っている。
「余裕を持つことこそが、最も合理的な若さの秘訣である。 レイン・フローレス」
◇ ◆ ◇
これは、遠い未来の話。
ドラファイス王国の変革は、歴史に刻まれた。
国王バーンの石像は、人々の記憶の代わりに過去の偉業を記録する。
時が経っても、かつての時代の名残は残り続ける。
「おうおう、お嬢ちゃん。ここは、あんたみたいなちんちくりんが来る場所じゃねぇよ」
酒と食事の香りが漂う場所で、ある少女に絡む大男が一人。
ここは『土竜ギルド』。冒険者たちの仕事を斡旋する場所である。
食事をすることもできるこの場所には、柄が悪い人間も少なくない。
貧しい者でも食うのに困らない場所として、知られているからだ。
離れたテーブルで飲み食いをする冒険者たちは、少女と大男の様子を遠目から眺める。
「また、絡んでるよ。あの野郎。俺らより強い癖して、弱い者いじめとか……」
「ここらで知られてないとなると、どこの国からの流れ者なんだか……」
その中の二人は、こそこそと陰口をたたくのが関の山であった。
あの絡んでる男は、新人を虐めることで最近有名なのだ。
急に現れたため、ギルドも対応しきれていない。
「まあでも、あんな女の子が来る場所じゃねぇのは、間違ってねぇわな」
「最近は、魔物討伐の依頼ばっかりだ。あんな女の子に、受けられる依頼はほとんどない」
魔物。それが、少し前から世間を騒がせている存在だ。
魔王がいた時代に、闇の力を得て変質し狂暴化した獣らしい。
この国では大昔に王族によって殲滅されていたが、最近になって再び数を増やしているようだ。
竜の化身の末裔である王族も対応しているが、他国から流れ込み急速に増え続ける魔物の対処は容易ではない。
「いつもいるギルドの警備は、何をしているんだ。A級冒険者のあいつらなら、あそこに割って入れるだろう」
「ギルドのA級冒険者もギルド長も、今は軒並み遠征中だ。あいつを諫められるやつは、この場にはいない」
彼らは半ば諦めつつも、心配そうに少女を見る。
あの様子なら、お金を脅し取られるぐらいで済むだろう。
少女が変に逆らわないことを、祈る冒険者たち。
「誰? 邪魔なのですけれど」
だが、その少女はひるまなかった。
自分の何倍もあろうという大男を、フードの下から睨みつける少女。
まずい、と誰しもが考えた。
「あ? なめてんの、お前?」
大男は、少女に手を伸ばす。
二人もさすがに止めに入ろうかとしたその時。
大男の体が、勢いよく浮かび上がった。
少女が男を蹴り上げたのだと、遅れて周りが理解する。
大男が突き刺さった天井からパラパラと落ちる木片を、少女は事もなげに頭から払い落す。
皆が口をあんぐりと開ける中、少女は何事も無かったかのように受付へと向かう。
「ギルド長の元へ、案内してもらえる?」
「……はっ!? ……申し訳ありません。今ギルド長は留守でして」
「でしたら、日を改めますわ。私の名前だけ伝えといてくださる?」
「ええ、それなら可能です。名前と職業を教えてくださいますか」
少女の言葉に、受付は頷く。
「ルージュ・ヴァレッド。S級冒険者ですわ」
その言葉を聞いた者は、耳を疑った。
S級の認定を受けた者は、数えるほどしかいない。最後のS級の冒険者が現れたのも、もう何十年も昔のことだった。
あのような少女が、S級冒険者などありえない。
受付への用が済んだ少女は、ギルドを後にする。
帰り際に、少女は振り返って『土竜ギルド』の建物を改めて見る。
その少女の眼差しは、まるで老人が昔を懐かしんでいるかのようであった。
続く……のか?
最後のやつは、書いてみたかった展開なので深く考えずに書きました。
他の書きたい物を書けたら、この未来の話を書くかもしれない。