こんな便利な機能があることを今まで知らなかった…。
前回までの会話文の一部が不自然だったので修正してます。
7話 ウィンのおつかい
庭でウィンの魔法の練習を見ながら、ワーグはつい先日に受けた報告を思い出す。
「『杖』を奪還することに失敗した上に、婚約者候補として選ばれてしまった」
『ブラックムーン』からそう聞いたときは、思わず卒倒してしそうになった。
失敗したという部分にではない。
無茶をお願いした立場で、そこにとやかく言うのはお門違いだ。
実際なんとか帰還しただけでもよかったと思えるほどに、ワーグは情に深かった。
絡め手や不意打ちなんでもござれの義賊なら、あるいは盗み出せるやもしれない。
だが当初のその考えは、今となっては甘かったと言わざるえない。
王宮は、それだけ強固な守りが固められていたのだろう。
問題は、婚約者候補に選ばれてしまったという部分である。
先日の王宮での出来事は、他貴族の間でも大きな話題となった。
あの義賊がなぜか『紋章』の光を放っていたというのも、当然知れ渡っている。
ある程度年を重ねている貴族ならば、前回行われた『杖』の儀式のときに『紋章』を目にした者も少なくない。
ワーグの目から見て、あの『紋章』の輝き方は歴代の記録を大きく更新するものであった。
過去の儀式の記録では、どれだけ『紋章』が光っていても、せいぜい夜になったら目立つという程度である。
ところが、『ブラックムーン』の『紋章』は真昼間でも布で隠す必要があるほどだ。
おそらく、今回の儀式でもあれほどの『紋章』を手にする候補はいないだろう。
これからの婚約者候補争いに『ブラックムーン』が巻き込まれるのは、確定事項といっていい。
ワーグは、今更『ブラックムーン』を巻き込んだことを後悔する。
候補になったということは、『ブラックムーン』がバーン王子と同年代の若い女性だということだ。
ワーグにとっても、あの義賊が少女だというのは驚きだった。
依頼がなければ、あの少女が巻き込まれることはなかっただろう。
排除はもちろん、囲い込みや服従など様々な方法で貴族から狙われる。そんなあの義賊の少女の先を思うと、ワーグの心が痛んだ。
「こんなことなら、老体に鞭打ってでも吾輩が行けばよかったのだ。……それにしても、なぜあの義賊がここまでの適性を持っているのだ?」
後悔する一方で、ワーグは『杖』の未来予知に疑問を抱く。
過去最高レベルの『紋章』の輝きは、あの少女のどんな価値を示しているのか。
それさえ分かれば、やりようはある。
婚約者としての価値を失えば、『紋章』の光は消えて貴族に狙われることもなくなるはず。
あの少女の安全のためにも、調べるべきである。
『ブラックムーン』の情報はほとんどが不明だが、以前少しだけ見た影を使った魔法の特異性によるものだとワーグは睨んでいた。
しかし、あのような魔法に関する記述は見たことが無い。魔法に関する本や資料を国内外問わず読み漁ったワーグが知らないのは、はっきりいって異常である。
いや、まだ目を通していない資料に、一つだけ心当たりがあった。
国外にある教会の本部──そこで厳重に保管されている魔王や勇者が台頭していた時代の資料は、ワーグも閲覧できていない。その資料を調べれば、何か分かるかもしれない。
教会に所属している伝手を頼って、なんとか見せてもらえないだろうか。
古い知己を久しぶりに尋ねようかと考えていると、魔法の練習をしていたウィンがこちらの表情を伺っているのにワーグは気づいた。
「ワーグおじ様、私の魔法にどこかおかしい部分などありましたか?」
どうやら難しい顔をして、ウィンを誤解させてしまったらしい。
ワーグは考え事を中断して、魔法の練習についての所感を告げる。
「すまない、考え事をしていてな。吾輩から見たところウィンの魔法はとても優秀だ。このまま練習すれば、吾輩を超えるのもそう遠くはないかもしれんの」
ウィンを預かってから魔法について教えているが、ウィンの成長は著しい。
持前の魔力量の多さも相まって、魔法の上達はとどまることを知らなかった。
ワーグという優秀な師や深夜にウィンを連れだしている友人の指導もあるのだろうが、それだけでこの速度の成長はありえない。
目標を立てることで成長しやすくなるのは魔法に限った話ではないが、魔法はとくにその傾向が顕著に表れる。
ウィンが目標としているものは、ワーグの目から見ても明らかだった。
自分を絶望の淵から救った『ブラックムーン』への思い。
教育としてワーグが貴族の情勢について話す際、『ブラックムーン』の話が出る度にウィンは目をキラキラさせながら真剣に聞くのである。
自分の黒歴史が実体化したようなものなので、ワーグからしたらあまり触れたくない話題だ。
だが、『ブラックムーン』が今の貴族にもたらした影響は計り知れない。よって触れざるを得ない。
そのジレンマは、ワーグに絶大なストレスを与えていた。
「考え事とは、もしや『ブラックムーン』のことですか?」
ウィンの悪気の無い疑問が、ワーグの
純粋に期待するような声に、良心の呵責から誤魔化すことはできない。
「おほん。あの者が使う魔法に、少し興味があってな。調べるために教会の古い友人を訪ねようかと考えていたのだ。しばし留守にするが、ウィンに家を任せてもよいかな?」
ウィンの魔法の実力はすでに現役の貴族たちと比べても、見劣りするどころか凌駕していてもおかしくはない。
若くしてここまでの才能を持っているなら、努力すれば将来ワーグのように魔法だけで貴族としてやっていくのも難しくはないだろう。
精神状態も昔と比べて安定したようなので、ここら辺で少し貴族としての責務の一部を任せてみるのも悪くはない。
「どのくらい留守にするのですか」
「貧民街の近くの教会を訪ねるだけじゃ。相談内容も手紙でも済むようなものだから、一日もかからんよ」
そう答えると、ウィンから一つの提案がされる。
「ワーグおじ様、それなら手紙を私に預けてくださいませんか? ちょっとでもおじ様のお役に立ちたいのです」
キラキラした目でワーグを見つめるウィン。
貧民街と言えば、『ブラックムーン』と縁深い場所だ。行きたがるのも無理はない。
最近は貧民街の治安もいいときく。
ウィンの実力なら、並大抵のことは自身で対処できるだろう。
「道中の貧民街を通る時は、気を付けるんじゃぞ」
そう返事するとウィンは嬉しそうに笑った。
子どもの成長というのはいつだって眩しいものだと、ワーグは感慨にふけった。
◇ ◆ ◇
クロは貧民街を歩きながら、布で覆った『紋章』を手でさする。
腕から光を発しているが、怪我をしたかのように腕に布を巻いていれば隠すことも難しくはない。
教会でブラウン神父の手伝いをしても、心配されるだけで訝しまれたりはしなかった。
義賊としての活動は、今は一時的に休止している。この腕に慣れるまでは、訓練あるのみだ。
クロが大きな怪我をしたと噂になっており、貧民街の一部の治安が再び悪化している。
クロを恐れているだけで、心の底から改心してない人間もいるのだろう。
そんなわけで、休止中の訓練がてら治安維持のパトロールに努めている。
これからは魔法だけに頼るのでなく、体術や小道具の扱いなんかも上達しなければ。
現在のクロの方針は、婚約者の選定をなるべく早く終わらせることであった。
報告のときにワーグに聞いた話では、『紋章』は婚約者が決定すれば消えるのだという。
つまり、あのバーン王子がとっとと婚約者を決めてしまえば解決だ。
また、それによって婚約者の座を巡った貴族の争いも終われば、悲しみの連鎖も少しは落ち着くだろう。
そのためにできることは、一部の貴族たちの裏工作を抑えて婚約者選びを円滑に進めさせることである。
以前、クロが『ブラックムーン』として活動していたときは、貴族たちは悪事を控えたという。
『ブラックムーン』としての噂を絶やさないように活動を続けるだけでも、貢献としては十分だろう。
(そのためにも訓練を重ねて、急いで義賊活動に復帰しなければ──。ん?)
パトロール中の考え事を遮ったのは、裏路地から聞こえてくる男女の集団の会話だった。
男たちの方の声は少しドスがきいており、穏やかな会話ではなさそうである。
裏路地を覗いてこっそり様子を伺うと、そこにいたのは複数の男性に絡まれたウィンだった。
(なんで、こんなところにウィンが?)
男性たちの方は、どうやら酒に酔っているようだ。
「貴族の嬢ちゃんが、こんなところに来るなんて冷やかしか? 俺らに少しお金を恵んでくれよ。女で遊ぶ金が足りねぇんだよ」
「そうだそうだ。なんなら、あんたが相手してくれてもいいぜ」
不快な笑い声が裏路地に響く。
クロは割って入ろうかと思ったが、この状態でウィンに会っていいものかと思って踏みとどまる。
『ブラックムーン』との関係が深いウィンなら、クロの正体に気づくということもあるかもしれない。黒装束の姿しか知らないはずだが、万が一ということもある。
仮にバレたとしてもウィンなら黙っていてくれるだろうが、危険に巻き込んでしまうかもしれない。
今まで正体を明かしたことは誰にもなく、バーン王子にも名前だけしか明かしていない。
『ブラックムーン』としての人との繋がりは公にはなっていないが、クロの方の繋がりは別である。
聞き込みでもされたら、すぐに素性を暴かれるだろう。
いつか『ブラックムーン』の正体がウィン以外の悪意をもった誰かにバレたとき、クロの方の身辺関係を利用されるかもしれない。
もともと、そういった危険を想定していた。
ブラウン神父や貧民街の住人などとは、多少必要なやり取りはすれど近くなりすぎないように一線をひいている。
そのこともあり、クロとしてウィンと接触するのはためらいがあった。
今のウィンなら、一人でなんとかなるだろう。
しかし、かといって、友達の災難を無視するのもどうなのか。
悩んでいたクロを他所に、男性たちはしつこくウィンに食い下がる。
そんな中、ウィンは全く物怖じせず口を開いた。
「恵んでもらいたいなら、それ相応の態度を示しなさい。あなたたちのような下劣な輩に与えるものなどありません。魔法で痛い目に会いたくなかったら、ここから退きなさい」
クロの前では見せたことも無い強い態度で、ウィンはきっぱりと断る。
虐待を受けていた時のおどおどとした様子は、見る影もない。
ウィンが一歩前に出ると、狭い裏路地を強風が過ぎていく。
男性らのほうも少し怯んだようで、ウィンから何かをもらうのを諦めたようだ。
これなら、クロが介入しなくてもなんとかなりそうである。
ただ、少女に怯まされたのが気に食わないようで、減らず口をたたき続ける。
「なんだよ、ちょっと冗談いっただけじゃねーか。これだから貴族様は」
「裕福な癖に、貧しい俺らに何か恵もうとも思わないのか、心の狭いこった。俺たちの『ブラックムーン』がただじゃおかねぇぞ」
聞き馴染みのある名前が男性らから出たことに、思わずクロは顔をしかめた。
『ブラックムーン』はお前たちのような小悪党にとっての都合のいい存在じゃないんだが、と内心ツッコミを入れる。
「今『ブラックムーン』とおっしゃいましたか?」
ウィンがそう呟くと、路地裏の外の風の動きが変わり始める。
路地裏の中の男性たちが、それに気づいた様子はない。
「そうさ、『ブラックムーン』さ。やつが入れば、お前ら貴族なんか怖かねぇ。俺たちの正義の味方が今にお前に天誅を下すに違いない」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらウィンを煽る男たちを前に、ウィンが氷のように冷たい表情で手を前に出した。
「──お前たちのような悪党が、『ブラックムーン』を語るな」
そうウィンが告げた瞬間、裏路地の中を暴風が荒れ狂う。
男たちは裏路地の中を飛び回った後、覗いていたクロの横を通り過ぎて表に放り出された。
クロは普段見ないウィンの迫力に、タジタジになる。
魔法の名を唱えずにここまでの威力を出した貴族は、クロの記憶にはない。
仮に正面からウィンと戦えば、クロでも勝つのは難しいだろう。
ウィンのことは怒らせないようにしようと、固く誓ってその場を後にするクロ。
一人で貧民街の荒事を対処できるようだし、無理に会わなくてもよいだろう。
やはり、クロの状態でウィンと知り合うのはリスクがある。
しかし、貧民街になんの用があって来たんだろう。
(巡回もあと少しで切り上げるし、教会に戻ってから考えよう)
頭に浮かんだ疑問を後回しにして、クロは貧民街の巡回に戻った。
◇ ◆ ◇
教会に着いたウィンが扉を開けると、そこには黒い髪をした少女がいた。
ウィンに年が近そうなその少女は、窓を拭いておりこちらに気づいた様子はない。
「忙しいところ、少しいい? ここの神父さんに用があるのだけど」
振り返った少女は、ウィンを見ると固まってしまう。
今のウィンは、貴族としてふさわしい恰好をしている。
それが威圧感を与えたのかもと考え、ウィンは謝罪した。
「ごめんなさい、いきなり声をかけてしまって。私の名前はウィン・グリーム。……もしよかったら、あなたの名前も教えてくれる?」
ようやく硬直から戻った少女は、名前を告げた。
「……クロ。ここのお手伝いをしてる。ブラウン神父なら、もうしばらくしたら戻ってくる」
そう言って、クロはウィンの前から逃げるように裏に引っ込んでしまう。
引っ込んでしまう前に、ウィンは少女の手に巻いてある布に気が付いた。
(手を怪我してるのかな)
しばらく教会の長椅子に座って待っていると、ワーグと同年代の男性が教会に戻ってくる。服装から見て、この人がブラウン神父だろう。
「こんにちは、ブラウン神父。ワーグおじ様のところで世話になっている、ウィン・グリームと申します。今回はおじ様からのお手紙を預かってきました」
そういうと、ブラウン神父は快く手紙を受け取る。
中身を拝見したブラウン神父は、ウィンに言伝を頼んだ。
なんでも頼み事には少し時間がかかりそうだから、目途が立ったらブラウン神父の方からワーグの屋敷に伺うとのことだ。
用が済んだウィンだったが先ほどの少女が気になり、ブラウン神父にクロのことを話す。
「さっき、会ったときに逃げられてしまって。気を悪くさせたならごめんなさいと伝えといてもらえませんか」
そうお願いすると、笑いながらブラウン神父は返答した。
「クロは、そんなに気の弱い子ではないですよ。貧民街でも姐御肌として慕われているようですし」
一応伝えておくとは了承してくれた神父に、別れの挨拶をして教会を後にする。
「おーい」
教会から少し歩いたところで、後ろから誰かを呼び掛ける声がしてウィンは足を止めた。
貧民街は閑散としているので、この場で呼びかけられる対象はウィンしかいない。
振り返ると、そこにいたのは先ほど出会った少女クロだった。
追いついてきたクロは、布を包んでないほうの手で黒っぽい外套を差し出す。
「これ、あげる。治安が多少良くなっているといえど、そんな恰好で貧民街をうろつくなんて絡んでくださいって言ってるようなものだし。今度からはこれを羽織るといいよ」
「これでも貴族だから、身に掛かる火の粉を振り払うぐらいはできます。心配ご無用です」
断るウィンだったが、目の前の少女は頑なに手を引っ込めない。
しょうがなくウィンが差し出された外套を受け取ると、お礼を言う間もなくクロは走り去っていった。
(姐御肌って言われていたぐらいだし、世話焼きなのかな。……次会う時に、お礼を言えるといいな)
そんなことを思いながら、ウィンは受け取った外套を羽織る。
体を包んだその布からは、どこか安心するような、懐かしい匂いがした気がした。
クロ「『杖』を盗むつもりが『杖』に選ばれちゃった。」
ワーグ「(失神)」
クロのいう距離を置いているというのはお節介を焼く癖にお返しを何もさせないというものなので、距離を置いた気になっているだけです。
怒ったウィンの迫力がいまいち欠けてる気がする。迫力のある表現ってどうすればいいんのだろうか。