放課後に、僕らは   作:やまざる

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じゃあ、また夏の中で

『じゃあ、また夏の中で』

 

───

 

修了式が終わったあと、湿気を含んだ夏の風と、校長先生の長い話の余韻を引きずりながら、生徒たちは二年七組の教室へ戻ってきた。

 

がらんとした教室の空気が、にわかに色づいていく。

椅子の脚が床を擦る音。机の上に置かれる鞄やプリントの重み。どこか浮足立った笑い声。

みんなが「終わった」という安堵と、「始まる」という高揚を同時に抱えているのが、空気から伝わってきた。

 

文蔵想汰は、自分の席へ戻ると、教室の隅に腰を下ろして静かに窓の方を見やった。

夏の光が差し込む窓辺には、カーテンがふわりと持ち上がっている。そこに見えるのは、青く膨張する空と、どこからか聞こえる蝉の声──。

 

「席に着いてくださーい」

 

柔らかく響く声に、わずかに教室が整う。

 

教壇に立った小橋先生は、いつものように優しげな笑みを浮かべながら、クラス全体を見渡した。

彼女の髪が肩で揺れ、少しだけ顎を引くと、教室は自然と静まっていく。

 

「今日で、一学期も終わりです」

 

その一言に、ざわめきの名残がぱたりと消えた。

 

「夏休みは、それぞれいろんな過ごし方をすると思います。遊びに行く人も、勉強する人も、部活に励む人も……。でも、どうか、あまり羽目を外しすぎないようにしてくださいね」

 

生徒のあちこちから、小さな笑いと軽口が漏れる。それにも小橋先生は、苦笑まじりに応じた。

 

「ええ、わかってます。言いたくなる気持ちも。でも、ひとつだけお願い」

 

声のトーンがほんの少しだけ柔らかくなったのを、文蔵は感じた。

 

「どうか、誰一人欠けることなく、元気な顔で二学期を迎えましょう。それだけが、先生の願いです」

 

その一言に、返事はなかったが、沈黙は肯定の色をしていた。

 

文蔵はそっと視線を横に流す。

 

そのすぐ先、教室の後ろ側で、日暮夏彦があくびを噛み殺していて、椿原澪は窓際でじっと何かを考えている。

そして一番後ろの席では、朝倉彰良がぼんやりと天井を見上げていたが、ふいに文蔵と目が合って、にっと笑ってみせた。

 

文蔵も、ほんのわずかに、口角を上げた。

 

夏が始まる。

 

誰にとってもきっと、同じではない夏が。

 

───

 

修了式を終えた午後、教室に残っていたのは、数人の生徒たちだけだった。

 

大掃除を終え、下校する足音が少しずつ遠のいていくなかで、四限組の四人は、自然といつものように自分たちの席のあたりに集まっていた。

 

会話の始まりは、いつも決まっていない。けれど、なぜか会話は始まってしまう。

 

「……なあ、みんなって夏休み、何か予定ある?」

 

夏彦が椅子を後ろ向きにして、背もたれに顎を乗せながら言った。

 

どこか無気力そうに見えて、でもその瞳はどこか楽しげだった。

 

「海。行きたいなあ。あと、花火大会。今年はさすがに人多そうだけど」

 

「お前、人混み苦手じゃなかったか?」

 

彰良が教室の隅で拾ったチョークのかけらをくるくる指で回しながら、気の抜けた声で返す。

夏彦は片手で扇風機のスイッチを押しながら、にやっと笑った。

 

「人混みは苦手。でも、花火は好き」

 

「わがままだな」

 

「お互い様でしょ」

 

なんでもないやりとりが、暑さの中でふわりと浮かぶ。

 

椿原澪は、少し遅れて会話に入った。窓の外を眺めたまま、つぶやく。

 

「……僕は、毎年あんまり変わらないかな。本を読んで、静かに過ごすくらい」

 

「でもこの前、図書館の推薦図書コーナーで、ちょっと迷ってたろ。『星天の王』、読むか読まないかで。珍しく少年漫画見つめてたから覚えてるぞ」

 

「……あれは、なんとなく、あらすじが気になっただけだし」

 

澪の頬が、ほんのり赤くなる。夏彦がその様子を見て、くくっと笑った。

 

「ま、静かなのも似合ってるよ、澪は」

 

「ありがとう。夏彦は……?」

 

「俺は録音三昧かな。虫の声とか、夏祭りの音とか。音って、記憶になるからさ」

 

その言葉に、文蔵はふと目を上げた。

 

記憶になる。

 

それは彼にとって、誰よりも切実な言葉だった。

 

「想汰は?」

 

今度は彰良がふと問いかける。

 

その顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいるが、問いかけそのものは、意外なほど真面目だった。

 

文蔵は少しだけ考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……夏の記録でも、残そうかと」

 

「ほう。例の《記録帳》、復活するか?」

 

彰良がにやりと笑う。文蔵はかすかに首を振った。

 

「……まだ、考え中。でも、なんとなく。書いてみたいことは、あるかもしれない」

 

その曖昧な言い回しに、誰も茶化さなかった。

 

むしろ、その“考え中”の余白を、ちゃんと尊重するように、三人はそれぞれのペースでうなずいた。

 

蝉の声が、強くなったり、遠ざかったりする。

窓から入り込む風が、机の上のプリントをめくっていった。

 

「――じゃあ、さ」

 

彰良が、ふと思いついたように言った。

 

「みんなで、また夏の終わりに、ここで話そうぜ。なんでもない話でもいい。記録でも録音でも、なんでもいいから、さ」

 

「賛成」

 

「……いいかもね」

 

「……うん」

 

文蔵も、小さくうなずいた。

 

四人は、それぞれの“今”を抱えて、夏に向かって散っていく。

けれど、また会える。その確信だけは、何よりも確かだった。

 

──そして夏が、静かに始まる。

 

 





蛇足

椿原澪が気にしてた少年漫画『星天の王』

かつて、夜空には「八十八の星座の王」が存在した。それぞれの星座は世界の均衡を保ち、人間たちはその加護のもとで生きていた。
しかしある日、突如として“第89の星座”が現れ、宇宙の調和は崩壊する。

星々の力を宿す少年・シンは、自分の中に眠る「第1星座・獅子の王(レオ=レグルス)」の力に目覚め、星座の加護を喪った世界を再び照らす旅へ出る。

その旅の先にあるのは、「星を統べる王」の座。
だが、それを望むのは彼ひとりではない。

“星の紋章”を持つ者たちとの激しい戦いのなかで、シンは問われる。

「世界を照らすとは、誰かが影になることか?」
「“王”になるとは、誰かを従えることなのか?」

少年は、選ぶ。
この空の、すべての星が輝く未来のために──
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