『購買戦争、リターンズ』
チャイムが鳴った瞬間、椅子を引く音が四つ、教室の奥から立て続けに響いた。
「よしっ。作戦開始!」
先頭を切ったのは、やっぱり朝倉彰良だった。昼休みの始まりと同時に立ち上がり、廊下に飛び出しながら叫ぶ。
「購買、走るなー! でも俺たちは例外!」
そんなわけあるか、と椿原澪がぼそりと突っ込みながらも、歩幅を少しだけ広げてついていく。その後ろからは日暮夏彦がイヤホンを外し、録音機をポケットにねじ込みながら「じゃあ競歩くらいで」と小声でつぶやいて笑った。
最後に、文蔵想汰が鞄から財布だけを器用に取り出し、無言で列に加わる。
購買はいつも混雑する。特に人気のあるパンが出る日なんかは、昼休みが戦場と化す。そんな購買戦争の第一波に挑むのが、今日の彼らの目的だった。
「狙いはチョコメロンパン! あれが最後の一個だったら、俺は容赦しない!」
「いや、俺はハムカツパンなんだけど……」
「俺はジャーマンポテトのやつかな……」
静かに指を立てて、文蔵が《あんバター》を示す。
「バラバラじゃねぇか!」と彰良が叫ぶ。「連携しようって気はないのかお前ら!」
「逆に狙いが分かれてるほうがいいじゃん。取りやすいし」
夏彦の冷静なコメントに、彰良がむむむと唸った。
購買前の廊下はすでに人で溢れている。先頭集団に食い込めなかった四限組は、列の隙間をぬうようにして中へと入っていった。
「お、澪。右サイドから行けそうだぞ!」
「いや、こっちから詰めると逆に詰まる。上手く左から回り込んで──」
「うおっ、文蔵がもう手に取ってる!? はっや!」
気づけば、文蔵はすでにレジ前で《あんバター》を握っていた。絶妙なタイミングで棚に手を伸ばし、一歩も無駄にしない動きで獲物を確保するその姿は、もはや職人芸の域である。
「くそぉ……! さすが“無言の制圧者”……!」
「誰がつけたんだよその二つ名」
澪が呆れたように笑う。
その後、夏彦も無事にジャーマンポテトパンを確保し、澪は迷いながらもハムカツパンに滑り込み成功。
そして、最後に残されたのは──
「……あ、チョコメロンパン売り切れた」
肩を落とす彰良の姿だった。
「ちょっとぉおお! 今日のために朝ごはん控えてきたのに! ひどくない!?」
「知らんがな」
「敗北者じゃけえ……」
夏彦がなぜか時代劇調で囁いた。
最終的に、彰良は渋々“あんぱん”を手に取り、四人は戦果を胸に教室へ戻る。
「でもまあ……負けてもさ。楽しかったろ?」
「うーん、悔しいけど……」
彰良がパンの袋をぶんぶん振りながら言う。
「次こそは、絶対勝つからな! “購買戦争・第三次”にご期待ください!」
教室の窓の外、風に乗って落ち葉が舞っていた。
なんでもない昼休み。けれど、こういう日々が、いつか一番眩しく思えるのかもしれない。
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『誰が一番うまいんだ選手権 ~お弁当の一口交換編~』
昼休みの教室には、弁当のフタが開く音と、箸を割る「パキン」という小気味よい音が重なっていた。
「なあ、前から思ってたんだけどさ」
開口一番、彰良が口にした。
「誰の弁当が一番うまいのか、はっきりさせたくね?」
「出たよ。またよく分かんない選手権シリーズ……」
夏彦が箸を持ったまま、ジト目を向ける。
「でも、ちょっと気になるかも」
そう言ったのは澪だった。今日も澪の弁当箱には、色合いも味もバランスの取れた自作弁当がぎっしりと詰まっている。卵焼き、ひじき、ピーマンのきんぴら、小さな唐揚げ。
一方、夏彦の弁当は冷凍食品のラインナップで構成された「なんか美味いんだけど、全部どこかで見たことある味」なパターン。文蔵はというと、ごはんと鮭、おかか、漬物、以上――という、質実剛健な布陣である。
そして、
「ふっふっふ……ご覧ください、この豪華セット!」
彰良が自信満々にふたを開けた弁当は、色とりどりのおかずで埋め尽くされていた。だがその大半は明らかに「映える」方向に全振りしており、紫キャベツのラペとか、星型のウインナーとか、なんかよく分からないゼリーみたいな何かも入っている。
「それ、誰が作ったの?」
「普段は母上だが今日は違う!"俺”作の朝倉家“勝負弁当”!」
「うまいかどうかっていうより……目にうるさいな」
「何っ!」
そんなやり取りをしつつも、ひとくちずつ交換していく彼ら。
まずは澪の卵焼きに、一同が無言になる。
「……甘すぎず、でもちゃんと出汁が効いてる……」
「これ、プロ?」
「いや、普通に自分で作ったけど……」
次に、夏彦の「チンした唐揚げ」。意外と悪くない。というか、なんだか安心する味がする。
「冷凍にしては……って思ったけど、よく考えたら全部冷凍だったわ」
「そこを笑って済ませるのが俺の強みだと思ってる」
文蔵の鮭は、ほぐしてあるけど少ししょっぱい。でもご飯に合う。箸が止まらなくなる系。
そして、問題の彰良弁当。
「え、なにこれ……」
「デザートと思って食べたらマスタード入ってるんだけど?」
「星型ウインナー、色だけは一級品だな……」
「ちょっと! 見た目部門で評価して!」
結局、投票は「味なら澪」「ジャンキーなら夏彦」「なんか安心感あるのは文蔵」「映えるのは彰良」で分かれる。
「つまり、勝者は……」
彰良が手を挙げて宣言しかけたその時、全員がそろって口にした。
「ない。」
「全員、違って全員うまい。でいいじゃん」
「きれいにまとめたな、文蔵」
「まあ、こうしてワイワイできた時点で、今日の勝者は……」
彰良が最後まで言い切る前に、みんなが残った弁当を食べ続ける。
窓からは、昼の光が差し込んでいた。
それぞれの味。それぞれのキャラ。それぞれの弁当。
「誰が一番うまいか」なんて、たぶん、どうでもよかったのかもしれない。
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『図書室でかくれんぼ?』
「なあ、今日、図書室でかくれんぼしない?」
その提案が出たのは、月曜の6限が自習になった日のことだった。
「……どういう脈絡?」
真顔で尋ねた澪に、彰良は満面の笑みで答えた。
「いや、暇だから」
「いや、自習しろよ」
理由になっていない。が、教室の空気はたしかにどこかだらけていた。雨上がりの午後、どことなく外も静かで、眠気すら漂っている。
「図書室でかくれんぼなんてしたら、怒られるって」
夏彦が苦笑するが、興味はあるらしく、腕を組んで考え込んだ。
「ていうか、隠れる場所あるのか?」
「本棚の間とか、資料室の奥とか、机の下とか、地味にいろいろあるんだよ。俺、探検済み」
「お前、何しに行ってんだよ図書室」
結局、「10分1人で隠れて、見つけられなかったら勝ち」というルールで決定。四人はそろって、こっそり図書室へ向かった。
───
走者は文蔵。
「じゃ、10分な。図書室のどこか。俺たちは外で待ってる」
文蔵はうなずくと、無言で図書室に消えた。
10分後、三人が慎重に中へ入り、目を凝らして捜索開始。
「見張りの先生いなくてよかったな」
「ったく、これで見つからなかったらどうする気だ……」
だが、5分が過ぎても見つからない。
「え、本気でいない……?」
澪が半分焦りながら、資料棚の奥を覗きこむ。
夏彦が机の下を覗き、彰良がカーテンをめくる。
「……いや、まさかとは思ったけど」
全員の動きが止まる。
ふと視線が交差した瞬間、全員が同じ棚の裏に向かった。
いた。
分厚い本棚の影、少しだけ開いた隙間に、じっと動かずに隠れていた文蔵。
「……え、ガチじゃん……」
「息止めてた?」
「マジで見つけられなかったんだけど」
文蔵は少しだけ笑って、ノートを指差した。
《記録:図書室の棚裏、想像以上に静か。時間の流れが歪む感覚》
「なんか記録してたぁ!」
思わず全員で突っ込みながら笑い合う。
くだらない。けど、どこかで本気。
探す側の緊張も、隠れる側の静けさも、妙にリアルだった。
「ねえ、これさ、ちょっとだけ“いなくなる”って感覚だったかも」
澪がぽつりと呟いた。
「で、見つけてもらうってこと?」
夏彦の問いに、澪はこくりと頷く。
「そう。だから、探す方も大事っていうか」
「なんだそれ、ちょっと詩的」
「……でも、わかる気はする」
誰かが“そこにいる”ってことを、誰かが“見つけてくれる”ことで、ちゃんと実感する。
そんな遊びだったのかもしれない。
放課後の図書室。静かな本棚の影。
誰かの気配がして、誰かの声が届いて、誰かを探して。
“見つけた”って声と、“いたよ”って顔が、ほんの少しだけ、心を軽くする。
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『バカみたいな発明大会』
「俺、今日こそ最強の“自動筆箱戻し機”を完成させる」
そんな言葉から、昼休みの机上バトルは始まった。
「何それ」
真っ先にツッコんだのは澪だった。呆れ顔でパンをかじりながら、彰良のスケッチノートを覗き込む。
そこには、《ゴム×滑車×スライダーで筆箱が自動で机の端から定位置へ戻る図》が描かれていた。
「……そこまでして戻す必要ある?」
「いや、ほら、授業中に筆箱落ちるとすげー音するじゃん? それ防止。未来の高校生活を守る革命」
「そもそも落とすなよ」
文蔵がぼそっと呟く。横で夏彦が「で、実現可能なのそれ?」と聞きながら、弁当のから揚げをつまんだ。
「今のところ、机と筆箱を結ぶ“軽量磁力ケーブル”が鍵だと思ってる」
「それもはや、筆箱ってより新種の武器だな……」
───
「よし、じゃあさ!」
彰良がパンッと手を叩いて、いつもの調子で宣言する。
「“最強の便利発明”を各自考えて発表しようぜ。真面目に、バカやろう。発明大会、開幕だ!」
「ノリが軽い……」
「でも、ちょっと楽しそうかも」
澪が小さく笑い、夏彦が「じゃあ休み時間中な」と時間を切って、各自、思いついた発明をノートに書き始めた。
───
10分後。
「発表ターイム!」
まずは澪から。
「『三歩で消せる黒板消し』。消したあと、三歩歩いたら自動でチョーク粉を吸って掃除までしてくれる」
「え、地味に実用的じゃね?」
「俺、それ教師になったら普通に使いたい……」
次、夏彦。
「『温度調整付き録音マイク』。寒い日も録音中は手があったかくなる。録音する時、手がかじかむと辛いから」
「録音者目線すぎる!」
「マイクぶっ壊れそうじゃないか?」
「でも気持ちはわかる……」
文蔵の番になると、彼は黙ってノートを掲げた。
《“記録を自動で選別してくれる万年筆”》
「書いたそばから、『これは未来に残す価値アリ/ナシ』って色変わるらしい」
「……なんか、いちばんSF感ある……」
「そして誰より“らしい”」
───
最後に、彰良。
「『一撃で目覚めるオルゴール枕』!」
「待て、どっちなの!? 優しく起きるのか強制起動か!?」
「いやほら、寝る時はオルゴール。でも朝になると爆音で“カンカンカン!”って鳴る警報付き」
「枕から離れて寝たくなるな……」
「俺の朝寝坊が減る未来のために、今、俺は戦っている」
笑い声が教室に小さく広がる。
くだらない。でも、それぞれに“その人らしさ”が詰まっていた。
「真面目にふざけるって、案外いいな」
澪がそう呟くと、文蔵が軽くうなずいた。
「記録しなくても、ちゃんと覚えてると思う。……たぶん」
「うわ、それ絶対あとでノートに書くやつ」
夏彦のツッコミに笑いが重なった。
発明大会は、何も作られなかったし、何も残らなかった。けれど。
机の上に散らばったスケッチやメモ、アイデアのかけらは、いつもの教室に、ちょっとだけ新しい風を吹かせた。
「さて、午後の授業……寝る準備でもするか」
「発明の意味ィ!!」
笑いながら、また日常が動き出す。