放課後に、僕らは   作:やまざる

38 / 87
会長が決まって、だからなんだって話

 

 

 購買前の行列は、いつもよりちょっとだけ長かった。

 

 日が短くなってきたせいか、放課後の空はすでに傾き始めていて、体育館の屋根が西日に溶けるように赤く染まっている。

 

「なーんか、妙に混んでんな。天丼パン、死守できるかなあ……」

 

 彰良が後ろで伸びをしながら言うと、前を歩いていた夏彦がふっと笑った。

 

「それ、毎回言ってる気がするけど」

 

「言わなきゃ取れない気がするんだよ。言霊ってあるだろ。天丼パン、俺のもとに来い!」

 

 両手を天に掲げる彰良に、列の前方で振り返った生徒が怪訝そうな顔をする。が、そんな視線もどこ吹く風で、彼は堂々と拳を握った。

 

「しかし満作が生徒会長って、もう誰も勝てんわ」

 

「おお、話題転換が雑」

 

 夏彦が苦笑しつつ、少し後ろを振り返る。そこには、文蔵と澪が、少し離れて歩いていた。

 

「橋ヶ谷くん、すごかったね」

 

 澪の言葉は小さいけれど、はっきりしていた。

 

 体育館での演説、その余韻はまだクラスの中でも囁かれていた。生徒会って言うと堅苦しいイメージだったのに、満作が話したあの星の話は、不思議と誰の中にも何かを残していた。

 

「ちゃんとしてる人が選ばれて、よかったよ」

 

 淡々とした澪の声に、彰良が振り返る。

 

「真面目な顔して言うなよ。お前、立候補勧められてたくせに」

 

「…だから、ちゃんと選ばれてよかったって」

 

 ちょっとだけ睨むような視線を返す澪に、彰良はあっさりと「へいへい」と肩をすくめる。

 

 列が進む。購買のガラス扉が近づく中、文蔵がぽつりと言った。

 

「去年は生徒会とか、興味なさそうだったけどな」

 

 その言葉に、三人の視線が集まる。

 

「どういう意味だ?」

 

「文蔵、満作と同じクラスだったんだよな。一年のとき」

 

「うん。あいつ、当時は今みたいに人前に立つタイプじゃなかったよ。目立ってはいたけど。どっちかっていうと、メモとってる方だった」

 

「え、めっちゃ今と逆じゃん」

 

 夏彦が眉を上げる。文蔵は首を横に振る。

 

「逆ってわけじゃない。たぶん、変わったんじゃなくて、やり方を変えたというか…“進んだ”んだと思う」

 

 誰かの背中を見ているような、そんな声だった。

 

「ふーん……っていうか満作って、名前のインパクトすごくない? 最初、盆栽の名前かと思った」

 

「盆栽! ひど!」

 

 彰良が笑いながらも同意するように頷いた。

 

「でもまあ、インパクト大事だよな。覚えやすいし。『橋ヶ谷 満作』って、漢字で見ても音で聞いても強い。なんか将軍感あるわ。満作将軍、爆誕」

 

 くだらない、と澪が呟いたが、顔は少し笑っていた。

 

 「満作って木、どんなのか知ってる?」

 

唐突に夏彦が問う。

 

「……え、木なの?」

 

「そう。春先に黄色い花が咲く、ちょっと変わった枝ぶりの木。”春が来た”って教えてくれるんだって」

 

「へえ。ちょっとかっこいいなそれ」

 

 彰良が腕を組んでうなった。

 

「名前の由来って、案外深いな……。満作将軍、春の先触れ……」

 

「そんな肩書きの人いない」

 

 澪がすかさず突っ込み、全員が笑った。

 

 ガラス越しに、購買のおばちゃんの姿が見える。あんパン、カレーパン、焼きそばパン。天丼パンは、残り二つ。

 

「やべえ、ラスト天丼パン! おれ行く!」

 

 彰良がダッシュしようとして、すかさず夏彦に襟を掴まれる。

 

「ルール、守れ」

 

「チッ、満作将軍なら許してくれた……」

 

 そんなことを言いながらも、列が進む。何かが変わっていく日々のなか、四人の足取りは、あいかわらず軽やかだった。

 

───

 

 昼下がりの屋上は、思ったよりも風が冷たかった。

 

 秋の陽射しはまだ優しく残っているのに、吹き抜ける空気にはもう冬の気配が混ざっている。コンクリートの上に落ちた銀杏の葉が、風に煽られてコロコロと転がっていく。

 

 四人が並んで座るベンチには、どこかまばらな空気があった。別に喧嘩をしたわけでも、沈黙が気まずいわけでもない。ただ、みんなそれぞれに好きなように時間を使っていた。

 

「それにしても、満作すげーよなあ」

 

 彰良が空を見上げたまま呟いた。

 

「まぁた満作くんの話?」

 

 澪が尋ねると、彰良は「いや、名前が」と返してきて、すぐに続けた。

 

「満作ってさ、なんか強そうじゃん。たとえばさ、オレらがもし会長だったらどうする?」

 

「うわ、それは地獄の予感しかしない」

 

 夏彦が即座にツッコミを入れた。

 

「オレだったらまず、購買に焼き芋を常設するね。あと、廊下にホットドリンクの自販機置く」

 

「それ、ただの願望だよな」

 

「いいの、夢くらい見させてくれ」

 

 くだらない会話が続いていく中、文蔵は隣で黙ったまま、風に揺れる校庭の木々を見ていた。枝の先からは、黄色や赤に染まった葉がひらひらと舞い、季節の真ん中を告げている。

 

「校内にBGM流したいってのもいいな。クラシックとかじゃなくて、ラジオ的なの。昼休みに“今週のランキング!”みたいなやつ」

 

「うるさくない?」

 

「うん。でもなんか、テンション上がるじゃん」

 

 澪はそのやり取りを聞きながら、静かに笑った。

 

 彼自身は、「自分だったら何をするか」なんて考えたこともなかった。というより、きっと向いていないと、どこかで思っている。

 

「でもさ、誰かが前に立つって、やっぱすごいよね」

 

 気づけば、口にしていた。風がちょうど強く吹いて、声が一瞬だけ掻き消されそうになる。

 

「おっ、まさかの椿原発言」

 

 彰良が身を乗り出したが、澪はそれには乗らず、淡々と続けた。

 

「人前で話すのって、それだけでもすごいと思う。満作くん、ちゃんと伝わる言葉を選んでたし、わかりやすく話してた。……僕には無理だなって、思った」

 

「でも、“後ろにいるやつ”がいないと、バランス取れないんだよ」

 

 ふいに、文蔵が口を開いた。

 

「前に出る人だけじゃなくて、黙って支える人がいるから、ちゃんと立てるんだと思う」

 

 その言葉に、彰良が「おお、名言きた」と茶化すように言い、夏彦も「文蔵が言うと説得力あるな」と頷く。

 

 澪は、ちょっとだけ黙ったあとで小さく言った。

 

「……でも、僕がやってるのって、ただ黙ってるだけなんだよな」

 

「それが“いる”ってことだろ」

 

 今度は、夏彦が軽く言った。

 

 そういう話、しなくてもいいのになと、澪はふと思う。

 

 でも、してくれるのがこの人たちなんだとも、知っていた。

 

 風がまた吹いて、ベンチの周囲に落ち葉が舞う。黄色い葉が、一枚だけ澪の肩に落ちた。彼はそれをそっと指で摘まみ、膝の上に置いた。

 

 空は高く、少しずつ茜色へと傾いていた。

 

───

 

 放課後の空は、ほのかに朱を帯びていた。

 

 街の喧騒とは少し距離を置いたこの通学路は、学校帰りの生徒たちの足音と、遠くの車の音、そして時折吹く風の音だけが聞こえていた。

 

 四限組の四人は、例によって並んで歩いていた。完全な横並びではない。ややばらけて、それぞれが気ままなペースで、でも自然と足並みが揃うような距離感だった。

 

「いやー、やっぱ満作くん会長はでけぇよな」

 

 彰良が、ランドセルでも背負ってそうな勢いで両手を広げて言った。

 

「たとえるなら、もう“完成されたポ〇モン”って感じ」

 

「初手から最終進化してんのかよ」

 

 夏彦が即座に返して、ふたりで笑い合う。冗談の質は低いけれど、笑いの熱量は高かった。

 

「オレらもさ、なんかやろうぜ」

 

 彰良が急に言い出す。真剣なような、冗談のような、どちらともつかないトーンで。

 

「また何かのイベント? 文化祭終わったばっかで燃え尽きてない?」

 

「いや、そういうんじゃなくて、ただの“なんか”。なんか楽しいやつ。例えば……」

 

 そこで言葉が途切れる。アイデアはなかったらしい。

 

「無計画すぎんだろ」

 

 夏彦が呆れたように笑いながら言った。けれど、それに続けてこうも言った。

 

「……でも、だらっとしてる今がいちばん落ち着くな」

 

 その言葉に、誰もすぐには返さなかった。

 

 後ろからついてきていた澪が、ふと小さな声で呟く。

 

「……でも、何かしたいなって思えるの、いいことだよ」

 

 三人が少しだけ振り返る。けれど、澪はそれ以上は何も言わなかった。

 

 文蔵が、そんな澪の隣で静かに歩きながら、小さく頷いた。まるで「それだけで十分だ」とでも言うように。

 

 夕陽が、坂道の向こうから照らしている。四人の影が、長く伸びて重なったり離れたりする。

 

「じゃあなー!」

 

 曲がり角で手を振り、彰良が駆け出す。その後を追うように夏彦が「忘れもんすんなよ!」と叫ぶ。

 

 文蔵と澪は、少し遅れて歩く。風がまた一度、秋の落ち葉を舞わせていった。

 

 その光景を見ながら、澪はふと思う。

 

 何もしなかった一日だった。けれど、それでもなにか、心が満ちていくような感覚があった。

 

 “なんでもない”って、きっとこういう日のことを言うんだ。

 

 そう思いながら、彼は少しだけ笑って、手を振った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。