放課後に、僕らは   作:やまざる

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番外編:生徒会、はじめての召集。

 

 放課後の校舎は、いつものように夕方の気配をゆっくりと溜め込みながら、徐々に騒がしさを手放していく。

 

 それでも、いくつかの教室からはまだ話し声が聞こえた。部活帰りの生徒が笑い合い、廊下ではスニーカーが床を鳴らす。窓の外ではカラスがひと鳴きして、どこかへ飛んでいった。

 

 だが、その中心にある一室、“生徒会室”だけは別だった。

 

「……なあ、これ、全部出すつもり?」

 

 沈黙を破ったのは、副会長・今泉秋明。すでに机の前で3分ほど、両肘をついてうなだれていた。目の前にそびえるのは、見上げるほどの紙の山。ざっと50ページ以上、それが数部。

 

「うん。会議って、こういうものでしょ?」

 

 答えたのは、彼の向かいにちょこんと座る生徒会長、橋ヶ谷満作。

 

 ネイビーの学生服はよくアイロンがかかっており、髪も後ろで縛られている。だが、その膝に載せたファイルはまるで学術発表のような厚みで、横から見ると、色とりどりの付箋がしおりのようにぴょんぴょん飛び出している。

 

「いやいやいや、初回だよ? 初回でこの厚みってさあ……」

 

 今泉は思わず頭を抱えた。正直、心の準備はしていた。していたが、現物を目にするとやはりダメージがでかい。

 

「しかも、これタイトル……《生徒会活動年間予定案+校内意識改善計画+アイデアメモ(仮)》って…」

 

 書記の橘薫がそっと1ページ目をめくると、精密な手描きの図解が現れた。行動フロー、矢印、吹き出し、謎のマスコットキャラ(?)らしき星型の生物。そして右下には“夜空指数”という見慣れないスコアまで。

 

「満作くん、これ、たぶん“報告書”じゃなくて“論文”の領域だと思う……」

 

「論文か。いい響きだね」

 

「……褒めてないよ?褒めてないからね?」

 

 橘は無表情で付け加えるが、満作は気にしていない。むしろ、きらきらとした瞳で2人の反応を眺めている。彼にとって、これは“当然のやる気”のアウトプットなのだ。

 

「いやでもさ、“仮”ってつけてあるところが謙虚でかわいいとは思うんだよ。思うんだけど!」

 

 今泉は両手を広げて、資料の山を指差した。

 

「これ、“文明の縮図”じゃん! なに? 校内を運営するって、国家を作るつもり!?」

 

「うん。生徒会って、ミニチュア社会だと思うから」

 

 満作の口調は、あくまで真面目だった。

 

 冗談を言っているわけでも、話を盛っているわけでもない。本気だ。生徒会という場を、彼なりに“理想の縮図”として見ている。その理想に、全力で走っているのだ。

 

「この分厚さ、本来なら会議3回分じゃねぇか?」

 

「しかも“改善”って単語が妙に多いしね。あとこれ、校内星空観測スケジュールってなに?」

 

 橘がぽつりと指摘する。満作は、そこのページを見せながら、鼻歌まじりに説明を始める。

 

「校庭の東側って、実は一番星がよく見えるんだよね。夜になると風の抜けもいいし。だから──夜のイベントの可能性も、考えておこうかなって」

 

「だからってなんで天体望遠鏡の搬入計画まで書いてあんの!?」

 

「あと、“満作ポイント”って何。校内における満作度って、なんの指標なの」

 

「おいそれ、さりげなく恥ずかしい単語だぞ」

 

 今泉と橘が、息を合わせたようにツッコむ。

 

 だが、満作はどこ吹く風だ。

 

「じゃあ、最初の議題に移ろうか。“生徒の声を聞く日”を、月に一度設定したいと思ってるんだ」

 

 その言葉に、今泉がふっと真面目な顔になる。

 

 それは、ちゃんと「正しい方向を向いた」提案だった。

 

「……お、それはまあ……いいじゃん。要望聞く時間、ちゃんと持とうってのは、オレも賛成」

 

「ふふ、それはよかった」

 

「でね。屋上に天体望遠鏡を持ち込んで、夜空を眺めながら──“悩みをひとつだけ、持ってきてください”っていう日をやるの。題して《星空相談会》!」

 

「やっぱお前、宇宙から帰ってこい!!!」

 

今泉の声が、廊下まで響いた。

 

───

 

「で、これが十月から三月までの“校内課題観測一覧”。三月末の“行事ロス対策案”も、備考に──」

 

「だから多いっつってんだよ!」

 

 再び立ち上がった今泉が、思わず天を仰ぐ。

 

 だがその表情には、さっきまでの呆れがほんの少し和らいでいた。

 

「満作。オレもな、思ってたんだよ。“初仕事は、ちゃんとしなきゃ”って。でもな、これな…張り切りすぎじゃね?」

 

「張り切ってるつもりはないよ。必要なだけのことを、したつもりなんだ」

 

「この資料が“必要なだけ”なら、お前の辞書は鈍器でできてんのかよ」

 

「それ、ちょっとかっこいい響きだね。鈍器の辞書。哲学っぽい」

 

「いや、重たいって言ってんの!」

 

 橘は黙ってページをめくっていたが、ふと口を開いた。

 

「……この、“校内コミュニケーション改善モデル”って項目。ここだけ妙に、手書きのイラストが多いですね」

 

「あ、それね。マンガ形式にしてみたんだ。文字より伝わるかなって」

 

「会議資料でマンガ入れてくる生徒会長、たぶん世界初ですよ」

 

「伝われば、形式は問わないでしょ?」

 

さらっと返す満作の顔に、冗談っぽさはない。

 

「ふざけてるようで、真面目」。

そういう言葉が、しっくりくる。

 

「……にしても、天体望遠鏡は持ち込み禁止だって、教頭に言われたろ?」

 

 今泉がページの端を叩きながら指摘すると、満作は少し考える素振りを見せた。

 

「じゃあ、校舎裏のグラウンドにしてもいいかな。場所が変われば、“星”も変わる。悩みも、見え方が変わるかもしれない」

 

「こっちは“お前の悩みの見え方”が変わりすぎてんだよ……!」

 

「ごめんごめん。でも、ほら。なんか、さ」

と、満作は両手を広げて言った。

 

「“本気でふざける”って、たぶん、すごく難しいんだよ。やろうと思っても、途中で笑われたり、止められたりする。でも、それでもやってみたいって思うのは──」

 

「やっぱ、お前がちょっとバカだからだろ」

 

「違うよ。“やってみたい”があるのは、生徒会の特権だと思うんだ」

 

今泉と橘は、同時に溜息をついた。

 

「……やれやれ、付き合っていくこっちの身にもなれよな」

 

「まあ。でも、嫌いじゃないです」

 

「え、今のって褒めてる? ねえ、褒めてた?」

 

「褒めてません」

 

「即答かあ〜」

 

 満作はなぜか満足そうに笑った。

 

 橘が淡々とまとめる。

 

「では、“生徒の声を聞く日”は前向きに検討。ただし、星の観測は任意。資料は次回、10ページ以内」

 

「了解」

 

「あと、今日の議題にあった“生徒会ポッドキャスト構想”は一旦保留で」

 

「なんで? あれ面白いと思うんだけどな。“放課後ひとりラジオ、満作です”ってやつ」

 

「地獄の予感しかしない」

 

「オレが毎回止めに入らなきゃいけないんだろ? わかってる。やるならせめて3分な」

 

「じゃあ1分30秒で……!」

 

「やる気かよ!!」

 

 そんなやりとりの最中にも、窓の外の光はすこしずつ傾いていく。

 

 生徒会室には、まだ新しい時間の匂いが漂っていた。

 

───

 

 会議を終えたあと、生徒会室に資料を置いたまま、三人は並んで屋上へ向かった。

 

 鍵は、満作が校長に頼んで事前に借りてあったらしい。

 

 「ここから見える星が、たぶんいちばん綺麗だと思うんだ」なんて言いながら。

 

 まだ日は沈みきっていない。

 

 けれど校舎の上には、秋特有の澄んだ空気が広がっていた。

 

 遠く、グラウンドの方からは部活の掛け声がかすかに聞こえる。けれどここだけは、ひどく静かだった。

 

「風、気持ちいいな」

 

 橘が手すりに肘をかけながら、ぽつりとつぶやく。

 

 隣では今泉が制服のボタンをひとつ外して、ぼーっと空を仰いでいた。

 

 満作はと言えば、柵のそばに立ち、風に吹かれながらうっすら笑っていた。

 

「…ねえ、ふたりとも。今日、どうだった?」

 

「会議か? まあ…想像してたより、だいぶ満作だったな」

 

「つまりどういう……」

 

「褒めてます。ほとんどは、ですけど」

 

 橘がフォローを入れる。今泉は笑いながら、

 

「お前がいきなり宇宙に行っても、地球に引き戻す係が俺らってことでしょ。ま、悪くない」

 

「うん。ありがとう。ほんとに」

 

 満作は、いつもの調子でさらっと言った。けれどその“ありがとう”には、ちゃんと重さがあった。

 

 少なくとも、今泉も橘もそれを感じ取っていた。

 

 しばらく沈黙が続いた。けれど、それは居心地の悪いものじゃなかった。

 

 誰も何も言わなくても、この静けさごと、全部がたぶん大事な一瞬だった。

 

 そして、風がひと吹き、満作の前髪をゆらしたとき。

 

 彼はぽつりと、独り言のように言った。

 

「……誰かの星になれるような会長になれたら、悪くないと思ってる」

 

 橘が目をしばたたかせ、隣を見た。

 

 今泉は鼻を鳴らすように笑い、

 

「いやいや、お前はもう十分、惑星の引力レベルで影響力あるって」

 

「惑星って……地球?」

 

「いや、火星。たまに正体不明になるから」

 

「おい。それ、褒めてないよね?」

 

「褒めてる。満作だから許されてんだろ、そういうの」

 

 そう言って、今泉は軽く満作の背中を叩いた。

 

 ひと呼吸遅れて、橘も小さく笑う。

 

「たぶん、ちゃんと星になれますよ。満作くんなら」

 

「……その頃には、ふたりもそれぞれの星だね」

 

「オレ、そんな輝かねーよ」

 

「僕も、地味なままでいいです」

 

「それ、今言うと説得力ゼロだな……」

 

 三人で笑ったあと、また少しだけ静けさが降りる。

 

 夕暮れの屋上、遠くでカラスが鳴いた。

 

 下校時刻までは、もう少し時間がある。

 

 でも、その前に、彼らの“はじまり”があった。

 

 生徒会長、橋ヶ谷満作。

 

 副会長、今泉秋明。

 

 書記、橘薫。

 

ちょっとズレてて、ちょっと大変で、でもたぶん、ちゃんと誰かの役に立てる。

 

そんな三人の生徒会は、この日、はじまったばかりだった。

 

秋の空に、星はまだ見えなかったけれど。

 

屋上に立つ彼らの姿は、確かにどこか、光って見えた。

 

 

 

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