放課後に、僕らは   作:やまざる

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それって、つまり幸せってこと!

 

「雪ちゃーん、こっちこっちー!」

 

 放課後のファミレス。店内に入った小柳雪が目を向けると、一番奥のボックス席で手を振っているのは水木日向と花森菜月だった。

 

「ふたりとも、早い……」

 

「えー、今日は主役のために先に来て準備してたんだよ?」

 

「ちゃんとアイスも頼んでるから! 溶けないうちに早く!」

 

 笑顔のまま席に引っ張られ、雪は少しだけ頬を染めながら腰を下ろした。テーブルの上には、ドリンクとパフェと、それから

 

「……この旗、いる?」

 

「いるに決まってるじゃん!“祝・彼氏ができました”ミニのぼり! ハンドメイドだよ!」

 

「ちゃんと“祝”の文字は筆ペンで書いたんだからね!」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 日向と菜月が声を揃えて満面の笑みを浮かべる横で、雪は困ったように笑って、スプーンを握った。パフェの上には、さくらんぼと薄く立てかけられたハート型のチョコプレート。そこには「おめでとう」の文字がしっかりと書かれている。

 

「ほんと、なんでそんなに用意がいいの……」

 

「そりゃあ、だってさ」

 

 菜月がグラスを掲げると、日向もそれに倣って持ち上げる。

 

「「雪ちゃん、彼氏できて、おめでとーーーーーうっ!!!」」

 

「こらっ、店内で叫ばないの!?」

 

 恥ずかしさのあまり身を縮める雪に、ふたりはケラケラと笑う。それでも、嬉しさの奥で、ほんの少しの実感が、雪の胸にじんわりと灯る。

 

「……なんか、ほんとに付き合ったんだなって、思ってきたかも」

 

「そうでしょ!そうでしょ!!」

 

「でさ、聞きたいこと山ほどあるから!今から尋問タイムに入ってよろしい?」

 

「なにその怖い時間!?」

 

「いやいや、怖くないから。たとえばさ、ね?“どこが好きになったの?”とか!」

 

「“付き合ってから、なんか変わった?”とか!」

 

「やっぱり怖いやつだったー!」

 

 目まぐるしく飛んでくる質問の嵐に、雪は苦笑しながらも、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

 

「……ちょっとだけなら、話してもいい、かも」

 

「よっしゃ!雪ちゃん口割ったー!」

 

「これは根掘り葉掘りタイム突入だわ!」

 

 二人の親友がわいわい盛り上がるなか、雪はスプーンでそっとパフェをすくって口に運ぶ。甘さと冷たさのあとに残る、胸の奥のほわりとしたあたたかさ。

 

(こんなふうに、祝ってもらえるのって)

 

「……うん、嬉しいな」

 

 ぽつりとこぼした雪の声は、パフェの冷たさより、ずっとあたたかかった。

 

───

 

「で、結局さ」

 

 パフェを半分ほど食べたところで、菜月が肘をつきながら言った。

 

「雪ちゃんは、いつから澪くんのこと好きだったの?」

 

「な、なにそのストレートな……」

 

 スプーンを持っていた手が止まる。雪は一瞬視線を泳がせてから、グラスの底を見つめた。

 

「……うまく言えないけど、たぶん、“ちゃんと好きなんだ”って気づいたのは、最近?かも」

 

「ほう。最近、とは」

 

「文化祭終わって、みんなでベンチで喋ってた日あったじゃん? あのとき、澪くんが……なんでもない風に話してたのが、なんかよくて」

 

「なんかよくて?」

 

「……ほら、静かに話してるのに、ちゃんと混ざってる感じ? わかる?」

 

「わかんない」

 

 即答する日向に、菜月が吹き出した。「そういうの、言葉にするの難しいよね」とフォローを入れてくれる。

 

「でも、“なんかいいな”って思ったときが、たぶん始まりなんだよ、こういうのって」

 

「うん……気づいたら、目で追ってて。笑ってくれたら、うれしくて。話せた日は、ちょっとだけその日が特別になる感じで」

 

「はぁ~~~~~~~~~~尊い~~~~~~」

 

「やめて、そういうのほんとやめて、日向ちゃん」

 

 日向は自分のグラスを抱えながらテーブルに突っ伏し、ついでに「で、でさ」と顔をのぞかせた。

 

「手、繋いだ? 繋いだよね?」

 

「え……えっと、うん……この前、帰り道で」

 

「やっぱり繋いだぁああああ!」

 

「きゃああああ! 雪ちゃん爆発して!」

 

「え、ちょっと待って!? 爆発は困る!!」

 

 騒がしいふたりに囲まれて、雪は思わず笑ってしまった。そういうふうに、心の底から笑えるのが、なんだか久しぶりな気がして、その分だけ、胸がじんわりと満たされる。

 

「……でも、なんかね。まだちょっと緊張するの。隣にいるだけで」

 

「それがいいのよ……!」

 

「手、繋いだってことはもう、隣にいたいって思ってるってことだし!」

 

「じゃあ、ふたりともは、そういう経験あるの?」

 

「ない!!!」

 

「ない!!!」

 

 秒で返されたのに、なんでこんなに堂々としてるんだろう。雪が苦笑いすると、ふたりは揃って「でも想像力なら無限にあるから」と胸を張った。

 

「雪ちゃんが照れるとさ、なんかこっちも嬉しいよね」

 

「わかる。“うわ、マジのやつだ”って感じする」

 

「うぅ、もう、からかわないでよ……」

 

 雪はふたたび顔を隠すようにパフェの残りをすくった。けれどその背中越しにも、笑っているのがわかる。嬉しくて、くすぐったくて、それでもちゃんと受け止めたくて、そんな雪の“今”が、ふたりにとってもちゃんと伝わっている。

 

「いいね、恋ってさ」

 

「うん……いいよね」

 

 会話がふっと静かになった一瞬、誰もがなんとなく同じ気持ちでいた。甘くて、くすぐったくて、やさしい時間が、そこにちゃんとあった。

 

 帰り道、夕焼けが空の端をオレンジ色に染めていた。

 

 ファミレスを出て、駅へ向かう道を三人並んで歩く。少し肌寒い風がスカートの裾を揺らしながらも、どこか穏やかな空気が漂っていた。

 

「来年もさ、三人でお化け屋敷とかやりたいよねー」

 

 菜月がぽつりと呟くと、日向がすぐに食いついた。

 

「いいね! ちゃんと本格的なやつにしよ。悲鳴あり、霧あり、びっくり箱あり!」

 

「びっくり箱はただのギャグでしょ……」

 

 雪がくすっと笑うと、日向がすぐに反撃に出る。

 

「じゃあ雪ちゃんは、“正体バレバレ吸血鬼”な!」

 

「えっ、なにそれ……どういう状態?」

 

「すでに牙ついてて、“あ、この子吸血鬼だわ”って全員にバレてるんだけど、めっちゃ人間のふりしてくるタイプのやつ!」

 

「なんでそんな設定が自然に出てくるの……?」

 

「というか、似合うから問題ないって。黒猫のときも可愛かったし!」

 

「……うん、似合うかな?」

 

 雪が、ほんの一瞬だけ照れたように言った。その声はかすかに風に紛れて、それでもちゃんと届いて、ふたりの笑顔を引き出す。

 

「そーいうのを“破壊力”って言うんだよ、雪ちゃん……」

 

「罪深いわね……」

 

「ほんと、なんの話……」

 

 笑いながら歩くこの時間が、少しだけ名残惜しい。ふたりもきっと、それをわかっていて、わざと軽口を多めにしてくれているのだと思う。

 

 しばらく歩いたあと、駅前の小さな広場で足を止めた。風の中に、金木犀の残り香がかすかに混じっていた。

 

「……私ね」

 

雪が小さな声で切り出した。

 

「付き合えてよかった、って思ってる。ほんとに」

 

 その言葉は飾り気もなく、けれど真っすぐで、ちゃんと温かかった。

 

一瞬だけ沈黙が生まれて、それから───

 

「はいっ! ハイタッチ!」

 

「はいっ!」

 

 菜月と日向が迷いなく両手を挙げ、パシッと音を立てて雪と手を合わせる。思わず笑ってしまって、少しだけ目尻が熱くなった。

 

「……ありがとね、ふたりとも」

 

「なに言ってんの、当然でしょ?」

 

「むしろこっちがありがとだし」

 

 菜月と日向の言葉に、雪はもう一度、心の中で「よかった」とつぶやいた。

 

 今日話したこと、笑ったこと、照れたこと。それが全部、“幸せ”ってことなんだと思えたから。

 

 また、明日も三人で笑っていられたらいいな。

 

 駅のホームには電車が滑り込んできて、三人の髪を少しだけ揺らしていく。

 

 夜の気配が降りてくる。月が、うっすらと雲の向こうに浮かんでいた。

 

 “恋”と“友情”、どっちも大事にできるこの時間を

 

 雪はそっと、ポケットの中で手を握りしめながら、確かめるように目を閉じた。

 

 

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