放課後に、僕らは   作:やまざる

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番外編:修学旅行、それは統制と秩序の旅である!

 

「よし。点呼リスト、行程表、緊急対応マニュアル、よし!」

 まだ夜が明けきらない朝六時すぎ。桐明高校の校門前に、ひとりだけ場違いなくらいのテンションで立っている男がいた。銀縁メガネの奥に漲る決意、肩に背負ったのはリュックではなく、明らかに業務用と思われるファイルケース。そして手には、三枚にわたるプリントの束。

 

「……お前さぁ……何、その“旅行運営本部”みたいな見た目……」

 

 呆れ声とともに現れたのは、やや寝不足気味な副会長・今泉秋明。制服の上に軽めのジャケットを羽織り、肩には小ぶりなボストンバッグを提げている。続いて、もそもそと眠そうな足取りでやってきた書記・橘薫が、満作の背後から声をかけた。

 

「おはよう……って、え? それ全部、今日使うの? マニュアル?」

 

「当然だ、橘! 修学旅行は、校外での団体行動の訓練の場でもある! 統制こそ安全を生み、秩序こそ思い出を守るのだ!」

 

「うわー……それっぽいこと言ってるけど、絶対その場で考えたな。楽しそうだからでしょ」

 

 今泉が眉間を押さえる。橘はくすりと笑いながら、満作の腕の中のプリント束を一部拝見。

 

「……“道に迷った時のためのジェスチャー一覧表”?」

 

「そう! 大声を出せない場面でも、意思疎通が可能になる! たとえばこの“右に逸れたヤツを呼び戻す動作”は、こうだ!」

 と、まるで手旗信号のような身振りを披露する満作。

 

「お前がいちばん目立ってどうすんだよ! 女子にガン見されてるからな」

 

「そもそも道に迷ったのにだれにそのジェスチャーで知らせるんですか」

 

 今泉が小声でツッコみ、橘が正論で殴るが、当の満作はどこ吹く風。

 

「見よ、これが生徒会長の使命だ。ちなみに、道中のバス内レクリエーションも用意してある!」

 

 どさ、と取り出されたのは——

「“桐明高校非公式ビンゴ大会”って書いてある。……なにこのマス、“先生が寝る”?」

 

「旅の醍醐味だろう!!」

 

「ちょっと待って。これ、誰が主催なの? っていうか、“非公式”って書いてある時点でアウトでは?」

 

「我ら生徒会が非公式で主催することに意味があるのだ! ほら、この“BINGO”の“B”は“Bonds”、すなわち“絆”の“B”!」

 

「強引にエモい方向に持っていくな!」

 

 完全に暴走モードの満作を前に、今泉と橘は顔を見合わせてため息。

 

 だが、ふと気づくと、隣の女子班の一人がちらりとこちらを見て、ぽつりとつぶやいた。

 

「……あの人、ちょっと面白いよね」

 

「なんか、子どもっぽくていいかも」「うん、うるさいけど、ちょっと好きかも」

 

 その声に耳をそばだてた橘が、小声で呟く。

 

「……なにげに、モテてるよ。満作くん、ファン出してる」

 

 それを聞いた満作は、すっと立ち上がり、ぐっと拳を握って…

 

「よし、次は“先生の似顔絵ビンゴ”を開発する!」

 

「やめとけぇ!」

 

 二人の全力ツッコミが、集合場所の朝空に響いた。

 

───

 

「まずは清水寺、次いで二年坂から八坂庚申堂。午後には金閣寺へ移動、17時にはバスに戻る。この順路に従えば、最大効率で──」

 

「いや無理だろ。観光地って、そんなスムーズに行かないから」

 

「…むぅ」

 

 京都市内、朝の人混みの中で、橋ヶ谷満作が掲げるA4クリアファイルを、今泉秋明が手のひらでそっと下げる。背後では、橘薫がひときわテンションの高い修学旅行生たちに混じって、無料配布中の抹茶キャンディを嬉しそうに手にしていた。

 

「橘書記よ、我々は“視察団”として行動しているのだぞ。試食コーナーにうつつを抜かすなど」

 

「えー、抜かすよぉ。だって“おたべ”食べ放題だよ?それに、せっかくの修学旅行です。楽しまなきゃ損ですよ」

 

「しかも視察団ですら無ぇ」

 

 橘の抗議に、満作が真顔で頷いた。

 

「“おたべ”の試食は例外とする」

 

「緩っ!?」

 

 今泉が即座にツッコむ。すると、橘がにっこりと笑いながら、ポケットから何やら小さな紙袋を取り出した。

 

「ちなみにこれ、満作の分ももらっといた」

 

「……ッ! さすが橘。備えあれば憂いなし!」

 

 まるで戦地に赴く兵士のように、紙袋を両手で受け取る満作。その姿に、今泉は苦笑をこぼすしかない。

 

 その後も、生徒会トリオの“視察団”は、妙に整然としたルートで観光地を巡っていった。

 

 満作が用意した“団体行動の心得メモ”(手書きイラスト付き)が一部の生徒たちにウケて、「ちょっと写真撮らせて」と女子たちから声をかけられる場面もあった。

 

「……あれ、なんか人気出てない?」

 

「そうだな。なぜか女子班にだけ」

 

 今泉がぽつりと呟くと、橘がすかさず言葉をかぶせた。

 

「きっと“生徒会長”ってポジションに萌えてるんだよ。頼れる系、真面目バカ枠」

 

「誰が真面目バカだ!!」

 

 満作が振り返るが、二人はもう別方向を見て笑っている。

 

 清水坂を抜けて、ふと、道に立ち止まる。満作が思わず漏らすように言った。

 

「……あれ? 僕たち、なんか楽しんでるな」

 

 その言葉に、今泉と橘がぴたりと動きを止めた。

 

「お前……今まで楽しくなかったんか?」

 

「いや、楽しかったが、僕はその……修学旅行とは、統制と計画と、その、団体行動の──」

 

「はいはい、言い直し禁止」

 

「人間の喜びの根源は、予定外にあるって偉い人も言ってたよー」

 

「それは僕のセリフであってほしかった!」

 

 観光名所を順に回るはずの満作の一日は、気づけばちょっとだけズレていた。だが、それが悪くないズレだということに、彼自身も気づき始めていた。

 

───

 

 三日目

 

 橋ヶ谷満作は、道頓堀の人波の中で立ち尽くしていた。

 

「な、なんでだ……なぜ俺が団体行動からはぐれる……!」

 

 手には緊急時対応マニュアル、首からは行程表をぶら下げ、完璧な装備だったはずだ…。なのに、なぜか、今泉と橘の姿が見えない。さっきまで一緒だったのに、たこ焼き屋をひとつ曲がったタイミングで、ふと気がつくと ──ひとり。よもや心霊現象かもしれぬと一瞬考えたが無情にも現実逃避となるだけだった。

 

「だ、団体行動の重要性を、身をもって学ぶことになろうとは……っ」

 

 焦りと同時に、なぜかこみ上げてくる敗北感。しかし、立ち止まっていても始まらない。とりあえず最寄りの観光案内所へ向かおうと動き出した、そのとき。

 

「……あれ? 生徒会長?」

 

 振り向くと、別クラスの女子数人が、たこ焼きを手にこちらを見ていた。

 

「えっ、まさかひとり?」

 

「えっ、ええと……ほんのちょっと、迷子に……いや違う、探索活動中です!!」

 

「ふふ、変わらないね、会長」

 

 なぜか笑われながらも、自然に輪の中に引き込まれる。彼女たちが買っていたたこ焼きを分けてもらい、道頓堀の川沿いに腰を下ろす。

 

「……うまい」

 

 ほおばった瞬間、肩の力が抜けた。計画外の時間、知らない空気、予定表には書いてない味。それが、妙に胸に残った。

 

「……たまには、こういうのも悪くないかもしれないな」

 

 そう呟いたとき、ようやく今泉と橘が息を切らして現れた。

 

「満作!!! お前どこ行ってたんだよ!!!」

 

「ったく、会長が団体行動乱してどうすんの……!」

 

「いや、僕も驚いてる。まさか、この僕が迷子になるなんてな……!」

 

 苦笑いを浮かべる満作に、今泉が肩を叩いた。

 

「でもさ、いなかったらそれはそれで不安だったわ。……なんだかんだ、お前が中心にいるって感じするんだよな」

 

「……うん、ちょっと騒がしいけど。安心感は、ある」

 

 橘も静かにそう言った。

 

 満作は一瞬、言葉を失ったあと、目を細めて笑った。

 

「ふふ……ふふふふ……! そうか、俺という存在が、安心感の象徴……!」

 

「いや、調子乗るなっての」

 

「満作、テンション戻ってきたなー」

 

 女子たちに感謝を述べ、ついでに記念写真も撮っておく。迷子記念だ。

 

 笑いながら歩き出す三人。そのまま集合場所へ向かい、最後の全体集合写真の時間となった。

 

 カメラの前、ど真ん中で満作がピースを決めた瞬間。

 

「おい橋ヶ谷! なんでお前が真ん中なんだ!」と先生のツッコミが飛ぶ。

 

 だが、それさえも旅の一コマだ。

 

 予定通りじゃない方が、思い出に残る。

 

 帰りのバス、満作は行程表を閉じて、ふたりにぽつりと呟いた。

 

「次の旅行があったらさ。今度は、最初から“予定通りじゃない旅”を提案しようかな」

 

 今泉が呆れたように、でも笑って言った。

 

「お前が言うと、なんか信用できねぇけど……まあ、悪くないな」

 

 橘もうなずく。

 

 バスの窓の外、夕焼けが街を染めていく。

 

 静かに揺れる車内の中、生徒会長と仲間たちの“次”の旅は、もうはじまっていたのかもしれない。

 

 

 

 

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