放課後に、僕らは   作:やまざる

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バチってなったら、運命じゃね?

 

 冬の朝の教室は、妙に静かだ。

 

 白く濁った窓ガラスの向こうには、鈍く曇った空が広がっている。校舎の廊下に響く足音も、どこか乾いていた。

 その日の黒板消しは、椿原澪の担当だった。

 

 教室に入るなり、無言で教卓の前に立ち、カーテンの隙間から差す柔らかな光を背に、黒板を拭い始める。

 

 ゴシ、ゴシ。

 黒板消しが緑の板を滑るたびに、白い粉が舞った。

 そして、次の瞬間───

 

 パチッ

 

「……いっ」

 

 小さな音と、短い声。

 黒板に手を伸ばした澪の指先が、ほんの一瞬、ピクリと跳ねた。

 

「静電気か?」

 

 誰にともなく呟かれたその言葉に、教室の空気がわずかに動く。

 

「おっ? おっ? ついに来たか、冬の風物詩!」

 

 その第一声に、妙な勢いで反応したのは朝倉彰良だった。教室のドアを開けたばかりの彼は、手袋を外しながら、にやにやとした顔で澪に近づいてくる。

 

「なんかさ、冬って絶対バチってくるじゃん。マフラー取った瞬間とか、階段の手すりとか、あれ完全に呪いだよな。バチバチの。」

 

「呪い……」

 

「俺、さっき昇降口で、手すり握った瞬間バチってなって、反射で“うぉっ”て叫んだら、通りすがりの一年に変な目で見られたんだよ。訴えていい?」

 

「いや、それはお前が悪いだろ」

 

 呆れたように澪が言うが、その口元はわずかに緩んでいた。

 

「朝からテンション高いな、彰良」

 

 教室の奥からゆるく声が飛んできた。教卓の影で座っていた日暮夏彦が、片耳にイヤホンをつけたまま、カーディガンの袖を引っ張っていた。

 

「でも、確かに乾燥してきた感じはあるなあ。静電気の音、録音できたら面白いかも」

 

「録音?」

 

「うん、マイク近づけたら、“パチッ”って入らないかなって。……いい音、するんだよ。あれ」

 

「また変なこと考えてる……」

 

「マイクぶっ壊れない?」

 

 彰良が苦笑しながらも、「お前のその思いつき、嫌いじゃない」と肩を軽く叩いた。すると、

 

……バチンッ

 

「いてっ!」

 

「それは、ほんとに来たな」

 

 振り向くと、文蔵想汰が無言で黒のノートを片手に、日暮と彰良のやり取りを見つめていた。

 

「また記録つけてんの? 静電気の?」

 

「日常の変化、地味なものほど忘れやすいから」

 

「え、なにそれ。急に深い」

 

 想汰は答えず、黒板の方をちらりと見た。

 

「……椿原、君が黒板に触れた瞬間に静電気が起きたのなら、条件としては摩擦と湿度の低下、あと着てる服の素材も関係する」

 

「おぉ、説明のモード入った」

 

「ちなみに俺、マフラー外すだけでバチバチくるんだけど!」

 

 彰良が自分のフリース素材のマフラーをぶんぶん振り回す。

 

「見てこれ、擦るだけで溜まっていくぞ!? 帯電体質か!? 俺だけ!? ねえ誰か科学者呼んで!!」

 

「お前は騒音の原因だわ」

 

「日暮、マイク貸してやれよ」

 

「どうぞ」

 

 本当に貸す日暮。真顔で録音モードにする日暮。

 そして、バチって鳴ったら「あ、これいい」とうれしそうにする日暮。

 

 そんな中、教室の空気はじわじわと乾燥していく。

 まだ全員揃っていない朝の時間。

 

 四限組のいつもの空間は、今日もくだらなくて、どこか心地よい。

 そして、誰からともなく、提案が飛び出した。

 

「……誰が一番、帯電してるか、勝負してみる?」

 

 その言葉を皮切りに、静電気遊びが、盛大に火を噴く

 

───

 

「じゃあ、やろっか」

 

 その一言を皮切りに、教室の空気が一段とざわついた。

 誰が言い出したかは曖昧だが、気づけば四人とも、無言でカバンを漁りはじめていた。

 

「これ、勝負として成立させるには、素材が要るよな」

 

 そう言ったのは彰良だった。早速、フリースの上着を脱ぎ、両手でごしごしとこすり始める。

 

「摩擦、摩擦!」と騒ぎながら、あらゆる布を擦り合わせているその様子は、もはや実験中の小学生。

「……それ、理科の自由研究じゃん」

 

 澪が呆れたように言うが、その手にはマフラー。

 まんざらでもなさそうに、丁寧にたたまれていたそれを広げている。

 

「ちゃんと参加する気だね?」と日暮が笑うと、澪は「……どうせ巻き込まれる」とぼそり。

 

「俺はこれでいく」

 

 そう言って、日暮が取り出したのは、毛糸の帽子。

 

「耳まで隠れるし、抜群にあったかい。静電気もたぶん、たまる。……録音はいいや。たまには動画にしよう」

 

「お前、楽しんでんじゃねーか」

 

 想汰が淡々と呟きながら、カーディガンの袖で机の角をこすっている。

 

「……いま、記録してるの?」

 

「『冬の静電気における観察的実験』だ。章立てにしたほうが、あとで整理しやすい」

 

「地味にガチだなお前」

 

 なんだかんだで全員がノってきている。

 誰が一番バチっとくるか、つまり“静電気王”を決める戦い。

 

 その名も──

 

「静電気キング・オブ・ザ・イヤー! 略して、キングバチ選手権!!」

 

「長い。略になってない」

 

 彰良が自信満々で名付けたが、誰にも支持されないまま、実験は開始された。

 まずは準備運動として、マフラー、カーディガン、ニット帽などの“帯電武器”を各自手に取り、ぐしゃぐしゃと摩擦開始。

 

 ごしごし、ごりごり、シャッシャッと、教室中が地味な音に包まれていく。

 

「おい、これ絶対先生に見られたら怒られるやつだろ……」

 

「今この瞬間に安井先生とか入ってきたら、正座確定だな」

 

 そんな会話すらも、どこか笑えてしまう。

 気づけばみんな、頬を緩ませながら摩擦に励んでいた。

 

「じゃあ、いくぞ……俺のバチを見せてやるッ!」

 

 彰良が拳を突き出し、日暮の指先へとそっと近づける。

 

「はい、バチッとなッ!」

 

 パチッ

 

「いったあ!!」

 

「おお、ちゃんときた!」

 

「……思ってたより、痛いね」

 

「これ録れてる……? あ、ちょっと待って、もう一回お願い」

 

「どんな収録だよ」

 

 日暮は真剣そのもの。カメラアプリをチェックしつつ、指先に静電気が走った時の音質を確認している。

 一方、澪はというと、マフラーを丁寧に擦りながら、やや迷い気味の顔で想汰の方を見る。

 

「……俺、そういうの得意じゃないけど」

 

「いや、別に能力の勝負じゃないから」

 

「いや、あの……パチってくるの、ちょっと怖い」

 

「可愛いかよお前」

 

「黙れ」

 

 そして、いよいよ澪が、おそるおそる想汰に指を差し出す。

 指先と指先、あと数ミリ。緊張感が高まる。

 息を飲んだその瞬間。

 

 ……ッパチ!

 

「うわっ」

 

「痛ッ!」

 

「……澪、やるな……」

 

「静電気体質、認定だな」

 

 想汰は無言のまま、ノートに一行書き加えた。

 

「椿原、想像よりも帯電率高し」と。

 

 そのころには、もう誰も“本気でふざけてる”ことを恥ずかしいとは思っていなかった。

 むしろ、誰よりも真面目にふざけていた。

 真剣に、全力で、ばかばかしいことを。

 

 そんなとき、彰良がふと、真面目な顔で言った。

 

「なあ、もしさ。もし誰かとバチってなったら、それって……運命なんじゃね?」

 

「……は?」

 

 全員が、ピタリと動きを止める。

 

「え、なに言ってんの?」と澪が眉をひそめる。

 

「いや、さ。運命ってさ、こう、偶然のタイミングでガチってなるもんじゃん? 静電気も、さ……一瞬の、奇跡、みたいな?」

 

「それで選ぶなら、進路相談もっと楽だったろうな」

 

 想汰の冷静な返しに、笑いが起きる。

 だがその中で、日暮だけがぽつりと呟いた。

 

「……俺、さっき雪にパチってなったかも」

 

「おおっとぉ!? これはバチバチの修羅場フラグか!?」

 

「静電気で人間関係決めんな」

 

 澪が低い声で突っ込んだが、顔はわずかに赤くなっていた。額には血管が浮かんでいる気がする。

 想汰の視線が、それを見逃すわけもなく、しれっとノートに一行記す。

 

「感情の微妙な変化、確認」

 

 その文字は、誰にも見られずにページの端に残された。

 教室の中は相変わらず寒く、乾燥している。

 

 だが四人の輪の中には、ほんの少しだけ、あたたかい空気が漂っていた。

 

 

 

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