クリスマスじゃないけど、そんな気分で
時間は少し戻り、終業式間近のある日。
「……というわけで! 俺たちのクリスマス、23日に決定〜!」
朝倉彰良が両手を挙げて宣言したのは、終業式の翌日。教室の隅、陽の差す窓際の机をくっつけた、四限組おなじみの放課後会議の場だった。
「いや、別にクリスマスの日でもいいんじゃないの?」
日暮夏彦が机にあごを乗せたまま、緩い声で反論する。目線はカーテン越しの冬空へ。
「ダメだよ。澪の恋人ミーティングがあるんだから」
「……やめろ、そういう言い方は」
ぼそっと返す椿原澪は、頬をほんのり赤くして視線を逸らした。プリントを整えながら、少しだけ背を向けるその様子に、彰良がニヤニヤと笑いを深める。
「いや〜、でも雪ちゃんとのクリスマスデートって、ちょっと青春じゃない?ホットチョコ持ってイルミ見てー、プレゼント交換してー」
「してない。しない」
「いいな〜!」と夏彦がまた気の抜けた声をあげる。「こっちは録音機とケーキしか予定ないのに」
「それ、わりと楽しそうだけどな」
文蔵想汰は静かに笑って言う。指先でペンを転がしながら、机上に置かれた一冊のノートに視線を落とす。表紙には『おやつ・軽食・四人分』と書かれた小さなラベル。
「……お前、まさか作るつもりか」
「違うよ。普通にもっていこうかと」
「マジかよ記録魔……!」
彰良が思わず笑いながらも「ありがてぇ〜」と頭を下げると、文蔵は少しだけ目を細めて頷いた。
「じゃあ、23日は全員空いてるってことでいいんだな?」
彰良の問いかけに、全員がうなずく。
「ケーキだけは忘れないでね」
澪の冷静なツッコミに、全員が「おう」と返す。が、たぶん誰も覚えてはいない。
「場所どうする?校内のどっか使う?それとも、誰かの家とか」
「うち、その日親いないから使っていいよ」
あっさりと夏彦が言い、皆が顔を見合わせた。
「……じゃあ、日暮んちで決定か」
「じゃあBGM係やるわ。カセットでクリスマスっぽいの、流す」
「やる気だけは一番あるじゃん」
「でも、ちゃんとクリスマスじゃないのがいいよな」
彰良の言葉に、全員がなんとなく頷いた。
それは“本物”のクリスマスじゃない。家族や恋人と過ごす、そういう日じゃない。
けれど、この四人で集まるその時間は、
きっと“それに負けないくらい楽しい”気がしていた。
「なんちゃってで、十分だよ」
澪が静かに言って、そっと目を伏せる。
それを見て、誰ともなく笑い声がこぼれた。
冬の放課後。校舎の窓には、やわらかな光。
風の冷たさのなか、四人だけの“予定”が、静かに始まろうとしていた。
───
「……で、なんでお前が一番先に来てんの?」
夏彦の家。夕方五時すぎ、まだ外の空には赤みが残る時間。
玄関チャイムも鳴らさず、最初に現れたのは朝倉彰良だった。リュックと両手に袋を提げて、完全にやる気の構え。
「そりゃお前、主催者の特権だよ。現地入りも早いんだって。あと、ほら見ろこれ。チキン、ポテト、ジュース、アイス、あとお菓子詰め合わせ」
「……もはや業者」
「うるせー。これぞ“なんちゃってクリスマス”の精神だろ」
苦笑いを浮かべながらも、夏彦はちらりとリビングに目をやる。カセットデッキが、すでに用意されている。テープは回っていない。静寂がそこにある。
「BGM、何かけるの?」
「んー……冬のジャズ系か、カントリー系か、昭和歌謡の隠し球か」
「昭和やめとけ」
「えー」
冗談めかしたやりとりの背後で、今日初めてのチャイムが鳴る。次に来たのは、両手に紙袋を提げた澪だった。
「ごめん、ちょっと遅れた?」
「おっ、来たなカップル代表!」
「……だから、それやめて」
反射のように小声で返す澪。けれどその声色に、どこか呆れと笑みが混じるのを彰良は見逃さない。
「これ、持ってきた。市販だけど、ちょっといいチョコ。あと、お茶」
「なんでそんなに気合い入ってるの」
「いや……たまには」
そう言って視線を逸らす澪の耳が、少し赤い。
「いいねぇ、澪印の高級お菓子。ありがたくちびちび食おうぜ」
「お前の“ちびちび”は信用ならない」
カーテンの隙間から夜が降りてくる頃、最後に現れたのは文蔵だった。
彼はリュックからノートと、ラップに包まれた手作りのサンドイッチを取り出す。
「記録係と、軽食係を兼任してきた」
「お前さあ……!」
「それ、毎回のやつだけど、ありがたい」
彰良が盛大にツッコみ、澪が素早く一つを手に取り、夏彦は静かにテープを巻き戻す。
「録音、始めるね」
ぱちり。カセットの再生ボタンが押される音が、静かな夜に灯る。
「じゃ、乾杯……じゃなくて、どうする?」
「メリーなんちゃってクリスマスでいいんじゃない?」
「略して“ナンクリ”か」
「語呂悪っ」
それでも、全員がグラス(という名の紙コップ)を持って、自然と手を伸ばす。
「メリー、ナンクリ!」
「「「「メリー、ナンクリ」」」」
紙コップが、かすかにぶつかる音。
そのすぐあとに、どこからともなく笑い声が弾けた。
テーブルの上は、色とりどりの食べ物と飲み物であふれていく。
くだらない会話と、たまに訪れる静けさと。そのどれもが、心地よかった。
「……来年もまた、こういうのやれたらいいね」
ぽつりと漏らした夏彦の声に、誰も答えない。
でも、その沈黙は“同意”の形をしていた。
───
「あれ……」
サンドイッチを食べ終え、少し落ち着いた頃。
澪が冷蔵庫を開けたまま、静かに声を漏らした。
「ケーキ、ない」
「……は?」
一拍置いて、彰良の顔が固まる。
「いやいやいやいや、俺、買ってきたぞ? チキン、ポテト、ジュース、アイス──あ、アイス買ってケーキ忘れてる!!」
「お前、それはクリスマスパーティーで致命的なミスでは」
「ま、彰良に全部任せた俺らにも責任はあるから」
澪がじとっとした視線を送り、夏彦は肩を揺らして笑う。
「いや、アイスは正義だけどね。うん。だけどね」
「ごめん……俺の中の“パーティー感”の優先順位が……!」
「まあまあ、今から買えばいいだけだろ」
澪が携帯を開く。「この時間なら、まだ近くのケーキ屋開いてる」
「じゃあ、ジャンケンだな」
彰良が即座に立ち上がる。
そして、テーブルをコンと指で叩いた。
「ルールは簡単。負けたやつが買いに行く。なお、二人ずつのチーム戦とする」
「なんで二人で行くの?」
「……夜道は危ないから?」
「お前が言うと軽いな」
「うるせぇ」
結局、グー・チョキ・パーの嵐が始まった。
──第一戦:彰良 vs 澪 → 彰良勝利
──第二戦:夏彦 vs 文蔵 → 夏彦勝利
──決勝:澪 vs 想汰 → 引き分け(3回)
「……埒があかねえ!」
「じゃあ、もう俺と澪で行こうか」
と、静かに名乗り出たのは文蔵だった。あまりにも自然すぎて、誰も異を唱えなかった。
「え、マジで? まあ、そこ二人で決勝してたしな」
「冬道は滑るから、澪の足元を見てる係が必要だろ」
「どういう意味それ」
「俺、結構滑って転ぶとこ見てる」
「記録するなよ」
「しないよ。今日のこれは、“未記録領域”」
そう言って、マフラーを首に巻き直す文蔵。
澪は小さく笑って、玄関の靴を履いた。
「じゃあ、行ってくる。ホールじゃないよな?味のリクエストある?」
「チョコ!」
「いちご!」
「チョコでいちごってあるのか?」
「ケンカにならなきゃなんでもいいよ」
「おまえ、それ逃げすぎ」
ドアが閉まる直前、二人の声が重なった。
「気をつけてなー!」
扉が閉まり、玄関が静寂に包まれる。
───
「……それにしても」
夏彦がカセットを再生しながら、ぼそっと呟いた。
「こういう時間って、ちゃんと録音されてるんだな」
「なに、録音されたくない話してた?」
「いや、全部とは言わないけど、ちょっとくらいは残ってもいいなって」
彰良はテーブルの上の紙コップをくるくる回す。
「録音も記録も、しないと残んないし、しないから残ることもあるんだよな」
「お前が言うと、説得力が七割くらいになるのなんでだろ」
「それが“なんちゃってパーティー”の味ってもんよ」
ぽつ、ぽつと話す声と、カセットのまわる小さな音。
暖房の音。外に響く車の走る音。
それらがひとつひとつ、夜の空気に沈んでいった。
───
「ただいまー」
「おかえりー」
ゆるく応じる声が二つ。
そして、
「……それ、俺のリクエストじゃないな?」
「俺のでもない」
「でも、うまそうだろ」
文蔵が紙袋から箱を取り出す。
その表面には“ミルクショコラと木苺のケーキ”の文字。
「チョコといちご、どっちも入ってたからって選ぶセンスが……文蔵だなあ」
「おしゃれすぎて、逆に食うのためらうわ」
「てかホールケーキってまだ残ってるもんなんだ。クリスマス前なのに」
「綺麗に分けれるかな」
「大丈夫、僕が切る」
澪がナイフを手に取り、手際よくケーキを四等分していく。
その様子を見ながら、夏彦がつぶやいた。
「なんか、さ。こういう日、またやりたいなって思った」
「じゃあやるか。来年でも、いつでも」
彰良が当然のように言う。
「うち、いつでも使っていいしな。てか、年明けもなんかやろうぜ。鍋とか」
「鍋、いいかも」
「アイス鍋とか」
「やめとけ。せめてチョコ鍋とかにしとけ」
笑い声がテーブルを包み込む。
チョコの香り、暖房のぬくもり、カセットから流れる小さなBGM。
どれもこれも、特別じゃないはずなのに、不思議と心に残る気がした。
文蔵はフォークを置き、そっと視線を上げる。
誰かがふざけて、誰かが笑って、誰かがそれを録音して、
そして、誰かがそれを「記録しない」と決める。
この空間にあるものは、何もかもが過ぎていく。
でもきっと、残る。
そう思った。
「じゃ、そろそろ帰るか」
彰良が立ち上がり、伸びをする。
玄関でマフラーを巻きながら、
「ほら、忘れんなよ。クリスマスじゃないけど、なんかクリスマスっぽかったってことで!」
「……なんていうか」
澪が小さく笑って、続けた。
「その“っぽさ”が、いちばん大事なのかもな」
「それ、録るか?」
「やめとけ」
家の外は、しんとした夜。
星が滲んで、冷たい空気が頬に刺さる。
「来年もまたやろうぜ」
彰良が言うと、誰も「うん」とは言わなかった。
でも、誰も否定もしなかった。
言葉じゃなく、空気で約束するように。
笑い合いながら、四人の足音が夜道に吸い込まれていく。
そして──
「メリー、なんちゃって、クリスマース!」
誰かがふざけて叫んだ声が、冬空に舞い上がる。
それは風に揺れて、少しだけ本物みたいに響いた。