放課後に、僕らは   作:やまざる

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日常回的なやつです


放課後、陽だまりの方程式

【机上にて、静かなる戦争】

 

放課後の教室には、風が通っていた。

 

窓際のカーテンが、ふわり、と。春先の風に踊るように揺れて、遠くで鳴く鳥の声まで連れてくる。教室の中にはもう、生徒の賑やかな声は残っていなかった。部活動へ、図書館へ、家路へ。それぞれの帰り道に分かれていく時間。

 

そんななかで、まだ居残っている四人がいた。

 

四限終わりか放課後に集まるから、誰が言い出したか、「四限組」と自分たちで言い合っている四人だ。

 

「……でさ、どっちが多く消しゴムのカスを集められるか勝負しようって話だったじゃん。途中で投げるのナシだぞ、ナシ!」

 

机の上に鉛筆の粉と共に広がる無数の白い破片。朝倉彰良はその中心で腕まくりをして、目の前に置かれた自分の消しゴムをじっと見つめていた。

 

「ふむ。では、正式に“カス合戦”の開始といこうか。勝者には、明日の購買パン選びの優先権を与える……でどうだい?」

 

日暮夏彦が笑いながら言う。彼の前には既に、几帳面に整えられた“消しカスの山”が築かれつつあった。無言で掃除を始める椿原澪の目線が、どこか遠くを見ている。

 

「ねぇ……。そのくだらない勝負を俺の机の上でやるの、やめてくれない?」

 

文蔵想汰の声が、困ったように割り込む。だが彼の表情は、どこか笑っていた。そう、いつもの放課後だ。小さなふざけ合いと、やりとりと、それに混ざる柔らかな空気。

 

「君の《オムニバス》で消しカス戦争の名勝負を再現できたりする?」と夏彦が言えば

 

「できたとしてもそんなくだらないもの、書庫には永久保存しない」と想汰が返す。

 

「でもさ、こういうのが案外、忘れられないんだよな」

 

彰良がぽつりと漏らす。

 

消しゴムのカスひとつに、真剣になれる放課後。

 

くだらないと言えばくだらない。

 

けれど、こうして集まって、笑って、時々真剣になって、そうやって時間を過ごせることが、何よりも愛おしかった。

 

カーテンがもう一度揺れて、四人の机を包んだ。

 

日常は、何気なく、確かに、そこにある。

 

───

 

【購買パン、戦略会議】

 

──翌日

「……で、結局なに買うか決まったのかい、君たち」

 

購買前の廊下にて。椿原澪はため息をひとつ落としながら、教室から走ってきた三人を見やる。手にはメモ用紙、内容は「パンの在庫速報」と「好みアンケート」がぎっしり。

 

「よし、今のところ“あんバター”派が二票、“メロンパン”派が一票、“カレーパン”派が一票……つまり、意見まとまってない!」

 

朝倉彰良が、ぐしゃぐしゃの紙を掲げる。なぜパンひとつにここまで戦略を練る必要があるのか、当人たちも分かっていない節がある。ただ、それが面白いから続けている。それだけだ。

 

「……メロンパンは、君たちの意見じゃなくて購買のおばちゃんのおすすめよね?」

 

澪が呆れ顔で指摘すると、夏彦が肩をすくめた。

 

「でもこの時間、もうメロンパンしか残ってない気がする。音が、だいたいそう告げてる」

 

「それただの予想だろ」

 

「いや、“この音”は……袋詰めのパンがラスト一個、買われてく時の音だ。――ほら」

 

夏彦が言い終わるよりも早く、購買のレジ前から「ラストひとつー!」という声が聞こえた。おばちゃんのいつもの声だ。

 

「やべっ、ほんとに残り一個かも! 文蔵、走れ!」

 

彰良の指令に、想汰が本を手に取って立ち上がる。

 

「いや、なぜ俺が……って、椿原! 君はどうするんだ!?」

 

「……ぼくは……いかないかな」

 

少し迷って、澪はそう答える。購買のにぎわいは、彼にとって少しだけ苦手な場所だった。賑やかすぎて、言葉が追いつかなくなる。

 

「なら任せろ!」

 

彰良が想汰の背を押し、夏彦が扉を押し開け、作戦名「購買パン争奪戦」が発動される。澪はその場に残って、遠ざかっていく足音を聞きながら、そっと口角を上げた。

 

“できること”と“していいこと”は違う。

 

でも、彼らと過ごす時間のなかには、して「いいこと」しかなかった。

 

───

 

【記録係と、記憶の断片】

 

その日、図書室にはもう春の陽が差していた。

 

午後五時。窓辺に並ぶ机の上には、四人分のノートと参考書、半分飲みかけの紙パックのミルクティー。物音は静かだった。けれど静かすぎることはなく、本をめくる音、鉛筆の芯が紙をなぞる音、誰かのため息。そんな微かな“音の重なり”が、午後の図書室に心地よいリズムを生んでいた。

 

「……なんか、ここの空気ってさ」

 

と、夏彦がポツリと言った。

 

「記憶のなかでも静かで、柔らかい音がする。……“心音”に近い感じ」

 

彼はそう言って、自分の持つ異能力《リプレイ》で、小さな音を再生した。微かに聞こえる、本のページがめくられる音。それは紛れもなく、今、隣で文蔵想汰が出した音と、寸分違わぬものだった。

 

「それ、俺の音じゃないか」

 

「うん。記録しておいた。お前の読書の仕方って、ゆっくりで丁寧だよな」

 

「ちょっと気味悪いな……でも、嬉しい」

 

想汰が苦笑する。

 

隣で、彰良がノートに「期末試験・敵情報」などと書き連ねていたが、目は完全に虚ろだった。勉強という名の敵は、今のところ四限組のなかで最強らしい。

 

「でも、こうしていると……何か、記録係って感じだよな、お前」

 

彰良が言った。

 

「え?」

 

「いや、想汰は本を再構築できるし、夏彦は音で記憶を再生できるし。澪は、たぶん全部を黙って覚えてるし。……で、俺は、決める役ってわけだ」

 

「ずいぶんと強引な割り当てだけど、案外悪くない」

 

澪がクスリと笑う。

 

「“記録係”って言葉、ちょっと好きかも」

 

想汰が眼鏡を持ち上げる。

 

「大事なことって、忘れないための“残し方”が必要だと思うからさ。音でも、文字でも、記憶でも」

 

言葉は風に乗って、静かに図書室に溶けていった。やがて、廊下からチャイムの音が響く。下校時間。けれど誰も席を立たなかった。まだ、この時間に名前をつけるには惜しい気がしていた。

 

───

 

【雨宿りと、言葉の傘】

 

その翌日、四人は揃って雨に降られた。

 

午後六時。春先の雨は気まぐれで、放課後の晴れ間から一転、激しい通り雨に変わっていた。昇降口の庇の下、四人は足止めを食っている。

 

「天気予報、晴れって言ってなかった?」

 

彰良が文句を言う。頭の上からはぽつぽつと音が響き、スニーカーの先にも水たまりが広がっていく。

 

「朝倉…お前の異能力で雨とか予想できないのか?」

 

「俺の異能力は対人特化なんだよ。たぶん…」

 

文蔵の問に朝倉が曖昧に答える。

 

「……“この音”、昨日の予報じゃ再現できなかったな」

 

夏彦がぼそりと呟いた。傘を持っているのは澪ひとりだった。

 

「君たち、本当に天気くらい予測して動こうよ……」

 

そう言いながら、澪は静かに傘を開く。青い、小さな折りたたみ傘だった。

 

「このサイズじゃ、四人一緒は無理だよ」

 

「じゃあ、ジャンケンで勝ったやつが先に帰って、あとで傘を届けてくるってのはどう?」

 

彰良の提案に、想汰が肩をすくめた。

 

「ジャンケンで“選ばれた人”がずぶ濡れで走るんだろう? 罰ゲームにしか聞こえないね」

 

結局、誰も動かずにその場に立ち尽くしていた。

 

「……だったらさ、こういうのはどうかな」

 

澪がふと、口を開く。

 

「走って届けるんじゃなくて。少しだけ、ここで話していこうよ。……雨宿りって、ちょっと“会話の傘”にもなると思うから」

 

誰も反論しなかった。

 

澪の言葉には、不思議と安心する何かがある。いつも無理には踏み込まないけれど、確かに“そこにいてくれる”人。彼がいることで、四人の空気がふわりと和らぐ。

 

「……ねえ、さっきの“記録係”の話だけどさ」

 

彰良が突然、言葉を継いだ。

 

「記録も大事だけど、“今ここにあること”も、たまにはちゃんと大事にしないとな。こういう雨の音とか、みんなの声とか」

 

「なるほど。じゃあ、これは記録じゃなくて記憶だね。……ちゃんと胸に残しておくよ」

 

想汰が呟いた。

 

そして、夏彦が小さく笑う。

 

「この雨音、きっと明日も再生できる。……けど、本物のほうが、あったかいな」

 

傘は一本。だけど、四人の間にあったのは、それ以上に優しい“言葉の傘”だった。

 

───

【それでも、明日は来るから】

 

雨はやがて止んで、道には虹がかかった。

 

四人は寄り添うように並んで、校門を出た。空はまだ湿っていたけれど、濡れたアスファルトが夕日を映してきらめいていた。澪の傘はたたまれ、誰の肩も濡れていなかった。ただ、心の中にあったざらつきや曇りは、少しだけ洗い流されていた気がする。

 

「……そういえば、今日のノート。全然進まなかったな」

 

想汰が苦笑しながら呟く。

 

「パンも負けたしな。メロンパン、一口で食われたし」

 

彰良は悔しそうに空を見上げた。

 

「でも、お前の“記録”はちゃんと残ってる。……たぶん、俺の中に」

 

夏彦がそう言うと、三人ともわずかに沈黙した。記録も、選択も、再生も、傘も——すべては、ただの出来事ではなく、誰かの中にちゃんと“響いて”残るものだと。そんな気がしていた。

 

「……今日って、なんだったんだろうね」

 

ふと澪が、ぽつりとこぼした。

 

「戦争したり、パン買ったり、雨宿りしたり、記録の話したり……結局、なんにも“特別”なことは起きなかったのに」

 

「“起きなかった”っていう、そのこと自体が、特別なんじゃないか?」

 

想汰が静かに答えた。

 

「何かが変わらなくても。何も起きなくても。……こうして、四人で歩いていられる今日って、それだけで、記録に値すると思うよ」

 

誰も、反論しなかった。

 

「明日、何が起きるか分かんないけどな」

 

彰良が言った。

 

「そうだね」

 

夏彦が頷いた。

 

「でも、明日が来るってことは、“今日”があったって証だから」

 

澪が、言葉を結んだ。

 

道はまだ濡れていたけれど、靴の音は軽やかだった。

 

日常は続く。特別じゃない時間のなかで、少しずつ、大切なものだけを残していくように。

 

今日もまた、陽だまりのような式が解かれていく。

四人という名の変数が、静かに、そして確かに、解を導いていた。

 

 

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