「おい、なぁ……マジで行くのか?」
昼下がりの駅前通り、文蔵想汰は立ち止まったまま、斜め上の看板を見上げた。
そこにはカラフルなパフェのイラストと、「今月の限定スイーツ!」という文字。
その下には、若い女子たちが吸い込まれるように入っていく。
「いちごの宝石箱だってよ。ネーミング攻めてんな!」
隣でテンション高く笑うのは、もちろん朝倉彰良。
彼がこの店を提案した張本人であることに、三人とも異論はなかった。
「……ま、ここまで来たら入るしかなくね」
日暮夏彦が片耳のイヤホンを外しながら、無関心そうに呟く。
だが、目元は少しだけ笑っている。こういう空気を、楽しんでいるのだ。
「俺は、遠慮、しとく」
想汰が即答する。
その声はいつもと変わらず低く落ち着いているが、言葉の隙間には、うっすらとしたためらいがにじんでいた。
「なんで?」
彰良が振り返る。
「男子4人で入るの、ちょっとアレ的な? いやでもさ、逆にアリじゃない?」
「その逆にがもうアリじゃねぇんだよ」
ぼそりと返す想汰の言葉に、夏彦が小さく吹き出す。
「確かに。俺たち、視界の彩度落としてんもんな。あの店の平均値からすると」
「別に、味の彩度が落ちるわけじゃないでしょ」
静かな声が割り込む。椿原澪だ。
彼は誰よりもさっさと歩き出し、既に店のドアの前に立っていた。
「食べたいなら入ればいい。俺は、入るけど」
そのままガラス戸を押し、音もなく中へと消えていく。
中から「四人です」と答える澪の声が店の暖気とともに耳に届く。
想汰は一瞬、取り残されたような顔をした。
空気は乾いていて、駅前の風がセーターの隙間から忍び込む。
「……行くぞ、想汰」
彰良が、少しだけ真面目な声で言った。
「俺ら、誰か一人を残して笑うことはしないだろ?」
「……かなり、していたこともあった気がするが」
「そういうのは除外で。今日は無しな」
満面の笑みで手を差し出す彰良に、想汰はしぶしぶ足を踏み出す。
店の中に一歩入ると、そこはもう別世界だった。
壁はピンクと白、ふわふわしたクッション席、BGMはポップなアイドルソング。
周囲の視線が、いや、実際にはほとんど向けられていないのだが、四人を一斉に包むような気がした。
「……落ち着かねえ」
想汰がぽつりと呟く。
だがその声は、ほんの少しだけ、笑っていた。
───
「──こちら、『いちごの宝石箱』でございます」
店員の柔らかい声と共に、卓上へ置かれたグラスが、まるで舞台の主役のように輝いていた。
高さ30センチはあるかというパフェには、カットされた苺が花のように重なり、キラキラとゼリーが光を反射する。
ホイップとアイスの合間から覗くピンクのスポンジ、生クリームには金箔らしきものまで散っている。
「いや、これ、武器やろ」
最初に言葉を発したのは、やはり彰良だった。
「スイーツというより、戦うための意志って感じすらある」
スプーンを構える彼の顔は、どこか神妙だ。
「いや、食べ物は戦うものじゃないからね」
夏彦が笑いながら、ストローで苺ミルクをすする。彼の前にあるのは、シンプルなワッフルプレートだ。
「それにしても……想汰、意外とがっつり系いったな」
「……メニューの写真と、実物の距離感が詐欺だっただけだ」
文蔵想汰は、自分の前にある巨大なパフェを見つめながら言った。
注文のとき、写真ではもう少し小さく見えたのだ。可愛い程度の甘味かと思っていた。
「これは……映えを目的としたサイズだ」
「食べきれなかったら手伝うけど?」
澪が無表情のまま紅茶を啜りながら言う。
その目線はパフェではなく、想汰の耳の赤みに向かっているようだった。
「……気にしてないけど」
「言ってないのに否定入ったな」
夏彦が静かに笑い、彰良が「いや、そういうとこだよな」と頷く。
想汰は黙ってスプーンを手に取り、慎重に苺を一枚、すくって口に運ぶ。
その動作は、どこか儀式のような神聖さすらあった。
「──うん、うまい」
短く、真面目な声。
少しだけ眉が緩む。それが彼なりの「当たり」のサインだった。
「良かった! いや俺、この店ずっと気になっててさ。女子しか入ってない感じはあったけど、味はガチだよな!」
「ふつうに美味しいし、なにより……温度がいい」
夏彦が呟く。
「この店、あったかい。空調もだけど、なんか雰囲気が」
「空気の質、ってやつかな」
澪が同調する。
「……喋ってても、浮かない気がする」
テーブルの上には、色とりどりの皿。
グラスの底に溶けたアイスがゆっくり沈んでいく様子を見ながら、四人はぽつぽつと話し続けた。
「……男子四人でスイーツって、こうなるんだな」
想汰の言葉に、三人が一斉に振り向く。
「こうって、どう?」
「……悪くないけど、ちょっとだけ変」
「最高の感想じゃんそれ!」
彰良が大げさに笑うと、店の奥の席からも笑い声が漏れる。
それは彼らとは関係ない、別のテーブルの、女子たちの声だった。
でも不思議と、居心地は悪くない。
想汰はまたひと口、パフェをすくった。
もう「恥ずかしさ」は味の奥に沈んでいて、今感じているのは、
ただ甘さと、温かさだけだった。
───
店を出ると、空気の質が一気に変わった。
外は午後の斜光が差し込む冷たい通り。
ビルの谷間から吹き抜ける風が、スカーフの隙間をすり抜け、首筋をひやりと撫でていく。
「うお、さっむ!! てかさ、店の中があったかすぎたんだよ絶対!」
両腕を振りながら先頭を歩くのは、もちろん彰良だ。
白い息が勢いよく空に溶けていく。
その後ろで、夏彦が自販機に目を止める。
「……ちょっと買ってくる」
缶コーヒーを二本、一本を想汰に差し出す。
「さっき甘いの食べてたから、これ苦いかもだけど」
「いや、ありがたい」
受け取った想汰は、缶のぬくもりに一瞬だけ目を細めた。
そのまま、四人はゆっくりと商店街を歩いていく。
並んだ店のガラスには、ハートや花のシール。早くもバレンタインの装飾が始まっているようだった。
「なんかさ、この通りさー、カップルしかいなくね?」
彰良がふと、あたりを見回して言った。
少し先を歩く男女の背中。手をつないでいる。
向こうのカフェの窓辺では、二人が肩を寄せ合って笑っていた。
「そりゃまあ、そういう店並んでる通りだしな」
夏彦が肩をすくめる。
「ってか俺らも、似たようなもんじゃね?」
「え、なにそれ、怖。ちょっと離れてくれてもいいよ?」
「高校男子四人で並んで歩いてるのが?」
「この構図で甘い店出てくるの、なかなかよ?」
彰良と夏彦が笑いながら掛け合いを続ける中で、想汰はふと立ち止まった。
「……なに」
「いや、別に」
そう言って、ホット缶を口に運ぶ。
「気にしてないけど」
「うわ、また出たよ」
「それ、今日のテーマ?」
夏彦が小さく笑い、澪はほんの少しだけ唇の端を上げた。
風が、四人の間を通り抜ける。
寒いけれど、それを“寒い”と口にするほどの余白は、もうなかった。
「……楽しかった?」
ふいに澪が口を開いた。
「店の中」
想汰は少しだけ間を置いてから、短くうなずいた。
「……まあ、たまには悪くない」
「それ、楽しかったって意味で合ってる?」
「別にって言いながら、全部楽しんでるからな」
彰良が笑って言った。
想汰は何も言わず、けれど缶の底を少しだけ振って、かすかに残った温度を確かめた。
陽はだいぶ傾いてきていた。
ビルの隙間からこぼれる光が、四人の肩に細く差している。
「じゃあ次は、どこに入る?」
誰の問いでもなかったその言葉に、誰からともなく足が動く。
くだらないけど、ちょっとだけ照れくさい時間。
でも確かにあった、四人で甘いものを食べた午後。
記憶には残らないかもしれない。
でもたぶん、体温の奥底にじんわりと沈んでいる