放課後に、僕らは   作:やまざる

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※これは正式な議事録ではありません

 

「……静かすぎて逆に怖いね」

 

 橘薫がぽつりと呟いたのは、生徒会室の窓際だった。

 

 開け放たれた窓から差し込む光はまだ冬の色を帯びているが、それでも春の気配をほんのり含んでいる。

 その光のなか、机に肘をついた橘は、片手でページをめくりながらため息をひとつ。

 

「普段どれだけうるさいか、よくわかるよな……」

 

 今泉秋明は椅子を後ろ向きに回転させながら、ノートパソコンの画面を開いていた。

 

 今日は珍しく、橋ヶ谷満作。我らが会長が外部の打ち合わせとやらで不在。

 しかも書記と副会長のふたりが、午後の書類整理を一任されるという珍事まで重なった。

 

「この静けさ……俺たちだけでこの部屋使ってるって、ちょっと不穏だよな」

「変なことが起こる予兆みたいな静けさですね。某ホラー映画なら、最初にやられる人のポジションです」

「やめろ、そういうリアルな例え……!」

 

 今泉が手元のペンで軽く机を叩くと、橘が眼鏡を直しながらふっと笑った。

 

「けど、会長がいないって、妙な感覚ですね。あの人って存在が騒音みたいなところあるじゃないですか。沈黙を許さない系の」

「すげぇわかる……。てか、満作の発言って基本的に音っていうか振動って感じ。意味じゃなくて、波」

「語録で地震計が揺れそうなタイプですね」

「どんなタイプだよそれ……」

 

 ふたりはどちらからともなく笑った。

 どこか無害で、けれどいつものとは違う空気。

 それが心地よくもあり、少しだけそわそわする。

 

「……で、本題。そろそろ始めるか、書類チェック」

「はい。あ、でもせっかくなので、ついでに過去の報告書ファイルも引っ張ってきていいですか?この間、会長が3年前の生徒会スローガンに感銘を受けたとか言ってたので」

「その感銘、わりと頻繁に受けてる気がするけどな……まぁいいや、頼む」

 

 橘はキャビネットの中から分厚いファイルをいくつか引っ張り出し、机に積み上げた。

 カラフルな背表紙には、【活動報告書(〇〇年度)】や【行事振り返り】の文字が並ぶ。

 パラパラとページを繰るうちに、ふと今泉が目を止めた。

 

「……おい、これ」

「ん?」

「ここ、『夜空の余白に、希望を貼り付ける』って書いてある」

「……え、それ何の記録ですか?」

「えーっと……《星空相談会:準備レポート》」

 

 橘は一瞬沈黙したあと、静かに呟いた。

 

「それ、報告書じゃなくて詩集ですね」

「だよな!? 俺もそう思った!!」

 

 ふたりが顔を見合わせて爆笑した直後。

 橘がふと、報告書の余白に指を添えて言った。

 

「けど、改めて見ると……会長って、名言製造機ですよね」

「そうだな。名言か迷言か紙一重だけど、語録としてはインパクトある」

「……これ、かるたにできそうですね」

「…………」

 

 今泉がペンを置いた。

 

「おい橘、いまなんて?」

「会長語録でかるた作れる気がするって言いました」

「…………よし、やるか」

 

 こうして、午後の生徒会室は正式な議事録から脱線していく。

 始まりは、ただの暇つぶしのつもりだった。

 

 

───

 

 

「『あ』は、そうですね……『あ、それ、報告書じゃなくて詩集になってるぞ』」

 

 橘がメモ用紙にさらさらと書き込む。

 その隣で今泉は腕を組み、顔をしかめていた。

 

「……それ、俺のセリフじゃん」

「でも会長語録を見たときの典型的リアクションとして、採用する価値は高いと思いますよ」

「まあ……それは否定できん」

 

 二人の前には、いつの間にか並べられたメモ用紙が十数枚。

 そこに一文字ずつ、ひらがなの頭文字と、それに続く語録が記されていた。

 これはもう、かるただろう。完全に。

 

「いやー……俺たち、真面目に仕事しようとしてたんだけどなぁ……」

「不在時の生徒会室で、静かに作業してたらかるたができていた。これはもう、文化ですね」

「何それ、言い訳としては斬新すぎるわ」

 

 今泉が笑いながらペンを走らせる。

 

「『く』はどうする。」

「『く』……じゃあ、あれでどうでしょう。『クジラに乗って宇宙を旅する生徒会長』」

「あー……それ、星空相談会のプレイベント告知のときか」

 

「そうです。比喩だからって言い張って、全校放送で読み上げたやつですね」

「そうだそうだ。放送室の担当、生徒会じゃなかったのに、強行突破して……」

「先生にあの生徒会長、やっぱ変だって言われたんでしたね」

 

 ふたりは肩を揺らして笑った。

 

「『さ』はどう?」

「『さ』……『三次元に囚われない発想を、生徒会に』」

「それ、どんな文脈で出たんだっけ?」

 

「パネル展示の高さ調整してたとき、普通に30センチ上げようって言ったら、会長が言ったんです。空間に物語の気配を漂わせたいって」

「実行委員が困惑しすぎて会議止まったやつだ……」

 

「あれ以降、橋ヶ谷単位って言葉が一部で定着しました」

「1橋ヶ谷=よくわからない理屈で15分議論を止める、だっけ」

「的確すぎて何も言えませんね」

 

───

 

「じゃ、『ね』は絶対アレでしょ」

 

 今泉が少し真顔で言った。

 

「『ねぇ、あの星の名前。知っているかい?』」

「……出た、鉄板。あれはもはや会長の口癖」

「意味ないときも言ってるからな。夜じゃなくても言うし、晴れてなくても言うし、そもそも星がそこにある前提で喋ってるし」

 

「会長にとって星って概念ですからね。相手と目線を揃えるための比喩として用いています」

「そんな真面目に分析しなくていいから」

 

───

 

「よし、ちょっとまとめよう。現時点で出たのは……」

 

 今泉が手元の紙をめくりながら読み上げる。

 

あ『あ、それ、報告書じゃなくて詩集になってるぞ』

く『クジラに乗って宇宙を旅する生徒会長』

さ『三次元に囚われない発想を、生徒会に』

ね『ねぇ、あの星の名前。知っているかい?』

ほ『星を見る、それが僕の理由』

 

 

「……ふつうに名作じゃないですか?」

 

 橘がさらっと言う。

 今泉は少し肩をすくめて、でも否定はしなかった。

 

「たしかに。思い出補正込みでも、破壊力あるな」

 

「『ぼ』とか『も』も強そうですね。『僕は宇宙の代弁者ではありません』とか、『もう、惑星規模で考えよう』とか」

「規模の問題じゃねぇよって毎回突っ込んでたわ、俺」

 

 ふたりは笑いながら、ふと顔を見合わせた。

 

「これ、文化祭で出したら……意外とウケるかもしれませんね」

「でも会長本人の許可取らないと……いや、待て。そもそも会長、こういうの全力で乗ってくるタイプじゃね?」

「むしろ、絵札担当させてくださいとか言い出す可能性もあります」

「うわ……その未来、想像できすぎて怖いわ……」

 

 ふたりが苦笑しながら、読み札の並びを確認していた、そのときだった。

 

「ただいま戻りましたよー……っと」

 

 ガラリ、と生徒会室の扉が開く音。

 振り向いたふたりの顔が、ぴしっと硬直した。

 そこには、いつものようにふんわりとした微笑みを浮かべた会長。橋ヶ谷満作が、立っていた。

 

 

───

 

 

「ただいま戻りましたよー……っと」

 

 その声に、生徒会室の空気が凍った。

 静かに扉を開けて入ってきたのは、青みがかった髪に無造作な前髪、書類の入ったバッグを肩から提げた橋ヶ谷満作。

 

 生徒会長、帰還。

 

「……」

「……」

 

 今泉と橘は、バレてはいけない現場に踏み込まれた人の顔になっていた。

 だが、あまりにも堂々とした足取りで入ってくる会長を前に、逆に罪悪感が倍増する。

 

「どうかしたかい?」

「い、いえ……」

「問題ないです。書記的には」

「……ふたりとも、何やらすごく盛り上がっていた空気がして、逆に気になったんだけど」

 

 鋭い。さすが会長。

 目は笑っているが、観測眼が冴えている。

 机の上には、散らばる紙の山と、妙に統一された書体のメモたち。

 そしてそのひとつを、橋ヶ谷はふと手に取る。

 

「……『く』……『クジラに乗って宇宙を旅する生徒会長』」

「それ、あの、過去の記録を振り返ってただけで……」

「完全に悪ノリとかじゃなくて、むしろ会長へのリスペクトといいますか……」

 

 ふたりの言い訳が交錯する中、橋ヶ谷満作はその紙を眺めながら、ふと穏やかに言った。

 

「……これ、懐かしいね。星空相談会の前に、生徒会通信の片隅に載せたやつです。比喩が意味不明すぎて誰にも意味が伝わらなかったって、今泉くんに怒られたのを覚えてるよ」

「……あー、はい。怒りましたね、あのときは……」

 

「僕としては、クジラの背中に生徒の悩みを乗せて、大気圏を越えたかったんだけど」

「比喩の飛距離が限界突破してましたよ、完全に」

「まあ……いいじゃないか、イメージは自由さ」

 

 満作は次の紙に目を通す。

 

「『ね』……『ねぇ、あの星の名前。知っているかい?』。……これは僕が良く言うやつだね。覚えてます」

 

 静かな声だった。

 

「夜の体育館の片付けしてたとき、体育倉庫の上に出てた星を、誰かと一緒に見ていた気がする。誰かはもう、忘れちゃったけど。でも、いい記憶だったよ」

 

 空気が、少しだけやわらぐ。

 今泉が、思わず聞いた。

 

「会長……お気に入りの句、あります?」

「うーん……『ほ』かなぁ」

 

 橋ヶ谷は、指先で一枚の札をつまみあげる。

 

「『星を見る、それが僕の理由』」

「……」

「……」

 

 橘も今泉も、しばらく黙っていた。

 それは確かに、ふたりが書いたものだった。

 でも、もとは会長が、選挙演説の中で語った言葉。

 

「見るだけで、誰かの役に立てるなら、それってすごいことだと思うんですって言ってましたよね」

「言ったね。……なんで、ふたりが覚えてるのかは、ちょっと不思議だけどね」

 

「印象が……強すぎたんですよ、会長」

「言葉の爆発力で五感に刻まれてるタイプでしたから」

 

「え、爆発力?」

 橋ヶ谷が目を丸くしたあと、少し照れくさそうに笑った。

 

「……なんか、嬉しいよ。こうして覚えていてもらえるのって。それに、こういうのを遊びにできるって、すごくいいことだと思うしね」

「え、怒らないんですか?」

「まさか。むしろ……ちょっと乗っていいですか?」

 

「え、まさかとは思いますけど──」

「絵札のイラスト、僕が描いていいかい? 『あ』のやつは、報告書の上に乗った詩人のイメージでいきたいんだけど」

「「やっぱ乗った!!!」」

 

 叫ぶようなふたりの声に、生徒会室の静寂が破られた。

 こうして、生徒会語録かるたプロジェクトは、静かなる午後にひっそりと誕生した。

 つづきは、また、どこかで。

 

 

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