貞操逆転的なウマ娘世界に転生したったwwwwww 作:アザミマーン
なんと10000pt達成してしまいました。本当にありがとうございます。
あと今回長いです。分割しようかとも思ったけど切りどころがなくてやめたというオチ。
アネモネギフト
自己紹介
「トレセン学園所属警備員、アネモネギフトですぅ。よければ『ネギ』とお呼びください〜。困ったらいつでもお声がけくださいねぇ」
トレセン学園に所属する警備員ウマ娘。仕事柄、顔が広く、トレセン学園のトレーナーやウマ娘とは大抵顔見知り。いくつかの武術を高レベルで習得しており、投げ技や絞め技で相手を可能な限り傷つけずに制圧する。
雨が降っている。
『それが規定、いや…。私の力不足には違いない。どうか、無力な私を恨んでくれ…』
雨が降っている。
『君のような才気あるウマ娘が、何故走ることを許されない…! 何故だ、三女神よ…』
雨が降り続けている。
「結局レースに出ることすら叶いませんでしたか」
小柄な影が傘も差さず、濡れるがままになっている。
「何故、とは言いません。私がこの名を自覚したときから、いや…」
雨に濡れたウマ娘は目の前の石像を睨みつけている。
「きっと
生暖かい雨がウマ娘の頬から流れ落ちる。
「だから
ウマ娘は皮肉げな笑みを浮かべ、そのまま学園を去った。
結局、雨は止むことなく降り続けていた。
「…懐かしい夢ですねぇ」
部屋のカーテンを開けると、明るくなり始めた空は全くの快晴。雨なんて降っていない。当たり前だ、雨が降っていたのは夢の中の話なんだから。
カレンダーを確認する。そうか…もう、あれから10年も経つのか。早いもんだ。割り切ったと思ったんだけどね。寝汗が酷いところを見るに、そうでもなかったらしい。
うえ、パジャマが汗でびしょびしょだ。シャワー浴びなきゃ。シーツも洗って干そう。
洗濯機を回している間に熱い湯を浴びて気分をリフレッシュする。朝シャワーはいいぞ。
「ほんと、黒歴史ですよ。厨二病極まれりって感じですぅ」
未だに夢に見る、色々な意味で自分が特別だと勘違いしていたあの頃。全く、私なんてただ転生しただけで、主人公でも悲劇のヒロインでもないって言うのに。
「まぁ、どうでもいいですねぇ」
そう、私の青春時代(灰色)なんてどうでもいいんだ。もう終わったことだし。大事なのは今だよ今。
それはさておき、今日は生徒たちの晴れの日なのだ。こんな暗い気持ち抱えたまま迎えるわけにはいかないね。
まだ春先の冷たい水道水で顔を洗い、気を引き締める。今日は私にもやることあるしね。いつもの警備と違って気を遣うことがたくさんあるんだし、寝ぼけてる場合じゃないぞ。
いつもより(ウマ娘基準で)少し多めの朝食を食べ、支度をする。今日は忙しくてお昼食べられないかもしれないから一応ね。いや休憩時間くらいはあるけど、私の場合は呼び出しの連続とかやられたらその時間消し飛ぶから…
まぁ別にいつもより多く食べたところで太ったりはしない。体を動かす仕事だし、私は体質的に太らないし。いや、一部太るというか大きくなることはあるけど…
「寝癖よぉし、化粧よぉし、制服よぉし、着替えよぉし! さて、行きますか」
確認よし。最後に葱の髪飾りを付けて完成!
さて、それではお仕事に向かいますか。今日は、トレセン学園の催し物の中でも一二を争うほどの大きなイベント。
春のファン感謝祭なのだ。
年に二度ほど行われるトレセン学園の学園祭。そのうち、体育祭みたいな扱いをされているのが春のファン感謝祭である。
ファン感謝祭と称されるように、選手であるウマ娘とファンの交流をメインに置いた学園祭で、握手会やウマ娘自身が発案した競技でウマ娘たちと直接触れ合える場となっている。
競技については本当に様々で、普通のリレーから始まり、障害走、相撲、ドッヂボールなど走りに関係のないものまで催される。中には競技という体すら成さず、自作の焼きそばを売り始めるウマ娘もいる。
ファン感謝祭は広大なトレセン学園の敷地を使って大々的に行われるため、警備員は大忙しだ。普段は普通の警備員の仕事をしないトレ警も今日という日は流石に応援に呼ばれるほどで、翌日は殆どの隊員がダウンする。私も明日は休日に設定されている。
もちろん呼び出しがあれば向かわなければならないが、多くのウマ娘は感謝祭に全力になって体力を使い果たすため今の所感謝祭の翌日に呼び出されたことは無い。いいことだ。
で、本来ならばトレ警の隊長であり警備員を兼任している私は警備の仕事をしなければならないはずなのだが…
「はい、そうですねぇ。ウマ娘が飛びかかってきた際は、焦らず身をかがめるか一歩横にズレてくださいねぇ。とにかく、軸を合わせないようにするのが一番避けやすいと思いますぅ」
「ありがとうございます!」
集まったトレーナーさん、及びトレーナー候補生さんたちに武道場で護身術の指導をしていた。出し物として。
いや、これは別に私がファン感謝祭の出し物でやりたいとか言ったわけじゃなくて、理事長からの依頼があったのだ。元々、トレセン学園に所属するトレーナーさんたち向けに私が護身術の指導を偶に行っていたのだが…それを外部の方が入ってくるこのファン感謝祭を機に、予習してもらおうという試みのようだ。まぁトレーナー育成コースにも武道を教える授業は無いらしいしね。
実際、武術は一朝一夕で身につくものでも無い。だから抵抗することをカリキュラムに入れるより、「ウマ娘に襲われたら逃げる」ということを徹底して、浮いた時間を勉強に回した方がいいという考え方も分からんでもない。まぁそれで逃げられるならトレ警なんて必要ないんだが。
そんな背景があり、トレーナーさんたちに最低限時間を稼ぐための護身術を教えていたのだが…どうにもそれが理事長に伝わったようで、トレーナー未満の候補生たちに先に護身術を覚えさせればいいのでは? ということになったらしい。あれ、また私の仕事増えてません?
私は、そんな一回教えたくらいで身につくわけがないから意味ない、と主張したのだが、理事長としてはこれを機に護身術に興味を持って貰うだけでもいい、という判断のようだ。そんな上手くいくかなとは思ったが、実際トレーナーさんたちがみんな護身術を覚えれば私の負担も少なくなるので、反論はできなかった。
ちなみにこの出し物に関してはウマ娘には知らされていない。いつものやつですね。
「せいっ!」
「っと! いい感じですねぇ。そんな感じで、投げるのにはウマ娘側の力を利用すれば自身の力はそこまで要りません。なんなら、力を加えすぎるとウマ娘が怪我をしてしまいますから」
「な、なるほど…」
「あ、油断しないで! 投げたらすぐ押さえ込み、または締め技に移行してください。頸動脈を締めて気絶させるのが一番いいのですが、コツがいるのでそこは帰りに渡す動画を見て練習してください〜。上手くその体勢に持ち込めないときは、ウマ乗りになる感じでも良いです。力が入りづらいので時間稼ぎにはなりますぅ」
「こうですか?」
「そうそう、いい感じですぅ。暴走したウマ娘はパワーが桁違いなので、もし押さえ込む際は関節の可動域を意識してください。それを抑えればいくらウマ娘でも動けませんからねぇ。あ、でも一番大事なのはトレーナーさんが拐われないことなので、加減しなくて大丈夫ですし、抑え込めないと思ったらすぐに退避してください」
「大丈夫なんですか?」
「ウマ娘は頑丈ですからねぇ」
トレーナーさんが対処しやすいように襲いかかり、投げられる。私は受け身をとってアドバイス。このトレーナーさんはこれまでも何回か私の護身術の講義に出てくれている方で、対処法もばっちりだ。そして、これを見たトレーナー候補生さんたちが護身術に興味を持ってくれるという寸法。
トレーナー候補生さんたちも、襲いかかってくるウマ娘が自分で対処できるとなれば少しは興味を持ってくれるだろう。実際見に来た人たちは真剣な様子で学んでくれているようだ。
ただ、ウマ乗りになられたままだと次の方に行けないのでそろそろ退いてもらえないかな? 私が自力で起き上がることはできるけど、力づくになっちゃうし、怪我させたくないんだよね。
「トレーナーさん? そろそろ退いて頂いても大丈夫ですか?」
「あ、ああ! す、すみません、つい」
つい?
よく分からないが、指摘するまで退いてくれないトレーナーさんが多い。本来力では敵わないウマ娘を抑え込めていることが嬉しいんだろうか? でも私も手加減してるし、何より本番でできなきゃ意味ないからね。まぁ暴走させないのが一番の対策なんだけど。
「押さえ込みですが、ウマ娘が本気で暴れたら多分吹っ飛ばされちゃうので、受け身の練習もしっかりやって下さいねぇ。ただ、暴走しているとはいえウマ娘たちの痛覚がなくなっているわけではないので、関節を抑えるやり方は有効ですぅ。ウマ娘側もどうにもならないと悟れば自身が傷つくことを省みずに暴れ出しますが、時間を稼ぐことはできますぅ」
「で、でも時間を稼ぐだけじゃ結局ウマ娘に攫われてしまうのでは?」
来てくれたトレーナー候補生さんたちに一回ずつ対処法を実践して貰った後に総評していたら、最前列にいた候補生さんの一人からそんな質問が出てくる。
うん、ごもっとも。確かにその心配は当然のもので、いくら押さえ込みの技術を鍛えられても、絞め技で気絶させない限りは力で強引に剥がされてしまう。ヒトは力でウマ娘には勝てないからね。
でも、その心配は無用だ。トレーナーさんたちは時間を稼いでくれるだけでいい。
「大丈夫ですぅ」
「ど、どうして?」
「私が助けますから。必ず」
トレーナー候補生さんの手を両手で包む。うん、よく鍛えられてる。これまで必死に体を鍛えてきたんだろう。ウマ娘には勝てないと分かっていても。
その努力は決して無駄にならない。無駄にさせない。そのために
「もし襲われても、諦めないで。トレーナーさんたちが諦めない限り、私が絶対に助けてみせます」
「…!!」
「だから、安心してくださいねぇ」
「は、はい!!!」
うん、いい返事だ。
トレーナー候補生さんたちにこうして護身術の講義をするのは初めてだけれど、やって良かったな。自衛について興味を持ってもらえるというだけじゃなく、私自身、トレーナー候補生さんたちがどれだけトレーナーという職業に熱意を持っているかが肌で分かる。この人たちになら、理事長も安心してウマ娘のことを任せられるだろう。
こういう人たちばかりだから、私もトレーナーさんたちを出来るだけ助けたいと思うんだ。
さて
そう、実は午後もなのである。何故こんなことに…絶対警備員の仕事じゃないと思うんですけど(白目)。お昼に緊急の呼び出しがなかったのが唯一の救いか。
午前はトレーナーさんたち向けの出し物だったが、午後はウマ娘向けの出し物。一応ヒトのファンの方も楽しめるようにはなっている。
出し物名は「〜トレセン学園からの挑戦状〜宝物を奪え!!」。
内容としては謎解きと鬼ごっこを合わせたようなもので、ウマ娘でもヒトでも楽しめるように、階級が分かれている。
コースは初級、中級、上級、超上級、鬼級、G1級、無差別級で分かれているが、超上級以上はウマ娘向けの難易度設定のため、ヒトでのクリアは至難の技だろう。景品は、
初級:駄菓子交換券
中級:にんじん交換券 or コーヒー無料券
上級:商店街の千円分の商品券
超上級:カラオケ2時間無料の回数券3回分
鬼級:高級にんじんセット
G1級:商店街の3万円分の商品券
無差別級:温泉旅行ペアチケット
となっている。
初級〜中級は謎解きのみで、謎の難易度が違う。上級〜超上級は謎解きに加え鬼ごっこ要素が加わり、謎を解いた先にいる守護者(普通の事務員さん)に捕まったらアウト。捕まる前に宝物(理事長の扇子)をゲットしたら挑戦成功だ。鬼級では守護者がトレ警の隊員になるので、ウマ娘でもそう簡単にはクリアできない。G1級では守護者が3人になる。
挑戦してくる人は普通に楽しめるし、鬼級以上はトレ警隊員の訓練にもなる。実際の現場ではウマ娘側が暴走していることが多いから、これで取り押さえられても本番で上手くいくとは限らないんだが。
で、無差別級に関しては…
「そこだぁ!!!」
「攻め気が出過ぎですねぇ、それではいつ仕掛けるかバレバレですぅ」
「だめか〜!」
私とのタイマンです。
無差別級では謎解きも無く、ただ私を抜き去って、私の後ろにある「トレーナー」と書かれたカカシを奪取できたら挑戦成功だ。既にトレーナーさんが付いているウマ娘だったら、カカシをトレーナーさん本人に交換することも可能。もちろんトレーナーさん本人の承諾があればの話だが。
「トレーナーさああああああん!!!!」
「はいストップ」
「ぐ、ぐぐぐぐぐ…! だ、だめです…」
「おお…流石ネギさん」
普通のウマ娘が力尽くで突破できるほど柔な鍛え方はしてませんとも。景品に釣られて20人ほどのウマ娘の挑戦者が無差別級に来ているが、今の所突破者は居ません。私も通すつもりなんてないけど。理事長からは「無差別級は突破者出さなくていい」って言われてるしね。
ちなみに無差別級だけは見学ありになってます。何か、トレーナーさんたちに見て貰ってトレ警の必要性を再確認してもらうと同時に、私が一人も成功者を出さないことでトレーナーさんたちに安心してもらおうという算段らしい。
それは良いんだけど、公開したらウマ娘に対策されないかな。普通のウマ娘にはトレ警の存在は知らされていないけど、知ってる娘は知ってるしね。
まぁ、少し対策したくらいで通れると思ってるなら、それは大間違いだと言わざるを得ないんだけども。
「抜かれた!」
「やったー! 見てトレーナー! 商品券3万円分ゲットなの!!」
「凄いじゃないか!」
「バイト中断してまで来た甲斐があったの!!」
お、G1級の突破者が出てる。あれ、守護者側のトレ警もガチだから結構難しいと思うんだけど。やるねぇ。でもそれってつまり暴走したときに厄介ってことだから素直に喜べない…あとでチェックしておこう。そして抜かれたトレ警のみんなは次回のトレーニングメニュー1.5倍だから覚悟しておくように。
「また来ます!!」
「初級以外は一人一回なのでダメですねぇ。…さて、全体の突破者は、初級30人、中級42人、上級28人、超上級14人、鬼級9人、G1級4人ですか。結構盛況でしたねぇ」
そろそろ出し物の時間が終わるが、結構人が来たなぁ。おかしい、レースで走るウマ娘のファンが来てたんじゃなかったのか…? ここの出し物にウマ娘は私しかおらんぞ。
まぁ生徒が結構な数を占めてたね。景品は豪華だしさもありなんって感じか。
「そろそろ撤収準備しますか…」
「あら、もう終わりかしら? 私も挑戦させて頂こうと思っていたのだけれど」
「挑戦者さんですか〜? 大丈夫ですよぉ、まだ時間はあるので」
「そう? ならば、やらせて貰うわ。トレーナー、景品になりなさい」
「お、おう…」
そんなことを考えてたら新しい無差別級の挑戦者が。時間的にラストかな? この後はウマ娘たちによる合同ライブがあるので、そっちの警備に行かなければならない。
今回の挑戦者さんは自身のトレーナーさんをカカシの代わりにするようだ。トレーナーさんも承諾と。守られてるトレーナーを奪いに来るときの方がウマ娘も強くなるし、気を引き締めなければ。
それでどんな娘かな、っと、これは…ここに来て凄い有名ウマ娘さんが来ちゃったな。最近は大きなレースしか見てないような私でも知ってるぞ。
うーん…ちょっと本気出さなきゃダメかも。でもそんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ。
子どもが遠慮なんてしなくていい。これでもお姉さん頑丈だからね。大丈夫、必ず止めてあげるから。
「準備はよろしくて?」
「いつでもどうぞ〜」
「では…」
「あなたは退屈させないでくださるかしら、ネギさん」
「柔よく剛を制してみせますよぉ」
かかってきなさいな、ジェンティルドンナちゃん。
現役最強のウマ娘は誰か。
そう聞かれた人やウマ娘は、そこに様々な名前を挙げるだろう。ドリームトロフィーリーグで優勝したウマ娘や、自分の推しているウマ娘。ウマ娘の中には、自身の名前を挙げるような自信家の猛者もいるかもしれない。
しかし、現役で最強の
そう聞かれたならば、多くの、いや殆どの人が名前を挙げるウマ娘。
それがジェンティルドンナというウマ娘である。
彼女の逸話は枚挙にいとまが無い。曰く、バーベルをダンベルがわりに使用していた。曰く、ウマ娘用の強度のエキスパンダーを軽々引ききってそのまま引きちぎった。曰く、砲丸投げに使用する鉄球をビー玉サイズに圧縮して「もっと強度の高い重いものはないか?」と聞いた。などなど…
それらの逸話が全て事実だと知っているのは流石にジェンティルドンナ自身とそのトレーナーくらいなものであるが。
ここまで来ると脳筋かと思われがちだがそんなこともなく、
当然ながら勉強もでき、レース知識は豊富。ウマ娘の体やその動かし方についても、本職であるトレーナーや教師と遜色ないほどの知識がある。
そして本人は決して慢心せず、努力を怠らない。プライドは高いが性格が悪いわけではなく、意見を受け入れる度量もある。
『目を見張るパワーだが、それが逆に欠点となっている』
というただの新人トレーナーの意見を興味深く思い、それを取り入れるために逆スカウトするほどである。
様々な面から見て、ジェンティルドンナは死角の無いウマ娘だ。トゥインクルシリーズを終えてドリームトロフィーリーグに出場するようになった今も、その強さに陰りは見られない。むしろ増していた。
ジェンティルドンナのトレーナーは、そんな彼女をこれまで間近でずっと見てきた。強さに貪欲で、どんな相手だろうと力と時に知恵を以って、しかし真正面から打ち破る。ジェンティルドンナは最強の力を持つウマ娘として話題になるが、力だけでなくレースでも最強である。トゥインクルシリーズではそれを存分に証明してきたし、今後ドリームトロフィーリーグに舞台を移しても変わらない。
ただ、最近のジェンティルドンナは少し様子がおかしいことがあった。調子が悪いというわけではなく、どこか心ここに在らずなときがある。しかしトレーナーがそれについて聞いてみても、ジェンティルドンナは曖昧にはぐらかしてしまう。
『憂いはあるわ。でも、これはあなたが関与できる事ではないの。どっしり構えてなさいな。私のトレーナーでしょう?』
そんな風に言われてしまえばトレーナーに出来ることはない。プライベートなことのようだし、何か手伝えることがあれば何でも言って欲しいとだけ伝え、トレーナーもそれ以上は追求しなかった。
『それで良いわ。心配しなくても、レースに影響は出さない。私こそ最強。私こそ勝者。よろしくて?』
そう言い切った彼女のことを誰よりも信じていた。
だからこそ。
「せいっ!」
「くっ?!」
そのジェンティルドンナが、頭ひとつ分は小さい警備員に何度も転がされ、投げ飛ばされている事実に目を疑った。
「流石、トレ警の隊長といったところかしら!!」
「あら、ご存知でしたか〜。一応オフレコなので、他のウマ娘さんたちには言わないようにお願いしますねぇ」
「観客がいないのは確認済み、よっ!!」
「甘いですぅ!」
ネギの後ろにいるというのに、ここまで届くジェンティルドンナの拳圧。ネギはそれを鮮やかにいなし、逆にジェンティルドンナを放り投げた。ジェンティルドンナのトレーナーとて、ネギがトレ警であることくらいは知っている。
だが、圧倒的なパワーを持つジェンティルドンナを良いように転がしてしまうほどの超絶技巧の武道家だということは知らなかった。例え知っていても確実に驚いただろうが。
ジェンティルドンナの本気の力ならば、殴った相手は血煙しか残らないだろう。それに怯むことなく応じ、むしろ力を利用して投げてしまうなど滅多にできることではないはずだ。しかし、ネギは既に何度もジェンティルドンナを投げている。まぐれではない証拠だった。
「まだ挑戦なさいますか〜?」
「…ええ、最後にもう一度。今度は
空中で体勢を立て直して着地したジェンティルドンナにネギが問いかける。汗ばんでいるが、まだまだ余裕そうだった。そのネギとは対照的に汗だくのジェンティルドンナは、ネギを見て嬉しそうに笑い、全力を出すことを宣言した。
「そこを──お退きなさい!!」
「それは出来ませんねぇ」
一瞬の溜めの後。
武道場の畳を大きく凹ませながら踏み込んだジェンティルドンナと、緩く構えた道着姿のネギが激突した。
「大丈夫かい、ジェンティル?」
「ええ、問題ないわ」
半壊した武道場をネギたちと一緒に片付けた後、ジェンティルドンナたちは武道場を後にしていた。
最後の衝突は、武道場の床に大きく亀裂を入れ、衝撃波だけで周囲のものを吹き飛ばした。トレーナーが衝突の際に目を瞑り、再び開けたときにはジェンティルドンナがネギに組み伏せられているところだった。トレーナーも大きくよろめいて尻餅をついたが、逆に言えば爆心地にいたのにそれだけだ。
ネギが被害を小さくするためにジェンティルドンナから受けた力を横に受け流したのだ。実際彼女が受け流した先の壁には大きく穴が空いていた。もしネギが受け流しに失敗していたら、トレーナーはネギと一緒に吹き飛んでいただろう。
なお、武道場を破壊したことでたづなには怒られた。
「しかし、ジェンティルがああも転がされるとはね」
「私もまだ精進が足りないということでしょう」
「そう思ってるにしては嬉しそうだけど?」
「あら、分かるかしら?」
「分かるさ。ずっと君を見ているんだから」
「…そう」
ジェンティルドンナは態度こそ神妙にしていたが、少しだけ口角が上がっていることをトレーナーは見逃さない。同時にトレーナーは気づいた。先日から少し様子のおかしかったジェンティルドンナの雰囲気が元に戻っているということに。
「憂いは晴れたかい?」
「ええ」
「良かった」
それだけ聞いたトレーナーは沈黙する。悩みもその理由も分からないが、解決したのなら自身がそれ以上聞く必要はない。そう判断した。
しかし、沈黙を破ったのはジェンティルドンナの方だった。
「…聞かないのかしら?」
「聞いて答えてくれるのかい?」
「そうね。少し前までだったら無意味だったから言わなかったのだけれど。もう良いわ」
「じゃあ、聞かせてくれるかな。君の憂いだったものを」
ジェンティルドンナは足を止め、近くの人気のないベンチに座る。トレーナーは二人分の飲み物を買ってきた後、それに続いた。
にんじんジュースを一口飲んだジェンティルドンナはポツリと話し出す。
「私たちはトゥインクルシリーズを終え、今年度からドリームトロフィーリーグに移籍した。走る場所は変わったけれど、やることに変わりはないわ。これまでのように、私の力を証明する」
「ああ」
「スターウマ娘たちを相手にして、私は彼女らをねじ伏せてレースに勝ち、栄光を手にし──」
「最後には、競技者から引退する。それが、不安の種だったわ」
「引退が、不安? どういうことだ?」
引退という言葉にトレーナーは寂しさを覚える。確かに、最後はそのような形になるだろう。しかし、例え引退したとしてもジェンティルドンナの将来は輝かしいものになるはずだ。不安を覚えるというのは、分からなかった。
「トレーナー。引退するということは、私はトレセン学園を去るということよ」
「ああ。それは分かっているが…」
「いいえ、分かっていないわ。トレセン学園を去るということは、トレーナーと離れ離れになるということ。すなわち──私が、暴走する可能性があるということを意味している」
「…なに?」
トレーナーは一瞬理解できなかった。いや、言葉の意味は知っている。しかし、その言葉が出てくるということはつまり…
「トレーナー。あなたが好きよ」
「!」
ジェンティルドンナは正面を見据えたまま告白する。驚いたトレーナーがジェンティルドンナの方を見るが、その表情に照れや恥じらいは一切無く、堂々としていた。
トレーナーは素直な気持ちを吐露する。
「…驚いたな。全然気づかなかったよ」
「淑女に隠し事は付き物でしょう? 私も意図して隠していたもの。…でも、怯えないのね」
「それは全く。ジェンティルなら僕を無闇に傷つけることはないと信じているからね」
君に選ばれるなんてむしろ光栄だよ、とトレーナーは軽口を叩く。もちろん、ジェンティルドンナの持つパワーに怯えなかったことが無いわけではない。出会ったばかりの頃は、いつかその力が自分に牙を剥くのではないかと冷や冷やしていたこともある。しかし、ジェンティルドンナは今まで一度もヒトに対して力加減を誤ったことはない。その事実だけで、トレーナーがジェンティルドンナを信頼するには十分だった。
ただ、ジェンティルドンナにとってはそうではなかった。
「だからこそ分からない。ウマ一倍自制心の高い君が、暴走を心配しているだなんて」
「その信頼は、嬉しいわ。でも覚えておいた方がいいわ。ウマ娘の本能に、絶対なんてないの」
ジェンティルドンナは自身の自制心をそこまで信用できなかった。
この想いを自覚してから、日に日に強くなっていく衝動。今はまだ抑え込める。でも来年は? その次は? そして、トレセン学園を去るその時は?
「この感情は日増しに強くなっていくわ。今、あなたから好意的な返事を貰ったし、余計ね」
「だが、もし君が卒業後に僕と一緒になりたいと考えているなら、僕は全力で応えたい。卒業したらすぐに結婚して…」
「違うわ。そうではないの。重要なのは、それまでに我慢出来なくなった私が暴走する可能性が1%でもあるということ。そして私が暴走すれば、どうなるか分かるでしょう?」
トレーナーは息を呑む。ジェンティルドンナの力は、平時でも鉄球をビー玉サイズに圧し固めてしまうほどだ。そんなパワーの持ち主が暴走すれば、トレセン学園が粉微塵になってもおかしくない。
「それに、真っ先に死ぬのはあなたよ。トレーナー」
「…そうかもね」
しかし、真剣だったジェンティルドンナは、急に体から力を抜き、トレーナーの肩に頭を乗せた。その表情は、不安から解放された穏やかな笑みだ。
「誰も私を止められないと思っていた。それがずっと不安だった。けれど…そうではなかった」
「ネギさんのこと?」
「ええ。あの人がいれば、大丈夫ね。私が暴走しても、涼しい顔で止めてくれる。そう確信できたわ」
最後の衝突で確信した。ネギならば絶対に自分を止めてくれると。全力と言いつつ、本当に全力を出したら踏み込みだけで武道場が崩壊するので、崩壊しないギリギリの中での全力だったが…完全に勢いを殺された上で組み伏せられた。
それに、自身も本当の全力は出していなかったが、おそらくネギの方もまだ本気ではないだろうとジェンティルドンナは思っていた。
安心したような表情のジェンティルドンナを見て、トレーナーは内心でネギに感謝する。ジェンティルドンナの言うように、自分では彼女の悩みを聞いたところで解決できなかっただろう。ネギはその存在だけで、悩めるウマ娘をまた一人救っていた。
「なるほどね…。よし、ジェンティルの不安も解消できたことだし、何か出し物を見にいくかい?」
「そうね。では合同ライブに行きましょう。ブエナビスタさんも出ると仰っていましたし」
「いいね、応援してあげよう」
「では…エスコートをお願いできるかしら?」
「もちろん、喜んで」
ジェンティルドンナの差し出した手をトレーナーがそっと掴み、二人は並んで合同ライブの会場へと向かって行った。
その足取りに、将来への不安など一欠片も存在していなかった。
「そういえば…私と同等とまでは言わないけれど、ネギさんの力も相当なものよ。技術があっても、力に大きな差があれば押さえ込むことはできないもの」
「マジか…」
見目麗しいウマ娘たちの華やかな姿や、全力でレースを走る姿に魅了される人は多い。本能に振り回されがちなウマ娘だが、トレーナーが絡まなければ、人間の知性と人並外れた美貌を併せ持つアイドルのようなもの。その力の危険な部分が基本的にトレーナーにしか向かないこともあり、一般人にはウマ娘の本能があまり知られておらず、ただ美しいスポーツマンとして見られている。
そんなウマ娘たちが年に二度のファン感謝祭を行うと、トレセン学園は毎回のように一般のファンで溢れかえる。そして、そんな晴れ舞台でファンサービスをするウマ娘に対し、不埒なことを考える輩も残念ながら少数存在する。
「…」
合同ライブのステージから離れた人気のない物陰。そこに潜む男は、静かにチャンスを待っていた。大型のカメラを手に持ち、遠距離からその時が来るのを待つ。そして──
カシャ
男が写真を確認すると、ステージの上のウマ娘や、それを応援する別のウマ娘が飛び跳ねて捲れ上がったスカート、その中身が写っていた。
男は盗撮魔だった。今日はこうしてトレセン学園のウマ娘や、油断しているウマ娘のあられもない姿を収め、裏ルートで売りつける。その目的で来ていた。
「よし、撮れてる撮れてる」
「撮れてますねぇ」
「ああ。あとはこれを裏に流して…?」
男がぴたりと硬直する。今、自分は一体誰と喋ったのか。
男がゆっくりと背後を振り返る。間違いなく先ほどまでは何の気配もなかった場所だ。しかし、感じない気配とは裏腹に、そこには一人のウマ娘が立っていた。
小柄な体格に桃色の髪。身を包む制服はトレセン学園の警備員であることを示している。
「さて、動かぬ証拠をご自身でお持ちのようですし、あとは警察の方の仕事ですかねぇ」
「…!!」
「とりあえず、そのカメラは没収させてもらっても? 身柄も拘束させていただきますねぇ」
「どけっ!!」
「退くわけねーだろ。ふざけんなよ」
「ぐッ?!」
男は警備員を突き飛ばして逃げようとするが、警備員は逆にその腕を掴んで捻り上げてしまう。そのまま男を地面に押し付けて、片手で両腕を拘束するともう片方の手でカメラを回収した。
「おい、放せ! カメラを返せ! お前、こんなことが許されると思って──」
ドゴォ!!!
突然間近で響いた爆音に男が怯み、同時に顔を強く地面に打ちつけて呻く。
何が起きたのかと顔を上げると、自身が押し付けられていた地面がクレーターのように大きく陥没し、さらには地割れのようなヒビが入っていた。
「こんなこと?」
すぐ側には、地面を踏み抜いた警備員の片足。
男は理解する。この警備員ウマ娘が、震脚で地面を大きく陥没させ、そこに落ちて顔を打ったのだと。
「それはこっちの台詞だ」
「な…あ…」
「子どもたちを
怯える男は今になって盗撮したことを後悔していた。しかし時既に遅く。
「ではいくつかお聞きしたいことがありますし…少し中で
首に回った細い腕が、一瞬にして男の意識を暗転させた。
「勢い余って地面に穴を開けてしまった…理事長に謝って直さなきゃ…。どうかクビだけは勘弁してください…」
なお、理事長は笑って許してくれた。
たづなには武道場の件も合わせて怒られた。
自己紹介(裏)
「中央トレセン学園高等部…いえ、何でもありません。ただの成り損ないですぅ。それでも良ければ…どうか、『ネギ』と。そうお呼び下さい。」
どこか影のある、桃色の髪の小柄なウマ娘。トレセン学園の生徒だったようだが、レースの出場記録はない。数年前、子どもウマ娘空手の全国大会で同じ顔のウマ娘が優勝していたのを見たという噂がある。