貞操逆転的なウマ娘世界に転生したったwwwwww   作:アザミマーン

7 / 8
だいぶ遅くなってしまいました。この小説覚えてる人いるんか…?

本作の本格化については独自設定です(本家ウマ娘の本格化についての設定が見つけられなかったことへの言い訳)。
そういうもんなんだなーと生暖かい目で見といてください。

あと超長いです。二万字近いです。分割しようかとも思いましたが面倒だったのでそのまま投げました()

ではどうぞ。


最終話 トレ警隊長と桃色のアネモネ

 

 

 

 

 本格化。

 

 それは全てのウマ娘に例外なく起こる現象である。ウマ娘の体がウマ娘として完成する、ウマ娘専用の成長期のようなもの。

 理由は分かっていないが、ウマ娘は冬から春先の間にその兆候(食欲の増進、体格の変化、感覚の鋭敏化など)を示し、その後約半年から一年程度で段階的に本格化する。筋肉の密度がより大きくなり、骨の頑丈さがヒトを超越するのである。また、自分の体の正しい動かし方を本能的にある程度理解し、頭の中の動きと現実の動きが一致することで精神的にも安定する。

 

 元々、小学生の頃から成人男性を凌駕する力を持つウマ娘。しかし、高い出力で体を動かせるのと、それを使って自由に動かして良いのとではまた別の話である。幼いウマ娘は自らの持つ全力に身体が耐えられるように出来ていないのだ。本格化を迎えていないウマ娘が自身の全力を発揮しようものなら、体が力に耐えられず、また体と頭の動きの乖離が起こり、(たちま)ち自身の体を壊してしまうだろう。もっとも、早々そのような事態には陥らない。平常時は脳が無意識のうちにリミッターを掛けているからだ。

 

 しかしウマ娘の本能が刺激されるレース、それも公式レースともなれば、その生来のリミッターを外してしまうことがある。レースで勝ちたいが故に体のリミッターを外し、結果的に一生残るような怪我を負ってしまう。元より本格化したウマ娘ですらレース中に体への負荷が原因で怪我をしてしまうことがあるのだ。本格化していないウマ娘ではその危険度は計り知れない。本格化していないとは、精神的にも未熟ということである。故に本格化が始まったウマ娘より感情のタガが外れやすく、大怪我につながりやすいのだ。

 

 それを防ぐために、トゥインクルシリーズを含む公式レースでは本格化していないウマ娘の出場を禁止している。前年度の冬から春に本格化の兆候が見られたウマ娘は参加条件を満たしたとして、いくつかの書類を提出した後、出走が認められるのである。また、本格化は遅くとも中等部の終わりにはその兆候が見られるため、どんなに本格化が遅いウマ娘でも高等部一年から参加でき、就活や進学で最重要視されるトゥインクルシリーズの最初の三年間は走り切れる。

 

 この本格化に関する規定が問題視されたことは、URAという組織が発足してから今までの間、一度も無かった。というよりも問題視される余地がない。中央・地方問わずレースに参加しようとするウマ娘たちの99.99%は問題なく本格化し、出走できるからだ。過去、トレセン学園に入学出来る才能のあるウマ娘が本格化しなかったなんて例はないし、想像できるはずもなかったのだ。

 

 

 どんな出来事も最初だけは例外。

 そして私がその最初の例だったというだけの話だ。

 

 

 私は試験も実技も面接も、全て問題なく突破してトレセン学園に入学した。両親の勧めで受験したのだが、どうやら私には走りの才能があったようだった。それにウマ娘に転生してから少しはレースに心惹かれることもあったので、公式レースに出られる日をそれなりに楽しみにしていた。

 

 しかし、その期待とは裏腹に私はいつまで経っても本格化しなかった。

 

 トゥインクルシリーズの規定では、地方で元々走っていたウマ娘の参入や、事故や病気でレースに参加できなかったなどの一部の例外を除き、高等部を過ぎてからの参加は基本的に出来ないようになっている。これは、過去に高等部の途中から急に参加を表明したウマ娘が、格式高いレースに出るために無理なスケジュールを組んで大怪我するという事態が発生したことが何度かあるからだ。それを防ぐために設定されたルールである。

 他にも、トゥインクルシリーズというものが、基本的には怪我や挫折で引退しない限り3年間は走り続けることを前提にした作りになっているという理由もある。元々高等部卒業までが期限のトゥインクルシリーズに高等部2年から参加しても中途半端な結果で終わってしまう。だから高等部の途中からの参加を認めないというのは、合理性から見ても正しい。

 高等部からの参加を認めないというのは横暴に聞こえるが、そもそも中等部のうちに参加表明しておけばいい話。実際トゥインクルシリーズへの参加に必要なものは、本格化の兆候が見られたことの証明と多少の書類のみであり、決して高いハードルではない。

 

 これらの規定はウマ娘たちを守るために設定されたものだ。しかし、高等部までに本格化しなかった私は、このルールにトゥインクルシリーズへの参加を阻まれてしまった。

 さらに言えば、トゥインクルシリーズの上のドリームトロフィーリーグへの参加には、トゥインクルシリーズに所属して優秀な成績を残す必要がある。つまり、私は今後そちらに出ることも叶わない。

 

 

 こうして私の競技者生活は、始まりもせずに終わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 理事長室。金色の髪の、30代の女性が強く拳を握り締め、必死に感情を抑え込んでいた。悔しさ、無念、怒り、嘆き。あらゆる負の感情を、決して私に見せまいと努力し、失敗していた。

 

『それが規定…いや。私の力不足には違いない。どうか、無力な私を恨んでくれ…』

『…理事長を恨むなんてことは、しませんよ。理事長がどうにかして私をトゥインクルシリーズに参加させられないか協議していたことは、よく知っていますしねぇ』

 

 そう、別に理事長のせいではない。彼女は私というたった1人の例外のために方々を駆け回り、腐心してくれていた。その努力が実を結ぶことはなかったが、私がそれで理事長を恨むなんてあり得ない。むしろそこまで心を砕いてくれたことに感謝しているほどだ。

 

 理事長の隣に立っていた、理事長とよく似た顔立ちと、同じ金の髪を持つ少女が泣き叫ぶ。

 

『君のような才気あるウマ娘が、何故走ることを許されない…? ああ…三女神よ、何故ですか?!』

 

 理事長の娘のやよいちゃん。未だ小学生になったばかりという幼い身ながら、ウマ娘に関する知識は非常に豊富だ。本格的なトレーニングができず時間を持て余していたときによく話し相手になってくれた。

 私がレースに出たときは、最前列で応援してくれると約束したっけ。ごめんね。その約束は、叶えてあげられそうにない。

 

『アネモネギフト、せめて推薦だけでも…』

『いえ…私には、必要ないものですぅ』

 

 理事長からは通常の高校の推薦の話を頂いたが、丁重にお断りした。暇な時間に高校の勉強範囲はカバーしてしまっていたし、前世で高校生活は経験している。これから一般の高校に通う理由も必要性も、私には無かった。紹介されたのはかなり偏差値の高い学校だったし、その枠を他の未来ある子どもたちのために使って欲しい。

 

 

 何より、今は学校に通う気力もなかった。

 

 

『では、私はもう行きますねぇ』

『…私が言えたことではないかもしれんが。アネモネギフト、君の将来が明るいものであることを祈っている』

『…失礼します』

『ネギちゃん!! 私はいつでも力になる!! 困った時は遠慮なく頼ってくれ! 約束だ!!』

 

 その言葉には答えず、理事長室を出る。

 家が学校からそこまで遠くないので寮暮らしではない。だから荷物もなく、身軽なまま校舎から出た。

 外はいつの間にか雨が降っていた。予報では曇りで雨までは降らないと言っていたけれど、運が悪い。傘は持っていない。少し濡れたい気分だったしちょうど良かった。茹だった頭、胸の中に宿ったもの。それらを少しでも冷ましたい。

 

 降りかかる雨が体を湿らせていくのも構わず、広場に立ち寄る。トレセン学園を去る前に、最後にどうしても言いたいことがあった。

 

 

 

 

 別に、私自身としてはそこまでレースで大活躍したいという気持ちは無かった。勿論、普通のウマ娘より弱い本能とはいえど、走るのは好きだったし、レースに出てみたい、自分の力を試してみたいという気持ちはあった。トレーナーさんを求めるのはよく分からなかったけど。

 でもそれだけならここまで頑張る必要なんてなかった。必死にレースの勉強をすることも、体力をつけることも、トレーナーがいない状態で出来るトレーニングを可能な限りやることも、自分がレースで走ることだけが目標なら要らない。競技者になれないと知って、こんな気持ちになることもなかっただろう。

 頑張ったのは、私じゃないところにレースで活躍したい理由があったからだ。

 

 私がこれまで自分を鍛え勉強してきたのは、私を応援してくれた、私に期待してくれた人たちに応えたかったから。私に自由に走ってもらいたいと、トレセン学園に送り出してくれた両親。私に走りの才能を見出し、毎日特別メニューを考えてくれた学園の教官。レースに出られるようになったら必ず最前列で応援しにいくと言ってくれて、相談相手になってくれたやよいちゃん。本格化しない私のために色々なところに連絡をとって、特例としてレースに出る許可を取れないか粘り強く交渉してくれた理事長。

 

 みんなが私を応援してくれた。私のために時間を使ってくれた。

 だから私には皆が応援してくれるだけの価値があったのだと。私の価値を、みんなの応援の価値をレースという場で証明したくて、これまで頑張ってきた。

 

 

 それも全て無意味になってしまったけれど。

 

 

 規則を変えられなかったからと、理事長を恨むことは無い。私一人のために長年の規則を変えるなんて元々非現実的なことだ。だから恨むとすればそれは不甲斐ない自分、そして──

 

 目の前の像を睨む。

 

『結局レースに出ることすら叶いませんでしたか』

 

 三女神は全てのウマ娘の始祖だと言う。なら、私をこの世界に転生させた、もしくは魂をこの体に入れたのも、この方々ということになるのだろうか。

 八つ当たりかもしれない。いや、完全に八つ当たりだ。でも理由をつけなければやってられなかった。

 

 神様なんて実際にはいないのだろうし、いてもどうせ何もしてくれない。なら、私の理不尽な八つ当たりの捌け口にくらいなってくれ。

 

『何故、とは言いません。私がこの名を自覚したときから、いや…きっと成り損ない(わたし)が生まれると決まったときから、私は三女神(あなたがた)に見放されていた。だからこの名(アネモネ)を授けた。そうでしょう?』

 

 ウマ娘の名前は三女神からの授かり物。親が名付けるのではなく、ウマ娘自身がウマソウルから感じ取り、自覚する。だから自分の名前について調べたときは、がっかりしたものだ。こんな不吉な花言葉を持つ花が自分の名前の由来だなんて、と。でも、所詮は花言葉に過ぎないと思っていた。私の在り方とは関係ないと。

 ただ、やっぱりアネモネを好きになることは出来なかったから、神様からそれをギフトさ(おくら)れたなんて思いたくなかったから、せめてもの抵抗で間を取って「ネギ」と名乗ってきた。

 

 

 結局、何をしようと私は名前の通り(アネモネ)だったわけだ。

 私は成り損ないで、あの方々から見放されていたということなのだろう。最初(なづけ)から。

 

 

 心が凍てついていく。

 

 

 私の髪の色と掛けて、桃色のアネモネの花言葉は『希望』『信頼』なのだと言った人がいた。けど少なくとも、今の私には『希望』なんて欠片も見つからない。それどころか、レースに出られもしない私は、皆からの『信頼』も裏切ってしまった。

 三女神も、作るなら手抜きをしないで欲しい。私は、私に期待してくれた人たちにどう顔向けすればいい? レースで負けるならまだ自分を責めることができた。でも私はそれすらも出来ない。燃え尽きた、いや…燃えることもできなかった感情は、そのまま別のものへと変貌していた。

 

 呑み込むには重すぎて、吐き出すには大きすぎる。

 そんな、膨大な虚無感だ。

 

 私が成り損ないだったせいで、全てがパーだ。こんな特別は要らない。例えトレーナーさんを強く求めてしまうのだとしても、私は普通のウマ娘でありたかった。

 

 

 

 

 

 ……なーんて。

 

 完全に厨二病だね、これは。一瞬でもこんなことを真面目に考えてしまうだなんて、精神が少女の肉体に引っ張られているのだろうか? 精神年齢だけなら余裕で中年だというのに、いやぁ情けないこと極まりない。黒歴史も黒歴史、後から思い出して悶絶確定だよもう……。ダサいし、寒すぎる。雨に打たれて風邪でもひいたかな笑。

 

 ああ、全く。本当に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………さむいよ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリジリと距離を詰め、ウララちゃんの後ろのカカシを見据える。標的まではウララちゃんを間に挟んで約10メートル。暴走したウマ娘なら静止状態からでも二歩で詰められる間だ。それとなく目線と軸脚を右に寄せ、ウララちゃんの意識を誘導する。

 ウララちゃんの視線がほんの少しだけ私の右脚に行く…今。

 

「ふっ!」

「ッだめー!!」

「おっと!」

「そこまで!!」

 

 フェイントを入れつつ左から抜き去ろうとしたものの、視線や足の動きに惑わされず腰の動きから重心を見極めたであろうウララちゃんに腕を取られ、見事に組み伏せられた。完璧に関節を抑えられて動けないね。私が動けないことを確認した判定役のヒトのトレ警隊員が終了を合図する。制圧完了だ。

 これで10本中10本。阻止率100%だ。うん、私からは素晴らしいとしか言えない。私の動きの出力を一般的な暴走ウマ娘程度に抑えていたとはいえ、それを捉えられるということは今後十分通用するということだ。すごいぞ。

 私を放したウララちゃんの顔に花が咲いたような笑顔が浮かぶ。

 

「うっららー! どうだった、ネギさん?!」

「うん、素晴らしい動きですよぉ、ウララさん。この一ヶ月間、本当に頑張りましたねぇ」

 

 ウララちゃんがトレセン学園に来てから今日で一ヶ月。その間、私が付きっきりで鎮圧術を教えていた。幸いなことに今は引退シーズンも終えて暴走ウマ娘による呼び出しも少ないので、教える時間は十分にあった。理事長やたづなさんと相談し、私の他の業務をヒトのトレ警に投げてまで時間を捻出してこの特訓をやってきたのだ。

 ちなみに、この特訓を言い出したのは私ではなくウララちゃんの方だ。一刻も早くトレ警として力になりたいと申し出てきたのだ。即戦力になってもらいたい私としては願ったり叶ったりなのだが、他のトレ警隊員たちが必死に止めていたのが印象的だった。ネギさんとマンツーマンの特訓なんて死ぬ気かとか、手の込んだ自殺だとか……君たちは一体私をなんだと思ってるのかな?? 

 まぁ、実は今回に関してはそう大袈裟な表現とは言えなかったりするんだけど…

 

「元々おか…母の勧めで柔道はちょっとやってたん…ですけど、ここに採用されてからは、ぼ、ボート沈没術? も頑張、りましたから!」

「ええ、ウララさんは良く頑張りましたよぉ。よしよし」

「えへへ…!」

「でも、ボート沈没術ではなく暴徒鎮圧術ですねぇ」

「あれ?」

 

 何を沈める気だ、何を。そんな使い所が限定的すぎる技術は教えていませんよ。

 それはともかく、暴徒鎮圧術に関しては、教える際にかなり厳しくなってしまったのは否めない。ウララちゃんに今後怖がられてしまうかもしれないとは考えたけど、それで変に加減して教えて、習得が中途半端になった結果真っ先に被害を受けるのはトレーナーさんたちなのだ。何せ私たちの仕事は失敗が許されない。

 

 私たちは、トレーナーさんたちの最後の砦。何があっても、誰が相手でも、決してトレセン学園の門を素通ししてはいけないのだ。

 成り行きで始まったこの仕事だけど、今となってはやりがいを感じているし、私も自分の仕事に誇りを持っている。ウララちゃんには申し訳ないけれど、半端な気持ちで、また半端な実力でトレーナーさんを守って欲しくなかった。

 それに、私たちウマ娘のトレ警は、暴走ウマ娘をタイマンで圧倒できる力がないと単純に危険なのだ。暴走したウマ娘は理性も力のリミッターも外れかけている。ウマ娘側もトレーナーさんに対しては少し手加減できるようだが、それ以外の人への配慮を望むのは難しい。特にウマ娘のトレ警(わたし)は、ヒトのトレ警では対処しきれない場面での単独対応を求められることも多い。真正面から対峙するには、相応のパワーと技量がないと大怪我、いやそれで済まない可能性すらある。厳しく特訓せざるを得なかった。

 

 もしついて来れなくて、辞めてしまうならそれも仕方がない。また私が頑張るだけだ。そんな覚悟で、フォローは入れつつ、しかしイジメと言われても反論できないような特訓をウララちゃんに課していた。

 

 絶対に手を抜くことはできなかった。例えウララちゃんに恨まれてでも。

 

「そう思っていたんですがねぇ」

「?」

「いえ、ウララさんはとても凄いウマ娘さんだなって思ってですねぇ」

「…? よく分かんないけど、ありがとーございます!」

 

 特訓の際、私は暴言こそ吐かなかったが、指導自体はとても厳しくしたつもりだ。ミスすれば直ぐに指摘するし、出来るようになるまで何度もやり直させた。当然ながら、ウマ娘同士の戦闘訓練なので体に擦り傷やアザができるし、受け身を取っても痛いものは痛い。ウララちゃんの目に涙が浮かんだことも、一度や二度ではなかった。

 でも、ウララちゃんは決して挫けることはなかった。この特訓の間、ウララちゃんが私に投げられたり、体当たりで吹っ飛ばされた回数はゆうに百回を超えているはずだ。だが、ウララちゃんは投げられても吹っ飛んでもへこたれない、何度でも起き上がってくる。そしてコツコツと着実に教えられたことを身に付けていった。それだけでなく、その日の特訓終わりには必ず、笑顔で『ありがとうございました!』と言ってくるのだ。

 

 いやもう、健気すぎて私が泣いたよね。ウララちゃん良い子すぎるよ…なんで私はこんな良い子に毎日地獄のような特訓をさせているんだろうか、と逆にメンタルがやられかけた。罪悪感が半端じゃなかった。そしてこんな天使のような娘が本格化遅れでレースに出られなかったなんて…おのれ三女神、絶対に許せない。

 

 そんなこんなで、特訓始めてから一週間も経つ頃にはもうすっかり私はウララちゃんのことを大好きになっていた。勢いに任せてウララちゃんのファンクラブを立ち上げてしまったくらいである。

 

 肝心の制圧術に関しては順調そのものだった。ウララちゃんの話では、『自分は才能がなくて、要領もいい方ではない』と言っていたけど、これだけ根性があるなら才能も要領の良さもそこまで関係ない。元々出来るまで反復するだけだし、その回数が増えるだけなのだ。そしてウララちゃんの場合、それを苦に思ってないのが一番大きい。ウララちゃんが元々柔道をやっていて、ある程度体の動かし方を分かっていたというのも習得が順調だった要因の一つだろう。ウララちゃんは驚くべき速度で暴徒鎮圧術を習得していった。

 あと、ウララちゃんは体が凄く頑丈のようで、遅くまで訓練していても全く身体に異常が無かった。頑丈さだけなら完全に私を上回っている。他にも、筋力体力は元々十分で、毎日全力で走り回って乱取りしても平気そうだった。本人曰く、前職が引っ越し屋さんで、毎日重いものを持って走り回っていたからとのこと。

 

 そして今日、ついにウララちゃんも一人前となったというわけだ。私が太鼓判を押せるほどの暴徒鎮圧術の実力を持ったウマ娘なんて、この日本にもそうはいないだろう。立派なトレ警ウマ娘の誕生である。明日から一緒に頑張ろうね。

 

 ふと時計を見ると、もう上がる時間になっていた。いつもだったらここから更に遅くまでウララちゃんが自主練を始めるのでそれに付き合うのだが、それも昨日まで。今日はこのまま祝杯を上げに行こう。

 

「ここまで出来るなら十分でしょう。一人前になったご褒美ということで、今日はこれから飲みに行きませんか? もちろん、私の奢りですぅ」

「本当?! やったー! ぜひ、行きたいです!!」

「そこまで喜んでくれると私も嬉しいですねぇ。お店の希望とかありますか?」

「じゃあ、わたし、にんじんが美味しいお店がいいなぁ。あ、じゃなくて、いいです!」

「うんうん、ではそうしましょう」

 

 たまに敬語が崩れちゃうのも可愛いね。でも、私はいいけど理事長とかと話す時に困るだろうしそっちもそのうちちゃんと直そうね。ちなみにここでウララちゃんに飲みを断られてたら家で泣いたと思う。

 さて、これからまだ仕事があるヒトのトレ警のみんなには悪いけど、私はウララちゃんと二人で飲みだー! いやぁ、ウララちゃんを独り占めしちゃってごめんね! まぁもし呼び出しあったらその時は戻ってくるから許して! ちなみにトレ警のみんなは既にウララちゃんの魅力にメロメロになり、全員がファンクラブに入っている。天使だから仕方ないね。でも会員No.1は私だからね。

 

「ネギ隊長、私たちは?!」

「お誘いしたいのは山々なのですが、みなさんはまだお仕事ありますよね? 頑張ってください〜」

「「「そんなー!!」」」

 

 ウララちゃんがトレ警に来てからというもの、隊員たちの雰囲気が少し柔らかくなっているような気がする。今まではもう少し緊張感があったというか、隊長も頑張ってるし私たちも頑張らないと! みたいな感じだったけど、良い意味で力が抜けたと思う。これもウララちゃん効果か…

 最近は私から飲みに誘うのもアリなのかな、と思うようになってきた。また今度、皆で行こうね。

 

「また今度奢りますよぉ」

「お仕事がんばってください!!」

「「「頑張りまーす!!」」」

 

 そしてウララちゃんの激励に手のひらを返したようにいい返事をするトレ警隊員たち。君たち、調子いいねほんと。

 

 

 

 

 

 

 

 ウララがネギに連れて来られたのは、トレセン学園に程近いにんじん専門店。質のいいにんじんを使用していると評判の予約制レストランである。出しているものの関係上ウマ娘のほうが多く利用するので、質はさることながら、量もウマ娘が満足できるものになっている。最初に出てきたお通し(大皿)に早速パクついたウララが桜の瞳を輝かせて歓声を上げた。

 

「おいしー!!」

「でしょう? 私のおすすめのお店のうちの一つなんですよぉ。呼び出しがあっても大丈夫な距離にありますしねぇ」

「よく来る、んですか?」

「そうですねぇ。仕事もあるので頻繁に来られるというわけではありませんが…二、三ヶ月に一回くらいは来ますねぇ。あ、仕事も終わりましたし、話しづらいならタメ口で大丈夫ですよぉ」

「ほんとう? なら、そうしますね! ありがとう!」

 

 ウララは敬語を使うのが得意ではない。バイトではなく、正式に社会人として働き始めてからもう五年くらいにはなるのだが、今でも咄嗟に話し言葉が出てしまうことがある。これでも働き始めた頃よりはだいぶマシになっているし、気を付けてはいる。しかし如何せん苦手なものは苦手だったので、ネギの提案は渡りに船だった。ネギもウララの素直なお礼と笑顔に思わず頬が緩む。

 

「改めて、今日まで一ヶ月間お疲れ様でした。本番はこれからですが、これでウララさんもウマ娘のトレ警として立派に働けるだけの実力が備わったと思います」

「ネギさんのおかげだよ! こちらこそ、ありがとうございました!」

「いえいえ、ウララさんの頑張りがあってこそですよぉ。それに、いくら指導とはいえ、私も厳しくしすぎてしまったと思っていますし…」

 

 ネギが反省したように言う。確かに、ネギの指導はとても激しく辛いものだった。ウララもたくさん痛い思いをしたし、何度も泣きそうになった。しかし、そこに理不尽な暴力や暴言はなかったし、アドバイスや制圧のコツを教えるときはウララが理解するまで根気よく付き合ってくれた。

 それに、ネギの厳しさはウララのためを思ってこそ。中途半端な実力ではウマ娘のトレ警として役に立たないから、一端の実力がつくまでこうしてウララに指導してくれたのだ。それが分かっているので、ウララはネギに本当に感謝しているし、恨んだり憎んだりなどの負の感情は一切持ち合わせていない。

 

 そもそも、特訓自体もウララが自分で望んだこと。文句を言おうなど考えたこともなかった。怪我をすれば丁寧に手当てをしてくれて、上手くいけばその度に褒めてくれる。厳しいけど、優しくて強くてかっこいい、ウララから見たネギはそんな理想の先輩だった。

 

 

 

「そういえば、ウララちゃんは才能がないとご自身で言っていましたが…全然そんなことはないと思いますよ? 私は特訓の間、普通のウマ娘が暴走した時と同じくらいのスピードとパワーに調整していましたが、ウララちゃんはついて来れていましたよね?」

 

 ある程度お腹も膨れ、美味しいにんじんカクテルに舌鼓を打っていたウララに、少し頬を赤くしたネギがそんな質問を発した。ネギも酔いが回っているのか、ウララの呼び方が「ちゃん」付けになっている。距離が縮んだ感じがして、ウララは嬉しかった。

 

「ううん? わたし走るのは好きだけど、昔は本当に遅かったよ? 才能なくて、トレセン学園に入れなかったくらいだし」

「え? あ…すみません、悪いことを聞いてしまいましたね…」

「大丈夫、もう結構前の話だし! それに、確かに落ちちゃった時は落ち込んだけど、別にレースに出なくても走ることはできたから!」

 

 申し訳なさそうに謝るネギに、ウララは笑顔で返す。十年前、ワクワクしたくてトレセン学園の門戸を叩いたは良いものの、試験で普通に落ちてしまった。当時の理事長と面接もしたが、やる気は認めて貰えたものの、それで合格とまでは行かなかったのだ。ウララの場合は例え合格しても本格化遅れでレースに出られないので、入れたとしてもネギと同じように高校で辞めることになっていただろうが。ただ、ウララは生来の前向きさで、学生生活を送っている間にその辺りのことについてあまり気にしなくなっていた。

 

「こんなに足が速くなったり力が強くなったりしたのは、ここ最近のことだよ。本格化し始めてから急にだから…三年前くらいかな?」

「私も本格化し始めたのは十九の春だったので、ウララちゃんと同じくらいですねぇ」

 

 ウララが本格化し始めたのは十九歳の秋頃だった。体がむずむずして、落ち着かない気分。本格化の兆候だと直感した。全然身長が伸びなくて残念に思ったことをよく覚えている。ただ、引越し業を行う上では身体能力の向上は有利に働いたので、何だか儲けたような気にはなった。

 

「そういえば、トレセン学園(ここ)に来たときにカイチョーちゃんに聞いたかも」

(カイチョーちゃん…)

「『本格化が遅れたウマ娘は、普通のウマ娘よりも身体能力の向上が大きいようだ』って」

「なるほどぉ。何となくそんな気はしていましたが、実際に聞くのは初めてですねぇ」

「あと、ぜ、ぜんせいき? が長くて、トレーナーに対する欲求も小さいんだって」

「…ふむ。今更、ですねぇ

 

 ウララのトレセン学園へのスカウトは、シンボリ家を通じて行われたものだ。日本全国でネギと同じような体質を持つウマ娘がいないか調べていた結果、高知県のとある町でウララを発見したのだ。その後いくつかの調査が行われ、ウララは晴れてトレセン学園に来ることになった。そのため、ウララが最初に学園へ来たときにシンボリルドルフと真っ先に顔合わせしている。今ウララがネギに披露している知識も、全て顔合わせのときにシンボリルドルフから聞いたことだ。

 

 ウララが楽しそうにシンボリルドルフから教えてもらったことを話していると、ネギは神妙な顔をして少し俯く。そんなネギを不思議に思い、ウララはネギの顔を覗き込むようにしながら問いかけた。

 

「ネギさん、どうかした? 気分悪い? 飲みすぎた? お水飲む?」

「あ、いえ、体調は大丈夫です。ただ…ちょっと複雑な気持ちになってしまいまして」

「なにが?」

「……今までは、それらの特徴は私だけなのかと思っていました。でも今のウララさんの話を聞くに、本格化が遅れたウマ娘に共通することのようですねぇ」

 

 ネギが考え込むようにして目元を片手で覆う。

 ウララの話を聞いたネギの胸中を一言で言い表すことはできない。ウララは知る由もないが、ネギはこれまで、心の底では自分だけがこの世界の異物、ウマ娘の成り損ないなのだと思ってきた。

 しかし実際には、自分と同じ特徴を持つウマ娘(ウララ)がいた。きっと見つかっていないだけで他にもいるのであろうことは想像に難くない。

 

「お揃いだね!」

「そうですねぇ。…私も、素直に喜べれば一番だったのですが」

 

 ウララが嬉しそうに言うが、ネギはウララのように素直に喜ぶことはできなかった。ウララほどの前向きさを持たないネギは、これまで色々なことを考え込み、色々な想いを抱えすぎてしまった。

 本格化の遅れは自分だけではなく、他のウマ娘にも起こりうることだった。すなわち昔から考えていた、ネギだけが三女神に見放されていたという事実も存在しないということ。自身の名前に深い意味などなく、ただの偶然。筋違いの逆恨みを三女神にしていたということだ。

 

 元々自分の八つ当たり気味の心が生み出した三女神への怒りだったが、やはりお門違いだったのだとネギは思う。

 

(結局、私が卑屈すぎただけか…)

 

 酔いのせいか普段は考えないことまで頭に浮かび、ネギの口から重苦しいため息が出た。本格化が遅れたのが自分だけだと思い込み、悲観し、挙げ句の果てに名前さえ理由にして三女神のせいにする。無様の極みだな、とネギは内心で自嘲した。

 

(私と同じような環境だったウララちゃんは、こんなに良い子に育ったというのに。前世がある私はこの有様。情けない…)

 

 実際にはネギとウララの環境は大きく違うので一概には言えないし、ウララの前向きさは特殊能力のようなものなのだが、ネギはそれが真理だと思えてしまった。

 自分だけが異常(とくべつ)なわけでは無かったことが分かり、若干の落胆。落胆を覚えてしまった自分への侮蔑。同時にそれよりも大きな、孤独から解放されたことによる安堵。そして自分以外にも同じように苦しんだウマ娘がいると分かったことによる悲しみ。それらが次々と浮かんでは、残ることなく消えていく。

 

 最後に浮かんだのは、十年前にも感じた虚しさだった。いや今浮かんだのではない。これまでは三女神という物置きに預けていただけ。しかしそれが消えたことでネギの元に戻ってきた。

 

 あの頃どうにもできなかった、空っぽな感覚。大きいのに中身は無くて、中身が無いのにとても重い。それが再びネギの喉の奥を詰まらせようとして──

 

 

(でもまぁ……そんなもんだよね、私なんて)

 

 

 ──詰まらせることなく押し込み、ネギは胸の奥へと飲み下すことができていた。

 

(元々普通の人間だったんだし。前にも思ったけど、転生したからって特別なわけじゃない。それに、挫折したにしても私はマシなほうだ。少なくとも人には恵まれた)

 

 ネギに本格化が起こったことで精神的にも落ち着き、十年間の経験も相まって心に余裕が出来ていた。大人になって『諦める』ことを覚えた、とも言えるかもしれない。勿論それが悪く働くこともある。しかし少なくとも今、ネギはあの頃出来なかったことが出来ていた。

 ふと、ネギの脳裏に、ピンクのアネモネの花言葉の意味を教えてくれた母の顔が浮かぶ。

 

(私は皆の『信頼』に応えられなかったし、誰かの『希望』にもなれなかった。でも…)

 

 三女神から授かったアネモネという名は、不吉な花言葉を意図している訳ではなかった。だがそれは、『希望』や『信頼』という重い意味を背負っているわけでもないということ。

 

(普通のウマ娘、か)

 

 その言葉が胸の中にストンと落ちる。異常(とくべつ)ではなくなった代わりに、ようやくこの世界の一員になれた。そんな感覚だった。

 

 こんな結論を出すのに十年もかかってしまったとネギは苦笑する。長く苦しい戦いだったような、そうでも無かったような。でも、少なくとも今は悪い気分ではなかった。

 

「足りなかった? わたしの分も食べる?」

「いえ、そういうわけではありません。ちょっと自分の不甲斐なさに呆れただけです…」

 

 ため息に反応したウララがネギににんじんソテーをフォークに刺して差し出してくるが、ジェスチャーで断った。不思議そうににんじんを口に入れるウララだが、ネギとしてはもうお腹いっぱいだった。物理的にではなく、精神的に。飲み込んだとはいえ、消化できたわけではない。

 

「それより、美味しかったなら私の分も食べていいですよ」

「え、いいの?」

「ええ、ちょっとしたお礼です。他にも、食べたいものがあったらいくらでも追加してください。元々今日はウララちゃんのための席なので」

「わーい!」

 

 それに、ウララにお礼もしたかった。こんな風に気持ちを受け止められたのは、ウララがシンボリルドルフから聞いたことを楽しそうに話してくれたからだ。ネギと同じように本格化が遅れても前向きでいられるウララの姿を見て、ネギの苦い過去の記憶が軽くなったのは間違いないのだ。

 

「…私は、少し本格化が遅れただけの普通のウマ娘だった。特別じゃない、でも、成り損ないでもない。それが分かっただけ良かったですぅ」

 

 暫く黙っていたネギが急に何の脈絡もない発言をしたことで、ウララが首を傾げる。ネギとしてもただの独り言で、返事を求めていなかった。

 

 ようやく出した結論。その人並みの諦観を飲み込むために、ネギは自身のグラスに入ったアルコールを喉奥に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成り損ない? が何かは分からないけど……わたし、ネギさんは特別だと思う! 少なくとも、わたしにとってネギさんは特別な人だよ!!」

「ぶふっ…」

 

 そしてそんなネギの感傷を一息にぶち壊していくのがハルウララというウマ娘だった。今出したばかりの結論にいきなり反論され、ネギも思わず飲み物を少し吹き出してしまう。

 

「?」

「え、ええと、なんでそう思ったか聞いても?」

 

 告白まがいのウララのセリフに困惑したネギは、キョトンとしたウララに理由を尋ねた。それに対し、ウララは一瞬たりとも考えることなく、満面の笑みで即答する。

 

 

「だってわたしがトレセン学園に就職できたのは、ネギさんが頑張ってトレーナーさんたちを守ってくれたおかげだもん!」

「!」

「だからありがとう、ネギさん! わたしにとって、ネギさんは大恩人だよ!!」

 

 

 ネギの目が大きく開く。

 ウララの言葉は、純然たる事実だ。ネギがこの数年間で築き上げてきたもの。ネギの価値。それを認めるものだった。

 十年前、ネギは規則という絶対的な壁を前にして挫折した。あの頃のネギには、特別な価値などなかったのかもしれない。誰かの希望になることも出来なかったのかもしれない。

 

 しかしそれは、今のネギの評価には関係がないし、今のネギの価値を貶めるものでもない。

 飾らないウララの言葉に、生の感情に、ネギの心が揺さぶられる。

 

「わたしね、ここに来る前、就活で凄く困ってたんだよ。本格化しなくてレースに出られなかったから、履歴書のレースの部分は真っ白だった。高校も行ってないから学歴も無いし…わたしは前に働いてた会社が急に廃業になっちゃったから、高卒認定試験も受けられてなくて。そうなるとね、書類で落とされちゃうからどこにも雇って貰えないの」

「それは…」

 

 ウララの経験は、ネギにも覚えがある。本格化が始まり精神的に落ち着いてきた頃のことだ。ハロワで仕事を探しても、中卒でレース歴も皆無のネギをどの会社も雇うことはなかった。正社員だけでなく、短期の仕事でさえ難しかったのだ。

 ウマ娘の場合、就活にはレースの戦績も考慮される。例え未勝利であっても、メイクデビューレースに出場するというだけである程度のステータスになるのだ。一般校に通うウマ娘もいるが、その場合は大抵進学する。つまり、中卒でレース歴が皆無というウマ娘は殆どおらず、結果的に採用側からウマ娘に問題があるのではないかと疑われてしまうのだ。ネギの場合はトレセン学園中等部に通っておきながら、レースに出ることなく高校に進学しなかったから余計に。また、中退してから就活まで期間がかなり空いていたことも災いした。

 ネギは本格化が遅れたことでレースに出られなかったのだが、ウマ娘界隈でも知られていないようなことを普通の企業が知っているわけもない。それが考慮されることはなかった。

 

 ネギは高卒認定試験を受けてから改めて仕事を探したが、それでも最初の警備会社に雇ってもらえるまで何度も落とされたものだ。そして急に仕事が無くなったウララには、高卒認定試験を受ける時間さえ無かったという。就活でウララにかかった精神的な負担は計り知れない。

 

「でもね、ネギさんがトレ警として先に頑張ってくれてたから、トレセン学園側から声が掛かったの。わたしみたいな、本格化が遅れたウマ娘を探してたって。わたし、ネギさんに救われたもどーぜんなんだよ!」

 

 だがウララには、ネギのときには無かった手が差し伸べられた。それはネギが切り開いた、新たな道からだった。

 努力が本格化遅れによって台無しになり、越えられない壁を前に挫折して…それでも自分に何か出来ることは無いかと必死になって模索した。

 

 それが今、後輩への先駆けとなって結実していたのだ。

 

「ぁ……」

 

 そんなか細い声しか出せなかった。

 ウララちゃんが真面目に仕事をこなしてたからだ。自分は成り行きでトレ警の仕事をしていて、結果的に助ける形になっただけだ。大したことはしていない。そう言おうと思ったのに、言葉が出てこない。熱を持ったウララの言葉ひとつひとつが、ネギの中の凍りついた空虚を溶かして埋めていき、喉を詰まらせていた。

 ウララはそんなネギの様子には気づかず話を続ける。

 

「カイチョーちゃんだってネギさんのことすっごく褒めてたよ!」

 

 ウララはシンボリルドルフと話した時のことを思い返す。年上である自分よりも余程大人に見えたシンボリルドルフだったが、ネギのことを話している様子は、まるでヒーローに憧れる子供のようだった。

 

 

 

『礼なら、私ではなくネギさん…先任のトレ警ウマ娘に言ってあげてください。私はただ、ウララさんのことを見つけただけ。あの人がいなければ、ウララさんを見つけることはできませんでした』

 

『シンボリ家で調査しましたが、本格化が遅れるウマ娘はそういません。今回の調査でウララさんを見つけたように、全くいないというわけではないのですが……それでも、確率的にはウマ娘の中で一万人に一人といったところでしょうか。トレ警として働ける年齢となると、もっと少ない』

 

『その中で、レースに興味を持ち、入学倍率数十倍とも言われる中央トレセン学園の試験を突破できる才能があり、デビュー前から密かに学園に注目されるほどの努力を重ね、レースに出られずにトレセン学園を去った後も秋川やよい理事長に目をかけられて、最終的に警備員としてスカウトされた…そんな天文学的な確率を超えてここに来たのが、ネギさんです』

 

『そして今、そのネギさんのおかげでウマ娘たちを取り巻く問題の一つが解決の道へと向かっている……私にとってネギさんは、『希望』なんです。本当に、本当に感謝しているんだ』

 

『当のネギさんには、私のねぎ(・・)らいの言葉があまり真剣に伝わっていないようですが…ふふ』

 

 

 

 ウララはただ、シンボリルドルフが話していたことをそのままネギに伝えた。そのときシンボリルドルフから伝わってきた感情も含めて、そのまま。ネギはそれを無言で聞いていた。

 

「……」

「ネギさん、大丈夫?」

「え? ええ、大丈夫ですよぉ」

 

 無言のネギを心配したウララが声をかけると、ネギは慌てたように返事をした。聞いていなかったわけではない。頭が追いついていなかったのだ。

 

「ほんとに大丈夫?」

 

 平静を装うネギだったが、ウララは心配そうな表情のままだった。そしてごそごそと可愛らしいポーチを漁り、桜の刺繍が入った白いハンカチを取り出す。

 ネギが不思議そうにウララの様子を見ていると、ウララはそのまま席をネギの隣に寄せ、取り出したハンカチをネギの目元に当てた。

 

「ネギさん、泣いてるよ?」

「…え」

 

 ネギの翡翠色の瞳から、大粒の涙が溢れていた。

 

「わ、私…」

 

 トレ警は成り行きで就いた仕事で、しかも結構ブラックだった。やり甲斐は感じていたが忙しくて休みもままならないし、緊急時の呼び出し対応のために遠出することもできない。トレーナーから直接感謝の言葉を貰うことはあれど、他に目を向ける暇なんて無かった。

 

 だからこそ、これまでのトレ警としての仕事が、トレーナーだけでなく多くのウマ娘たちを含めた色々な人に影響していただなんて思いもしなかった。

 

(私、バ鹿だ)

 

 知ろうともしていなかった。自分がどれだけのことをしてきたか。どれだけの人を救ったか。どれだけの人から頼りにされていたか。

 自分で自分を勝手に貶めていただけだ。求めていた、諦めていたものは、もう手の中にあったのだ。

 

 本当は、とっくの昔に沢山の人から『信頼』されていて、誰かの『希望』にもなっていた。

 

 

 

 三女神がそうあれかしと名付けた名前(ももいろのアネモネ)のとおりに。

 

 

 

 

 

 

「ネギさん? ネギさん? ……寝ちゃった」

 

 机に伏して寝息を立てているネギを見て、店員に皿を下げてもらう。ついでにお代を払ってしまおうとしたが、もう既に余分に支払われているとのこと。普段は隙のないネギらしいスマートさだった。

 

(こうしてみるとちょっと幼い感じするなぁ)

 

 仕事中はこんな油断した姿は見られないので、健やかに寝ているネギを見られてウララは嬉しくなった。これを自分だけが知っているのかもしれないと思うと、なんだか優越感すら感じた。

 

「それにしても、トレセン学園に来てからもう一ヶ月かぁ。早かったなー」

 

 初めは、痛いことも沢山ありそうなこの仕事にかなり気が引けていた。確かに柔道は齧っていたが、本格的にやっていたわけではないし、前職も暴力とは程遠い世界だった。

 それを一瞬にして覆したのが、この目の前で眠っている先輩だった。

 

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 ネギと顔合わせした次の日のことだった。正門付近でネギからトレ警の仕事の説明を受けていたとき、無線通信が入り、その後すぐに暴走したウマ娘が正門めがけて突っ込んできたのだ。トレーナーらしき人物を抱えたウマ娘が、鬼のような形相でこちらに向かってくる。それを見たウララは顔を青くして思わず一歩後ずさってしまった。初めて見る暴走ウマ娘に怯えたウララだが、それが長く続くことはなかった。

 

『さて、では私は少しお仕事をしてきますねぇ』

 

 あっという間だった。

 ネギがウマ娘に向かって駆け出したかと思えば、正面から向かったはずなのにいつの間にか並んで併走し、更に瞬き一つすると、暴走ウマ娘が抱えていたはずのトレーナーが、手品のようにネギの腕の中に収まっていた。

 トレーナーをヒトのトレ警に預けた後は、間髪入れず後ろから飛びかかってきたウマ娘を、振り向くこともせずにその腕を取り、一本背負いで背中から地面に叩きつけた。そしてウマ娘が地面に叩きつけられた衝撃から復帰する前に、ネギは素早く首に腕を回して気絶させてしまった。

 

 一連の動きを間近で見ていたウララは、その圧倒的な強さ、技量に完全に魅了されてしまった。

 

(か、かっこいい…!!)

 

 ウララはその日のうちにネギに特訓を申し出て、厳しい訓練をネギから受けることとなったのだ。何度も何度も投げ飛ばされ、吹っ飛ばされ、それでもあのネギの動きに追いつきたくて必死に、これまでのウマ生で一番と言っていいほど頑張った。

 

 そして、ついにネギからお墨付きをもらえるほどに実力がついたのだった。

 

 ただ、あのとき感じた憧れの感情は未だに心に残っている。一端の実力はついたが、まだまだネギの領域には及んでいない。それはウララも重々承知しているので、これからは一人でも特訓を継続していくつもりだった。

 

(それにしても…)

 

 決意も新たにしたところで、ウララは穏やかに寝息を立てているネギを見る。いつもかっこいい頼りになる先輩の、あどけない表情。ずっと見ていると、なんだかイケないことをしているような気がして、胸がドキドキしてくる。知らない感覚。何というか──

 

 

 

 

(かわいい……かも♡)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん…」

 

 トレ警の朝は早い。いや、普通のトレ警は三交代制なので毎日早いわけではないけれど、私はトレセン学園(ここ)のトレ警の隊長と警備員を兼任しているので非番以外は毎日早いのです。何なら非番でも呼び出されれば行かなきゃいけないし、緊急事態だと寝てても起こされる…というブラックな環境だったのだが。

 

 最近はそうでもなくなった。そう、新たなトレ警ウマ娘、ハルウララちゃんの加入により私の負担が大幅に軽減されたのだ。やったね!! 

 

 いや本当に助かってる。既に私が非番のときにウマ娘の暴走が起きているが、ウララちゃんが単独で対応してくれました。おかげで私は安心して非番の日に休めるようになった。

 この前なんて四年ぶりにトレセン学園から離れて遊びに行ってしまったよ。でもウララちゃんがいるから大丈夫。ウララちゃんがここに来てくれて一番喜んでいるのは、間違いなく私だ。

 

「寝癖よぉし、化粧よぉし、制服よぉし! さて、行きますかぁ」

 

 いつもの如く確認を済ませて出勤。正門前に到着すると、そこには既にウララちゃんとたづなさんの姿があった。たづなさんには軽く会釈、ウララちゃんには敬礼する。ウララちゃんからもビシッと敬礼が返ってきた。ふふ、こういう何気ない動作もウマ娘同士となると嬉しく感じるものだ。

 ん?ウララちゃんの頬が少し赤いように見える。もしかしてひと騒動あった後かな。それは申し訳ないことをした、もう少し早く来てれば一緒に対応できたかも。

 

「ウララさん、お疲れ様ですぅ。交代の時間ですよぉ」

「ネギさん、お疲れ様です! それじゃ、わたしは一旦帰るね! ネギさん、たづなさん、あとはお願いします!!」

「はい、ゆっくり休んでくださいねぇ」

「お疲れ様です、ウララちゃん」

 

 今週ウララちゃんは夜勤なのでここまでだ。もちろん私が夜勤のときもある。うう、私にも昼勤夜勤の概念ができるなんて…泣

 

「嬉しそうですね、ネギちゃん」

「はい。私の個人的な心情ももちろんありますけど、一人に依存した体制というのは健全ではありませんからねぇ」

「それは本当にそうですね。学園としても、ウララちゃんがきてくれて良かったです」

 

 いやほんとにね。私が風邪を引いただけで怪しくなる組織とかおかしいと思うよ()。まぁ風邪なんてここ数年なってないけど。

 さて、今日もお仕事頑張りますか。まずはいつもどおり正門の警備を…ん? 無線通信だ。

 

「はい、こちらネギですぅ。どうぞ」

『ザザ…こちらトレ警秘匿回線! 隊長、出勤したばかりですみませんが、暴走ウマ娘が発生しました! そちらの方に向かっています!!』

「あらぁ…」

 

 正門の内側、校舎の方を見てみると、確かに何者かが砂煙をもうもうと上げながら猛スピードでこちらに向かってきている。スーツを着た人、トレーナーさんを抱えているのも見えた。うん、何者かも何も、暴走ウマ娘しかないんだけど…

 

「お仕事ですか?」

「はい、もう見えてますけど、正門に向かってきていますねぇ。他のウマ娘やトレーナーさんに被害が出てもいけませんし、私から制圧に向かいますぅ」

「ここは私が見ているので、いってらっしゃい、ネギちゃん」

 

 正門の警備と挨拶は一旦たづなさんに任せて、私はウマ娘の制圧とトレーナーさんの保護へ。新しいトレ警ウマ娘が来たとはいえ、私の仕事がなくなることはなさそうだね…

 

 

 

 

 ここはトレセン学園。

 ウマ娘たちがレースに勝つために日々トレーニングを重ね、学生らしく勉強もして…たまにトレーナーさんを求めて暴走してしまうところ。

 ウマ娘にTS転生してしまった私は、成り行きでその誘拐を防ぐための仕事についています。

 

 

 頼りになる仲間たちと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて完結です。
そのうちおまけで掲示板回を投げるかもしれません。が、あまり期待しないでおいてください。

タイトルはそのうち変えるかも。
それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。