時間は少し、いやだいぶ前に遡る。
ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、芽森凱亜(分裂体)は、暗く沈んだ表情で眠る親友を雫といっしょに見つめていた。原因は俺ではあるが。あの日、ハジメが奈落に落ちた後、死闘と喪失からはや五日。あの後、宿場町ホルアドで一泊してから、高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、しかも周りから浮いてるハジメだったとは言え、人が死んだんだ。王国や教会に報告は必要だろう。
王国側もこんなところで大事な駒を失いたくはないだろうし。勇者一行のケアはすることになるだろうな。
雫と王国に帰って来てから目を覚さない香織に、早く起きて欲しいと思いながら、同時に起きなくて良かったと思った。
しかし、まだクソジジイと国王はいい方だ。中には悪し様にハジメを悪く言う貴族もいた。さすがに公然では言わないが、いわゆる陰口のような感じで言っていた。天之河が真っ先に怒ってくれなければ国中の貴族をゴキブリの餌にしてやるところだった。ちなみにこの一件で天之河の株が上がったが、ハジメが無能なせいで死んだという評価は変わらなかった。
そんな中、あの日から一度も目を覚まさない香織を見て、雫は香織の手を握る。きっとこれ以上香織が傷つかないでとでも念じてるんだろうな。ほんとにごめんな。それ俺が原因なんだけど。しっかしこんなに眠るとは思わなかった。イメージは三日で起きると思ってただがな。さすがに心配してまた来てしまった。相当精神にきてたんだろうな。まあ、最愛の人を亡くしたらこうなるか。
その時、香織の指がピクリと動き出す。
雫「⁉︎ 香織! 聞こえる⁉︎ 香織!」
芽森「香織! 大丈夫か⁉︎」
雫が必死に呼びかけ、それにつられて俺の呼びかけも大きくなる。
そして、香織はゆっくりと目を開けた。
「「香織!」」
香織「……雫ちゃん?芽森?」
ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫、同じようにベッドに乗り出し、安堵の表情を浮かべる俺。
香織は焦点の合わない目で周りを見渡し、雫に焦点を合わせて俺らの名前を口にした。
雫「ええ、そうよ。私。大丈夫?もう五日も寝ていたのよ?体に違和感はない?」
香織「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」
芽森「とりあえず、今日一日は安静にしてろよ。流石にこれ以上誰かを失いたくないからな」
心配の言葉を口にする。そして香織は思い出したようにあの日の後のことを聞く。
香織「……ハジメ君は?……あのあとどうなったの?」
雫「ッ……それは」
当然の質問だ。あの日もハジメの後に続いて奈落の底に行こうとしたくらいだ。そんな香織に俺は現実を突きつける。
芽森「アイツは、ハジメはここにはいない。まだ奈落の底だ」
雫「ちょっと芽森!」
芽森「いつかは言わないといけないことだ。なら早い方がいい」
香織「そう……だよね。……うん、わかった」
香織はなぜか納得したような顔で頷いた。意外だな。もうちょっと泣き喚くと思ってた。
芽森「……怒らないんだな。いつもなら八つ当たりしてくるタイミングだぞ?」
香織「………何十年の付き合いだと思ってるの?……雫ちゃんの代わりに嫌な役を買って出てくるところ、昔から変わらないね」
芽森「……」
……図星な俺は、香織の話を聞いて黙る。
俺は香織を見つめる。その目は本当に五日間眠っていたのかを疑うほどに、淀みなく、澄んでいる目をしていた。
香織「私は、南雲君を助けたい。だから、私に協力してくれない?」
芽森「あれから五日だ。生きてる可能性の方が少ないんだぞ」
香織「でも、芽森も信じてるでしょ?ハジメが生きてるって。わざわざ死んだと言わないあたり」
芽森「………」
香織「わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」
香織「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと。だからね、芽森、雫ちゃん」
芽森「なんだ?」
雫「なに?」
香織「力を貸してください」
……お前っていつもそうだよな。いつもお前ばっかり先に、猪突猛進で突っ込んで、そして俺と雫が苦労する。俺はいつも心配してたんだよ。そうやって自分だけ突っ走ってそのままいなくなりそうで。
たとえ周りがお前の考えを否定しても、俺だけは、俺だけは味方でいないといけない。だから……
芽森「もちろんだ」
雫「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」
香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。そんな中雫は頬を赤らめて「ちょ、恥ずかしいからやめて……///」と、照れくさそうにしている。お前ら仲良いな。お兄さんちょっと嫉妬しちゃったよ。天下のサムライガール様の恥じてる表情はたまらんわ。
その時、急に部屋の扉が開けられる。
天之河「雫! 香織はめざ……め……」
龍太郎「おう、香織はどう……だ……」
光輝と龍太郎だ。あの日からハジメを守れなかったという責任感から訓練の時、相当気合いが入っている。どうやら訓練が終わった後、香織が心配できたらしい。
そんな二人だが、現在扉の前で硬直していた。雫は急に二人に来られてびっくりしたのか、驚きながらも尋ねる。
雫「あ、あんた達どうし…」
天之河「す、すまん」
龍太郎「じゃ、邪魔したな」
ただいま現在の状況を説明すると、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。そう、今この場は香織と雫の百合百合空間が広がっているのだ!
この空間の前ではいくら空気の読めない天之河でも即座に理解してしまう。そして、二人とも部屋の外へ出て行ってしまった。
雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。
雫「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」
……なんだろう。あの時分裂して正解だったかもしれない。このメンツでハジメが見つかる気がしねぇ。
その日の夜、俺は訓練場にいる。雫に呼び出されたからだ。俺雫になんかやったっけ?ま、そこらへんも雫に聞けばいいか。お、来た来た。
雫「芽森、早く来てくれたのね」
芽森「ああ。んで雫、話ってなんだ?」
ガキンッ
瞬間、鉄と鉄を打ちつけ合う音があたりに響く。
芽森「雫、これはどういうことだ」
雫は俺の首元を狙って剣を振るっていた。なんとか反応してすんでの所で剣を受ける。一応護身用に剣を持ち込んで良かった。バックステップで距離を取る。にしても速いな。さすが剣道の家系だ。
雫「黙りなさい偽者」
……え?
芽森「え?」
雫「白々しい。私が偽者だと気付かないとでも思ったの?」
ちょっと待って頭が追いつかない。
芽森「えーと、雫は俺が偽者だと言いたいのね?一応根拠聞かせてくれる?」
雫「……いいわよ、教えてあげる。まずは一つ。香織が眠っている間、三日目まではそこまで頻繁に来ていなかった。けれどそれ以降、頻繁に香織の部屋にくるように思った。あくまで予想だけど、本当は三日までに死ぬと思っていたけど、三日過ぎても死ななかった。だから機会を伺って殺そうとした。次に二つ。香織が倒れたあの時、敵の魔法によって眠らされたとあなたは言っていたけど、あの時現れた魔物に魔法を使えるような魔物は、少なくとも私は見かけなかった。あなたが香織を眠らせたんでしょう?」
……まじかよ。前半は、少し間違いがあるけど、後半丸々あってるんだけど。雫ってこんな洞察力高かったっけ?
芽森「そこまでの推理は素直に拍手しよう。なんなら八割くらいは当たってるし。でもそれならなんで最初のタイミングで殺さなかった?不意打ちを決めれば香織くらい一撃で葬れる。そこんとこ雫はどう思ってるわけ?」
雫「そう。私もそこが気になっていた。だからあなたをとっ捕まえて白状してもらうわ」
なるほど。そこの矛盾はさすがに気づいているか。まあ天之河じゃあるまいし。でもその前に疑問に思うことが一つあるんだが。
芽森「どうして俺が偽者前提なんだ?確かに俺が偽者の可能性が高い。でもそれで本物の可能性が消える理由がわからない。それこそ、確証がない限りは」
雫「芽森がそんなことしないって信じてるからよ。そう、芽森なら」
……随分と甘い考え方だ。雫が俺の何を知っているというのだ。俺は自分が第一と思うようなクズだというのに。だが、俺はその考え方に惚れたんだ。なら答えてやらないとな。
芽森「……俺は俺であって俺じゃない」
雫「?どういうこと?」
芽森「まあ今から説明するから楽な体制でも取っててくれ」
雫に俺のことを話す。芽森凱亜はガイアメモリという特殊な力を持つこと。俺はその力で生まれた分身体ということ。本体は今ハジメを探していること。そして俺は地上の香織たちを守るためにいること。
はじめ雫は半信半疑になりながら聞いていたが、実際にメモリの力を使うと信じてくれた。
雫「そう、なのね。早とちりしてしまってごめんなさい」
芽森「いや、俺のためにした行動だろ?だとしたらすごく嬉しいよ。心配してくれたんだろ?」
雫「ええ」
芽森「ありがとうな」
俺は雫に微笑みながら感謝の言葉を口にした。雫の顔が赤くなる。
雫「じゃ、じゃあ私は帰るわね///」
そう言うと雫はそそくさと訓練場を出て行ってしまった。なんだかんだでもう日を跨いじゃったな。さ、俺も部屋に帰るか。
ガイアメモリの補足
バクテリアメモリ
微生物の記憶
普通に前々回登場してたのにスルーしてしまった悲しきメモリ。
使用すると使用者が分裂し、分身を作り出すことができる。分身は使用者と同じ記憶を所有し、考え方や行動と、何から何まで同じである。また、分裂体もメモリを使うことができる。何気に最強のメモリである。